「せっぁぁぁぁぁああああああああッ!!」



「ハアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



ドゴォオオオオオオオオオッッ




【進化の扉】の力を吸収したサーナイトと、
【波導】と【妖力】を継承したユハビィは互角の撃ち合いを繰り広げる。
サーナイトがエレメンタルブラストを放てば、
ユハビィは波導弾でそれを打ち落とす。また、逆も然り。
距離を取ったかと思えば、目にも映らぬ速度で火花を散らし、
ふたりは一瞬たりとも攻撃の手を緩めない。




しかし悪化する【銀翼】の容態、
一向に衰える事の無いサーナイトの猛攻に、ユハビィは焦りを感じ始めていた。



(――急がなきゃ…誰か…誰でもいい、ルギアをここから連れ出して…)



ユハビィの心に焦りが生じ始めるのと同時に、サーナイトもまた苛立ちを感じていた。
神をも倒した自分が、今こうしてたった一匹を相手に押さえ込まれている。
いくら【波導】や【妖力】を持つとは言え、素体はただの【チコリータ】だ。
そんなヤツを相手に、自分は一体何をしているんだ、と――


(―――待てよ、…この距離なら、やれるか?いや、もっと近く――)


ユハビィが雑念に囚われて一瞬の隙を見せたのと同時に、サーナイトは【それ】に気付いた。
戦いの中、サーナイトは悟られないようにごく自然な流れで【それ】に近づいていく。
刹那、フーディンが叫んだ。


「迷うなユハビィッ!サーナイトをそこから弾き飛ばせッ!!」

「――っ!?」

「もう遅いわゴミどもめッ!我の勝ちだ―――ッ!!」


フーディンの言葉に脳細胞を無視するような速度で反応したユハビィが波導弾を放つ。
しかしサーナイトはその攻撃を絶妙なガードで受け、

――反動で吹き飛ばされるその先には、未だ目覚めないグラードンが横たわっていた。



「貰ったァーーーーーーーーーーーッッ!!!!」











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迷宮救助録 #20
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光が辺りを包み込む。

目を逸らしてはいけないのは解っているが、直視すれば眼球が潰れるだろう。
何故ならこの光は光度以上に凄まじい熱気を帯びていたのだから。


「ぅあッ―――!!」

「ユハビィ!」


光の中から伸びてきた岩石に、ユハビィは吹き飛ばされる。
咄嗟にフーディンが割って入り、ユハビィが地面に激突するのを防いだ。


「くくくく…」

「な、なんて強力なエネルギーだ…」


真っ黒い影が、光が薄れると同時にサーナイトの姿に変わっていく。
それは凶悪なオーラを纏い、そしてその場の全員を圧倒していた。
ファイヤー、フリーザー、進化の扉、そしてグラードンまで取り込んだサーナイトは、
勝利を絶対のものとして疑うことなく低く笑う。
そしてサーナイトが右手を振り上げると巨大な岩石が地面からせり上がり、自らそこへ腰掛けた。
これがグラードンの力を兼ね備えた結果なのだろうか、
地形を自在に操るその様はまさに【天地創造の力】を行使する神に見える。







「この町には進化の扉があり、さらに地下にグラードンが眠っていた。それはもう理解しているだろう」




破壊された町を指差し、サーナイトは語り出す。
悔しいが、今は何もできない事をワタシは理解していた。
どんなにサーナイトが無防備に見えても、実際はいつ殺されてもおかしくない。

――距離を取っているのに、首にナイフを突きつけられている気分だった。


「そしてこの町には稀代の秘宝【歌声の石】が眠っていた。
 これはどんな願いでも叶えると言われる【ジラーチ】を目覚めさせるための石だ」

「ジラーチだとッ!?あの幻の…実在しているのかッ!?」


ジラーチという名に、フーディンが反応した。
博識なフーディンのことだから、きっと伝承か何かで聞いて知っているのだろう。
そしてその表情から、それがどんな凄まじい力を持っているのかも想像がつく。


「…我はそのジラーチを取り込み、どんな願いも実現する力を手に入れる。
 これだけ揃えば、我は確実に最強となるのだ」

「…そこまでして何になるって言うんだ!何のためにそこまでする必要があるの!?」

「ユハビィ、おまえには解らないのか?
 ……おまえだからこそ解っているはずだ。人間の汚さ、愚かさを」

「―――ッ!!」


思わず息を飲んだ。
まるで全てを見透かすようなその目に睨まれ、情けないがワタシは何も言えなかった。
ワケが解らない、どうしてサーナイトがそんな事を言うのか…
得体の知れない不安を感じて、ワタシはそれに反論する術が無かった。


