リシャーダは部活に所属していないらしい。
やれるだけの事はやっておこうと思った俺はフェルエルにそう聞き、その足でリシャーダに会いに行った。

デンリュウ校長とアブソルの事は、どうせ近いうちに明るみに出る事だろう。
わざわざ俺が彼らを見つけて第一発見者となるのは、返って危険である。
何故、使用されていない旧校舎裏の倉庫に行き、そこで二つの死体を見つけたなんて偶然を装わなければならないのだ。
彼らには悪いが、次の世界では必ず助ける事をこの胸に誓う代わりに此処では勘弁してもらう。

急がなければ。
デンリュウ校長を襲ったのは、恐らく俺を狙う何者かと同一犯。

それがX本人か、それともXに従属する何者かの犯行かは解らないが、そいつらに捕まったら最後だと言う事と、そいつらを捕まえれば事件の真相に大きく近づけるのだけは間違いなかった。


「で、結局ついてくるのな」
「当たり前だろう。デンリュウ様にそう言われているのだからな。しかし、一体何処に行ったのやら……」


フェルエルには、まだ真実は伝えていない。
俺だけが知っている、などと俺に特異な能力があるみたいな誤解を周囲に無闇に与える必要は無いだろう。そんな事で色々と問い詰められるのは御免だ。
出来ればフェルエルがこの事実を知ってしまう前にリセットする事が出来れば、フェルエルが悲しむ顔を見ずに済むのだが……。

ともあれ、すぐに助けるから、成仏してください。






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迷宮学園録

第九話
『覗いたら『こう』だよ』

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「リシャーダ、居るか?」
「あら、フェルエル。どうかした?」


リシャーダは俺の予想よりも、随分明るい女だった。
少しは話し易いかな、と思い、俺は気さくにフィノンについての話題を振ってみる。
っと、その前に自己紹介をせねば。


「おk、ブラクラゲッターの兄者です。以後お見知りおきを」

「フェルエル。何、この変態」


人間を指差して『何』とか言った挙句に『変態』まで付け加えやがった。
可愛い顔して物凄く毒舌キャラだったようだ。明るいのも、毒武器の一つか。

しかし、流石は2年生校舎だと思った。
1年の様な、ちょっと明るい子供っぽい雰囲気はナリを潜め、一気に大人っぽい空気が漂っているのをひしひしと感じることが出来る。
……少なくとも、このフェルエルからは想像も付かないほど、2年生と言うのはまともな集団らしい。


「1年生四天王の最有力候補だ」
「そう。変態なのね」


フェルエルの紹介に、あっさりと変態として認識してくれるリシャーダ。
オイ、お前も四天王だろうが。と、目線で訴えてみたら、その瞬間リシャーダの態度がコロリと変わった。


「四天王だなんて凄いじゃない、流石よね、痺れちゃう」
「自分の立場を思い出したかのように!」


人を貶すために生まれてきたんだろうなぁ、この人。と、つくづく思った。
いやいや、もうそこはいいや。変態でも何でも。
とりあえずフィノンについての話を聞かなければ。
でも何て聞けばいいのか全く考えてなかったな。

単刀直入に聞くのは失礼か?
いや、もうそんな状況じゃ無いんだよな。


「率直に聞くけど」
「知らない」


………。
質問すら許さないお心算ですか。


「フィノ」
「帰って」


不意に真面目な表情で言い放つリシャーダ。
それでも俺が言われたとおりにせずその場で突っ立っていると、リシャーダはその手に緑色に輝く短剣を具現化して、一瞬で俺との間合いを詰めた。
短剣が俺の頬を掠めて、俺の背後のドアに突き刺さる。頬から血が滴った。

微動だに出来ない俺の耳元で、リシャーダが呟く。


「……あの子に近寄るな。あの呪われた子に近寄れば、お前はきっと殺される、八つ裂きにされてヒトの形を失うことになる。帰れ、そして二度と関わろうとするな。お前はもう、目を付けられている……」


