ヘラクロスは、震えている自分の四肢を一喝する。
勝てる、これで最強の座が、手に入る。
それは疲労から来る痙攣ではなく、武者震いだったのかもしれない。


とどめの一撃には、【メガホーン】が選ばれた。
ユハビィは草タイプで、メガホーンは虫タイプ。
こんな無防備な状態で当たれば、確実に致命傷になるだろう。


ヘラクロスは真の勝利を確信した。
そして、メガホーンを振り下ろす。


だが――――



―――ガギィィィイィンッ……!




その時響いた衝撃は、生物を砕く感触ではなかった。


在ろう事か、もう少しでユハビィに当たると言う処で、メガホーンが防がれている。
一体何に止められたのかを確認するが、
ヘラクロスにはそれが何なのか理解できない。

ただ青いような、紫がかった光が、
自慢のツノに絡み付いているだけだった。

それも、物凄い物理的な圧力を持って。


「な……んだ、こりゃぁ…」


ヘラクロスの脳裏に、コテージでの出来事が思い浮かんだ。
思わずバッと後方へ跳ぶ――跳ぼうとしたが、絡みついた光が、それを許さない。

何とか逃げようとして可能な限り――結果としてほんの数センチ後退し、
ヘラクロスはそこに居る『何者か』に叫んだ。


「ユハビィ…じゃない!さっきのアレも…おまえは誰だ!」


「僕は、賢者――大妖狐【キュウコン】……これ以上は、僕が許さない」



それはユハビィの身体を借りて話す、賢者【キュウコン】だった。


操り人形状態のユハビィの身体を媒体にして――

ヘラクロスには、確かにそこにキュウコンの姿が見えていた。





気迫――殺気が、突風のように吹き付ける。




背筋が凍りつくとは、こういう事なんだとヘラクロスは確信した。












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迷宮救助録 #43
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コテージの中で見たあの豹変したユハビィは、
つまり【そう言う事】だったのだと、ヘラクロスは納得する。
目は虚ろで、焦点の定まらないところは、サーナイトの操り人形にも似ている。


「しかし…キュウコン……何故…ってのは…聞くだけ野暮か?」

「………命乞いなら今すぐしておけ。
 此処で退くなら、ユハビィの気持ちも汲んでお前を見逃してやる」

「っ…」


キュウコンの言葉に、ヘラクロスはハッとする。
ここまで来て逃げたら、もう二度と最強の座など取れはしない。
どの道逃げたところで、もう行き場も無い。
キュウコンをジッと睨みつけて、ヘラクロスは言った。


「生憎、もう戻る場所も無いんでな……お前を倒して俺が最強になるッ!」

「…哀れな…」


紫色の光が、ツノを解放する。
それを見計らい、ヘラクロスは後方に跳躍して距離を取った。
飛んでいる間も、一瞬たりともキュウコンと化したユハビィから目を離さない。
波導とは違う何かが、ユハビィの身体を包んでいる。


キュウコンは妖狐だ、恐らく妖術の類だろう。
ユハビィは波導をメインにして戦っていたが、
もしあれにこの妖術が組み合わさっていたらと思うと、ゾッとした。

――いや、違う。

これから、そうなるのだ。
このキュウコンは何故だか知らないがユハビィを溺愛している。
そして彼女を守るためなら、何をする覚悟もとっくに出来ている。


「おまえは、死後の世界でまた最強を決めようと言った」

「…だから何だよ」

「…不可能だ、と忠告しよう」



――ドズンッ!!!



ずっとそこに見ていたはずのキュウコンは、いつの間にか0距離に現れた。
反応出来ない――などと考えが及んだ頃には、
鈍い痛みがヘラクロスの全身を駆け巡る。


「ぐはッ……ッ!」

「おまえとユハビィは、死後の行き先が違うからだ」



――ズドォーーーーンッッ!!



