僕は世界を守る。

それが全て。

それが事実。





だから全ての責任は僕にあるのかも知れない。

世界を守るために、沢山のひとを傷つけて、………

これが報いだというのなら、甘んじて受け入れよう。

だけどその前に、最後まで責任を取らないといけない。


もうその身体も無いけれど。

もうすぐこの力も消えてしまうけれど。

僕は、じきに世界から消えてしまうけれど――


消える前に、やるべきことをやらないといけない。

そうしないと、【彼】が目覚めてしまう。

【彼】が目覚めたら、僕の役目は終わってしまう。





お願いだ、D。

その世界では僕の蒔いた種が、君に協力してくれるだろう。

僕に出来る範囲で、君にして上げられる事はもう無い。

…すまない。






僕に出来る助言はただ一つ、

『ミュウツーを正気に戻して』

それだけなんだ。









どうか



世界をよろしく頼む…







――過去編9【トキワタリ】――









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迷宮救助録 #55
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頭が痛い。


意識が戻ったときに、一番に感じた事だ。



「つ…」



気分は最悪だった。


記憶の糸を辿る、そして辿らなければ良かったと、直ぐに後悔した。





周囲は実に気持ちのいい風が吹く高原で、青空が広がっている。
頭に来るほどいい場所だ。
サーナイトも一緒に連れてきてやりたかったと、思わずそう思ってしまうほどに。

いや、一緒についてきてるんだが、何と言うか少し面倒な事になってるわけで。


「………」


Dは起き上がると、足元を見た。
モンスターボールが転がっている。
この中に居るんだ、サーナイトとミュウツーが。


あぁ、言うな。
何で一つのボールに二匹のポケモンが入ってるか、そう訊きたいのだろう。


なんて考えながら、Dは頭の中でごっちゃになった記憶を整理し始めた。
そう、このボールに入ってるのはサーナイトとミュウツーだが、二匹ではない。

サーナイトとミュウツーで、一匹なのだ。
それがミュウ曰くの、【手段】。
暴走したミュウツーの感情を、
ポケモンの中でもトップクラスの慈悲を持つサーナイトが包み込み、
…つまりミュウツーの中にサーナイトが憑依して、
何とか暴走を抑えようと頑張っている―――という事らしい。

それも現在進行形で。

しかし、それでもミュウツーを抑えきれず、
サーナイトが中に入っているのを利用して
何とかボールに戻す事で事無きを得て――


…しかし、あれじゃあロケット団は壊滅必至だろうと、Dは嘆息した。


「また出したら、もう止まらないよな…どうしろってんだよ畜生」


Dの呟きは、強風に煽られて消えた。
ミュウツーをボールに戻した直後に再びミュウが現れ、Dはこの世界に運ばれてしまった。
時間が無い――だの何だのと難しいことを言っていたが、Dはよく覚えていなかった。

何故なら頭が痛い、痛すぎて頭痛薬を一気飲みしたくなるほどだからだ。
異世界へ飛ばされると言う脅威の経験は、流石のDにも心身ともに堪えた。



「こんにちわ」



「………よし、どうやら俺はまだ夢見がちだったようだ。寝る」

「え!?ちょっ、待って!寝ないで!逃避しないで!?」


疲れた身体を労わろうと、Dが再び大の字に寝転がったとき、
突然現れたその小さなポケモンはDの顔を両手で引っ張り伸ばした。


「うーん、うーん、緑色の妖精さんが俺の顔を引っ張る悪夢がぁぁ…」

「夢じゃないってば!起きてよ!D!」

「っ……なんで俺の名を…って、そういやその声はまさか」


突然自分の名前を呼ばれたDはガバッと立ち上がり、そのポケモンの顔を凝視した。
どう見てもミュウではないが、その声は紛れも無くあのミュウである。
その姿は確かどこぞの森に住んでいるとか居ないとか、
ミュウ並みに幻扱いされているポケモン――


【セレビィ】だ。


「なんてこった、カメラカメラ…って手ぶらだバカヤロウ!」
「あの…落ち着いて…」
「…ったく…。まず、どう言う事か説明してもらおうか」


ドカッと胡坐をかき、Dはセレビィの前に座る。
敬意とかそんなものは皆無だが、セレビィも気にする様子は無い。
それどころかセレビィはDの足元に転がっていたモンスターボールの上に腰掛けると、
またしても的を射ない言葉を紡ぎだした。

