風が気持ちいい。
ここはどこだろう…
…誰かが呼んでる。

「おーい、起きろって!お〜〜〜い!!」

「…ん、ん〜っ、…、……?」

眼をこすり周囲を見回すと、そこは全く見覚えの無い場所。
確かに昨日は…あれ?
昨日はどこで寝たんだっけ、そもそも昨日って何時だ?

「あぁよかった、全然元気そうで」
「…っ!ポケモンが喋ってる!?何で!?」

突然の事態に、ワタシの頭はますます混乱した。
昨日の事も思い出せないどころか、目の前でポケモン――人間と共に暮らしたりしている本来ならば犬や猫の様に喋らないはずの生き物――が喋っているのだ。戸惑いを隠せない自分を見ている相手も、また少々戸惑っていた。
しかし、それは全く別の戸惑いだった。


「…君、変わってるね。ポケモン同士言葉が通じるのは当然じゃないか」

「…え?」


――ある日、目覚めたら


「どっからどう見ても、君はポケモンだよ。
 自分の同類が喋っている事に何の疑問があるんだい?」


ワタシは、ポケモンになっていた――







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迷宮救助録 #1
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「オイラはワニノコのアーティ、君は?」
「ワタシは…ポケモンじゃない」
「は?」
「ワタシは昨日まで人間だったはずなんだッ!…なんでこんな事に…」

頭を抱え、震える腕を押さえながら――懸命に冷静さを取り戻そうとしたが無理だった。
当然といえば、そうかも知れない。解っている事といえば、自分がまだ14〜5の子供であった事や、名前くらい。
それ以外のことは一切わからず、当然こんな現実を突きつけられれば、取り乱しもする。

いくら取り乱してもどうにもならないことくらいわかってるのに、如何する事も出来ない自分がもどかしかった。
せいぜいこれが悪い夢で、どこか区切りのいいところで終わってくれる事だけを祈った。

「…何だか複雑な事情がありそうだけど…君の名前は?」
「ユハビィ。ワタシの名前はユハビィ」

「そっか、なんだか面白い名前だな!」


――このワニちょっと失礼だな…

思わずムッとした事でワタシは少し冷静さを取り戻した。
…今悩んでも仕方ないだろう、なってしまったものは仕方ない。
とりあえず今は、滅多に無いこの状況を楽しんでみるのが良いかも知れない。
そうとも、夢にまで見た…様な気がする、ポケモンとの会話が出来るんだから。







水面を覗き込む。
そこに写るのは頭に葉っぱを生やしたポケモン、チコリータの姿だ。
どうしてこうなったのかと悩んでいると、ワニノコ…アーティが木の実を採ってきてくれた。

「どうだ?草タイプに限らず、木の実はみんな大好きなんだぜ」
「…美味しい、でも何でだろう」
「?」

人間だった頃の曖昧な記憶が脳裏を掠める。
幼い頃、似たような木の実を口にしたことがあった。
確か口に入れてから数秒足らずで、こんなの人間の食べるものじゃないと吐き捨てたはずだ。

「完全に、ポケモンになっちゃってるみたいだ…ははは」

まさか自分が、木の実を美味しいと思いながら食べる事になるとは思わなかった。
カルチャーショックというか、何かもっと凄い衝撃を感じた。

「…まぁ、きっと元に戻る手段はあるはずだよ。オイラが協力してやるからさ」
「…気持ちはありがたいけど、何でそこまでしてくれるのさ?」
「困っている人を助けるのが、オイラ達救助隊の仕事だからな」
「救助…隊?」
「ま、達って言ってもオイラの救助隊はまだオイラ一人なんだけどなっ」

そう言ってアーティはワタシの分の木の実を頬張って笑う。
…このワニノコ、きっと大物だ。
救助隊…人間である自分が想像するに、恐らくレスキュー隊のようなものだろう。
この世界のポケモンはそうやって種を超えて支えあっているんだ。

「なんかいいよね、そういうのって。…ワタシも昔憧れてたような気がする」
「へぇ、そうなのかっ!…なぁ、ユハ――」



ドンッ!!―――ズズズ……



「…!?」
「…また地震か、最近多いな」

地面が鳴動し、辺りの木が騒がしく揺れている。
地震だ。それもかなり大きい。
あまりの揺れの強さに身動きがとれず、地面にへばりつくように揺れが収まるのを待っていると――


