「くそったれ……! 勢いで飛び出したは良いものの手掛かりが全く無ぇッ!!」

 本日休業の貼り紙が揺れているシャッターをバシンと叩く。駅前を往来する人々の何人かが驚いてこちらを振り向いては、そそくさと逃げるように歩き去っていく。
 そしてその直後に俺の肩をポンポンと叩いたのは、どうやらこの店の店主らしい、ゴツい親父だった。

「小僧、中々勇敢じゃあねぇか……? なァオイ、うちのシャッターをこんなにしてくれちまって……!」

 店長の指差す先には、俺が叩いた所為で凹んでしまった無残なシャッターがあった。
 ……あのー、なんかこのおっさん、滅茶苦茶怖いんですけど……。背景にゴゴゴ…とか見えるんですけど……。

「弁償、してもらおうか。」
「し、しーましェーん……!」

 あぁぁもう、何をやってるんだ俺は……!!








*********

迷宮学園録のその後
Dパート

*********












シーン9/因縁




「よく来たなぁ笛木。」

 フェルエルが約束の場所で待っていると、ずっと隠れていたらしい覆面の男たちがゾロゾロと姿を現した。暗くて確証は持てないが、それらが着ているのは学生服、それも自分と同じ学校のそれである事が見受けられる。

「サンダーはどうでもいいが……フルフルは無事なんだろうな。」
「どっちも無事だよ。そりゃこっちだって、そんな大事には出来ないからな。」
「………。」

 フェルエルは一目見ただけで、正面に立つ覆面男がかなりの使い手である事を見抜いていた。恐らく、サンダー程度では勝負にならない程の実力者だろう。周囲を囲む連中には素人臭さがあったが、目の前のそいつだけは明らかに別格であった。
 真剣に戦っても、互角。ならば数の差、人質と言う要素を考えれば、どう考えてもフェルエルに勝機は無い。

「……それで、私をどうする心算だ?」
「大人しくしていてくれるならば、危害は加えない。文化祭が終わる頃にでも解放してやるよ。」
「やはり、そうだったか……。」
「?」

 直接言葉を交わすことで、フェルエルは―――気付く。
 今回の事件の真相に。そしてその犯人に。

「体育祭でのこと、まだ根に持ってるんだな……2−F。」
「………さて、ね。俺たちはただ金を貰って動いてるだけさ。」

 正面の覆面男はパチンと指を鳴らす。周囲を囲んでいた覆面軍団が、ロープだのネットだの手錠だのを構えて、ジワジワとにじり寄った。フェルエルは、それを片手を突き出して静止する。抵抗の意思ではなく、それは降伏だった。

「生憎緊縛趣味は無くてな。お前らの言う通り大人しくはしててやるから、そのテの道具は勘弁してもらおうか。」
「そ、そんな事言って逃げる心算じゃないのか!?」
「そう思っているなら、とっくにお前の顔面は潰れているぞ?」
「くっ……!」

 素人臭い覆面の一人が声を荒げたが、フェルエルが軽く凄んで見せると驚くほど簡単に退いてしまう。あまりの滑稽さに、笑いさえ込み上げる。覆面の何人かがリーダー格の男に指示を仰ぐような仕草を見せると、正面で腕を組んでいたそいつは肩を竦めて笑った。

「本当に流石だよ笛木。荒事に聡明な君だ。過剰な拘束は必要ないだろうね。」

 そう言って、彼はフェルエルに背を向ける。

「ついてきなよ。君に相応しい持成しをしてやろう。」







…………








シーン10/馬鹿






 結局、何とか店の親父を説得した俺は、またしても何の収穫も得られないままノコノコと学校に戻ってきてしまった。あれだけ凄んで出て行ったのに、見つけられませんでしたなんて言いながら教室に戻るわけにも行かず、さてどうしたものかと途方に暮れている俺の前に、2−Fのセラ(あだ名。本名“白河せせらぎ”)が現れたのは、俺が学校の校門前に戻ってきてから数分後のことだった。丁度今文化祭の準備が一段落したらしく、俺にメールをしようとして外に出てみれば、偶然にも俺の姿を見つけたのだと言う。

