地底遺跡を探索するメンバーは、ついにユハビィとアーティ、
そしてキュウコンとゲンガーだけになっていた。
ピカチュウとルギアは『レジアイス』を、
FLBの面々は『レジスチル』を食い止めるために遥か後方で戦っている。

どちらもレジロックを上回る強さで、ユハビィは気が気では無かった。

もしかしたら、アブソルたちも危ないかもしれない、
戻りたいが、もう戻れないところまで来てしまった、だから――


――此処は一緒に戦って、さっさと片付けて先へ進もう――


そう言い出して聞かないユハビィを制したのは、意外にもリザードンだった。


「………」
「ユハビィ、あいつらなら大丈夫だよ」
「…うん…」


リザードンに殴られた頬を撫でる。
まだ少し痛むが、それ以上に心が痛かった。


『おまえじゃなきゃアイツを倒せないんだよッ!』


リザードンはそう言った。
我侭を言う子供を躾けるような顔だったが、それは悲愴感すら感じさせた。


「ユハビィ…」


大丈夫と言う言葉を使ってみたものの、
一向に元気の無いユハビィを見てアーティはため息をついた。
振り返るとキュウコンが居るが、
ユハビィを元気付けようとする意思は全く感じられない。
それどころかユハビィを見てすらいない。
遥か続く地底遺跡の道の向こうを見据えて、
最後の戦いに向けて決意を新たにしているように見えた。


それが、正しいんだろうけどな。


心の中で呟く。
キュウコンが何を考えているかは知らないが、
このままではいつかユハビィが壊れてしまうんじゃないかと、アーティは心配になった。

今は誰かが支え励ましてあげなければいけないのに、
パートナーでありながら――それが出来ない自分が、もどかしかった。



一行はゲンガー案内のもと、地底遺跡の最深部に向けて歩き続ける。







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迷宮救助録 #49
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「Θδ………」



――ズドォォォォン……




レジロックが岩の塊であったのと同じように、
レジアイスと言う名のこのゴーレムは、全身が氷の塊で出来ていた。

その高い防御力はルギアの攻撃すら寄せ付けず、
ピカチュウの見よう見まねヘキサボルテックスすらも通用しなかったのだが、
物理防御力の方は幸いにして低かったようで、
ピカチュウの渾身のボルテッカーとルギアの鋼の翼の波状攻撃の前に、
レジアイスは高らかに大爆発を起こして木端微塵となったのだった。

とは言え、ボルテッカーの反動のダメージも決して小さくはなかったし、
ルギアの自慢の翼も血が滲んでいて、とても楽勝と言える状態ではなかったが。

「…やりましたわね…」
「あぁ……」

血の滲むその翼に、ピカチュウは乱暴に包帯を巻いていく。
あまり巻き過ぎるなよとルギアは呟いたが、
難しい顔をしているピカチュウには聴こえなかったようだ。
ルギアは粉々になったレジアイスの破片を見つめ、呟いた。

「…一番活躍する心算で来たと言うのに、これではダメだな」
「こんな地下じゃあ、自慢の翼もお荷物ですわね」
「サーナイト…ミュウツーを地底遺跡から外に出せれば……」
「絵に描いた餅を眺めても仕方ありませんわ。行くなら行きましょ」
「あぁ、そうだな」

小さく頷くと、ルギアは視線を天井に向けた。
何かを計っているかのようにジッと見つめ、溜息をついてまた歩き出す。

「…遅い。が、神たる私があんな醜態をさらさずに済んだだけマシ…か」

ピカチュウには聴こえないような囁き声で、ルギアはそう呟いた。






………





ルギアとピカチュウが、先行するユハビィの後を追いはじめるのと同じ頃、
FLBは『レジスチル』を下し勝利の余韻に浸っていた。
…と言うのは正確ではなく、
実際は激闘の果てにやっとこさ倒したレジスチルの最期を見届け、
三人はその場に倒れこんでいたのだが。

