波導とは、心の力。



心の力とは、意思の力。




強き意思に比例してその力を発揮する波導に、限界は存在しない。




そして、限界もなければ、不可能だって無いのだ。






「必ずッ!もう誰も悲しませる真似はしないと約束するからッ!だから―――」





その手を伸ばして、私の手を掴み取れ―――






「デンリュウぅぅぅーーーーーーーーーーーッッ!!」













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迷宮救助録 #60
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眩い光が、荒れ果てた全ての始まりが眠る地に充満し、やがてその勢いを失っていく。
それと同時にユハビィが倒れ、次いでキュウコンとサーナイトも倒れる。

「ユハビィ!」
「サーナイト!キュウコン!」

仲間たちが駆け寄って波導使いを支える。

「……ワタシより…ルカリオと、デンリュウは……?」

ユハビィが呻くようにそう言うと、声は光の中から返ってきた。



「大丈夫だよ。もう、終わったから」



気を失ったデンリュウを担いで、光の中から、ルカリオが戻ってくる。

その瞬間、歓声が沸きあがり、無口なバンギラスでさえもリザードンと共に吼えた。


――全てが、終わった。
ルカリオが、デンリュウを支配していたホウオウの意識を、完全に消し去ったのだ。

これが、最良の形なのだろうか。
もう一度、Dは考えた。そして、考える事をやめた。

だってこの光景の何処に、非を感じるべきところがあろうか?

長い長い戦いが、やっと終わったのだ。
それで十分じゃないか、これ以上は望まない、望んではいけない。

「マスター…終わったんですね…やっと」
「…バカの尻拭いも、楽じゃねぇやな…」

オイ、聞いてるかバカミュウ。
てめぇの望む未来が、此処に在るぞ。

神は揃い、世界崩壊は免れた。
これ以上、何も俺に押し付けたりはしないよな?



「…疲れた…」



ゼロになる。
異端、狂いは修正され、

そして、此処からが始まり。

台本の無い運命を紡ぐ、監視者の消えた世界を、俺たちは背負う。
何が起こるかは誰にも解らない。


だから、せめて一つだけ願おう。


ちょっとの間で良いから、俺に休息を与えてくれ――と。





………




「ぅ……」
「ミュウツー!」
「……さ、サーナイト……どうしてここに…」
「ミュウツーーっ!!」
「うあっ!?な、何だ!我が何かしたか?!」

――何かしたかだって?そりゃしましたよ、
凄く面倒な事を――などとは口が裂けても誰も言わず、
サーナイトに抱きつかれて困惑するミュウツーが、
ゲンガー曰く昔のそれである事に全員安堵した。

ゲンガーはミュウツーを絞め殺す勢いで抱擁している
サーナイトの頭をムンズと掴んで引き剥がすと、
半身だけ起き上がらせたミュウツーの前に立ってニヤリと笑う。
ゲンガーの大きさ的に、これでやっと目線が同じだった。

「よぉ、何年ぶりだ?」
「……主…………」

――何年ぶりだ?
ミュウツーにとってゲンガーが主だと言うのは
サーナイト時代からの記憶にあったが、
こうして【元に戻った状態】で話すのは随分久しぶりだろう。
それを汲み取ってか、時を飛んだゲンガーは
さほどそう思っても居ないくせに敢えてそう言った。

彼女が記憶を取り戻すきっかけの話はジラーチから聞いていたが、
こうもすんなり元に戻ったのは予想外だった。
ユハビィは感動の再会を目撃して和やかなムードに変わりつつあるその場所で、
キュウコンと共に冷静にその場を観察している。

理由は他でもない。



――まだ終わってない――



そんな気がした。
また、キュウコンも同意している。
全ての発端だったホウオウは時空の狭間に消滅し、
そのホウオウの手先状態だったデンリュウもその心を取り戻し、
もうこれ以上戦いを仕掛けてくるものは誰も居ない――はずなのに。


「………」


どこに潜んでいるのか、気配を探っても見つからない。
得体の知れない不安が迫ってくる。
相手は仮にも神――






その時、




誰もが疑わなかった、終わりと始まりの瞬間を
















――茶番は終わりだ、ミュウの子たちよ――


















突如としてそこに現れたホウオウが、壊す―――徹底的に、完膚無きまでに。





「……手間をかけさせてくれたな…やはりミュウは最後まで侮れん…」





ホウオウは破滅の願いによって、消滅したはずだ。
そしてデンリュウの中に、何時の間にか忍ばせていた意識も、
さっきルカリオが完全に消し去ったはず。

なのに、何故コイツは此処に居るのか
――ミュウツーは我が目を疑ってホウオウを凝視した。



ホウオウは次元の隙間から、その姿を現していた―――!