「体育祭の事を……?」
「あぁ。結局あの応援合戦の所為で引っ繰り返っちまっただろ。俺はそんなんどっちでもいいんだけど、やっぱ根に持ってるヤツがいるみたいでさ……。」
「それで、そいつは何処に?」
「それがさっき出る前に校内を探してみたんだけど、何処にも。」
「……くそったれ…………また手掛かり無しか……。」

 何となく犯人の目星はついたものの、その居所が解らないのでは手の打ちようも無く、俺はまた途方に暮れる。セラもセラで何とかしようとはしてくれていたが、こいつは探偵の真似事よりも荒事を力技で片付けるエキスパートだ。アテにはならないだろう。
 そうやって校門のところで無為に過ごしていると、昇降口の方から一人の生徒がこちらに向かって歩いてくるのにセラが気付いた。どうやら、2−F関係者らしい。向こうはまだ暗がりにいるこちらに気付いていないようで、携帯電話で誰かと通話しながら歩いてきていた。
 校門脇の電柱に身を潜め、その男が通過するのを待つ。

「ちょっ、馬鹿ゼンカ! 何でお前まで電柱に隠れるんだよ!」
「他に何処に行けってんだくそったれ!」
「お前黒いんだからその辺の影にでも同化してろよ!」
「できねーよ! 俺を何だと思ってやがる!」

 などと言うやり取りの間にも、どんどんその男との距離は縮まっていった。

「せ…ま…い…!」
「いやん馬鹿エッチ何処触ってるんだくそったれっ!!」
「どこも触ってねーよ気色悪い声を出すなこの馬鹿!」

 かくれんぼとかで隠れてるとテンション上がっちゃうタイプな俺なのであった。そろそろ本当に気付かれそうなので、自重して息を潜める。聞こえてきたのは、男の話し声だった。

「……それで、笛木の様子は?」
『……て、……いる。……。』
「いくら暇だからってあんまり虐めてやるなよ。後々面倒な事にしたくないってのはそっちが言い出した事じゃないか。」

 真剣―――な様子は殆ど無く、その男の通話は傍からでは他愛の無いおしゃべりをしているようにしか見えなかった。しかし、聞こえてきたある単語を、俺もセラも聞き逃さない。
 笛木……と言う苗字は、この学校には一人しか居ないのだ。

「笛木……って、オイゼンカ……!」
「あぁ……。どうやら、思ったよりさらに悪い展開になってるみたいだ……。」

 セラが飛び出そうとするが、俺はそれを上から抑え付ける。俺だって飛びだしたい。でもその衝動を抑えることが出来たのは、その携帯で話している男を尾行している、リシャーダの姿を発見したからだ。
 遅れて、セラもリシャーダの姿に気付き、身体の力を抜く。
 でも、どうして彼女がそこにいるのかまでは解らないようだった。

「ちょっとズルいが……リシャに先に行ってもらおうか。」
「……リシャ……って、矢射田がなんでここに……?」
「アイツもハナが利くからな。多分、フェルエルの事で何かに気付いたんだろう。」

 そもそもフェルエルは教室でリシャーダたちと共に留守番をしていたはずである。だというのに電話の男は「笛木の様子は…」などと言うのだから、これはもうフェルエルが一人で呼び出されて捕まった以外には考えられないのだ。そして、それが正しいからこそ、リシャーダがその男を尾行している事に辻褄が合う。

「二重尾行だ。連中を一網打尽にしてやるぜ。」
「悪いな、ゼンカ……。うちのクラスの馬鹿の不始末で……。」
「気にするな。全部が終わったら、“うちのクラスの馬鹿”に昼飯でも奢ってもらおう。」








…………






シーン11/決戦



(……何かしら、ここ……。何だか、香ばしい……。)

