「さらばだ、ミュウの子よ」



ホウオウが別れを告げる。
この世界からの今生の別れを。

そして翼から炎を生み出し、【ディヴァインフレア】を放





――【破滅の願い】





絶対領域から、ミュウツーだけが忽然と姿を消した。
次に、絶対領域と呼ばれたその空間が世界から消滅した。











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迷宮救助録 #58
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そこは変わりない姿を晒している。
壊れたモニターも、切れた配線も、
ホウオウの所為で木端微塵になった照明も、
砕け散った瓦礫も、立ち込める砂埃も、何もかもが、さっきのまま。


そしてそこに立っているのは、ミュウツーだけではない。
宇宙から呼び出され、ミュウツーに取り込まれる末路を辿った哀れな者たち。


「手間をかけたな…すまなかった。我を殺したければ好きにするといい…」

「…ふ、見せてもらいましたよ。全て…ミュウツー。貴女は何も悪くない」


デオキシスが、相変わらずな紳士を見せる。
どこまでがコイツの本心なのかはミュウツーですら図りかねたが、
取り込んだ事、利用した事を気にする様子は無かった。

そしてその横で眠そうにしているジラーチもまた同じく――


「はぁ…まさか【断罪の願い】が破られるなんて、ちょっと焦ったよ。
 中途半端な目覚めじゃなければ、一瞬で片付けてあげたんだけどね」


などとホウオウとの戦いを振り返っている。
あの戦いの中、取り込んだとは言えその力を行使したのはミュウツーではない。
ミュウツーの承認はあったが、ディフェンスフォルムでミュウツーを守ろうとしたのも、
絶対領域を生み出してホウオウと戦おうとしたのも、
全てはこのジラーチとデオキシスの意思だった。

理由は単純な同情なのか、
ミュウツーがミュウの子と知ったからなのかは定かではないが、
少なくともミュウツーに対して敵意を完全に消失した事は間違いない。

ミュウツーの心を理解した、デオキシスとジラーチからの、救いの手。


「これからどうするのですか?」
「…D…ゲンガーと少し話して、責務を全うしたい」


ついでとばかりにミュウツーはデオキシスとジラーチに今後を問う。
ジラーチは眠そうに瞼を擦りながら、デオキシスは首をかしげながら応えた。

「僕は寝させてもらうよ。あと800年くらいね」
「どうしたものですかね。また宇宙に戻って、仲間に会いにでも行きますか」

「そうか…ならば、ここでお別れだ。地上まではテレポートで――――」






気付いた。





身をかがめるより早く、油断しきったデオキシスとジラーチを抱えて跳ぶ。





――間に合わない。テレポートだ、座標特定の時間は無い、隣の部屋でいい――
















    【ヘキサボルテックス】
















………









「ぅ…ここは?」
「地底遺跡…?…ミュウツー…?」


デオキシスとジラーチがその座標に到達したのは、
さっきまでミュウツーと共に居たその空間が、
激しい音と光を伴って消滅した次の瞬間だった。

聞こえたのは、テレポートの直前――【ヘキサボルテックス】と呟く女性の声。



「うふふふ…無様なものね、ミュウツー。どうかしら?
 楽に死にたいなら、早めに自害した方がよろしくてよ?」

「…………」


その声はミュウツーに届かない。
ヘキサボルテックス――そこに立っている救助隊総本部の総帥の最強奥義をまともに喰らい、
ジラーチとデオキシスの力を失ったミュウツーは完全に意識を失っていた。


「ふ…まぁ幸せですわね、眠ったまま逝けるのだから」


【デンリュウ】はその手に雷を纏う。
ヘキサボルテックスの威力は完全にディヴァインフレアを上回り、
デンリュウの戦闘能力はホウオウを完全に超えていた。
この短期間で何があったのかはわからない。

その手が振り上げられ―――



――ガッ!!



何者かに取り押さえられる事で、攻撃は中断された。
今の派手な一撃は遺跡のコントロールルームを消滅させるだけに留まらず、
遺跡の中を移動していた【彼ら】を呼び寄せるきっかけになったらしい。



「あらあら、お久しぶりですわね…トップアイドルの付き人と、大地の神」

「ゴゴ…デンリュウ…何があった…お前らしくない…」
「ふむ…ミルフィーユの言う通りだ。いくら何でも、おまえは殺しなどしないはず」

「………」



腕を掴んで睨みつけているカイリューの前で、デンリュウはただ冷笑を続けていた――







…………






「ぐわあっ!」

「リーダー!」
「オーダイル!余所見をするなッ!」
「っ!?があああッ!」


最後まで残っていた救助隊チーム『ハイドロズ』が陥落し、
集落の守りで残っているのはラティアスだけとなった。

いや、もう既に集落の『守り』として機能はしていない。
倒れた救助隊を人質に取られ、まともに戦うことなど既に出来ていないのだから。

ドラゴンタイプである事を活かして味方を守るために前衛で戦っていたラティアスも、
既に限界が近く――またそれに気付いていたエンテイとライコウも、
トドメと言わんばかりにそれぞれ電気と炎の塊を作り出してラティアスに詰め寄った。


(此処までか……)