ミュウツーの視線に気付いたのか、ホウオウは言い放つ。



「貴様にすら破る事の出来た破滅の願いを、我に破れぬ道理があるものか?」

「……馬鹿な……」



浮かれ気分を一瞬で捨て、全員が交戦の構えを取るが―――無意味。
何故なら、ミュウをも殺したホウオウの必殺技が、既に放たれていたから




「『ディヴァイン…フレア』」




――ズドオオォォォォォオオオオオッ!!





ホウオウを中心に、『大爆発』を凌駕する破壊力の衝撃が部屋を駆け抜け、
その一瞬で全てが破壊される。

戦うための身体と、その戦意すらも―――



「ハァァァァッ!!」
「っ!」


――ビュオッ!!


疾風の如きツルの鞭が、ホウオウの翼を掠める。
ホウオウはツルを辿り、その先に居る波導使いをにらみつけた。

ユハビィ、サーナイト、…そして、アーティが、そこに立っていた。


「大人しく今の一撃で朽ちていれば良いものを」
「生憎だけど、誰も朽ちてなんかやらないよ」


ルカリオが咄嗟に波導の盾を作ったことで、
何とか全員が一命を取り留めることが出来た。
部屋全体に放たれたことで、威力が若干弱まった事が救いである。

しかし、それでもホウオウの前に立ちはだかる事が出来たのは、彼らだけだった。



ユハビィとサーナイトとアーティは自分を守る波導があったが、
自分を守るための波導すらも仲間を守るために使ったルカリオは、
瀕死の状態でホウオウを睨みつける事しか出来なかった。

「ルカ…ルカ!しっかりしてっ!ルカぁーーーッ!!」

ルカリオに一番守られていたデンリュウがルカリオを呼ぶが、
彼はそのまま意識を失って倒れてしまう。
デンリュウはそれを支えようと飛び出そうとしたが、
ルカリオに守られていても尚酷い怪我を負ってしまって、そこから動く事が出来なかった。


「……残ったのは、オイラたちだけか…」

周囲を見渡しても、黒く焦げた瓦礫の山の所々に、
仲間たちが倒れている光景しか見えない。



ただ、誰も死んではいない――だから、戦える。



波導の強さとは、心の強さ―――




「ミュウの子よ…今度こそ終わりにしてくれる」








…………




デンリュウはホウオウの中に生まれた新たな人格だった。
ホウオウの中に新しい人格が生まれるのは、
生殖活動をしない不死鳥ホウオウ種に於ける特殊な世代交代の形だ。
そして旧ホウオウはその危険思想を新たな人格に吹き込み、
その願いを受け継がせようとしたが――

新たな人格はそれを拒絶した。
普通では有り得ない人格の対立は、
さらに異例を引き起こす引き金となった。

いよいよ世代交代の終了を告げる【旧ホウオウの消滅】の瞬間になろうとした時、
内部対立の激化に乗じて、新ホウオウは人格を切り離して脱出に成功したのだ。
ホウオウと言うポケモンにとっての、前代未聞の事態だった。



「新たなホウオウはデンリュウと言う器を作り出し、そこに身を潜めた。
 わざわざ人前でモココから進化することで、信憑性まで持たせてな…」



キュウコンと共に継承状態に入ったユハビィと、
ポロックを食べて絶大な力を発揮するアーティがふたりがかりで戦って、
未だにホウオウが優勢である。

ミュウの恩恵を受けて強い波導を持つサーナイトは、戦うことが出来ない。
彼女が今戦いに参じたら、倒れている仲間たちを守る事が出来なくなるから――





「…それで、デンリュウを乗っ取ろうと狙ってたワケ?」
「そうだ。ルカリオの消失は嬉しい誤算だったな…表面でいくら取り繕っても、
 デンリュウの中に私の意識を潜ませ、成長させるだけの隙間は十分に与えてくれた」