 校内から抜け出した男を尾行していたリシャーダは、フェルエルが向かった場所に到着していた。そこは既に潰れた工具店の裏の空き地で、今は使われていない巨大なコンテナがいくつも並んでいる、いかにも不良が集まりそうなスポットであった。
 既に男は見失ってしまったが、何処からか漂ってくる奇妙な匂いのお陰で、この場所に何者かが潜伏していることだけはハッキリと解っていた。解らなかったのは、自分自身もまた、何者かに尾行されていると言う事だけだった。

「ストップ! 矢射田が止まったぞ。」
「だるまさんが1枚脱いだ!」
「転べよ!」

 緊張感の欠片も無いのはご愛嬌。俺とセラは、リシャーダが巨大なコンテナ群の中で立ち止まるのを確認し、こちらは潰れた工具店の影に身を潜める。
 リシャーダは、あのまま中に入るつもりだろうか?
 いや、間違いない。そうに違いない。リシャーダの表情が、それを物語っていた。
 だが、それを待つより早く、コンテナに設置された扉が開き、中から何者かが姿を現す。覆面を被ってはいるが、それは明らかにうちの学校の生徒だった。

「……ようこそ。まさかここまでついてくるとは思わなかったよ。」
「…………私が言いたいことは、解っているわね?」
「勿論。そして貴女もまた、こちらが言いたいことも解っているはず。」
「……皆は無事なの?」
「少々暴れられたけど、今は大人しくしているさ。ふふ……。」

 リシャーダの目がさらに鋭さを増す。その会話の全容は俺たちには聞こえていないが、その表情を見るだけで凡その内容は想像がついた。そしてすぐに、リシャーダは覆面の男に案内され、コンテナの中へと消えていく。
 俺はすぐに、物陰から飛び出した。勿論、周囲に誰も居ないのを確認してから。

「セラ。お前は様子を見ながら、必要な時に飛び込んでくれ。俺は今すぐ行く。」
「オーライ。ったく、文化祭の前だってのに、とんだ災難だな……。」
「全部解決できたら、当日はうちの喫茶店に来いよ。奢ってやるぜ。」
「あぁ。じゃ、頑張って来いよ。」
「おう!」

 そして、走った。
 コンテナの扉は閉められていたが、それにイチイチ構う事は無い。蹴り破り、強行突破するのみだ。

「オオオオオオッ!!」

 ドガァッ! と言う炸裂音と共に、ドアは拉げて吹き飛んだ。そして俺は前方宙返りをしながらコンテナの中に侵入し、盛大に叫ぶ。

「警察だッ! 貴様らは既に包囲されている! 無駄な抵抗はせずに大人しく投降しろッ!」

 銃を構えるモーションも忘れずに。ただしその手に持っていたのは、後日控えた文化祭のパンフだった。
 コンテナの中はまるで秘密基地のようであったが、子供が作ったチャチなものとは違い、細部の凝ったよく出来た倉庫であった。マフィアか何かが好んで塒にしそうな、嫌な空気が漂っていた。
 リシャーダは、正面に居た。唖然とした表情で俺を見ている。そして、覆面男もまた、多分、言葉を失って呆然としていたのだろう。こちらをジッと見つめたまま、リアクションに困っていた。

「……。まぁ、アレだ。お前たちがうちの学校の生徒で、理由は兎も角俺の友人たちを攫ったことは既に解っている。そして俺が此処に来た時点で、お前らの敗北は確定したも同然! 抵抗しなければ良し、だが俺の要求に素直に応えないのなら―――」

 ジロリと、覆面男を睨みつける。顔が見えない以上、こちらの威嚇がどれくらい効いているのかは解らないが、最初はナメられたら負けだろうくらいの気持ちで、言い放つ。

「地獄絵図を、見せてやる……。」
「ふ……。あっはっは! 地獄絵図だって? そんなもの、逆にこちらが見せてあげるよ黒木全火。」
「何…!?」

 覆面男がパチンと指を鳴らすと、一体どこに隠れていたのか、複数の覆面戦闘員が奇声を上げながら俺を取り囲んだ。フン、悪役のやることなんざ単調すぎて反吐が出るぜ。

「奇声は上げてねーよ!」
「五月蝿いなモノローグに突っ込むな!」

 戦闘員の一人が叫んだが、パリィ。見たところ10人弱だが、この程度の数でこの俺を止められるとでも?