「だっ誰か〜〜〜!!」
「「!!」」

遠くから誰かの助けを求める声が響いた。
揺れが収まるや否やアーティがその方向へと走り出す。
慌てて後を追うと、そこには穴を覗き込んでおろおろしている蝶のポケモン【バタフリー】の姿があった。
どうやら今の揺れで地割れが発生しその中に子供の【キャタピー】が落ちてしまったらしい。
幼虫の力では這い上がる事も出来ず、
地下の洞窟の中で興奮した野生のポケモンから逃げ回っているそうだ。

それを聞いて、アーティが一歩踏み出した。

「アーティ!何を…っ」
「決まってるだろ!助けに行くんだよっ!」
「そんなっ無茶ですわッ!早く救助隊を!!」
「心配は要らないよ!オイラも救助隊だッ!」

それだけ言い残し、バタフリーの制止を振り切ってアーティは地下の洞窟に飛び込んでいった。
ワタシは、まだその場に立ち竦んでいる。
ここで自分は何をするべきなのか…

はっきり言って怖い。

自分は少し前まで人間で、野生のポケモンと直に戦うなんて危険極まりない行為なのだと教わってきていたはずだ。
このギリギリの状況で、そんな記憶が脳裏をよぎった。

…そうだ

無理をする事は無い。

「あぁぁ…キャタピーちゃん…」

アーティに任せておけば大丈夫、私はここで――




     ドォオオオーーーン!!




「うわああああああああッ」

「「!?」」

轟音と共に中からアーティの叫び声が聞こえた。中で岩盤が崩れたようだ。

…彼は大丈夫だろうか…?

いや、きっと大丈夫だ。すぐにキャタピーを発見し戻ってくるに決まってる。




……


………



遅い。


いくらなんでも遅すぎる。
さっきの叫び声を最後に、アーティからは何の音沙汰も無い。


「ああっやっぱり救助隊を呼びに行った方が…でもここを離れるわけには…」


バタフリーは隣でパニックになっている。まるで自分のことは見えていないようだ。
脳裏に、悪魔がささやく。



       逃げてしまえ



ここで逃げても、口実はある。
救助隊を呼びに行くとさえ言えばそれだけでこの危険な場所から立ち去れる。
そうだよ、こんな悪い夢で命を張るなんてしなくてもいいじゃないか。
ここから離れて、夢が終わるのを待てば大丈夫だ、そうに決まっている。
それが一番、人間として利口な選択なんだ。

「ワタシ、救助隊を呼んできます!」
「あぁ…お願いします!一刻も早くっ」

そういって木の陰まで走り、深呼吸をする。
…これでいいのか?
人間だった頃の記憶が、断片的に蘇る。



『うわああああっ!たっ、助けてえええええええッ!』



「――っ」

瞬間的に現れては消える映像、誰かの声。
それを聞いて胸が苦しくなる。
この感情は知っている。

――罪悪感と、後悔だ。

どうして…
なんでこんな時にそんなことを思い出させる…
激しく高鳴る心臓を締め付けるように胸を押さえながら、背中を預けていた木を思いっきり殴った。
血が流れる。
痛みに思わず目を閉じると、再び映像が沸き上がる。

倒れている誰かを、ワタシが見下ろしている。




『…死にたくない…死にたくないよ…ユハ…』




――そうだ。

逃げちゃいけないんだ。
あの時ワタシが逃げたから、今こんなに苦しいんだ。

…ワタシは、もう二度とあんな悲しい思いはしたくない。


「――もう誰も見捨てたくないっ」


動転しているバタフリーの背後に、草を掻き分けてポケモンが現れる。
先ほど救助隊を呼びに行くといった――

…ワタシだ。

「…」
「あっ救助隊を連れてきてくれたんですか!?」
「…はい」
「どこですか!?救助隊の方は―――」


「ワタシが、…救助隊です」


その言葉にバタフリーは目を丸くする。
虫だから丸くするような目じゃないが、あっけに取られたような顔だ。
当然といえば当然か。
救助隊を呼びに行くと言い駆け出していった奴が、自分が救助隊だと言ってのこのこ戻ってきたのだから。
馬鹿にするな、と言いたいのをガマンしているような複雑な表情を浮かべ、バタフリーはただ呆然としていた。