返す言葉が無かった。
俺はリシャーダの迫力の前に、ここは従うしかないと本能的に悟った。

近寄ったら、きっと殺される。
リシャーダの持つあの緑色の短剣で、八つ裂きにされてヒトの形を失う。

リシャーダがフィノンを守ろうとしているのが何処まで本気なのか、一瞬で理解できた。
リシャーダは、フィノンを守るためなら―――平気でヒトを、殺せるんだ。

1年生の間で噂になっていたアレは、決して尾ひれのついたものではなく―――真実。


「ゼンカ。今日は帰れ」


フェルエルがそう言ってくれなかったら、帰らなくちゃならない事を理解しつつも、俺は何時までもそこに突っ立っていたことだろう。
フェルエルの一言に漸く今すべき行動を思い出した俺は、フェルエルに背中を押されながら、この教室を後にした。

ドアを閉める最後の瞬間まで、リシャーダが鷹の様な目で俺を睨みつけていた……。

ドアを閉めて、少し歩いて、リシャーダの存在感から逃れたと判断したところで俺は立ち止まり、フェルエルに問う。


「何で、あそこまでリシャーダはフィノンを守るんだ……」

「理由は誰も知らない。ただ、去年―――まだ入学する前のフィノンがこの学園に来た事があったんだが、そこで―――『何か』があったらしい。それ以来、リシャーダはフィノンの事になると、人が変わるんだ」


『何か』とは、フィノンを傷付けるような事件の事を指すのだろうか。
その顛末を俺は知らないが、その事件が引き金になってリシャーダが豹変するようになったのならば、それはきっと、辛くて恐ろしい事件だったのだろう。

フィノンの明るい姿を見る限りでは、全く想像できないような事件が……。





……………





また、夜が訪れた。
今日はフィノンが学校に泊まるらしい。
AAコンビとオマケたちは全員帰っていて、教室にいたのは俺とフェルエルとクリアとミレーユとフィノンの5人だけだった。


「何でお前らが居るんだよ。教室違うだろ? また捲るぞコノヤロウ」
「ゼンカ君の所為で私まで四天王候補にさせられちゃったんだよ? 責任取ってよね」
「僕まで四天王候補にさせられたのはクリアの所為なんだけどね」
「それも元を辿ればゼンカ君の所為だよ!」


ギャーギャーと喚き散らすクリアをミレーユが宥めようとしているのだが、こうなると女と言うのは面倒くさいモノで、ミレーユが何を言っても焼け石に水どころか火に油、クリアはとうとう俺の胸倉を掴みに来るところまで来てしまった。


「放せ、クリア。とりあえず落ち着けよ、な?」
「これが落ち着いてなんかいられないよう! まだ入学してから1週間も経ってないんだよ!? 何で私がそんなイロモノ扱いを受けなきゃいけないのよ!」
「いいから落ち着けっての」
「責任とって全校生徒の前で土下座して私は関係ないって釈明してよ! ミレーユ君はどうなってもいいから!!」
「ぇえっ!?」


女ってマジ怖い。心底そう思った俺とミレーユであった。
ホントにもう一回捲ってやろうか。今度は読者様にも解るように挿絵つきで。

しかしそれでもう一度空を飛びたくは無いし、何か方向性が間違っていきそうなので、別の方面で黙らせる事にする。


「落ち着かないと脱ぐぞ!(俺が)」

「……ご、ごめん……! ごめんなさい! すみませんでした!」


ベルトに手を掛けた瞬間、ドン引きするクリア嬢。そんなに嫌か。俺のブートキャンプで鍛えた身体の何処に不満があると言うのだまったく、失礼な女だぜ。

どうやらクリアは例の一件が妙にトラウマになっているようだった。
俺から手を放したクリアは、フラフラと後退して、適当な椅子に腰を下ろした。


「よし、いい子だぞクリア」


言いながら、上着を脱ぎだす俺。


「何で脱ぐの!?」
「風呂に行こうと思ってな」
「此処で脱ぐ必要は無いでしょ!?」
「……お前、頭いいな」
「アンタが頭大丈夫!?」


アホいやり取りを経て、漸くクリアを完璧に落ち着かせた(よな、多分。)俺は、その言葉に偽り無く、とりあえず風呂にでも入ろうと思って、脱いだシャツを詰め込んだ鞄を抱えて立ち上がった。
この学園の中には、学内宿泊を見越して作られた銭湯がある(普段は運動部が使っているが、夜は一般の泊り込みをする生徒も使っている。描写は省いていたがこれまで毎日入っていたぞ)。

