右――左、不規則な動きで間合いを詰める。
【ケイオスフォルム】のスピードを以って、デオキシスはルギアを撹乱する。
しかし、効果は薄い。
仮に撹乱に成功していたとしても、それが目に見えて分からないから、
デオキシスは迂闊に手を出せずにいるのだ。
「…どうした、早いだけか?」
「自分の立場がわかってないようだなッ」
「それは、果たしてどちらのことやら…」
ムキになったデオキシスが、一か八かの特攻体勢を取るより早く、ルギアは翼を広げる。
「今も後悔している。あの時、私が油断さえしていなければ――と」
「ああッ!?」
「たかが少し強いばかりのサーナイト。その認識の甘さが、あの失態を招いたのだと…」
広げた翼の間に、大気からエネルギーが集う。
赤、青、黄――エレメンタルブラストの構えだ。
だが、今までルギアがこの技の発動に、これほどタメを行った事は無い。
凝縮されたエネルギーが、やがてルギアの中に吸い込まれるように消えた。
一瞬、静寂の宇宙を思わせるほど、
集まっていたエネルギーは質量保存の法則を無視して、消えた。
次の瞬間
「受け取れ。これが、真のエレメンタルブラストだ」
大きく息を吸い込み、吐き出すのと同時に、
物質化するほどのエネルギー波が、まるでルギアの咆哮を顕現するように、天を裂いた。
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迷宮救助録 #37
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「……………ッ、ぉ、ぉおおおおおおおおおおッッッ!」
全身をディフェンスフォルムで固める。
光より早かった【それ】を避けることは、
既に【それ】を認識した時点で不可能だった。
物質が目に映るためには、それが反射した光を眼球で捉えなければならない。
ならば、光と同等以上の速度を持つものを避けるには、
それを認識するより早く回避に移るしかない。
理論上、視覚に頼る生物には不可能である。
(き、キエル…消サレ…るッ、これが…銀翼…ッ)
エレメンタルブラストに飲み込まれ、そのままこの星から追放されるデオキシス。
既に宇宙空間だったが、デオキシスはそれに構う暇など無い。
エレメンタルブラストの威力と大気圏を突き破る衝撃に挟まれた彼の体は、
既に細かい部分が全て消失していた。
殆どコアを残して球体になってしまった時点で、
彼はボールが転がるようにしてエレメンタルブラストから弾き飛ばされた。
肌の内側から内気圧を感じる。
超能力で外気圧を固定しなければ、あっという間に弾け飛んでしまうだろう。
その感覚が、彼には懐かしかった。
(…た、助かった……危なかった…)
何とか頭だけを再生し、周囲を見渡す。
星、星、星、流れ星も宇宙では珍しくない――寧ろ危険物以外の何者でもない。
何もかもが懐かしい、壮大で勇壮な孤独感。
この宇宙と言う広大なフィールドで育った自分が、
たかが星一つを束ねる者に負けたことを実感し、奥歯をかみ締めた。
(星…彗星は、いつ見ても美しい……)
腕を伸ばそうとして、それが無いことに気付く。
それどころか決戦の星から離れていることに気付き、軌道修正を行った。
(手足を再生する余力が無い…大した威力だった)
スターダストをかわす。
ディフェンスフォルムでも、当たればそれなりに痛い。
(最終手段…【メテオフォルム】…もう、使うしかないか)
サーナイトから授かった力により得た、最後の形態。
1対1の戦闘で使う羽目になろうとはと、デオキシスは苦笑した。
――メテオフォルム
隕石の様な形に丸まり、ディフェンスフォルムを極限に集中する。
コアさえ残ればいくらでも再生は利くから、残りは全て捨てた究極の特攻形。
発動条件は宇宙から地上に向けて放てる場所に居ること、
仕組みは重力による自由落下に、有りっ丈のエスパーエネルギーを付与するもの。
小柄なデオキシスでも、これを使えば巨大な隕石になる事が出来る。