「分身の視点を通しておまえの記憶を見させてもらったぞ。
 どうだユハビィ、おまえが我のためにその力を振るうと言うなら、
 おまえの望みを聞いてやらんでもない」

「…嘘だ…信じられるわけない…」

「なら、おまえら【全員】が、ここで死ぬだけだ」


サーナイトの言葉に、心が揺らぐ。
この危機的状況の中で彼女の言葉は、――悪魔の囁きだ。
ここでワタシが言う通りにすることで全員が助かるなら、迷わずそうするだろう。

それが出来ないのは、サーナイトの狡猾さをワタシは知っているからだ。

騙されてはいけない、こいつはいつも周りを騙すようにモノを言っている。
言う通りにしてワタシだけこの場から連れ去った後、
きっと一人ずつ殺すなり取り込むなりするに違いない。

「…まだ迷うか。ここまで言っても解らないなんてな…」
「解ってるよ…、でもそれとこれとは話が別だ」
「別なものか。おまえが我の部下になれば全てが丸く収まる、
 この世界も平和になる。それだけだろう?」
「信じられないって言ってるんだ!
 どうせ部下になったワタシにロクな命令を下さないんだろう!?」

掻き立てられる不安を払うように、揺らぐ意思を叱咤するようにワタシが叫ぶと、
サーナイトはフンと笑って立ち上がった。

「…仕方ないな。なら、今からおまえの閉ざされた記憶を解放してやろうじゃないか。
 真実を見れば、少しはおまえも我に協力する気になるだろう」

「――ッ!?そ、そんなこと……ぅぐっ!」

サーナイトが指をパチンと鳴らすと、ワタシは酷い頭痛に襲われた。
これまで断片的にしか見えなかったものが、
存在そのものが封印された記憶が全て、一度に押し寄せて頭が破裂しそうになる。
もし今サーナイトに攻撃されたら間違いなく避けられない、が、
それでもサーナイトは手を出さなかった。

まるで、ワタシが自分の部下になることを確信しているかのように…


「見て来い、真実を。おまえの意思はその後に聞かせてもらおう」











………








『ユハビィ、…お、俺は…死ぬのか?』


男は自分の中からどんどん血液が失われていく様を、震える手で必死に止めようと足掻いていた。
ワタシはそれに対し、涙を流すだけで何も出来ない。
どうして、こんな事になってしまったんだろう――






――過去編5【狂気】――







【ロケット団】。



人間界に存在する国際的なテロリスト集団で、世界各地でポケモンを利用し悪事を働いている集団である。
ワタシはある日、町にやってきたそいつらを追い払うべく、武器を持って家を飛び出したのだ。
引き止める男の手、言葉を振り払い、
ただ怒りに任せて倒すべき敵に向かっていくワタシにロケット団の幹部なる人物が立ちはだかる。

その幹部が出してきたのは、1匹の【ニドキング】だ。

無論戦って勝てるはずもなく、結果男がワタシを庇って――


『ニドキング!【つのドリル】だッ!!』

『ぐあああああァーーーッ!!』


もがく男を放置し、幹部はロケット団員に指令を下す。


『せっかくだ、この町は潰させてもらおう。この勇敢な少女の想いに敬意を表してな』

『そっ、それだけはやめてッ!!何でもするから――あぐっ』


幹部のコートを掴み懇願するが、大人の腕力に敵う筈も無くあっさり突き飛ばされる。
倒れたワタシの前に、その巨体を揺らしながら幹部が立ち、ワタシにだけ聞こえるように言う。


『――慈悲深い俺様はおまえだけは助けてやる。悔しさと絶望、後悔を胸に無様に生き延びるが良い』

『や、やめ……』


散れ!と幹部が叫ぶなり、団員たちが町の中になだれ込んで行く。
本当ならばこの町から、【いつもどおり】食料などの物資を奪っていくだけのはずだったのに――





『イヤあああああァァーーーーーーーーーーーッッ!!!』






………





あちこちから炎が上がり、町が、人が、次々と破壊されていく。
老人、病人、女子供問わず、団員たちはまるで生きた機械のように淡々と任務を果たしていく。
その中から物資を運び出す者も居れば、ひたすら殺戮を楽しみ奇声を上げている者も居る。
周囲には血が飛び散り、逃げ惑うものの悲鳴や断末魔が絶える事が無い。

ワタシは幹部に取り押さえられ、見たくも無いその光景を特等席で鑑賞させられていた。

『あ……あァアア…ぐっうゥ…』
『どうだ。我らロケット団の崇高なる意思に背いた結果がこれだ。
 おまえ一人の独断で、この町の全てのものが死ぬ』
『………っ』

逃げる事も助けに入る事も許されない。
いっそ自分も殺して欲しいと、どれだけ願っただろうか。
見知ったものが、聞き慣れた声が、次々と戦火に消えていく。
その地獄そのものたる光景にワタシはただ嗚咽を漏らすしかなかった。