「がはぁあああッ!!」

「しかしまぁ……僕と同じ場所なら逝けるんじゃないか?せいぜい仲良くしよう」


6発――音だけ聞くと分からないだろうが、
ヘラクロスの腹部には、最初に2発、次に4発の波導が叩き込まれていた。
4発がほぼ同時にねじ込まれた衝撃により、
ヘラクロスは物凄い速度で吹き飛ばされ、岩盤に沈む。
内臓が潰されたのか、吹き飛ばされたヘラクロスの軌跡に赤い液体が飛び散った。

何が起きたのかを頭の中で処理している時間は無い。
とにかく今は、この岩の中から抜け出し、
あのキュウコンと間合いを取らなければいけない。




「――ふんッ!」



――ドゴォオオッ!!



メガホーンで岩を破壊し、土砂を巻き上げる。
これでキュウコンの姿は見失ったが、
向こうも同じ条件だろうと思ったヘラクロスは、高速で空を目指した。
夜の闇の中に、ヘラクロスの黒光りする身体が溶け込む。
よく目を凝らさなければ、見つけることは困難だ。

羽音も最小限にして、キュウコンの姿を探す――




「だが、僕は夜目が利くんだ」




「――なっ」


何時の間にそこに居たのか、キュウコンはヘラクロスの背後を取って波導を構える。
よく見れば波導の光が、ユハビィの身体から翼のように生えていた。
こんな使い方もあったのかよと、心の中で悪態を付くと同時に、
ヘラクロスは次に来るであろう一撃に備え、
キュウコンに正面を向けると両腕でガードの体勢を取る。




――だが、無意味だった。





キュウコンは思っていた。
戦いの中、最初にユハビィは何と言ったか。
継承状態にはならない、そう言った。
一つの存在を共有しているのだから、その意図だってわかる。

無理をさせまいと、ユハビィに思わせていた。
そして、無理をさせてしまっていた。
仕方が無い、仕方が無い事だったんだ。
どの道継承状態にはなれない、今はなれない理由がある。

だからあの時ユハビィがそう言ってくれた時、少しホッとしてしまった自分が情けない。
継承状態になるといわれて、出来ないと断った時、きっとユハビィは失望しただろう。
そんな思いをさせずに済んでよかったと安堵した自分は何だったんだ。


僕は愚かな狐だ。
人間の娘に恋をした、どうしようもない馬鹿者だ。

だからいくら責められようと、反論する心算は無い。


だけど――













―――それがどうした―――















―――ユハビィを傷つけようとする悪意から守ってやれなくて―――












「僕の存在に価値など見出せるものかッ!!!」













―――ドゴォオオオオオオオオオオォォンッッツ!!









「ぐっ……がは…ッ!!」





キュウコンに首を掴まれたまま、ヘラクロスは大地に叩きつけられる。
だがそれに飽き足らず、キュウコンは大地に叩き付けたヘラクロスを潰すように、
さらなる力を加えてヘラクロスを押さえ込んだ。

大地に亀裂が入っていく。
そして、ヘラクロスの身体は徐々に沈んでいく―――



「最初からこうしていれば良かった、継承状態にならなくても力を合わせる事は出来た」






失望されてもいい。


でも、きっとユハビィは解ってくれた。
一人で何でも出来るつもりになる事が、どれだけ危険なのかを諭す自信はあった。





「これ以上ユハビィには手出しさせないッ!僕の魂が在る限りッ!!」


「ぐうあああああああああああああッ!?」




ヘラクロスは、キュウコンに押し込まれて地面の中に沈んだ。
岩と違い、大地に沈んでしまうとなかなか抜け出せない。


キュウコンは直ぐに手を放すと、波導の翼で再び空へと舞い上がる。


――ヤバイ、この状態はヤバイ、この状況はヤバイ!
脳裏に過ぎる最悪の光景を回避するため、
ヘラクロスはあらゆる努力をしたが、どうしても抜け出せない。

実際はヘラクロスが思っていた以上に、地中に埋まってしまっていたのだ。
その圧力は、ヘラクロスの怪力でも脱出は困難である。

まして、キュウコンの強烈な打撃を何発も貰ってしまった今のヘラクロスには――





――【ブラストバーン】




遥か上空で、膨大な波導が炎のように真っ赤に燃え上がりキュウコンの正面に集められる。
それは波導という生態エネルギーを【熱】に変換したから成せる芸当でもあるし、
キュウコン自身が炎タイプだから出来た技でもある。