Dにはあまりに理解に苦しむ単語と表現と比喩の嵐だったのでその辺は割愛するとして、
要するにセレビィの言いたい事は全部言い訳に近いものだった。
一部、状況説明としてこの世界がポケモンの世界だと言う話も出たが、それも割愛する。


「つまり残り僅かな力で世界間を往復するのは無駄だから、
 声だけを飛ばして俺だけをこっちに引っ張ったって事か」

「そうだよ。この世界に於ける僕は既に【存在定義】を失っていて、
 残された力も残留思念の残りカス。
 まだそれなりの力はある心算だけど――無駄遣いは許されない」


【存在定義】…しかしDの聴いた意味不明な単語はそれだけではない。
中でも難解だった単語が、【個体間意識移行制限解除限定常駐コード】だ。
既に人間の言語かどうかすら疑わしいが、それはこの緑色の妖精曰く、
【ミュウ】とはいくつかあるコイツの意識の器の一つで、
【ミュウ】以外の器に何時でも意識を転移させる事を可能にするための、
世界倫理から制限干渉を受けないプログラムを実行する………やめだ、余計わからない。

つまるところその個体間なんちゃらを使って、
今はミュウではなくセレビィの身体を使っているのだそうだ。
ただし【存在定義】と言うものが消失すると、まさしく神の様な存在であるミュウですら、
後は力を消耗して消えるだけになってしまうらしい。

存在定義ってのは、簡単に言うとこの世界で『生きているか否か』って事らしい。
ミュウは既にこの世界で『死んだ』扱いになってしまっているから、
神懸った力で何とか此処に居るものの、それも時間の問題――だそうだ。

「ミュウツーは…正気を失ってしまったんだね…」
「生憎な。どうしてこうなっちまったもんかね…」

Dの脳裏を、サーナイトがかすめる。
サーナイトは今、ミュウツーを抑えるために必死で戦っているに違いない。
もし負けたら二度と戻って来れないのを承知で。


「……負けるもんか…アイツは強ぇ…」


大地にびっしりと萌える雑草を握り締めて、Dは立ち上がった。
セレビィは一通りの理解を得てもらった事に満足したのか、
そろそろ消えるような事を言い出す。
他にやる事があるらしい。忙しいやつだ。

その場でDが最後に聞いたアドバイスは、
理解こそ割と簡単だったが、実際一番難しい事だった。


『もしミュウツーが正気を取り戻す事が出来なかったら…その時は始末するんだ。
 本当に、最後の最後の手段……もしもこの世界に『僕』を継承する器が無かったら、
 きっと、今よりももっとずっと『狂って』しまうから……』


始末って言われても、とDはぼやきながら、とりあえずどこか町を探して歩き出した。

この世界がポケモンの世界らしい事も忘れ、
適当に見つけた町に迂闊に入っていった事で少し面倒なことになったりもしたが、
物分りの良いポケモンたちのお陰で野宿は当分避けられそうだった。

何せ、如何いう理屈か知らないが、
この世界のポケモンとは会話が成立するんだからな。




………




ミュウツーが正気を取り戻したかどうかを確認しなければならない。
モンスターボールの中に入れっぱなしにしておいては確認のしようが無いから、
つまり外へ出す必要があるのだ。

それに気付いたとき、Dは真剣に悩んだ。
差し詰め、爆発するかも知れない箱を開ける事を強要されたかのように。

何せ相手はミュウツーで、暴走状態かも知れないのだから。



「……そん時は、それまでだったって事だ」



真剣に悩んだ挙句、どうせ死ぬなら世界の命運なんか知るかと言う思いで、
Dはミュウツーを呼び出した。
そしてその姿に驚愕した。



「……主か……ここは、どこだ?」


「サーナイト………?」



何故ならボールから飛び出したそれはミュウツーではなく、
サーナイトそのものだったからだ。
人格的には、ミュウツーのそれだったが。

何かの弾みで入れ替わったか?
それともサーナイトと合体してしまったのか?
いや、それ以前に元に戻ったのか?もう大丈夫なのか?

