ハロー。初めまして、そうじゃないヤツにはお久しぶり。
 俺だ。
 え? オレオレ詐欺じゃねーって。俺だよ、黒木全火だよ。
 ……何ぃ、忘れたぁ?! オイオイ冗談だろ? 去年の記念作品であんなに頑張ったじゃねぇかよッ! 忘れちまうなんてあんまりだぜ!?
 ……ま、実際のところは別にどうでもいいんだけどさ。
 今日はまたなんでここに呼び出されたかって言うとな、どうやらまた記念作品を作りたいって言うのにリアル多忙で時間が取れないらしい作者に代わってだな、この俺のほんの日常でも紹介しようってことになってるわけなのさ。
 決してバイト代貰ってるとかそんなことは無いからな?
 あ、焼肉ごっつぁんでした。また連れてってくれよな。
 ……ゴホン、失礼。こっちの話だ。

 さて、俺こと黒木全火は前作“迷宮学園録”の後、無事に元の世界に帰ってきたわけだ。元の世界―――魔法も何も無い、所謂“普通の世界”。科学の発展が目覚ましい、退屈でちっぽけな、この素晴らしい世界に。
 話して何になるって言われちゃそれまでだが、今回はその“普通の世界”のお話だ。






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迷宮学園録のその後
Aパート

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シーン1/いつもの朝



 元の世界でも、俺は当然ながら学生だ。何てことは無い普通の高校生である。魔法バトルも何も無い、だからこそ漫画の中のフィクションに何処か憧れを感じる、そんなティーンだ。って言うか実際に魔法バトルを経験してきた俺から言わせて貰えば、「もし日常に魔法があったら?」なんて疑問には「冗談じゃない」以外の何も答えられないんだけどな。
 普通は安全なはずの学園の中でさえ、ふとしたきっかけで法律なんて何の役にも立たない無法地帯と化しちまうんだからな。それがどれ程恐ろしい事か、お前らには解るか? 解らんだろうなぁ。せいぜい、安全な教室でぬくぬく育つといいさ。突然教室に強盗が入ってきて、それをカッコよく撃退する自分を想像して悦に入ってるといいさ。世の中、そんなに甘くない。
 あぁ、銃規制の緩い海外では、案外こっちの世界でも無法地帯になりかねないんだっけ。全く、恐ろしい世の中だぜ。
 ……。
 愚痴っても仕方ないな。兎に角、俺は今の平和で退屈な世界に、非常に満足している。そして、たったそれだけでも前向きであろうとする姿勢は、自然と周囲の環境も良い方向に変えていくのだろう。何時の間にか俺の周りには、かつての異世界の時と同じような面々が揃っていたんだ。
 おっと、言い忘れていたが実は俺が行っていた異世界は、この世界とはパラレルワールドな関係にある。つまり、向こうの世界もこちらの世界も、所謂“登場人物”は全て同じなのだ。まぁ、当然名前は違うし、多少位置づけの異なるヤツも居るが―――基本的に同じだと言っていい。どう言う事かと言えば……

「フェルエルー! 俺だー! 結婚してくれーッ!」
「だ・か・ら・フェルエルって言うなッ! あと誰が結婚するかッ! 3回死ね!」

 ……とまぁこんな感じで、魔法が無い以外は基本的に向こうの世界と同じ光景が見れると言うわけだ。これは退屈する余地が無いだろう常識的に考えて。あ、フェルエルってのは俺が付けたあだ名な。名前から察する通り、異世界で俺にピカレスクマッチとか言うデンジャー極まりない競技をやらせようとしていたフェルエルのパラレルな存在だ。向こうと違ってこっちは普通に黒髪だから、気付くのに時間掛かった。
 そう、向こうの世界に行く前までは、俺はこいつらの事なんて全然知らなかったんだよなぁ。だが打ち解けてみればこんなにも面白いヤツらだったのだから、コミュニケーションってホント大事だって思う。