本当ならリザードンにしか使えないはずの――

しかしキュウコンが天才だと言うのなら、別に不思議ではなかった。
古今東西の伝説を調べ上げたキュウコンが、
これほど強力な炎タイプの技を会得しないでいることは、寧ろ考えられない。

夜の闇の中、光の翼を羽ばたかせ、炎を操るユハビィ――キュウコンの姿は、
まるで【銀翼のルギア】と対成す神、【虹翼のホウオウ】を思わせた。






地中深くにいるヘラクロスは、キュウコンが飛び去っていった方角から、
巨大な熱の塊が近づいてくるのを感じた。



――死を覚悟した。



あのキュウコンは、このまま生き埋めの土葬にする心算は毛頭無いらしい。



「…強ぇーな……畜生…」



思えば、生き急いだかも知れない。



流離のポケモンとして旅をし、多くの野生ポケモンたちを従え、
そしていつか群れを世界一の軍団にする事が、…夢だった。



サーナイトが世界の王になるなら、それに協力し、
最後に王となったサーナイトを倒して、群れを世界一に導こうとさえ思った。

実際、そうだった。

サーナイトの事は嫌いでは無いが、お互いの夢のために、
最後は雌雄を決する事になる――その暗黙の了承の元、共に居たのだから。



これは我侭な野望かも知れないし、神への冒涜かも知れないが――


この尊大な夢は、同時に群れの仲間たち全員の悲願でもあった。


世界一の群れになれば、もう二度と自我の薄い野性ポケモンでも、
嫌悪され卑下され迫害される事が無くなるのだから――

…そう信じて、今日まで生きてきた。




指導者が必要なんだ。

自我の薄い野性ポケモンだから町から隔離されると言うのは、
高度な精神活動を行うポケモンたちの傲慢だ。
自我が薄く、本能に忠実に生きているもの達でも、
リーダーが正しく導いてやれば、全て上手くいくのだ。

そして、自分ならそれが出来る。
そう思った。
体格、戦闘向けの能力、センス――それら全てが平均を上回る、
自分ならそんな世界が作れると。



「…すまねぇ………みんな……」



まさか暗い地面の中に埋められ、灼熱で焼かれて死ぬとは想像もしなかった。
しかし、これが悪い形とも思ってはいない。
自分には出来なかった。
それは事実だが、希望も見つけることが出来た。

ユハビィやアーティ…そこに集う仲間たち…
サーナイトと共に、ずっと動きを見張っていたから、分かる。
あいつらなら、自分に出来なかった事もやってくれる。
馬鹿だと思われるほどのお人好しで、町を襲撃していた自分の部下たちでさえ、
あの騒ぎの中から全員救い出した、あいつらなら――

走馬灯には、群れのポケモンたちとの思い出が過ぎった。
そこには群れの一員であり、不慮の事故で死んでいった仲間たちの姿もある。
実に最期の最期らしい、良い絵を見れたと、
ヘラクロスは安堵し、呟き、手を伸ばした――




「ホント…すまん……俺も今、行く――」



「どこへだ?」




無意識に伸ばした腕が、紫色の光につかまり、地面の中から引き上げられた。
キュウコンの波導だ。

地面から這い出し、最初に目に入ったのは、まだ操り人形状態のユハビィだ。
それはジッとこちらを見ていたが、不意に視線をはずす。
つられてその方向を見ると、ヘラクロスの部下たちが大勢、その場に集まっていた。
その先頭に、ラティアスが立っている。
あまり騒がしくしたから、離れていても起こしてしまったのだろうか。


「…お前ら…どうしてここに…」


「……本当ならユハビィを傷つけただけで許したくは無いのだけれど――」


キュウコンが、不満そうに呟く。
その目はずっと、そこに集まっているヘラクロスの部下――仲間に、向けられていた。


「出来るわけ無いだろ……ルカリオと同じ夢を持っているのに…」


ルカリオの出来なかった、“楽園を創る事”を、ヘラクロスに出来るわけが無い。
嫌味でも言いたげだったのか、キュウコンはわざとその様に聞こえるように呟くと、
素っ気無い態度でコテージへと帰っていった。