ラティアスは心の中で舌打ちをする。
それでも、諦めずに逆転の策を考えるが――もうそんな時間すら無かった。




「終わりだ夢幻竜ッ!此処で朽ち果てるが良いッ!」





炎と雷の塊が襲い掛かってくる。
ふてぶてしくも最後までそれを睨みつけていたラティアスは、
次の瞬間に信じられない光景を見た。

そして、それはエンテイとライコウにとっても、信じられない出来事――


「現役は――引退した心算だったんじゃがな」

「ネイティオ…賢者、ネイティオ…? な、何故貴様が此処に…!」


賢者ネイティオは、炎と雷の塊を切り裂いて、そこに降り立った。
その穏かで強力な覇気は、なるほどかつて天才と呼ばれただけは在る。


「よかった! 間に合って!」

「兄さん!」


次いで、ラティオスが降り立った。
彼がネイティオを呼びに行ってくれたから、今もラティアスは立っていられる。


「賢者ネイティオ…くそ、何て覇気だ…!」


エンテイがたじろいだ様子でネイティオを睨みつけながら言う。
その言葉に、ネイティオは溜息を一つだけついてから顔を少し動かした。

そして、穏かに告げた。


「諦めよ。ホウオウの戦いは、じきに集結する」



その目は相変わらず、何を見ているのか悟らせる事無く――


立ち尽くすエンテイとライコウの、
その向こう――宇宙の果てを見ているようであった。




…………




まるでカイリューの存在など興味が無いかのごとく、
視線は大地の神と称されたグラードンに向けられた。
そしてまた自分の腕を掴んでいるカイリューと目を合わせる。


「いいじゃないですか、この子はちょっとオイタが過ぎたと思いません?」
「ふむ…ルカリオが死ぬきっかけを作ったからか?」
「過去の話はしないで下さい。私は救助隊総帥として、この子を消す義務があるのです」


強い口調で何時までも冷笑し続けるデンリュウが不気味で仕方ない。
しかしカイリューはその手を離さなかった。
膠着が続く。
覗き見ていたジラーチとデオキシスの存在にデンリュウが気付いているのかどうか、
気付いていたとして、それを外っておくのかどうか――


そんな訳が無い。


今のデンリュウはどこか異常だ。
適当な理由をつけてミュウツーを殺そうとしている。
それだけは避けなくてはならない。


「何故ですか?」
「?」


不意にデンリュウが困った顔を見せつつ、問いかけてきた。
何故――と聞かれて、応えられるわけが無い。質問が不適格だ。
当然の如く、デンリュウは質問を続けた。
今度は解り易く――核心を突くように。


「何故、邪魔をするのですか?」

「……それ、は…」

「返答が遅いですね。特別な理由でもあるのですか?
 この子を殺してはいけない理由が――まさかあなた方も裏切りを?
 この子がサーナイトだった時の部下だった同情心?
 そういえばその時の責任、まだ問うて無いですね。
 どうします?
 このまま更正せずに私の邪魔をするなら、消えてもらいますよ?」

「…っ!」


デンリュウが息継ぎもしないほどの速度で核心を突いていく。
このまま押し切られては、この狂ったデンリュウに正当な理由の元消されてしまう。
何とか反撃しなければ――そうカイリューが言葉を模索する時間を潰すように、
デンリュウが最期に一言付け加えた。



「ミュウの命令だからですか?」



ニタリ…という擬音が一番相応しい、これ以上無い悪意に満ちた笑みが、空間を支配する。

カイリューは言葉を失った。
デンリュウは全て見抜いている。
誰が、どんな立ち位置に居るのかも、
この世界の命運をかけて動き回っている者達の事も、全部だ。

何でだ、何故知ってる、どうして――



「救助隊総帥の立場とは、結構便利なものだよ」

「!?」


口調が変わっている。
育ちのいい記号化されたようなお嬢様口調が、急に威厳を帯びる――



「カイリュー、イワーク、それとゲンガー…
 貴様らがミュウの願いを聞いてこの世界の裏で動いていた事
 …私が知らないとでも思っていたか?くくく…」

「………」

「…うん?違ったか?くく…違ったなら違ったと言ってくれ。
 私にもわかるように、種明かしをしてみるがいい」

「何も…教える事は、無い…」


呼吸が、心拍数の上昇に伴って荒くなる。
冷や汗が止まらない。
捕まえているのはこっちなのに、捕まっている気分がカイリューを襲う。
動けない。言葉をうまく発する事すら出来ない。

恐怖だ。
デンリュウの得体の知れないオーラに恐怖を感じている。



「さぁ教えるんだ、ミュウのシナリオを…」



デンリュウの波導が突風の如く突き抜ける。
後ろに控えていたイワークもグラードンも、そこから一歩も動く事が出来ない。




「…ふ…どの道此処で殺すのだから、如何でもいいのだがな」




一番動けないのは、カイリューだった。
カイリューは、いつの間にかその手からデンリュウが抜け出している事にすら気付けない。




「全て我が壊し尽くしてやる。ふっふふふ、くはははははははっ!!」






【ヘキサ――――






「デンリュウ様ッ!!!」

「っ…!?」



悪戯な笑みが凍りつく。
それは半分、元のデンリュウの意思が混ざっているようにすら感じられた。

そう――デンリュウはまだ完全に狂ってはいない。

その証拠に――


「デンリュウ様…………何を…何をなさっているのですか……ッ!」

「あ、あ…アブ…ソル………?」



最も信頼を置く――置いていた――部下、
アブソルの言葉に、その手を止めるだけの理性があったのだから。










つづく



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