「ゼンカ! お前の広めたあだ名はどうにかならんのか!」
「あん? いいじゃないか、フェルエル。俺は好きだぞ?」
「……っ…、あぁもう、お前はどうしてそう……!」

 好きだぞ、に反応して顔を赤らめるフェルエル(本名“笛木流(フエキナガル)”)。からかい甲斐のあるヤツだった。一方、そのフェルエルに求婚していた男こと、サンダー(これもあだ名。本名“三田健吾(ミタケンゴ)”)は、フェルエルのマッハパンチを顔面に食らって失神していた。
 ……いやぁ、おかしいなぁ。この世界には魔法、無いハズなのに……どうしてフェルエルはマッハパンチを使えるんだろう……。さすがパラレルワールド。余計な共通項がいくつも存在している。
 ついでだから、朝から暴力事件を起こす俺の愉快な仲間達を、さっきからチラチラと横目で覗き見ている“あの女”も紹介しておいてやろう。教室の片隅で読書に耽る、少しだけ獣耳に見えないことも無い癖っ毛の持ち主は、フルフル(あだ名。本名“古谷霧絵(フルヤキリエ)”)だ。読書家で大人しい、クラスに必ず一人は居るようなタイプである。これも名前から察する通り例の不死鳥のパラレルな存在だが、こちらは別に不死でも何でもない普通の人間だ。当然か。
 俺はすっと立ち上がるとそいつの前まで移動し、そいつの机に両手を置いて、もはや日課となっている朝の挨拶を行う。

「ようフルフル。相変わらず可愛いな!」
「お前は相変わらず馬鹿面下げているな。馬鹿が移るからあっち行ってろ。」

 フルフルは、笑顔で俺の挨拶に応じてくれた。
 こっちのフルフルは、表情と言葉が全く噛み合わないヤツだった。いや待て、それは向こうのフルフルもある意味そうだったような気がしなくもないな。どうでもいいけど。
 そんな彼女はクラスのマドンナである。あの笑顔から来る毒舌に骨抜きにされる男子が後を絶たないらしい。ドMだらけか、このクラスは。

「フルフルちゃぁぁぁああんッ! 俺にも朝の挨拶をヲヲヲヲヲッ!!」
「っ!!」

 フェルエルの一撃から目を覚ましたサンダーが、起き上がるや否やフルフルに飛び掛る。うーむ、こっちの世界のコイツは、ただの変態のようだ。
 フルフルは突然の奇襲に反応し切れなかったらしく、サンダーのダイビングハグ(本人曰く、“サンダートルネードハギング”)の前に硬直してしまう。しかし、それがフルフルに到達するより早くサンダーの顔面には分厚い辞書が捻じ込まれ―――彼はそのままのポーズで空中でピタリと静止した。
 クラス一の危険人物、ツンデレの最終進化形態とまで噂される人物、リシャーダ(あだ名。本名“矢射田沙里奈(ヤイダサリナ)”)が、サンダーの顔面に突き刺さった分厚い辞書を片手に、悠然と立っていた。

「……朝っぱらから元気がいいわね、サンダー。」
「さ……沙里奈……、これには深い理由が……。」

 辞書の減り込んだ顔面をもごもごさせながら、サンダーが空中で呻く。……だから、ちょっと待てって。この世界には魔法とかないんだって……! どうやってサンダーは空中で止まってるんだよ!? まさか、そのサンダーの顔面に辞書をぶち込んだリシャーダが、片腕の腕力だけでサンダーの全体重を―――しかもあんな無茶な角度で支えているとでも言うのか!? な、何が起きているのか、俺にはサッパリ理解できない! でもいいんだ、どうせフィクションだから! ……俺、何言ってんだろ。

「―――“死刑”。」
「ひっ―――」

 リシャーダはフルフルが毒舌を放つ時みたいな笑みでサンダーにそう告げると、辞書ごとサンダーを力任せに放り投げた。サンダーは短い悲鳴を上げ、ちょうど開いていた窓から飛び出していく。数秒遅れて、何かが校舎下の花壇に突っ込んだような音が聞こえてきた。
 あぁ……もう何も言うまい。解ってたさ。あんなおかしな異世界とパラレルな関係にあるんだ。この世界も、少しばかり面白おかしく脚色される可能性があるって事は、覚悟していたさ。何と言う不条理……、そのうち魔法とか出てきても、俺は多分、驚かない。
 尚、先ほどのやり取りでもしかしたら想像が付いているかも知れないが、こちらの世界では、サンダーとリシャーダが付き合っている。何故にこの組み合わせなのかは俺にも解らん。