ユハビィの波導弾と共に飛んでくる質問を余裕の表情で捌いていくホウオウに、
背後からアーティが攻撃を仕掛けるが、あっさりと回避されてしまう。
まるで全てが見えているかのようにホウオウの動きは変幻自在だった。


「尤も――同じホウオウだからこそ、ああも簡単に支配出来たわけだが」


翻した翼から炎の風――【ねっぷう】が吹き荒れる。
アーティはポロックにより得た波導を広げ、
それを防ぐ事に成功したものの着地には失敗していた。

仲間たちに飛び火した攻撃は、サーナイトが波導の盾で全て防ぐ。


「アーティ!」
「だ、大丈夫だッ」



波導の力で疾走し、アーティの隣に立ったユハビィの、
その背後でホウオウが翼を広げている。
この次元に達すると、戦いは身体ではなく頭で処理される。
【継承状態】のユハビィは、キュウコンと言う頭脳班を抱えて戦闘を行い、
その場その場で瞬時に状況を分析して最も効率のいい行動を取る。

しかしホウオウの行動が――情報処理能力が高すぎて、
キュウコンが対応しきれないのが明白だった。
6枚落ちで有段者に挑む棋士の気分である。
定石により負けが確定している状態からのスタートは、
勝つ事よりも一秒でも長く生き残る事を強要させる。
そんな戦い方がどれだけ精神的な負荷を強いるか――やればわかるだろう。



(――ダメだ…勝てないよ…)

『諦めるなユハビィ…ッ、何か手はあるはずだッ』

(そんなの無いよ!どうやったって勝てっこない……もう無理だよ…)


ユハビィの中で、負け犬根性が囁く。
それを抑えようと奮闘したいが、それどころではない。
キュウコンが一瞬でも手を抜いていたら、
とっくにユハビィは倒されていたのだ。

彼らの後ろで倒れている者達のように。

本当ならアーティもとっくに倒されているのだが、
人一倍の根性で今まで持ちこたえている。
これには流石のホウオウも驚いていたが、
しかしそれでも戦況は変わらなかった。


「しぶといな…流石はミュウの蒔いた種か…」


ホウオウが独り言のように呟く。
それはアーティではなく、その隣のユハビィに向けられた一言だった。
史実を語れば、ユハビィは本来ならば死んでいてここには居ない。
それを再び生き返らせるような結果にしたのは紛れも無いホウオウ自身で、
しかしその原因はやはりミュウに帰結した。

ミュウが自らの後継としてミュウツーをこの世界に呼ばなければ、
あの時トキワシティにあるロケット団の実験場はミュウツーの手によって破壊され、
ニドキング使いのボス代行も死んでいた。

――ロケット団はこの痛手により、完全に壊滅していたのだ。

それが起きなかった。
ロケット団は壊滅を免れ、それから数年間の潜伏期間を経過して復活することになる。
それは遠回りだがミュウの介入が原因。
そしてそれは大きな余波を生み、ユハビィの元にやってきた。

本当は死んでいたはずだった少女。
強盗に両親を殺され、一人逃げ延びたところを運悪く事故で死ぬはずだった。
だがあろう事か、歴史のしわ寄せは『強盗』を『新生ロケット団』へ昇華し、
ユハビィをさらなる絶望の淵へと叩き落したのだ。


あの後人間界でアテの無い放浪の末、
何事も無く事故で死ぬはずだったユハビィを、ホウオウはこの世界に『呼』んだ――

ミュウが余計な事をしたから――
しかしその影響を強く受けてしまったユハビィこそ、
世界の歴史を動かし、創造主を目覚めさせる
きっかけになると、ホウオウは気付いたのだ。

しかし、それが諸刃の剣になることまでは気付けなかった。

運命のしわ寄せを強く受けたユハビィが、
ホウオウの側につくかミュウの側につくかまでは、
ホウオウでも予測が出来なかった。

ホウオウにとって唯一最大の失敗だったかもしれない。



あのワニノコにさえ出会わなければ。
アーティと出会ってしまうことを、つい自分の視点で軽く見てしまった事を。




だからこそ――




「この戦いには意味がある」



ホウオウは速度を上げる。
もはやユハビィですら視認出来ない。
あまりの速さに、地底遺跡の深層は空気の振動で地震のように震え始めた。

そもそも、こんな狭い空間でどうしてあのような速度が出せるのか、
それ自体が既に理解不能だというのに。

これはあまりにもまずい状況だ――そう確信したアーティが、
不意に逃げ出すように走り出した。

逃げる――?
ユハビィはあっけに取られたが、ホウオウはそれが当たり前だと頷く。
しかし、決して許容はしない。


「ここまで来て逃げられると思うなよッ!」


――ザシュァッッ!!


