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迷宮救助録 #27
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「ふむ、いい風ですな」




休憩を入れているデンリュウさまとピカチュウの前に客人が訪れた。
トップアイドルの副官である、カイリューとイワークだ。
丁度、ファイヤーとフリーザーが居なかった頃だろう、
高い岩山の頂上から見ていた私――アブソルはそう記憶している。

「セバスちゃん、どうなさいましたの?」
「ゴゴ、貴女方の修行の成果を見に来た…」

そもそも私が何故ここに居るか、なんて野暮な事はどうでもいいだろう。
私はデンリュウさまに仕える者で、常にあの方の安全を守る必要があるから、
こうして時間の空いたときには遠目に見守るのが私の日常なのだ。
…ストーカーとかじゃあ、断じて無いぞ。心配だから見守っているだけだ。
尤も私如きに心配される必要などデンリュウさまには無いがな。

「修行の成果ね。まぁ近いうちに見せてあげますわ。それよりも町の復興はどうなりましたの?」
「ふむ、近いうち…か」

カイリューがユラリとピカチュウの前に立つ。


どこか様子がおかしい事は、ピカチュウも気付いていた。


そして――






「ッ!?」




ズドォォォーーーーンッ!!





ピカチュウが咄嗟に飛び退くと、カイリューのドラゴンクローが元居た場所を突き崩していた。

爆音が響き、煙が上がる。
私は状況理解に勤めるより早く、加勢しようと岩山を駆け下り始めた。
よりによってこんな事になるなんてと、私は遠くから見ていた事を呪った。


「ふむ、これが修行の成果…あの至近距離で回避するとは、大した速度だ」


煙の中から現れたカイリューが呟く。
ドラゴンクローを放った直後のポーズを解除し、顔を上げた先にピカチュウが立っていた。

デンリュウさまは?
私は慌てて身を潜め探したが、総帥はドラゴンクローで抉られた地面の隣に平然と座っていた。

避けたのか、当たらない事を知っていて避けなかったのかは解らないが、
あれだけの事があっても眉一つ動かさないデンリュウさまは流石だ。


「…セバス…どういうつもり?」

「ふむ?どうもこうも、言葉の通り――ぬんッ!!」




ビュンッ!


――ズドオオオンッ!!!




容赦なくカイリューは追撃を浴びせる。
――が、ピカチュウはそれを難なく回避し、再びデンリュウさまの隣に立った。



「ゴゴ…修行の成果、見せてもらう。サーナイト様のために」

「「ッ!!」」




イワークの言葉に、これまで微動だにしなかったデンリュウさまの眉がピクリと動いた。
事態が動き出した事を察知したのか、デンリュウもすっと立ち上がり襲撃者の前に立ちはだかる。
サーナイト…私はその名前を聞いても、思ったより冷静だった。


「…やはり、生きていたのですね」


そう、全く同じ事を、デンリュウさまも考えていた。
デンリュウさまの言葉は、私の心情を代弁してくれた。

「ふむ、それともう一つ。町の修復の件ですが、
 町はすっかり元通りになりましたよ。壊しがいが在るほどにね…今頃は既に、くふふははは…」

ギラリと光る目でふたりを見下ろすカイリュー。
いよいよ本気だ、そう思い私は残りの岩山を一気に駆け下り、彼らとの間に割って入った。



「ゴゴ…ッ!?」

「――ッ、アブソルか。まぁ、今さら貴公が加わった所で何にもならぬ」

「カイリュー…裏切り者め…」


私の口をついて出た言葉は、実に単純明快だった。
もう少し捻れば格好も付いただろうに、と私は内心後悔した。

デンリュウさまが私のほうへ駆け寄り、不満そうな表情で言う。
どうやら私が見ていた事を知っていたらしい、流石ですデンリュウさま。

「アブソルちゃん、何故出てきてしまったのです」
「すいませんデンリュウさま、我慢の限界です。こいつらは私が始末します」
「駄目です。それは許しません」
「っ、何故ですか!」