「どうした。囲むだけで勝てるのはボードゲームだけだぜ? どんな手駒を揃えても俺に投了させる事が出来ると思うなよてめぇらッ!」
「ふふふ。そう慌てるな。見せてやるよ、地獄絵図を。」

 覆面男の背景の黒いカーテンが取り払われる。てっきりそこは壁かと思っていたが、このコンテナは外から見るよりも大分大きいようであった。
 カーテンの向こうには、不思議な光景が広がっていた。会議室にあるような縦長のテーブルの真ん中に肉を焼くような鉄板があったり、何に使うのか解らない先端の焦げた鉄の棒が立てかけてあったり、そしてそのテーブルの一番端に、誰かが座ったまま動かなくなっていた。
 顔中を真っ赤に染め、制服にまでも赤い液体をこびり付かせたそれは―――

「フェルエル!!」

 リシャーダが叫び、走り出す。だが、その間に覆面男が立ちはだかり、足技一つで簡単に退けてしまう。当たりこそしなかったが、その鋭い蹴りを目の当たりにしたリシャーダは、迂闊にそれ以上フェルエルの方へ進む事が出来なかった。

「フェルエルに何をしたッ!」
「彼女は料理人らしかったからね。それに相応しい方法で黙らせたまでさ。」
「貴ッ様ぁぁああッ!!」

 結局リシャーダは強行突破に出る。だが、覆面男の蹴りが一閃、リシャーダの右肩を射抜いた。その一発は見た目よりずっと重かったのか、リシャーダは右半身を大きく仰け反らせ、空中で一瞬だけ無防備な状態を曝す。その、ほんの僅かな一瞬の間に、まるで足が3本あるのでは無いかと思えるくらい神速かつ鮮やかな蹴りが、大きく開いた右脇腹に突き刺さった。

「かっは……ッ!!」
「……お粗末。」

 軽々と吹き飛ばされ、ズダンと背中を地面に打ち付けて嗚咽を漏らすリシャーダを前に、覆面男は蹴りに使った左足を下ろさず一本足で立ったまま言い放つ。
 どこかの格闘技だろうか? 近いと言えば、テコンドー辺りに似ていた。あのリシャーダをまるで子供扱いなところから見るに、相当な手練れである事は容易に推測できた。
 ……まぁ、セラの人間離れした理外のパワーを知っている俺からすれば、この覆面男の強さはあくまでも“人間”の範囲で説明できるだけ、まるで脅威には感じないのだが。
 そんな風に平然としている俺の事を、どうやら覆面男は、驚きのあまり言葉が出ないと言う風に見えていたらしい。低く笑いながら、やっと足を下ろして言った。

「さぁ、どうした。怖気付いたか?」
「やめとけよ。そんなんじゃ、怪我するぜ?」
「……強がりめ。仲間のあんな姿を見てまだやる気にならないなら、仕方ない。」

 再び、覆面男はパチンと指を鳴らす。ドラマとかではよくある光景だが、こういうのって事前に打ち合わせとかしてるんだろうなぁと思うと、何だか滑稽だった。

「あそこにもう一枚、カーテンで区切った部屋があるのは見えるか?」
「それがどうした。」
「お前の残り二人の友人は、あの中で拷問を受けている。」
「………。」
「……目が引き締まったな。いい表情だ。そうで無くちゃ、この仕事を請けた甲斐がないってもんよ……。」