「お早うゼンカ。」
「おう、お早うリシャ。」

 リシャーダは俺の傍の自分の席に鞄を置き、すました表情で言う。それから個人的に用があったのか、俺の耳元で小さく囁く。

「財布忘れた。ジュース奢って?」
「彼氏に言えよ。」
「アレに借りを作りたくないの。」
「アレ扱いかよ……。」
「間違えた。カレに借りを作りたくないのよ。」
「ひでぇ間違いだな。」
「カレーとカリーってどう違うのよ。」
「同じだよ。そして唐突だよ。何の話だよもう。」

 などと会話の真っ最中にも関わらず、リシャーダの手は俺の鞄の中に突っ込まれていた。勝手知ったる他人の鞄ってか、コノヤロウ。しかし残念だったな、財布は俺のポケットである。

「じゃ、借りるから。」
「あっるぇー!? 何で俺の財布がそこに!?」
「借りたから。」
「“盗った”の間違いだろ!」

 俺の財布を片手にパタパタと教室から出て行くリシャーダ。な、なんてヤツだ……この俺が、ポケットから財布を抜かれた事に気付けないなんて……。
 そしてリシャーダと入れ違いで戻ってきたサンダーの顔は、なんかもう花とか土とか辞書のアザとかで混沌としていた。

「サンダー。お前がそんなんだから俺が苦労するんだぞ……。」
「HAHAHA、何をワケのわからん事を。」

 エセ外人スマイルのやたら似合うサンダーなのであった。






………





シーン2/第145回『2−Bサミット200X』



「さて、諸君。」

 放課後。強引に貸し切っている会議室の中でテーブルを囲んでいるのは、俺こと黒木全火、サンダー、ミカド(本名、石橋帝)、ゴロ(水野悟朗)の計4名だ。ここに集まっている俺たちは何か特別なイベントのために集まった代表とかでは断じてなく、いつもつるんでいる単なる仲良しグループである。
 ではその仲良しグループが何故こんなところに居るかと言えば、それは俺たち4人組みの定例行事とも呼べる“2−Bサミット200X”のためである。半年前から始まったこの仰々しいようで別段そうでも無いネーミングの会合は、凡そ月に十回、年間通せば百回を数えるであろう頻度で催されている、ぶっちゃけただのお茶会だ。
 尚、お茶会の名に恥じないくらい、テーブルの上には御菓子が沢山乗っている。提供は職員室の来客用品倉庫。無断で持ってきたわけではなく、ちゃんと許可を貰っている。誰の許可を貰っているのかは、本人が来た時にでも説明しよう。そのうち来る。

「本日集まってもらったのは他でもない。」

 俺は、椅子に座り各々の世界を構築している3名に対し、堂々たる口調で言い放つ。

「迫る文化祭のために、我々2−Bの出し物について考えようではないか。」
「………。」
「………。」
「………。」

 ……えーっと……。誰も反応してくれませんが、これは一体どういうことでしょうか……? 解説のミカドさん、よろしくお願いします。
 肩まで掛かる程度のロングヘアを時折除けながら読書に耽っていた茶髪の少女、石橋帝は周囲の様子を一瞥してから、静かに口を開く。

「サンダーは来週の追試のために猛勉強中。ゴロは昨日発売したV系の新譜を堪能中。私は読書中。」
「あとにしろよッ! 普段は無駄に暇そうなくせになんで今日ばっかり忙しいんだお前ら!」
「そんなこと言ってもだなゼンカ。俺にとってこの追試には重大な意味が……。」
「追試ってのは大抵重大だよ! まずそんなものを受けない努力をしろよ!」
「ッはァ〜〜〜、いいなぁディヴァインエンジェルズの新譜……! メロディックな旋律の中に響く重厚なサウンドがまるで洞窟の中で見つけた神秘的な地底湖を思わせる感動と躍動感を与えてくれるぜ……!」
「あとで俺にも聴かせろよくそったれ!」