偉大で、尊敬してもしきれないほど大事だと思っているデンリュウの言葉に、私は初めて反論した。
だが、直ぐに私は【デンリュウ】という存在の真の姿を思い出した。


――この方はいつも誰よりも冷静でいるが、実は誰よりも怖ろしい方なのだ。


私の思考は正しかった。
何せ次にデンリュウさまの発した言葉は、およそ正義の味方からはかけ離れたものだったからだ。



「この方々を始末する事は許しません。
 生け捕りにして、サーナイトの在ること無い事、洗い浚い吐いてもらいます。
 アブソルちゃんならそのことに気付いて、
 本部に戻り拷問器具の準備をしてくれると思っていたのですけど…これはお仕置きですねぇ…」



ゾッとした。
その薄ら笑いは悪魔の嘲笑――私の頬を冷や汗が伝い、今すぐここから離れるべきだと脳が警告する。


「――もっ、申し訳在りません!!!直ぐに戻って準備しま――させていただきます!!」


この方はいつも笑っている。
それは無表情で能面であるような者よりも、ずっと心が読みづらい。

今、表面上は普段と変わらぬ穏やかな笑顔で飾っているが、
きっと内面は地獄の閻魔大王ですら震い上がらせる顔をしているのだろう。

お仕置きという単語に思わず私はまだ死にたくないという感情に侵されてしまった。
気が付いたら戻ると言ってしまっていた――言わされたと言うべきか。

どちらにせよ、私はここを離れるべきでは無かったのかも知れない…
いや離れるべきではなかった。


「…頼みましたよ、アブソルちゃん」







私が恐怖に打ち勝っていれば、守るべき者を失わずに済んだのかも知れなかったのだから…











………










町外れに赤十字の様なマークを掲げた建物があり、その中にポケモンズは居た。

人間が居ないこの世界にポケモンセンターは無い。
皆が皆、怪我に備えて応急処置やらなにやらの知識をある程度持ち、支えあって暮らしている。

もちろん、それでも医療を専門にして生活しているポケモンも居ない訳ではない。
この建物がまさしく診療所と呼ばれるものであり、
その中には医療のスペシャリスト(自称)が数名待機しているのだ。


「いでででででっ、ちょっ、もっと優しく!あだだだだだだだだっ!!」

「ほらほらアーティ、動くと傷が深くなるぞ。あぁ手が滑った…お前の所為だ、動くから」

「ぎゃああああああぁっ!今のワザとだろ!?絶対ワザとだ!!」


診療所の医務室から聞こえるのは、アーティの叫び声と医師――【ラッキー】のわざとらしい台詞だ。
情けない声を上げるアーティの姿を想像し、ワタシは受付でポケモンニュースを読んでいた。
記事の内容は、復興した町に活気が戻ったこととか、
ラティアスが町の看板娘みたいになっていることだとか、まぁ平和そのものって感じの事だ。

「ぅぁー…し、死ぬかと思った…」
「誰のおかげで死なずに済んだと思ってるのさ」
「……誰だろうな…」

昨夜の戦い――最後の激突で、アーティは瀕死の重態まで陥った。
激突の直後にワタシが波導でアーティの治療を行ったからこそ、今彼は一命を取り留めているのだ。

尤も、反省しろという意味を込めて治療は不完全なものにしておいたが。

「ところでユハビィ、何見てんだ?」
「ポケモンニュース。
 ほら見て、最新型の技マシンがお手ごろ3000ポケ(ポケ:この世界に於ける通貨)だって」
「ふーん、欲しいのか?」
「要らない」
(…なんやねん)

自分で話を振っておいて、要らないと即答するワタシを、アーティはじれっとした目で見ていた。
きっと心の中でなんやねんとか思ってるんだろう、アーティは何でもすぐに顔に出るから面白い。
なんて馬鹿やってるうちに、ナース服を纏った♂のラッキーが医務室から出てきた。
一仕事終えた感が漂っているが、…いや、ワタシの理性は人間だから違和感は無いが…

♂がナース服って、実際どうなんだ?