「それじゃっ、行ってきます」

そんな彼女を横目に、ワタシは洞窟へ踏み込んだ。



通気がいいのか、洞窟の中は適度な湿度、気温で過しやすい。
これで地震に興奮したポケモンが襲ってこなければどれだけ良いだろうか。

「アーティ…アーーティーーーーーッ!」

反響して自分の声がもう一度聞こえそうなほどに叫んだが、返事は無い。
暫く探索すると、階段を発見した。

「階…段…?」

洞窟なのに階段…そのあまりに異色な組み合わせに、ワタシは目を疑った。
ただ、進むことに迷いは無かった。
そこに、さっきまでアーティが食べていた木の実が落ちていたから。




「ぅぅ…すまんなキャタピー、折角助けに…来たのに…」
「そんなっ謝らないで欲しいです…ボクをかばった所為で…」

地下4階、洞窟には相応しくない概念だが、階段を3つ超えたところに広めの空間が存在している。
そこに、アーティとキャタピーはいた。
ただしアーティは、崩落した岩盤の下敷きになっている。
天井が崩れ落ちた瞬間、移動能力に欠けるキャタピーを弾き飛ばし、その代償として自分が犠牲になったのだ。

この階層にはポケモンはいないらしく、この状況で戦いを強制されることは無かったのが唯一の救いだろう。
時間という敵がアーティの体力を奪っていくのはどうしようもないが。

「ぅぅぅ…オイラがちゃんとした救助隊だったら…」
「え?どういう――」
「救助隊には【救助バッチ】が支給されるんだ。それを使えばここから一瞬で戻れるのに」

【救助バッチ】には、依頼者を救助する能力が秘められている。
バッチの能力は充電式で、依頼を受けるたびに救助連盟のエスパーポケモンから
エネルギーを補充してもらう仕組みだ。

もともとの青い顔をさらに蒼白させたアーティの呼吸が徐々に落ち着きを無くしていく。
キャタピーは如何する事も出来ず、ただうろたえ――
それでもアーティはキャタピーを不安にさせまいと元気付け続けた。
その時だった。

「…ァー…ィ…」

「…?」
「…どうした、キャタピー?」
「…誰か…来ます」

キャタピーがどこからか聞こえる声に顔を上げる。
「まさか救助隊が来てくれたのか?!」


アーティがパッと明るくなると、それにつられてキャタピーも明るくなった。

「じゃあ…助かるんですねっ!ボクも、アーティさんも!!」
「あぁ、…本当に…よかったぁ…」

二人は安堵して緊張の糸を切った。
そして徐々に近づいてくるその足音をこの世で最も安心を与えてくれるリズムだと感じていた。


「アーティ!!」


しかし階段を降りてきたのは、救助隊ではなくアーティの見知ったポケモンだった。

「…ユハ…ビィ?」
「…ごめん、遅くなった」
「き、救助隊じゃないですか…?」

先ほどまでの期待を裏切られるのが怖くて、キャタピーが不安そうに尋ねる。
すこし間を空けて、ワタシは断言した。

「…救助隊――と言いたいけど、ごめん。ただの通りすがり」

それだけ言うとキャタピーはがっかりした様子だったが、アーティだけは違っていた。
彼にとっては、成り行きで知り合った他人が助けに来てくれたことが何より嬉しかったから。

「今助ける。【葉っぱカッター】!!」

前の階層で、襲い来るポケモンを蹴散らしている最中に覚えた技である。
今ではコツも掴み、自在に使いこなせるようになっていた。

「ユハビィ、すっかりポケモンだな!」

細切れになった岩から、軽口を叩きつつアーティがその身を抜け出させる。
その言葉にむっとした顔を向けてやったが、すぐに顔を見合わせて笑った。
アーティの足の怪我は歩けないほどではないが、早めに医者に診せたほうがいいだろう。

「戻ろう、また崩れるかもしれない」
「あぁ、でもキャタピーは…」
「うぅぅ…」

期待を裏切られたキャタピーはただ震えていた。
ここで励ますのは面倒なので、草ポケモンが得意とする【ツルの鞭】でその体を抱き上げる。

「わっ…わわわ」
「じっとしてて。行くよ!」



ツルでキャタピーを捕まえたまま、2匹はもと来た道を逆走した。
これが、後に伝説となる救助隊の――




「っ!キャタピーちゃん!!」
「ママ〜〜〜!!」



「…お疲れ、ユハビィ」
「ふぅ…ちょっと頑張りすぎたかも…」




初めての救助活動であった。




つづく

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