 覆面男はまた低く、不気味に笑った。
 彼の言葉がどこまで本当かを探ろうとした矢先、その必要性は、二つの悲鳴によって掻き消される。

「ぎゃあああああああああああああああああああッ!!」
「いやあああああああああああああああああああッ!!」
「ッ!!」
「ふ。また始まったか。物好きな連中だ。あまり五月蝿いとこちらがノイローゼになってしまうよ。」

 覆面男はわざとらしく高笑いしながら、ギラリとした眼光をその覆面越しに見せ付けた。

「さぁ怒れ、剣を抜け牙を剥け! そして私と戦え黒木全火ッ! 知っているぞ、貴様の伝説を。かつて―――今から数年前、この倉庫を塒にしていた暴走族をよく解らん理由で掃討した、たった一人の中学生……黒木全火ッ!!」

 ……。
 頭の奥の方で、ざわざわと木々が揺らめいた。
 俺の脳内世界での不思議な幻想が、かつての記憶を鮮明に再生してくれる。
 あれは、そう。
 俺の幼馴染に手を出した不良を懲らしめたら、裏で暴走族と繋がってたとかどうとかでちょっと面倒な事になっちゃって―――当時放映していたアニメを見たかったがためにまとめて捻じ伏せてさっさと帰ったと言う、自分でもやんちゃだったなぁと思う一幕だ。
 でもアレ、厳密に言うと俺がやったんじゃなくて、全部セラがやったんだけどなぁ……。セラが「そんな面白いことを何で黙ってるんだ!」とか言って、その日のうちに「俺がクロキゼンカだぜ!」とか言い触らしながら大立ち回りを演じたのだ。迷惑極まりない。
 その迷惑が巡り巡って今の事態になっているかと思うと―――。

「……あぁ、そうか……。」

 俺は―――笑っていた。
 普段でも滅多に見せないほどの、満面の笑みで。

「で、何だっけ。寝るときは横向き派の話だっけ?」
「……? どうした黒木全火。頭がおかしくなったのか?」
「横向きも悪くないと思うぜ。俺も寝始める時はそうなってるしなぁ。あっはっは。」

 テク、テク、と歩き、覆面男に笑顔で接近する。
 多分、そう。俺はこの時、完璧にキレていた。頭のネジが、5〜6本ぶっ飛ぶくらい。

「あっはっはっは……、って何の話だくそったれがぁぁあああッ!!!」
「アビャンッ!!!」

 超不意打ちの渾身の右ストレートが、覆面男の顔面に捻じ込まれた。男は不思議な悲鳴を上げて後方宙返りをしながら、コンテナ内のインテリアと化していた木箱に突っ込んでいく。

「深夜サンッ!!? て、てめぇ汚ぇぞッ!!」
「汚い? アハハ、そんなばかな。」
「ぺキョンッ!!」

 背後から突っ込んできた覆面戦闘員に、裏拳。これも綺麗に鼻を潰す一撃だった。奇妙な悲鳴が背後から聞こえたが、無視。
 やがてそんな騒動を聞いて、カーテンで仕切られた部屋から、また数人の覆面がゾロゾロと出てきた。一体何人居るんだろうか、中にはうちの学校のヤツではない男も見えた。

「お、おい、ゼンカ……?」

 リシャーダが、暴走する俺に手を伸ばそうとしている。しかし、それも電車に飛び込むくらいの自殺行為に過ぎなかった。だって、敵味方も解らないから、“暴走”なのだ。
 それを知っていたセラは、まるで忍者のように気配も無く中に侵入し、リシャーダを抱えて俺から遠ざける。