「さて、アーティ。料金は安くしておくよ」
「うおっ、ちゃっかりしてる!」
「いくら英雄様でも貰うもんは貰わないとね。慈善活動じゃないんだから」
「ちぇ、仕方ないな。いくらだ?」
「4億」
「高ッ!どんなボッタクりバーだよッ!?」
「ペソ」
「どこの金だよッ!?」


ワタシの疑問視を知ってか知らずか、ラッキーはアーティを弄り始める。
付き合ってられないので適当に切り上げて町に帰ることにした。

「代金の代わりにアーティ置いてくから、ワタシは先に帰るよ」
「OK、許可!」
「許可すなッ!!」

意味不明な流れの会話もそこそこに、ワタシたちは診療所を後にする。
アーティも外見の傷は深そうに見えるが、実際はそうでもない。
暫く休めば、直ぐにでも戦いに赴けるだろう――あのポロックもあるし、今度は一緒に戦える。










「なぁユハビィ、オイラを人間界に連れてってくれって言ったら、連れてってくれるか?」



歩きながら、アーティが問いかけてきた。

真剣な顔はしていないから、ダメもとで訊いているのだろう。
もちろん、連れて行くワケは無い。
お互いに、やるべき事がちゃんとあるのだから。


「ダメに決まってるでしょ。勝負に負けたんだから、今後ワタシの言う事に絶対服従!いいね?」

「え…と、勘弁してください」


すぐ顔に出るから、からかうと面白い。
あの黄ばんだネズミがアーティをからかいに来る理由が、ちょっとだけわかる気がする。






外れにある診療所から町にあるポケモンズの救助基地まではそれなりに遠い。
散歩がてらノンビリ歩いて帰ろうと思い、やがてワタシは不意に足を止めた。
ちょうどいい感じに熟れた木の実の生っている木が視界に入ったので、正直食欲に負けた。
幹をツルで叩くと、秋の実りがボトボトと落ちてくる。
それらが地面に落ちる前に、いくつかの木の実を空中でキャッチする。
一つを口に運び、もう一つをアーティに投げると、不躾な彼はそれを口でキャッチしてそのまま食べた。
犬にエサを投げ与えた気分だったが、気にしない。

ついでに地面に落ちて砕けた沢山の木の実に紛れていつぞやのヘラクロスが居たような気がしたが、
心の広いワタシはそれを見なかったことにした。



「見なかったことにするなーーーッ!!」

「情景描写にツッコミを入れるなァーーーッ!!」

「ぐへぁッ!」



いつぞやのヘラクロス――確か、
ラティアスとサンダーが落っこちた奈落の谷で野性ポケモンの群れを率いていたリーダー格の男だ。
とりあえず自己顕示欲が鬱陶しかったので【波導弾】を腹部にお見舞いしてやったのだが、
今度は泡を吹きながら転げまわり始めたのがまた余計にウザかった。
町に程近いこんな場所の樹林で、一体何をしていたのだろうか。

「く…コレが波導弾…怖ろしい破壊力だぜ…」
「そりゃどうも。で、ナニしてんの?」
「腹部を押さえてもがき苦しんでおります」
「…もう一発いく?」
「すいません勘弁してくださいいやマジで」

「さ、最近ユハビィちょっとバイオレンスじゃないか…?」

「何か言った?」

「い、いいえ何も」

突然ヨイショと胡坐をかき、ヘラクロスはこちらに向き直る。
リアクションほど、波導弾は効いていなかったらしい、あまり手加減はしなかったのだが…硬い奴だ。


「さて、突然だがユハビィ、アーティ。俺はおまえらに大事な話があってここに来た」

「発言は認めません、被告人は速やかに退出しなさい」
「被告!?」

「やれやれ、まぁサーナイトからの伝言だっつえば聞く耳持つだろ?」




「「――ッ!!」」





サーナイト。

その名を聞いたとき、ワタシはどんな顔をしていたのだろうか。
もしかしたら笑っていたのかもしれない。
『やはり』生きていたのか、と。

彼女は幾度と無くこの世界の侵略を目論んだポケモンで、この世界に君臨した天才たちの宿命の敵…
ワタシはこれまでに2度対峙し、そしてそのどちらに於いても死の制裁を以って打ち滅ぼしてきた。

――だが、終わらなかった。

自らの分身を作り出すことで、或いは肉体を捨てることで、
サーナイトは死をも超越し、今また世界の征服を狙っている。
もっと正確に言えば、この世界を牛耳る事で【力】を手に入れ、
人間界で【ロケット団】を叩き潰す事を企てている。

世界を巻き込んだ2度目の戦いの最後――ゲンガーとサーナイトの会話は断片的なものだったが、
ワタシがそれを解するのに時間は必要なかった。

最終目標そのもので言えば、サーナイトとワタシは同じ道を歩む同志…
なのにどうして、どこで狂ってしまったのだろう。
ワタシはサーナイトを思うとき、いつも心のどこかに陰りを覚えていた。

