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迷宮学園録のその後
Bパート

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シーン3/そろそろ文化祭







 結局何の収穫も得られないまま各々帰宅の時間となり、この日のサミットはお開きとなってしまった。帰り際にジャージを持ち帰るために教室に戻ると、俺はそこでリシャーダと遭遇する。部活動が今終わったらしく、これから帰るところだったそうだ。
 因みにリシャーダも、俺と同じく2‐B文化祭実行委員である。家までの道のりは途中まで一緒なので、俺たちは文化祭の出し物について考えながら帰ることにした。

「……で、何の収穫も得ずにのこのこ帰ってきたわけだ。」
「め、面目ない……。」
「いいわよ別に。それより、役に立たなかったのはどっちの腕かしら?」
「やめてスプラッター。」

 自分はちゃっかり部活に参加してて何もしてないくせに、しっかり文句をつけてくる暴君リシャーダ。女子高生らしい鞄と一緒に担いでいる身の丈ほどの袋の中身は、竹刀だろう。確か彼女は剣道部だったはずである。それにしても、全然似合ってない。これで期待のエースで時期部長候補だと言うのだから、人って外見じゃ解らないものだよなぁ。
 噂によると、竹刀でも空き缶程度なら真っ二つに出来るらしい。怖いとかそういう次元じゃない。

「まぁ、無難なところで行くと喫茶店よねぇ。」
「それなんだけど、一応他のクラスの出し物もチェックしてみたんだよ。」

 リシャーダが案を出すので、俺も鞄の中から実行委員にのみ配られる資料を取り出して広げる。暫定版だが、どのクラスがどんな出し物をするのかが、学校全体の簡易地図に書き込まれていた。
 フランクフルトとかワッフルとかお化け屋敷とか、当たり障りの無い出店が多い中、それなりの数の喫茶店と言う文字があり、これ以上増えると客の取り合いが激化することが予想された。

「うちらは抽選に漏れたから2−Bの教室しか使えないだろ? 1階の1−Bも喫茶店なんだよ、きっとそっちに取られちまうんじゃないかと思うんだよなぁ。」
「そんな弱気でどうするのよ。体育祭の時みたいにどんな手を使ってでも客を呼び込めばいいだけの話じゃない。」
「エロ方面はダメだって生徒会長が。」
「……まだ根に持ってるのね、アイツ。」

 応援合戦で絶対に点数を稼ぎたかったあまり、2‐Bの一部の女子がハメを外した事件は、記憶に新しいと言うか一生忘れられない。やうつべとかネコ動とか、動画サイトを漁れば多分出てくるんじゃないだろうか……。あまり良い気分ではない。

「お前がしっかりしてればあんな事には……。」
「しょうがないでしょ、熱中症だったんだから。それに結果的にそこで点数稼いだお陰で総合優勝できたんだし、別にいいじゃない。って言うか、アレの首謀者は誰だったの?」
「栗山姉妹の、姉の方。」
「……おk、把握。考えてみたら、他にあんなこと仕出かすヤツは居ないか。」

 栗山姉妹とは、この学校では知らぬ者なしと言われる美人姉妹のことだ。妹の方の栗山茜(クリヤマアカネ)は比較的常識人で真面目な生徒であるが、姉の方の栗山詩織(クリヤマシオリ)はもうどうしようも無い馬鹿である。どう考えても茜の方が姉に見えるが、詩織の方が年上だと言うのだから世の中って不思議。
 ……まぁ、茜は茜で、時々暴走しちゃうんだけどな……。超ド級のショタコンだから。

「あの馬鹿(詩織)に暴走されないうちに、無難に決めておきたい。」
「客の奪い合いが激化すると面倒な事になる、って意味ね。」
「一部の男子と教員は喜ぶだろうけど、後で怒られるのは俺たちだしな。」
「不条理ねぇ。」

 例の体育祭での騒ぎの後、怒られたのは体育祭実行委員だった。だから多分、文化祭で何か事件を起こそうものなら、怒られるのは俺とリシャーダ(文化祭実行委員)だ。

「でもその地図を見るとさ。」

 リシャーダが、俺の手から資料を取り上げて言う。

「こっちの校舎は食べ物関係が少ないわよね。」

 うちの学校は校舎が分立している。どんな風に分かれているのかは面倒なので説明しないが、2‐Bの教室が存在している校舎は、リシャーダの指摘通り、今のところ食べ物関係の出店が明らかに少なかった。

「じゃあ、食べ物関係で行くか?」
「それが良いと思うわ。“専門家”も居る事だしね。」
「……専門家?」

 俺が問い返すと、「明日、一緒に相談に行きましょう」と言って、リシャーダは立ち止まる。丁度、自宅への帰り道が分かれるところだった。
 リシャーダはそこで軽く手を振ってから家路につき(なんとも素晴らしい自分勝手。)、結局“専門家”が誰を指す言葉なのかの答えは、後日までお預けとなるのだった。