「ぐわああああッ!!」

「「アーティ!」」


背中をホウオウの翼で引き裂かれ、進行方向に吹き飛ぶアーティを、
寸でのところで何とか立ち上がったピカチュウが抱きとめる。
傷は思いのほか浅く、アーティがギリギリで回避しようとしたのが――いや、違う。


「く…くそ…間に合わ……」

「アーティ!?ちょっと!!アーティッ!!」


ピカチュウの腕の中で、アーティの身体から力が抜ける。
そして、その手から落ちたものを見て、ピカチュウが気付いた。

回避しようとしたのではない。
アーティはそれを拾おうとして、
結果的にホウオウの攻撃から致命傷だけを避けたのだ。


「ポロックケース!!」


叫んだのはユハビィだった。
そして全てを理解したサーナイトが、ピカチュウに向かって叫ぶ。


「ピカチュウさんッ!それをユハビィさんにッ!!」
「っ!」

「――ッ!させるかァッ!!」


サーナイトの言葉の意を解し、ピカチュウがポロックケースを投げる。
ホウオウはそれを阻止しようと、
さらに速度を上げて――どの道誰にも見えては居ないが――飛ぶ!



「行かせない………っ」


「―――っ!?」




それは、偶然だったのだろうか?
ユハビィですら視認出来ない速度を超えているホウオウを、


「サーナイトッ!!」


サーナイトが膨大なエネルギーと共に割り込んで『止めた』のだ。
そのエネルギーは、通常のポケモンと比べれば強大過ぎるものだが、
ホウオウから見ればあまりに小さく非力なもの。
しかし、それを打ち破るために、ホウオウの意識は一旦そこへ向く必要が生じた。

サーナイトはホウオウの攻撃の直撃を受けて軽々と吹き飛ばされる。
その、ごく一瞬の時間が、確かにユハビィたちに与えられる。



だが、足りなかった。



如何見てもホウオウの方が早く、
宙を飛ぶポロックケースは、無残にもホウオウの翼で――――






―――ドガァァァアアアアアッ!!






「うぐッ!?」



サーナイトが稼いだ時間はほんの一瞬、0.1秒に足りるか足りないか。


しかし――


その0.1秒が、ユハビィではなく彼らの到着を間に合わせた!



「…ディアルガ…パルキアッ!邪魔を…するなぁァアアアーーーーーーーッ!!」

「ぐうッ!」
「くっ……なんと言うパワーだ……ッ……!!」


ディアルガとパルキアが全力で止めに入ったというのに、
ホウオウはそれすらも児戯だと言わんばかりの勢いで障害を突破した。

僅かに、1秒ジャスト。
サーナイトが繋ぎ、ディアルガとパルキアの応援が間に合って、



やっと、1秒と言うホウオウにとって大きすぎる時間が、ユハビィに与えられた。



ホウオウが強すぎて、これだけの力を借りながら、1秒。



小さくて無力で、



所詮世界の駒とバカにされるのも頷けてしまうほどの圧倒的な力の差。



ユハビィはホウオウの前で、
それら全ての感情と共にポロックケースを抱え込んでいた。




「………」




ホウオウは立ち止まっている。
もしかしたら、再び余裕が悪乗りしていたのかもしれない。




僅かばかりの希望を託すために倒れたアーティ。
それを間に合わせるために吹き飛ばされたサーナイト。
ディアルガ、パルキアの乱入。

ホウオウにとって、最も大きい、予想外の要素だった彼らが、
最後に残した希望を受け取ったユハビィが何をしてくるのか。

それを叩き潰してこそ、真の勝利だと
――妙な感慨に囚われていたのかも知れない。



「最期の余興だ。何をする心算か知らないが
 ……その僅かな可能性、我が全て蹂躙してくれるッ」



ポロックケースを手にしたユハビィに向かって、
ホウオウは最期の余裕を見せつけた―――








つづく


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