結論から言えば、サーナイトを狂わせてしまった原因もまた、ロケット団なのだが――

違う形で、もっと早く出会っていたのなら…なんて事を、ワタシは考えてしまう。


ワタシの思念など知る由も無いヘラクロスはわざとらしい咳払い一つの後、本題に踏み切った。
それは、紛れも無いサーナイトからの宣戦布告の声明だった。

「ゴホン…我らサーナイトに仕えし【七星賢者(しちせいけんじゃ)】、及びサーナイト自身は、
 今日よりおまえたちとの最終決戦に臨む。降伏は認めない、覚悟を決められよ――だとさ」

「七星…賢者?」

「サーナイトは言っていた。
 これまで、圧倒的な力を持ちながらそれでもおまえらに及ばなかったのは何故かと。
 そしてその答えは、【仲間】にあると」

なるほど、つまり仲間を集めたサーナイトがそんな悪趣味な組織を立ち上げたと言うわけだ。
ベタと言うか何というか……ただ、厄介な敵が増えたのは間違いない。

「…仲間、ねぇ…サーナイトが言うと胡散臭く聞こえるよ」
「だな。どうせ寄せ集めの操り人形だろ」

だからそれを否定するように皮肉を言ってやると、アーティも同調した。
しかしヘラクロスは動じる事もなく、寧ろ誇ったようにフンと鼻をならして言い放った。

「どうかな。少なくとも七星賢者の一人である俺は自分の意思でサーナイトと共に居る」

お前の事など興味は無い。
それがワタシの率直な感情だったため、多分物凄く白けた表情をしていたんだろう。
ワタシはサーナイトとは因縁があっても、こいつや七星賢者なんてものとは関係ない。

だからワタシは目の前の敵に向かって、冷たい言葉を浴びせてやる。
邪魔するなら、ここで潰してやるからかかって来いよ――それくらいの気持ちだった。


「その割には随分余裕じゃない。目の前に敵がいるのに」

「奴はお前だけは自分の手で倒すと言っていた。だから手出ししない約束になってんのさ」


因縁があるのは向こうも同じ、余計な事をされたくないからこその七星賢者と言うわけらしい。
不敵な笑みと共に立ち上がったヘラクロスは、不意にアーティを睨みつけて呟いた。


「アーティに限っては、俺がこの場で葬っても問題ないんだがな」

「――ッ」


殺気を感じたアーティがバッと飛退き臨戦態勢を取ると、ヘラクロスは冗談だよと両手を上げて笑った。
アーティは冷や汗を流して呼吸を荒げている――ヘラクロスの見せた一瞬の殺気に気圧されたらしい。
情けないとは思わない。
このヘラクロスが強い事くらい、あの谷で初めて会った時から知っている。

どうにも敵にしては掴み所のないヤツだが、だからこそ油断してはいけない。
こういう印象を装って出てくるヤツに限って、本当に良いヤツなんて一人もいないのだから。

そう、少なくともワタシを前にしてこれだけ余裕でいられるという行為はただの挑発に他ならない。
こいつは自分の力に絶対の自信を持っている、
それがサーナイトに与えられたものかどうかはわからないが。



「それじゃ、今は帰らせてもらうよ。…あぁそうそう、
 急いで村に帰ったほうがいいと思うぜ?今頃他の【七星賢者】が暴れてる頃だから」

「――なっ、どうしておまえたちはそうやって町の皆まで巻き込むんだッ!」
「いいよアーティ、戦争っていうのはそういうものだ」
「ユハビィっ!!」

「……」

ヘラクロスは黙って足を止める。
そこへワタシは挑発をたたきつけてやった。

「良かったね、サーナイトとの約束があって。
 もしここでワタシの邪魔をしたら、タダじゃ済まさなかったよ」

その言葉にヘラクロスが振り返る――口元を釣り上げて、心底嬉しそうな顔をしていた。
ワタシが予想外に冷静だったことを、まるで喜んでいるようだった。

ヘラクロスが【修羅】で在ることを、ワタシは直感した。


「…サーナイトに伝えて。【これで最後だ】と」

「あぁ、承ったぜ…くくくくく…」


薄気味悪い含み笑いをするヘラクロスの背中が見えなくなるまで、
ワタシとアーティはそこから動く事は出来なかった。









つづく


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