群れをここまで導いたラティアスは、
一瞬キュウコンを追いかけようとしたが、直ぐにヘラクロスの方に向き直る。

風に乗るように、ラティアスは傷ついたヘラクロスの前にやってくると、
有無を言わさず手当てを始めた。


「…なんで助けた」

「貴方の部下を借りました」

「………【なにで】じゃない、【どうして】助けた…ッ」


ヘラクロスは半ば苛つきながら、口調を強めてラティアスを問いただす。
手当てを拒否する気力も体力も無いので、せめてもの抵抗だった。
だが、本当に不機嫌だったのはラティアスである事に、すぐに気付いてハッとした。
ラティアスは、あんな安直なボケをかますような奴では無いからだ。


恐る恐る顔を上げると、目を閉じたまま器用に包帯を巻いていくラティアスの姿が映る。
包帯が露骨に多い辺り、相当不機嫌なのだろう。
仕上げにきつくかた結びをし、ツノの手当てを終えると、
次は右腕に手をかけた。

「えい」
「いででででででででッ!!!」
「…折れてますね」
「アホか!やるならもっと丁寧にやれ!」
「強がっても無駄ですよ。今の貴方じゃ束になっても私に勝てませんし」
「うぐ……」

沈黙。
黙々と手当てを続けるラティアスに、
遠巻きにこの光景を見ている仲間たちの視線が、辛い。

そもそも何で助かっちゃったのか分からない。
何しに来たのこいつら?
ラティアスはわざわざ救急箱を持ってきている辺り、手当ての心算で来たのだろうけれど。


――バチン!


「痛いッ」
「気のせいです」

混乱するヘラクロスの額の傷に、ラティアスの平手が叩き込まれた。
一瞬手の中に絆創膏が見えたから、多分貼られたのだと、ヘラクロスは一人で納得した。


――バチン!


――バチン!


――ドガッ!


納得している間にも、三回の打撃が加えられた。
最後のは明らかにグーだったような気もするが、
多分訊いても気のせいだと言われるのだろう。


「終わりました。どうぞ後はお好きにのたれ死んで下さい」
「…死ななきゃダメか、そんなにダメか俺」
「そうですね。何とかは死ななきゃ治らないって言いますし」
「…いい加減話してくれよ…一体何だってんだ?」
「それは私に聞かれても困ります。ご自分の部下にでも聞いたらどうですか」


救急箱を乱暴に片付け、ラティアスはヘラクロスに背を向ける。
ふわりと宙に浮くと、そのまま烏合の衆と化した群れのほうに向かっていった。

一応リーダーなんだけど、何か粗末じゃないか?俺の扱い。

ヘラクロスの頭には、そんな単語が溢れ返っていた。
――と、次の瞬間。




「ヘラクロスさーん!俺チーム抜けます!今までありがとうございましたァーー!」

「…は?」

「ヘラさん!自分も抜けさせて頂くっす!っざーしたァー!」
「俺も――」
「私も――」
「ガオオオオオオン」
「――――も群れ辞めます!」
「今までお疲れ様でしたァーーー!」


族の解散会か、卒業式なのか、次々と除隊挨拶をかまして去っていく仲間たち。
中にはこの世界の公用語を使えないものも居るが、
そんな彼らでさえ別れの雄叫びを上げて群れから去っていく。
とうとうそこには、ラティアスと最後の一匹が残るばかりとなっていた。


「一人、残ってくれたか…十分だ、俺には…」


ヘラクロスがぶつぶつ言っているのを無視して、最後の一匹も大きな声で叫ぶ。




「これから俺たちは、こちらのラティアスさんについていくッスーーーー!!!」


「………………へ?」


「はぁ〜い、ヘラクロスさん。つまりこういうことなのです、それじゃあさようなら〜♪」



突然、満面の笑みに変わったラティアスが、ヒラヒラと手を振りながら、
最後の一匹と共に集落へ降りていった。

と、不意に立ち止まって、コレは返しますよと言ってマントを投げ捨てて。



呆然。

今、ヘラクロスに世界で一番相応しいかもしれない言葉。








「……え?」








先ほどまでの激闘で、荒れに荒れまくった大地に、独り残されるヘラクロス。

牧草の塊の様なものが、カサカサと彼の前を通過するタイミングまでも、
彼の孤立を引き立ててくれて非常に滑稽である。



そして、一言。





「……な、何でだぁぁあああああーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!??」









つづく


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