いくつもの考えが頭の中を通り過ぎていく。
甘い。
甘すぎる。
いつから俺はそんな甘い考えを持つようになってしまったんだと、Dは拳を握り締めた。
目の前のそれを見て、大丈夫だなんて言えるものか。

あの凶暴な目つき、存在感は、どう考えても気のせいではない。
これは外に出してはいけない、直ぐにボールに戻さなくては…

Dは悟られないようにボールを手に取り――




「悪いな主。私はボールには戻らない」



「っ!?」



モンスターボールから放たれた赤い光は、
サーナイトの形をしたミュウツーに当たる直前で霧散した。
何かシールドの様なものが、あれを守っているらしい。
そんな芸当が出来るなんて―――
アレがまともなポケモンじゃないと言う事だけはハッキリと再認識できた。




「マナが満ちた……良い世界だ、気に入った。
 Rの教えでは、手に入れたければ力ずくで奪い取れ、だったな」




幸い今はまだ自分に友好的だ。
こうなったら、出来る事はただ一つ。


――始末


それをするのは自分じゃない。
この世界のことを調べて、強い奴を探し出して、こいつを倒してもらう。

――それがDに出来る最大限のことだった。
あのミュウの言いなりになるのは癪だったが、このままではいずれ自分も危ない。
あくまで自分のためだと言い聞かせ、Dは我が道を行かんとするサーナイトの後を追った。




………



そしてDは天才たちの存在を知り、
その故郷を襲うと言う遠回りなやりかたで天才たちと交戦した。
Dの目論見は大成功を収め、
見事サーナイトと融合したミュウツーを始末する事が出来た。

…天才たちの認識では、
ミュウツーは戦略的撤退と言う手段を取るに至っただけだが、違う。

Dの見間違いでも無い限り、あの後ミュウツーは朽ちて死んだのだ。
ボールに戻して、二度と外には出さないと――その瞬間の出来事だった。

サーナイトはまるで、身体に負荷をかけすぎた蝋人形の如く崩れ落ちて――




「D……」


「よぉ…ミュウツーなら、たった今死んだぜ…」



一度に二つのものを失って茫然自失となったDは、
そこにセレビィの姿を模したミュウが現れても一切動揺する事が無かった。
Dが意識をハッキリと取り戻したのは、その直後のミュウの言葉だ。



「10年後、ミュウツーは蘇る。あの姿で…」

「!?」

「何を驚く?僕は時を渡るセレビィ――未来を見る事は容易い。
 それを変える事も…と言いたいが、今はもうその力は無いか」


ミュウは悔しそうに呟くと、Dの前にフワリと浮き、その顔をジッと見た。


「10年待つのは嫌だよね?」
「当たり前だ」
「うん…だから、10年後までは僕が案内するよ
 ――そこであのロコンに会うんだ、その時はキュウコンになっているけど」
「会ってどうする、どうすればいい」
「…わからない。ただ、復活したミュウツーを倒すと言う目的は変わらない」
「…ケッ、わぁーったよ…」


Dはふてくされたように大きく息を吐き、覚悟を決めたような表情でミュウに応えた。


「よく考えたら、俺って今すげぇ事してんのな。
 贅沢は言わねぇ、こうなったらトコトン楽しませて貰うぜ。ケッケケ」



自棄になっていたのかも知れない。
これから、あと何度、自分の最愛のパートナーを殺さなければならないのだろう――
そう考えれば考えるほど、自分の中で正常な思念が失われていくのが、
手に取るように解ってしまって、でも如何する事も出来なくて――

気が付いたら、そんな風に達観して、笑うようになってしまった…


「――ふ、じゃあ行くよ。目を閉じて何も考えないで――」


ミュウは――そんなDの心境を知っているのだろうか?
知っていて、それでも『責任』とやらのために、敢えて無視をしているのだろうか?

それすらも、Dには如何でも良かった。

『やるしかない』『他に道が無い』

世界を守護するとか壮大な事を言う『ミュウ』がそれしかないと言うのだから、
たかが大泥棒の自分に、それを上回る理想を実現する力なんて、あるはずがない――


世界が自分の身体ごと湾曲するような感覚の後、
高層ビルから飛び降りるような浮遊感と高速回転するカップの中に居るような気分を
同時に体験し、要するにワケが解らないなりに気持ち悪さだけを堪えつつ――


「っ…」


目が覚めたときは、またこの世界に初めて来たときと同じ場所に倒れていた。




心地よい風と青空は、何一つ変わらなかった。



壮大な使命を帯びるにはあまりに非力な身体を起き上がらせて、



Dは、ユハビィとキュウコンが居る、氷雪の霊峰を目指す―――






つづく




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