「…予想以上に育っているじゃないか」




薄暗い部屋の中、ラティアスから送られてくる【夢写し】の映像を見て黒幕が笑う。

この部屋がどこに在るのかを内装から判断するのは難しい。
どうも地面かどこかを掘り返して、内側を簡素な布でコーティングしたような部屋だ。

お世辞にもアジトというには少しばかりチャチなものだったが、
サーナイトは全てが万全の状態でそこに立っていた。
強いて言えば取り込んだ者達の力は失っている。
しかし、今はそれ以上の強さを持っているのだ。

今のサーナイトは、あの時よりも強い。
今のサーナイトには部下が居る、仲間が居る。
だがそれ以上に強力な後ろ盾が在ったからこそ、今の強さが在ると言って間違いない。

【虹翼のホウオウ】――ヤツが何故サーナイトに協力したか。
それを知るには、世界はあまりに視野が狭かった。




夢写しで送られてくる映像は分割され、
同時に様々な場所で起こっている戦いの様子を晒している。
その中でも特にサーナイトの目を引いたのは、デンリュウの存在だった。


「【ヘキサボルテックス】…大した威力だ。我が力を与えたイワークをあぁも簡単に…」

「サーナイト、緊急事態だ」
「なんだヘラクロス。我は今お楽しみ中だ。後にしろ」
「高見の見物でお楽しみか?
 デンリュウがそうとう気に入ったみたいだが、取り込むつもりなら今すぐ行くべきだと思うぞ」


いつの間に部屋に入っていたのか、ヘラクロスが忠告を入れた。
彼はサーナイトに仕える位置に立っているが、決して仕えているという意識は持っていない。
ただ単純にサーナイトの強さに惹かれたからこそここに居るだけであって、
彼自身はあくまで対等な関係だと考えている。

そして、それはサーナイトも承知の上だった。
並大抵のヤツならば帝王意識を持つサーナイトにそんな付き合いは許されないだろうが、
ヘラクロスだけは特別だった。
ヘラクロスの強さはサーナイトの認めるところで、
本気を出してぶつかればどちらが勝つかはサーナイトにも解らない。
だからこそお互い均衡を保っているわけで、こうして共に行動するに至っている。

当然、ヘラクロスはサーナイトの力を分け与えられてはいない。


「虹翼がデンリュウの所に向かった。恐らくは一戦派手にやるつもりだろう」
「ふん…ホウオウめ…相変わらず掴めん男だ。
 尤もデンリュウが取り込めなくとも、我としてはおまえが取り込めれば十分なんだがな?」
「断る。俺には俺のやることがある」
「フッ……冗談だ。じきに【ジラーチ】も目覚める。所詮あいつらはそのための時間稼ぎさ」



【虹翼】――エンテイとライコウ、
そしてスイクンを束ねるこの世界のもう一つの神は、サーナイトに加担している。
何故なのかは誰にも解らない。
【世界の意思】の考える事など、
常人には到底理解できないのだろうか――サーナイトは時たまそう考えていた。


「【ジラーチ】さえ目覚めれば、ホウオウが何匹いようが敵ではない。
 それどころか、神話に語られる【究極神】にすら負ける気がしないわ」

「【究極神】か。それはちょっと大袈裟だと思うがな」


神話に伝えられる【究極神】、空間と時間を司る絶対神【ディアルガ】と【パルキア】の話は、
この世界のポケモンならば一度は耳にする。
その稀有な能力故に姿を見ることは1000のポケモンが一生に一度も無いとされ、
今となっては実在すら疑わしい。
サーナイトはそんな【究極神】を引き合いに出し負ける気はしないというのだから、
ヘラクロスはただ苦笑するしかなかった。










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迷宮救助録 #29
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「ゼイッ、ゼイッ…」
「クソッ…コイツこんなに強かったのか…?データと違うじゃねーか…いや、
 この短期間で修行したにしても成長しすぎている…」

エンテイとライコウが息を荒げ、並んで立つ。
サンダーは余裕を持って地面に降り立つと彼らを睨みつけた。

激しい怒りが炎となって、彼の目を燃やしていた。


「…わからんか」

「――ァア゙!?」


雷の司は問う。
ライコウは質問の意図が読み取れず、苛立った声を返した。


「…わからないだろうな…おまえらのようなヤツには一生かかっても…」


グッと拳――翼の先を握り、サンダーは天を仰いだ。
青空には、サンダーにしか見えないラティアスの笑顔が映し出されている。



「これが、愛の力だ!」

「「アイッ!!」」


やくざが小動物を可愛がっている

――そんなギャップを感じさせるサンダーの言葉に、彼らは腰を抜かした。

ダメだ、こんなバカに勝てるわけがない――というかこれ以上関わっちゃいけないような気がする!
彼らの脳が指令を下す。

――ただちに帰還せよ!
――これ以上この者と関わってはいけない!
――何か大切なものが失われる可能性がある!


繰り返す――帰還せよ!