あまり遅くなると閉まってしまうから、早めに行かないとな。


「あ、じゃあ僕も行くよ」
「私も行くか」


ミレーユとフェルエルも続いて立ち上がった。


「え? みんな行っちゃうの? じゃあ私も行こうかな」
「一人で留守番するよかマシか。ゼンカ君、覗いたら……『こう』だからね」


首の前で立てた親指を横一閃するクリア。
覗いたら、首が飛ぶ……或いは頚動脈が切断されるくらいは覚悟しなきゃいけないのか。
風呂場に栞を持ち込むことは出来ないから(破くとリセットなんだよな、濡らしたらどうなるのか解らないから迂闊な事は出来ない)、仕方ない。


「今回は諦めるか」
「ゼンカ。心の声が洩れてるぞ」
「洩らしてるんだよ。ぐへへへ、今度隙があったら〜」


―――メメタァッ!


俺の下にカエルが居たとしても、カエルだけは無事に済むようなパンチで吹っ飛ばされる俺なのだった。

さて置き、銭湯は2年校舎と1年校舎の間にある。
この教室からは遠いので、俺たちは駄弁りながらそこまで歩いていく事となったワケだが、その途中、予想外―――でも無いか。ある人物と遭遇した。
それは、何故か病院送りになった(まぁアイツの事だから理由は想像が付くが…。)フリードの代わりにうちのクラスに配属された新任のサナだった。


「あら、皆さん。お揃いで何処へ行くのですか?」


俺が上半身裸な事にはツッコミを入れないサナ。
サナなりの徹底抗戦のつもりらしい。ツッコミ待ちの俺としては、このタイプが一番苦手だ。


「『ドキッ若人だらけの混浴パーティ〜ポロリもあるよ〜』だ。サナ先生も来るか?」


―――ゴキャアアッ!!


さて、ここで問題です。
俺の頭部には今、何発の拳がめり込んでいるでしょ〜か!?


「ゼンカ。いい加減にしないとホントに見損なうよ?」


「ゴフッ……いいパンチだったぜ。ガク」


正解は4発。前からサナ、右からフィノン、左からフェルエルで後からクリア。
俺の眼球は何処から飛び出せばいいんだよ!? なんて的外れなツッコミをしたくなったが、何とか堪えてその場に倒れるだけにしておいた。
あわよくばナイスアングルを堪能しようかと思ったが、俺が目線を上に向けたときには全員俺から5メートル以上の距離を開けていたため、天井しか見えなかった。


「ふふふ、皆さん仲がよろしいのですね」


笑顔で言うサナ。いや、お前は俺の頭部を正面から潰しただろう。
横からとか後からは解る。あと、そこそこ親交のあるフェルエルが正面から殴ってくるのも解るし、年代が近いから遠慮を知らないクリアが正面から殴ったとしても、別に不思議には思わないが。
仮にも教師であるサナが生徒を正面から殴るなんてあんまりだ!

……でもデンリュウ校長にも思いっきり殴られてたな俺。
あぁ、もう一度悪ふざけをして殴られたい。変態的な意味ではなくて、もっと真面目な意味で。
早く敵の尻尾を掴んでリセットしなくては。