「……あ、ジャージ忘れた。」








…………








シーン4/料理の鉄人





 フェルエルこと、笛木流は大いに悩んでいた。
 果たして2週間と言う短い準備期間の間に、自分の満足の行く味が出せるのかどうか、を。

『やるからには、妥協したくない。最高の味で勝負しよう。』

 そう言ったは良いものの、正直なところ、時間は短かった。部活もあるし、授業にも出なければならない。鍋に付きっ切りで最高の味に育て上げたいのに、最長で金曜の放課後から月曜の朝までの時間しか取る事が出来ないのだ。
 しかし、それでも彼女には味に対する誇りと、それを支える情熱とアイディアがあった。

「……これだッ、この味なら……ッ!!」

 彼女は、自分の勘を信じて包丁を振るった。国産地鶏を惜しみなく使い、濃厚な鶏がらスープの基礎を固めていく。さらに、今朝学校に行く前に仕入れた新鮮な魚介から採ったダシと合わせる事で、ついに満足の行くベースを得られた彼女は、腕を組んで頷く。
 ゆっくりと時間を掛けて熟成できないのなら、新鮮さで勝負するしかない。
 フェルエルの到った結論は、2−Bの模擬店に奇跡を呼び込もうとしていたのだった……。いや、なんで文化祭の模擬店のためにそこまでするのか、正直理解に苦しむところは多々あるのだが、最早突っ込まないのもある意味優しさなのかも知れない。

「う、うまい……! 当日も客には出さずに俺たちで全部食い尽くしてしまいたい程に……ッ!」
「フェルエルにこんな才能があったなんて……!」

 文化祭の3日前。フェルエル宅での試食会に招待された俺他数名は、フェルエルの作った“最高の味”に、最高の賛辞を与えた。

「この方法なら、前日からの仕込みでも十分な味が出せる。どうだ、ゼンカ。」
「……こ、この“ラーメン”なら……勝つる!」
「ふふふ、頑張った甲斐もあったようだな。意地でも売り上げトップを目指すぞ!」
「おうッ! よっしゃあ、やってやろうぜおまいら!」
「「「おおーー!」」」

 誰もが勝利を信じて疑わなかった。そんな空気の中、俺たちは試食分のラーメンを全て平らげるまで箸を置く事は無かったが、すっかり食べ終わった後になってから、フェルエルが何かを思い出したかのように自室に引っ込み、紙切れを1枚持って俺の下に駆けつけた。

「忘れるところだった。これ、材料費な。」
「おう、経費から落としとくぜ。えーっと、国産地鶏……海産物……合計、え? いち、じゅう、ひゃく、せん…………万、………………?」

 フェルエルの持ってきた領収書は、ゼロがいっぱいだった。しかもこれ、俺たち数人が食べるだけの、少人数分の材料費なんだって。
 悪びれもせず、フェルエルは言う。

「前日に同じ材料を200人分調達しよう。かなり節約した上でそれの10倍は掛かりそうだが、経費で何とかしてくれ。絶対に勝とうな!」
「勝てるくわぁぁぁあああああああああああッッ!!!!」






………





シーン5/結局…



「ほんっとーに申し訳ない……!」

 両手を顔の前でパンと合わせてから頭を下げるフェルエル。俺はと言うと今日一日学校をサボり、たった今、日払いのバイト(肉体労働)を終えて、そのバイト代でフェルエルの叩き出した記録的大赤字(奇跡)を解消したところだった。
 文化祭まであと1日しか準備期間が無い。明日には何とかしなければ、明後日の文化祭に間に合わなくなってしまう。焦りばかりが募っていたが、全身を襲う疲労感でそれを紛らわせる事が出来たのは僥倖かも知れない。
 しかし工事現場はしんどいな。いくらこっちには“魔法”があるとは言え。

「気にするな……、悪いのは、ちゃんと指示を出さなかった俺だ……。」

 公園のベンチに大きくふんぞり返って、夕焼け空を仰ぎながら息を切らせる俺に、フェルエルは暫し掛ける言葉を失う。
 少しの沈黙の後、両頬に素晴らしく冷たい感触が触れ、俺は思いっきり飛び起きた。