「チクショー!やってられっかバーカ!派手に暴れられるって聞いたのによォー!」
「元はと言えばお前が強がってサーナイトから力を受け取らなかった所為だろうが!」
「うるせーー!覚えてろ畜生ーー!」

「ふん、愛に敵うものなどない」

不敵に笑うサンダーは逃亡する二匹の獣を追わず、ただその場でポーズをキメる。
よく野生の鳥がやっているような、求愛のポーズを。




「…いや待て、翼の角度はこうだったか?」










………










「そんな…エンテイとライコウが…ッ」

【夢写し】で戦いの一部始終を見ていたラティアスは動揺を隠せなかった。

――念のため言うが、サンダーの求愛についてではない。

この任務に失敗は許されない――サーナイトと交わした約束が、彼女を焦らせていた。


「…私が、やらなきゃ…」


深呼吸をし、戦いの場へと目を向ける。
サンダーがまだその場に居る事は【夢写し】で解っている。


「雷の司を倒し…任務を完遂するッ!!」


約束――そう言えば聞こえはいいが、実際の所それはただの脅迫だ。


あの時。
ラティアスがサンダーと衝突し、奈落の谷へ転落した日。
そこでラティアスが見たのは、サーナイトと密会するヘラクロスの姿だった。

サンダーは気絶していたため口封じも何も無かったが、
ラティアスは本当にそこで殺されるはずだったのだ。
その命を救ったのが【夢写し】という貴重な能力で――

逆らえばラティオス諸共始末すると脅され、その力をサーナイトのために振るうと誓わされた。



何故同じ【夢写し】を持つラティオスがそれを知らなかったかと言えば、
ヘラクロスに捕まった時に彼女が目隠しをされていたため、何も見ることが出来なかったからである。
サーナイトの力で強化されていない【夢写し】は、
ラティオスとラティアスが互いに同じ視界を共有できるものに過ぎない。





………






町は穏やかだった。
まさか郊外で神に匹敵するであろう者達の戦いが繰り広げられていたなんて、
夢にも思ってはいなかっただろう。
サーナイトの宣戦布告を知っているのは現時点でユハビィとアーティだけであり、
他の者はそれを知る余地はなかった。

だからサンダーは至って呑気に邪魔者を排除すると、思考を切り替えて目的を再設定する。


「さて、それじゃあ返事を聞きにマイスウィートのところへ行くか」


サンダーは一通りのポージングを終え、ラティアスの居る方角を向いた。
翼を広げ、たった一度の羽ばたきと両足の踏ん張りでざっと10メートルは飛び上がる。
空中で姿勢を制御し、翼の動きを精密にコントロールすると、
並みの鳥ポケモンの常識を破る加速でサンダーは飛行を開始した。

空は快晴、絶好の飛翔日和。


「待ってろマイスウィーーーーーート!!!」

「その必要は無いわ―――って誰がマイスウィートよッ!!」


サンダーの速度が音速に達する前に、彼の言う所のスウィート・ラティアスが進路を塞いだ。
一度ぶつかっているだけに、サンダーは今度はうまく緊急停止をかけて衝突を回避した。


「おおマイスウィート!待ちきれずに俺の元へ来てしまったのか!
 またぶつかりに来るとは悪い子だな、HAHAHA☆」

「………」


ひたすら勘違いを続けるサンダーに、ラティアスは呆れて言葉を失うしかなかった。
別にサンダーのことは嫌いではなかったが、
状況が状況だけにこうも勘違いを続けるサンダーに対し、ラティアスは憎しみすら感じた。
それが引き金を引く後押しになったのかは他の誰が知るところでも無いが、
この時ラティアスに【覚悟】があったのは間違いない。

ラティアスが地面に降りると、サンダーもそれに従う。
そしてふたりは向き合った――お互いに180度違った感情を抱いて。

サンダーが一歩踏み出すのに合わせてラティアスが一歩踏み出すと、
気を良くしたのかサンダーは完全に油断を見せる。

ラティアスはその機を決して見逃さなかった。






(私は謝りはしない。どうせ許されるはずも無いでしょう…)





だから







   サヨウナラ





ラティアスが姿勢を低くして、サンダーに体当たりする。
勘違いを続けるサンダーは、それが何の意味を持っていたかを理解する事が出来なかった。




――ドシュッ!!





「……え?」





鳥ポケモン自慢の胸筋の少し下に【何か】が当たり、少しして熱いものが溢れる感覚に襲われた。
サンダーが痛みを感じるまでに、それから数秒のラグがあった。



【ドラゴンクロー】



トップアイドルに所属するカイリューの得意技である。
ラティアスの【ドラゴンクロー】が鈍い音を立ててサンダーに突き刺さり、その場に静寂を齎した。
サンダーが何が起きたのかを理解するまでの間、
ラティアスは極めて冷淡な目でその爪をグリグリと押し付けた。

サンダーの胴体を貫いた爪と、そこに空いた穴の隙間から血流が溢れる。
もともと赤かったラティアスの身体を返り血がさらに染め、
そして爪を抜くと同時にサンダーは崩れ落ちた。



痛み、理解不能、…どうして――



「―――ハッ、はッ、ッ……じ、冗談…だろ?…なァ…」


「………」




呼吸を荒げ、徐々に姿勢を低くしながらも、
サンダーは死力を振り絞ってラティアスの顔を見ようとした。
しかしその顔には何の表情も無く、
ただ目の前の死に行く者を冷徹に見届ける修羅が立っているだけだった。



何で、如何して、ああああああああ…



「オイ……はッ……畜生………ラティ―――…」






ズシャアァッ







…雷は地に堕ちた。




当たり一面に萌える緑色の雑草を、サンダーの血が赤く染めていく。
確認する必要は無い。

もし生きていたら止めを刺さなくてはいけない。

だから

もしまだ生きているのなら、その可能性に託そう。

誰に?


…きっと、それは私を殺してくれる誰か。






「…サーナイト様、雷の司を始末しました…」

(ご苦労だったな。だがまだ暫くはその力を振るってもらうぞ…)

「………仰せの…ままに」



背を向け、サーナイトと交信するラティアスの声は、既にサンダーの耳には届かなかった。










つづく

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