倒れながら決意確認していると、サナが俺の頭の上から手を差し伸べてきた。


「ほら、ゾンビ君。いつまで寝てるつもりですか?」


サナはロングスカート。くそ、ここの女性教師どもは、お約束ってものを全然解っちゃあいないぜ! 解ってねぇよ! あとゾンビ君とはサナによる俺の呼称。最初はゼンカ君とか呼ばれていたが、授業の都度悪ふざけの一環で度々ゾンビマスクを被っていたら、この名前で定着してしまった。
さて問題です。俺には一体いくつのあだ名があるでしょ〜か?
正解者には豪華賞品が当たるはずが無い。
……っと、すっかり忘れるところだったが、差し伸べられた手を無視するワケにもいかないので俺はサナの手を取って―――勢い良く引っ張った。


「ふわっ!」
「さぁ! 俺の胸へ飛び込んでおいで!!」


上裸だけに文字通り。

我ながら、何やってんだ俺。まぁマジレスすると、ただのツッコミ待ちなんだけど。
しかして手を引っ張られたサナは前のめりに倒れ、その胸の膨らみは真っ直ぐ俺の顔面へ突っ込んでくる!
さっき鉄拳をお見舞いしてくれたから、それに見合う対価としては申し分無し!!
俺は二つの意味で鼻血を垂らしながら両手を広げたが、あと一歩と言うところでサナがピタリと止まり、それと同時に俺の両足はクリアの両脇にガッチリと抱え込まれていた。
所謂、ジャイアントスウィングの前段階ですな、うむ。


「お前は恥を知れぇえええええええっ!!!」


「ぎゃあああああっ!! 血がッ、血が頭に昇るぅぅぅううううっ!!!」


鼻血を撒き散らしながら大回転する俺。
ヤバイ、これはヤバイ、このままでは(鼻血で)失血死してしまう!

回転しながらサナの方を見ると、サナはフェルエルに首の後を猫のように掴まれて、地面との角度45度で止まっていた。そ、その体勢はまさかマイケルジャクソンの有名な……!!


―――ゴワッ!!


「うおっ!!」


―――グシャアッ!!



黒木ゼンカ―――クリアのジャイアントスウィングによって校舎の壁に顔面から激突、頭部から大量の血を流して死亡。享年16歳であった。


「……し、死ぬから……本当に死ぬから……」
「ボケに命を賭けるのもいいが程々にしておけよ? ゼンカ」


壁にぶつかってズルズルと床に崩れ落ちた俺を、フェルエルが覗き込むようにしながら言った。
コイツら、俺のセクハラをボケだと承知の上で此処まで暴虐非道なド突きツッコミをしてやがったのか……。いや、ボケだと解ってるからこそ殺されずに済んでいると考えたほうが正解か。


「お前の場合はボケつつもセクハラに及ぼうと、ごく私的に一石二鳥を得ようとしているからだろう」
「け、健全な16歳男子の行動としては間違っていないはずだ! 俺は間違ってない!」
「お前が生まれてきたのが神の唯一の失敗かもな」
「俺の存在でけぇええええっ!!」


ふと見ると、フィノンが露骨に俺から目を逸らしていた。
HAHAHA、とうとう嫌われちゃいましたYO☆


「ミレーユ……その剣で、俺の心臓を突け」
「剣なんか無いよ」
「あるだろう、お前は俺のエクスカリバーにも負けない伝説の魔剣を―――」



―――グシャァッ!!



俺の頭が、この場に居た女子たちの手によってどんな風になったのかの描写は割愛。






…………………







「もう信じらんない! ゼンカがあんな変態だったなんて! ……初日から薄々感づいてたけど!」
「ははは、まぁあいつはあいつで色々と大変だからな。大目に見てやってくれないか?」
「……フェルエル先輩、ゼンカからいくら貰ってるんですか……」
「貰った覚えは無いが100万円ほどあげたことならあったな」
「それ如何いう関係!?」


……と言う、フェルエルとフィノンの会話に聞き耳を立てながら、俺はジャグジー風呂で疲れを癒すのだった。


「フェルエルー! 無い事無い事喋るなよー!」


「実は私はゼンカの手によって既に汚されて……ぐすっ」


「うおおおおいっ!! 今の俺の立場的に嘘とは思えない嘘を言うなーーーッ!!」


それをクスクス笑うクリアの姿が目に浮かんだ。
残念なのは浮かんだのは顔までだった点か。どうした俺の想像力! もっとイマジネーションを膨らませるんだ! 
……あまり変態的な事をしていると死んだデンリュウ校長とアブソルが浮かばれないから、いい加減この辺にしておくか。