「てっ、敵襲!?」
「残念。ただのジュース。はい、どうぞ。」
「お、おぉ、悪いな……。」
「こないだ借りたジュース代よ。」
「現金で返して欲しかった!」

 現れたのは、両手にジュースを1本ずつ持ったリシャーダだった。片方をこちらに遣し、もう片方はフェルエルに渡す。自分の分は無いようだ。

「もう飲んできたもの。」
「なんてヤツだ! しかし俺のは良いとして、何でフェルエルまで?」
「昨日ジュース代借りたから。」
「フェルエルからも借りてたのかよ! 財布を忘れるなよ家に!」
「いや、ドジッ子と言うのは案外アリだと思うぞ、ゼンカ。」
「ぇえ!? 真顔で何を言い出すのこの子!?」

 どんどんおかしなキャラ付けをされていくフェルエルだが、こいつは元々こんなんだからもう気にするな。

「それで、結局どうする事になったんだ?」
「……あぁ、材料費をもっと削って、ショボイラーメン屋を開く事になったよ。」
「ショボイとか自分で言うな。どんだけ料理に拘りを持ってるんだよ。」
「私は、あんな材料でなんか料理は出来ない! あんなものでまともな勝負ができるものか!」
「こんな状態だからフェルエルは料理係から外したわ。」
「その判断、正解だよもう。」

 頑なに料理への情熱を切らさないフェルエルなのであった。
 前々から気になってたけど、勝負って何のだよ。当日はグルメ大会か何かあるのかよ。

「で、買出しは?」
「サンダーとフルフルが行ってくれたわ。残れる人は教室で飾り付けしてる。でも画用紙とか足りなさそうだから、今日のところは買出し班待ちね。」
「そうか、まぁ今日遅くまで頑張れば、当日間に合いそうだな。」
「そうね。何はともあれ、間に合ってよかった。」
「買出し……せめて安い食材でも、この私が直々に吟味すれば或いは……!」
「お前は教室の飾り付けでも手伝って来いよ……。」





…………





シーン6/不穏な影




 ゼンカ達が通う学校の、とある教室……。

「そうか、やっと2−Bが動き出したか…。」

 カーテンで窓を全て覆い隠して電気も消し、真っ暗な状態にして蝋燭だけを立てて、いかにも悪役の拠点らしい不気味な演出をするその部屋の中で、ワイングラスを片手に立っていた男が呟いた。その男の背後に傅いていた伝令役は、用件が済むと速やかに撤退する。
 一人残された男は、笑いを堪え切れぬかのように、低く笑った。

「ふ、ふふふ…! まさかこんなギリギリに動き出すとはな……。よもや動かないのではないかと心配したが……フハハハハッ!!」

 男はワイングラスに入ったお茶を一気飲みしてそのまま机に置くと、制服のズボンのポケットから携帯電話を取り出して、慣れた手つきでアドレス帳を呼び出す。

「……もしもし、私だ。2−Bが動き出した。……あぁ、そうだ。標的は古谷霧絵と三田健吾の2名、駅前のスーパーに立ち寄る模様だ。人ごみに紛れる前に作戦を決行しろ。多少手荒でも構わん、奴らの目的を根本から粉砕してやるのだッ! 任せたぞ、フフフ、ふはははははははははははッ!!」

 笑いながら、携帯電話を切り、ポケットに戻す。それから、再びワイングラスを手に取り、椅子に腰掛ける。抑え切れない激情が、未だに笑いとなって彼の口から零れ出していた。

「フハハッ、ふははははははッ!!! 思い知れ我が屈辱を! そして味わえ絶望を! 貴様らの文化祭は今日で終了だっ! くくくっ、はーっはっはっははははははッ!!」
「ちょっと男子ー!? 中で遊んでないでこっち手伝ってよー!」

 廊下から、この教室の装飾作業をしていた女子の声が聞こえてきて、男は舌打ちをする。

「チッ……、邪魔が入ったか。まぁいいさ、後は俺の手駒が上手くやってくれるハズ……フフフ、今に見てろよ2−Bめ……!」
「オイ、遊んでンなっつってんだろ? まさか聞こえてないワケねぇよなぁ……?」
「ひぃっ!? し、白河……! ははは、まままままさか、勿論聞こえてるって!」
「よろしい。ところで、さっき2−Bがどうのとか言ってなかったか?」
「いえいえ滅相も! それじゃ自分はダンボールで小道具を作ってきますので失礼しまっスッ!」
「……なんだぁ、アイツ?」

 途端に威厳も何もかも捨て去って逃げ去る男。取り残された女生徒―――“白河”は、呆然としながらその後姿を見送るのだった。

「どうかした? 白河さん?」
「んー……。いや、何でもないぜ。それより早く仕上げないと、当日間に合わないよ。」

 立ち尽くしているところに別の女生徒が話し掛けて来て、白河は一旦、準備の手伝いに戻るのだった。

(……まだ体育祭でのことを妬んでるヤツが居るみたいだな……。後でゼンカにも伝えとくか、……準備の後まで、覚えてたら。)








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