万が一の時までは絶対に使うなとサーナイトに言われていたが、
今こそその時だとデオキシスは確信した。
超能力による透視で、目標をサーチ。
落下地点の補正、及び対象を攻撃範囲に含む領域の限定、アルゴリズム、
その程度の計算は、デオキシスは寝ぼけていても解ける。
「目標、確認。落下地点、確認」
宇宙空間では、音は伝わらない。
だから、デオキシスは心の声が漏れていることには気づかない。
当然、地上の者に解る余地などない。
「対象、着陸。仲間と合流、落下地点修正…」
効果範囲を計測し、どの位置に落ちればルギアに致命傷を負わせられるか、保険をかける。
また、念力による落下速度の補正、破壊力は通常の倍で計算を続行する。
「対象移動、補正…補正…補正…確定、目標へ衝突する確率99.99999999%」
そして、目標を定め終えたデオキシスは、少しずつ軌道を修正し、
計算に基づいて力をコントロールしていく。
「星に接近…落下5秒前…4、3…」
徐々に、星の重力を肌が感知する。
最初は、ごく自然の物理法則に任せ、出来るだけ体力を温存する。
「2……1…」
突然、重力に体が吸い寄せられる。
だが、先端を尖らせている以外、
ほぼ球形を維持してディフェンスフォルムを形成しているデオキシスに、
負担は微塵も無かった。
「受け取れ。これが、宇宙生命体デオキシスに許された究極奥義だ」
ルギアの最後の言葉を皮肉るように、隕石となったデオキシスが大地を狙う。
速度補正――着弾まで、2分33秒52。
………
…………
「サーナイト。デオキシスの奴、戻ってこないぞ?」
「黙って見ていろと言ったはずだ。
…そして、プライドが許すのであれば、私の背後に伏せているといい」
「…何が起きるのか、全部分かってるって口調だな」
「あぁ。お前は優秀な戦力だから、アレに巻き込まれて負傷されては困るのだ」
ヘラクロスが、渋々サーナイトの背後に回る。
足元の木の枝が不安定なのが、唯一の不安要素だった。
「そこまで言われちゃ、仕方ないな」
「どうせ見ていても、何が起きたのかは分かるまい。結果だけ、楽しみにしていろ」
「はっ、お前はそんな処に居ていいのか?」
「当然だ、私を誰だと思っている」
腕を組み、フンと笑うサーナイトは、最後に付け加えた。
「どの道、コレは分身だから死んでも問題ない」
サーナイトの自分すら使い捨てにする非情さに、
ヘラクロスは口だけで苦笑いするしかなかった。
……
「…?」
「どうした、ルギア」
「ルギア様、と呼べ、アーティ」
「ナンだよアブソル。別にいいだろ、呼び方なんて」
目を覚ましたアーティが、ルギアに問う。
不躾なアーティをアブソルが注意するが、アーティは気に留める様子は無い。
ルギアは、空を見たまま、不審そうな表情で硬直していた。
ルギアはデオキシスを吹き飛ばした後、アブソルを背に乗せて、
ラティオスともどもアーティたちと合流していた。
ラティオスの強い要望で、どうしても合流しておきたかったらしい。
アブソルとしては、行方不明のピカチュウを探しにいきたい処だったが、
それならば大人数で探したほうがいいだろうと渋々承諾した。
どの道、ラティアスの借家にはユハビィも居るし。
空を見上げたまま動かないルギアの背中を、アーティがつつく。
「なぁ、どうしたんだよ」
「…風が変わった」
「え?」
ルギアが、意味深な言葉を呟く。
アーティは目を丸くして、硬直した。
その隙をついて、サンダーがアーティを押し倒して手当てを再開する。
「わーーッ!離せサンダー!お前の治療は雑過ぎるんだよっ!」
「お前が暴れるのがいけないんだろう」
「暴れなくても痛ぇーっつーの!」
ジタバタ暴れるアーティを、一緒になってラティオスも取り押さえた。
裏切り者とか、変態とか、アーティは思いのままに叫んでいたが、
ラティオスは笑ったままその手を離さない。
シスコンと言われたときに漸く手を離したが、
次の瞬間にはアーティの顔面に鉄拳が叩き込まれていた。