 ドタンバタンとテーブルの上で踊る俺の両腕。いい加減ツッコミも疲れる。まだ始まったばかりなのに。
 と、そんな若干混迷を極め始めた会議室に、腰まで伸びたブラウンのロングヘアを揺らしている、おっとりとした女性が静かに入ってくる。彼女は自分が完全に会議室の中に入ってから、やっと俺たちが中に居る事に気付いたようで(わざとらしく。)、口元に手を添えて大袈裟に驚いて見せた。

「あらあら、もういらしてたんですか?」
「ちわっす、アイネ校長。」
「ども、こんちゃーっす。」
「こんにちわ。」

 口々に自分の作業を中断して挨拶する面々。俺の時とは偉い違いである。
 まぁ、仕方ないか。先のサンダーの発言で察する通り、彼女―――桜庭愛音(サクラバアイネ)は、この学校の校長先生なのだ。デンリュウ校長のパラレルな存在である。性格はほぼそのままで、普段はおっとりしているけれども怒ると滅茶苦茶怖い。
 で、このお茶会に茶菓子を提供してくれているのも、彼女である。どういう経緯でこうなったかと言えば、アイネ校長の足元にピッタリついてくる真っ白な猫がいるだろう? え、見えない? ……とにかく居るんだよ。そいつが木に登って降りられなくなっていたのを、俺が保護したのが発端だったりする。
 アイネ校長が会議室の隅に陣取って椅子に腰掛けると、猫はその膝の上に飛びのり、背中を撫でられながらうつらうつらとし始めた。
 猫の名は、アブソル。
 ……あぁ。笑ったさ。大爆笑だったよ。まさかあっちの世界でデンリュウ校長の付き人だったアブソルのパラレル存在が、まさか猫だなんてな。因みに笑ったのが原因だったのかは定かじゃないが、直後にアブソルに顔面を引っ掻かれたので、俺はアブソルのことは嫌いである。
 大体にして、あんなベストポジションに居座るなんて許せない。俺も猫になりたい。

「それで、皆さんは今日はどんなお話をしているんです?」
「あぁ、文化祭の出し物についてだな、こいつらに意見を貰おうと。」
「そういやゼンカはうちのクラスの実行委員だったな。つっても、俺と帝は手伝えないぞ?」

 イヤホンを繋いでいたケータイ電話を片付け、ゴロが言う。最近のケータイは進化したもんだなぁ……と言うのは置いといて、続けて帝が読んでいた本をテーブルの下の鞄に突っ込みながら声を上げる。どんな体勢だよ、喋るか鞄弄るかどっちかにしろよ。

「ほら、私とゴロと隣のクラスのカゲは軽音部の方が忙しいから。」

 カゲ―――2−Aの影山隆人(カゲヤマタカヒト)。不運にもゴロに出会ってしまい、全く経験が無いにも関わらず何故かバンドマンになってしまったが、生真面目な性格からかそれとも元々才能があったのか、血反吐を吐くほどの努力によって今やこの学校を代表するミュージシャンとなった男である。
 ついでに言うと、帝の彼氏だ。あぁあ、いいなぁ、青春してるなぁ……。

「ゼンカ、ドンマイ。」
「サンダー。意味次第では殴るぞ。」

 外人スマイルで親指を立ててみせるサンダー。リシャーダが暴力を振るいたがる気持ちが、今なら少しだけ解る気がする。

「そう怒るなって。よし、決めたぞ! 今日はこれから合コンに行こう!」
「大学生かよ! 高校生で合コンとかねーよ!」
「はン、笑わせるなゼンカ。今時高校生だって恋愛のためにはマジになるもんだぜ! 俺も一緒に行くからSA☆」
「お前が行きたいだけだろ……。」

 ドカッと椅子に掛け直し、俺は大きく溜息をついた。
 入れ替わりで俺とサンダーの間に割り込んだアイネ校長が、目をキラキラさせながらサンダーの両手を取る。

「わ、私もその合コンに誘ってくれませんか……!?」
「行きたいのかよッ!!!」

 俺が椅子ごと引っ繰り返ったのは言うまでも無い。




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