「なぁ」
「なんだリザ」

天井を見上げて倒れているリザードンが呟くと、フーディンが簡素な相槌を打つ。
バンギラスは無口度が普段の3割増しで、
しかし時折大きく深呼吸しているので何とか生きているらしい事は分かる。

「あんなのが他にも居るのかな」
「キュウコン氏によれば、封印されたゴーレムは三種類らしいが」
「そうか…でも、三種類だからって三体しか居ないとは言い切れないだろ?」
「その時は……世界も終わるだろうな」

「地底遺跡の防衛プログラムにハッキングして
 ゴーレムの状態を非アクティブに書き換えればいい…簡単な事だ」

押し黙ったままのバンギラスの第一声に、フーディンとリザードンは言葉を失う。
返答に困り、何とか言葉を捻り出そうと頑張ったリザードンは、溜息混じりにこう言った。



「もう少し俺に分かるように言ってくれ」








………









地底遺跡深層。
コツコツと音を立て、ミュウツーは【全ての始まりが眠る地】を目指していた。
途中何体かのゴーレムとすれ違ったが、襲い繰る気配が無いので全て無視した。

『アクセスコード151、ユーザーネーム“ミュウ”、認証完了…
 エインシャントプログラム起動…ミラーゲート転送シマス』

「っ!?」

突然、遺跡の中に声が響き渡る。
校内放送か何かの要領で、どこかにスピーカーが仕込まれているようだった。
しかし、その声は懐かしい。
どこか他人とは思えないその声を聞き入っていた直後、
当惑するミュウツーの前に一枚の鏡が出現した。

その鏡は別の空間に繋がっているようで、中から『ポリゴン』、
『ポリゴン2』、『アンノーン』と言う奇妙なポケモンたちが姿を現した。
前者ポリゴン、ポリゴン2は人工のポケモンで、
電子空間――0と1の世界を移動する能力を持っている。
恐らくは電子空間を移動する過程でこちらの世界に紛れ込んだのだろう、
そしてアンノーンは古代文字を象ったような、それこそ奇妙としかいえないポケモンだ。
細くうねった姿には、生物性をまるで感じさせない大きな目玉が一つだけついている。

それらに取り囲まれたミュウツーは、しかし一向に戦意を見せることは無い。
なぜならミュウツー自身が、それらに敵意を感じなかったからだ。

『…久しぶりだね、ミュウツー。聞こえているかい?』
「あぁ、聞こえている。…おまえが、ミュウか?」
『そうだ。僕がミュウ。君のオリジナルだ』
「コピーにしては、お粗末な姿だがな」
『気にすることは無い。僕はその姿は、気に入っているよ』

ポリゴンやアンノーンに先導され、ミュウツーはミラーゲートと呼ばれたそれを潜る。
ミラーゲートの中の通路は『テレポート』を使う時の様な負担のかかる異空間ではなく、
もっと整備された『正常な空間』だった。
古代技術の力か、ミュウの成せる技かは知り得ないが、
ミュウツーは大したものだと感心しながら周囲を見回した。
白壁が広がる真っ白の世界を、アンノーンが先頭に立ってミュウツーを誘導する。
音も光も無い世界。
大きく息を吸い込んでみても空気は無く、しかし何故か窒息はしなかった。
ここは『時』すら存在しない世界なのだ。
全ての生命活動も停止する世界――しかし、死ぬことも無い。

――此処は意思により全てが決定される世界。
最初から『止まった世界』だと知っていれば、
ミュウツーは動く事が出来なかっただろう。
この『無の空間』では、『歩く』と言う意思が無ければ歩くことが出来ない。

意思に宿る不思議な力を実感させられる――無の世界はそんな空間だった。


「っ」

不意に前方から光が差し込む。
無の世界に、光が差したのだ。
あまりの眩しさに目を腕で隠し、
アンノーンの影についていくとそこには――




「…ようこそ、ミュウツー」




「…会いたかった、ミュウ……我の……唯一の、家族……」




『新種ポケモン』と名付けられた『起源』の名を冠するポケモン、


『ミュウ』が―――優雅に浮遊していた。







つづく


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