「きゅぅぅぅ…」
「おおおお!?アーティ!アーティが変な声出した!ラティオス何してんだお前!?」
「手が滑りました。さぁ、大人しいうちに手当てを」
「あ、ああ…」
それがアーティのうめき声なのか、つぶれた鼻が元に戻る音だったのかは定かではない。
そんな事に興味すら無いのか、ルギアはただじっと空を見つめていた。
やがて、アブソルもまた異変を感知する。
「災い…?微かだが…何かが、迫っている…」
「気付いたか…思い過ごしでは無いみたいだな」
「付け加えるなら、真っ直ぐここに向かっているような…」
デオキシスが落下を開始してから、十数秒が経過した頃だった。
――チリ…ッ
ガスに火が引火するかの如き音――次の瞬間に大気圏が、突如真っ赤に燃える。
それを直視していたルギアとアブソルが、思わず息を呑んだ。
「散れ!お前らーーーッ!!」
「「!?」」
ルギアの突然の咆哮に、サンダーたちは何が起こったのか分からない。
ただ、空を見上げているアブソルの様子が尋常でないことから、
全員が空から迫る脅威に気付くのに時間はかからなかった。
「な、何だよアレは…ッ」
目を覚ましたアーティもまた、それに気付く。
仰向けで寝ていて、目覚めたら空にあんなものがあれば、誰だって動転するだろう。
「アーティ!早くここから散れ!」
「散れったって――」
「いいから来いッ」
「うわっ、サンダー!まだユハビィがッ」
サンダーに背鰭をつかまれ、無理矢理退場させられるアーティ。
ユハビィは、まだラティアスの家で眠っている――はずだ。
ユハビィを残したままでは逃げ去れない、
そう思ったアーティはサンダーの足から逃れようと暴れたが、
そうこうするうちに町から随分離れてしまっていた。
「離せ!離せよ!」
「落ち着けって!今アブソルがユハビィのところに向かってる!心配要らない!」
「じゃあピカチュウはどうしたんだよっ!」
アーティは、最初自分が何を言ってるのか分からなかった。
ただユハビィを迎えに行かなければいけない、
そのために口から出任せで、サンダーから離れようとしていただけだ。
だから、思わず口に出した自分の言葉に、数秒の間を置いて、アーティはハッとした。
「…ピカチュウは、どこに行ったんだよ…」
「……」
「答えろ、サンダー…アイツはどこに行ったんだって聞いてるんだよ…」
サンダーは答えない。
事の顛末はアブソルから聞いているが、行方不明である以上のことはサンダーも知らない。
しかし、アーティはそれすらも知らなかった。
押し黙るサンダーに、アーティは何度も叫びながら、
その足から逃れようと手足をばたつかせた。
やがて、サンダーが重々しく口を開こうとした、その瞬間だった。
――――ドッ―――ォォォオオオオオオオオオオオオッッ!!!
耳を劈くような音が、周囲を包み込んだ。
サンダーも思わず振り返ると、町の上空に炎の塊が迫っている。
大きくは無い、だが、その衝撃波が炎を纏い、大きく見せていた。
「…隕石……だと!?」
サンダーですら、そう呟くのがやっとだった。
飛ぶことも忘れ、吹き付ける風に乗り、ただその光景を見ていることしか出来なかった。
アーティもまた、――いや、アーティの表情はまるで、全てに絶望したように見えた。
「…ユハビィ…ピカチュウ、アブソル、それにルギア…」
「…?」
突如現れた隕石に、ヘラクロスは木の幹をしっかりと握り締めた。
サーナイトが呟いた幾人かの名前は、衝撃波でよく聞こえない。
「くくくく…さぁ、この窮地をどう切り抜けるのだ…?くくくくくくくく…」
「冗談抜かすな、あんなん堕ちたら…この星が崩壊する…ッ」
「その時は我が責任を取ってやるさ、我はいずれこの星の王になるのだからな」
悪魔の嘲笑だけが、この絶望の時間の中で共存を許されている
――サーナイトの表情を見たヘラクロスは、そう思いながら冷や汗を流すのだった。
つづく
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