「寄らないほうがいいぜ。まともな人間じゃ、多分……死ぬ。」

 或いは、生半可なヤツなら一撃昏倒だから、死なずに済むのかも知れないけど―――とセラは付け加え、今度はフェルエルの方へと駆け出していく。

「あはは、アハハハ、いやぁ何だか愉快だなぁ、アハハハハ。」
「デ……悪魔(デビル)……、クレイジー……ッ!!」

 俺の目の前には、どこから雇われてきたのか、外国語を話すいかついオッサンが居た。

「ってゆーか誰なんだてめぇわッ!!」
「ンNOOOOOOOOOOOOOOOOッ!!!」

 返り血いっぱい夢いっぱいな感じで一通り暴れ終わると、そこに広がっていたのはまさに地獄絵図であった。漸く頭に冷静さが戻り、あぁやっちまったなんて思いながら周囲を窺っていると、一人、立ち上がってくる覆面男が見えた。
 一番最初に潰した、足技が得意らしい男だった。そいつは震える足に鞭を打って立ち上がると、覆面を脱ぎ捨てる。3−Aの、有名な不良グループ“那威都滅亞(ナイトメア)”のリーダー鈴村深夜であった。
 因みに不良と言えば不良なのだが一概に悪いヤツとは言えないサッパリしたタイプの男で、うちの学校ではそれなりの有名人である。

「はぁ…、はぁ……。」
「立つなよ。急所だぜ、顔面モロとか。」
「ふ。正確に正中線を射抜いた心算か? だとしたら、詰めが甘いな……、オレはまだ戦える……!」
「…………。」

 この男は、ただ俺と戦いたがっている。理由なんて俺が考えてもどうにもならないだろう。この手のヤツは、強さに貪欲で、どうしようもないくらいに馬鹿なのだ。
 俺は、深夜の前に立ち、口を開く。棒立ちで、構えも取らないまま。

「一発だけ相手をしてやる。お前もその状態じゃ、あと一発が限度だろ。蹴りでも拳でも、好きな方で来いよ。俺は避けない。受け止めてやる。そんで俺が倒れたらてめぇの勝ち、倒れなきゃ俺の勝ちだ。」
「……仮に倒れても、せいぜい引き分けだな……。オレは、既に一度、倒されている……。」
「あぁもう、俺の気が変わる前にさっさと撃って来いよ。」
「いいだろう……。なら、……後悔するがいい……ッ!!」

 深夜は元々は格闘技を習っていた。
 しかし彼は、格闘技の持つ様々な限界にぶち当たり、そのまま外道へと堕ちて行ってしまったのだ。しかしその代償は、結果的に彼にさらなる力を与えたのだが……。

「ルールに雁字搦めの格闘技など、所詮スポーツだ! それでは真の頂点には到れないッ! だからこそオレは堕ちたのだ―――力を得るために! ……刮目しろ、これが“俺流”……至高に到るために編み出した、一撃必殺の蹴りだッ!!」

 蹴りは、拳の3倍重いとかどうとか、誰かが言っていた気がする。つまり強さを求めるためにこいつが蹴りに拘っているのは、合点が行った。
 これまでの彼の蹴りは、多少型から外れていても、あくまで武道としての蹴りであった。つまり、相手を過度に傷つけない配慮を持った、足の甲で当てる蹴りである。
 しかし今度の蹴りは違った。彼は後ろ回し蹴りの要領で旋回し、その円周から放たれる蹴りが真っ直ぐ俺を射抜く直線状に来た時―――繰り出された蹴りは、横薙ぎに全てを叩き潰す“斧”ではなく、まるで獲物を貫く鋭い“槍”であった。
 つま先が真っ直ぐ心臓を狙う。どんな動きをしたら、あの回転力を直線的な動きのエネルギーに転換できるのか―――それを見ていたセラも、思わず魅入るほどの一撃であった。
 直撃は、避けたい。避けはしないが、手を出さないとは言ってないので、俺は右手をそのつま先と心臓の間に滑り込ませた。そして、念じる。
 抱いた思いは、かつての異世界での旅。

「……“まもる”。」

 槍は、当たったが貫通する事も無ければ砕ける事も無く―――

「……そんな、……馬鹿な……。」

 俺の右手に触れたところで、ピタリと静止していたのだった……。











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