――既に、男は息絶えていた。

ワタシの所為だ、ワタシが余計な事をしたからみんな殺されてしまった
全部ワタシが悪いんだなのにこいつらはワタシを殺してくれない
イヤだもう見たくないやめろ聞きたくないやめろヤめろやめてくれ

何とかこの丘まで逃げてきた男が、幹部の操るニドキングに殺された。

人間がこうも簡単に死んでいくのを、ワタシは見続けた。
やがてワタシの身体が、全てを拒絶した。
視覚も聴覚も途絶え、何時しか意識は深い闇へと堕ちていった。



それからどれほど経っただろうか、ワタシは町の中を彷徨っていた。
気を失っていたワタシを、ロケット団は結局殺してはくれなかったと言うわけだ。
もう何も考えたくない、何も見たくない、このまま死んでしまいたいのに、その気力さえ残ってない。
そんな状態のワタシは、町の中をふらふらと歩き彷徨っていた。

通り慣れた街道は一変し、まるでここが違う世界であるかの様に思えた。
それでも燦燦と輝く太陽と素晴らしい青空が、また一段とワタシを追い込む。


『ゆはび――ねえちゃん…』

『―――っ!!』


その声はワタシを姉のように慕っていた、近所の子供だった。
山積みになったドラム缶の隙間に隠れ、ワタシと同じようにこの惨劇に身を震わせていたらしい。
崩れた瓦礫の所為で出られなくなっているらしく、ワタシはそこから出るための道をつくる。

引っ張り出された子供は、下腹部から夥しい血を流していた。
既に誰かの攻撃を受けたのか、逃げる最中で事故にあったのかは解らないが、
…正直、生きているのが不思議に感じた。

それでも今すぐ病院に連れて行けば間に合うかもしれない。
この騒ぎの中、どこかに助けを求め連絡した者が必ず居るはずだ――
きっと直ぐ近くまで救急隊員が来ているに違いない。

一刻も早く、この子を―――


『……おまえが…大人しくしなかったからだ…』

『――ひッ!!』


唸るような声に振り返ると、沢山の死体が起き上がりワタシを睨みつけている。
その数は丁度、この町に暮らしていた住人と同じ程度だろうか。
どこからか集まってきた亡者は、しかしその子供には見えていない――


『ああァああああアアあああああーーーーーっッ!?』


急に悲鳴を――いや、奇声を上げ頭を抱えて倒れ込むワタシを子供が心配そうな顔で見る。
この状況で自分よりも他人を心配しているその子供は、きっと将来素晴らしい人物になるだろう。







――そのためにはワタシがしっかりしなくてはいけないのに――











ワタシは気付かなかった。




『お、おねえちゃん……?』




『し、死ぬ、死ぬ、死んだ、みんな死んだ死んだ死んだ
 ……ワタシの所為で……ワタシが殺してやった…はは、ははははは…』




――この時既に、ユハビィという人間の心は砕け散っていた事を――




『ど…したのおね…ちゃん?』





『――――ッ!!…まだ生き残りがいたか…すぐ、楽にしてやる…ふふ、ふふふふ…』





何をしていたのか、覚えていないはずだった。
サーナイトの手で【全て】の記憶が解放された事により、心が砕け暴走していた自分が何をしたのか――






『や、やだ、やめてよおねえちゃん…ああ…』





『アハハハハハハハはははははあッはハハハッ!!!』









―――      ッッ!











………
………








「うわあああああああああああああああああああーーーーーーーーっっ!!!?」


「ユハビィッ!…サーナイトッ貴様一体何をしたッ!?」



身体を包んでいた【波導】が消え、絶叫するワタシをフーディンが支え、叫ぶ。
サーナイトは少しやりすぎたかなどと言い、地面に降り立った。


「――まぁそういうことだユハビィ。
 その後放浪を続けたおまえはどこぞの樹海で時空の歪みに引き込まれ、こちらの世界に来た」
「うっ、うぅっぅううう……嘘だ…こんなの……嘘だ…っ」
「信じる信じないはおまえの勝手だ。だが、もう一つだけおまえに聞かせることがある」


フーディンが睨みつけるのを無視し、
ワタシの小さな身体に合わせる様にサーナイトが膝を突き、手を差し出した。
そして極めて穏やかに――わざとらしいほどに――言う。


「……復讐しようじゃないか。ロケット団を潰すのが、我の真の目的なのだからな」

「ふ、くしゅう……」


その言葉が脳髄に染み渡る。
復讐できる、今の自分の力があれば、それにサーナイトがいればどんな敵にだって負ける気はしない。

――本当に許せないのは自分だ。

そんな事は解っている。
解っているが、この現実を突き付けられたワタシは…



「さぁ、手を伸ばせ同志よ。おまえの居場所は、こっちだ――」






悪魔の囁きを聞き入れたワタシは、力なく震えるツルをサーナイトの手に伸ばした…











つづく


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