この銭湯は中が広く、大浴場とジャグジー風呂と五右衛門風呂と水風呂の4種類を完備しており(フェルエルに聞いたところ、女湯も同じ構造のようだ)、さらにサウナまでついているという徹底振りだ。
なるほど、わざわざ学校に泊まる生徒が出るのも納得の仕様であった。

ミレーユは現在普通の大浴場でノンビリしていたので、俺は一人、今後について考えながらジャグジーの刺激に身を預ける。


学園に棲む魔物のこと。

今は使われていない旧校舎のこと。

Xのこと。

そして、俺を呼び出した女のこと。



「犯人が校長と付き人を襲ったのは昨日の夜……」



俺は夜、アブソルと一緒に居た。
少なくとも、アブソルが襲われたのは、その後だ。
デンリュウ校長は、その時既に?
それとも、その時はまだ無事だった?

先にデンリュウ校長が狙われて、それを知ったアブソルがデンリュウ校長を助けに行って……。
これならば時間的にも矛盾は無いが、これはただの可能性の一つだ。
考えたくないが、アブソルの言うとおりデンリュウ校長が『魔物』で、と言う最悪のパターンだって考え得る。

考えろ。
『0で無い限り、それは必ず起こり得る』。

冷静に、あの日の状況を。
あの日の『異常』を見つけるんだ。



……rrrrrr……



ずっとジャグジー風呂に居た所為だろうか。
泡が弾ける音をずっと聞いていたら、耳鳴りのような錯覚を覚えた。
それは、まるで携帯電話の着信音のように俺の両耳でけたたましく鳴り響く。

それが鬱陶しくて、俺は大浴場へ移動しようとジャグジー風呂から出た。

その時―――俺は、『異常』を発見する。


「『圏外』―――あの違法電波は、電気技を得意とするデンリュウ校長の―――」



昨日の夜、確かに携帯電話は、ちゃんと電波が通っているこの学園の中に在りながら、圏外を示していた。
それは、その時間帯に何かがあった事を指している。
デンリュウ校長の身に何かが起こったのは、その時。

アブソルが襲われたのは、その後―――



「……ここまで、か」



犯行の時間帯の推測、今手元にある情報だけでは、ここまでが限度。
まだ、犯人の姿がわからない。
デンリュウ校長は―――この学園で最強の人間だ。
それを倒せるとしたら、デンリュウ校長を凌ぐ力を持つ化物か。
もしもXがそんな力を持っていて、この事件の犯人ならば―――俺の勝率は、ほぼ0。
限りなく、0に近い、0ではない数字。

諦める材料としては、少なくとも俺の前では何の意味も無い不安材料か。
0で無い限り起こり得るのだから。俺が勝つ、それも有り得る未来。

逆に、犯人が生徒だとすれば、実力的には3年生、それも複数犯だろう。
単独であの人を押さえ込めるワケが無い。そんなのは人間の所業ではない。

いや。
これもまだ、根本的な部分で、俺は致命的な間違いをしている可能性がある。
今、手元に揃った情報を検証してみよう。


『俺が倒すべきはXと言う存在』――これは、正しい。100%だ。
『この学園に魔物が居る』――これは、不確定情報。
『デンリュウが魔物かも知れない』――これは、アブソルのただの憶測。
『デンリュウとアブソルを襲った犯人が居る』――……。解らない。
『犯人はXで、Xとは魔物である』――これも、断言は出来ない。
『デンリュウ校長は盾』――これは、あの女の情報で、信じる他に無い。


結局、正しいのはXと名乗る何者かを追うことと、俺を守る盾が既に無いと言う事だけだ。
デンリュウ校長が味方なのは間違いない。その情報は、俺をこの世界に呼んだ女の口から聞いた情報だから、信用してもいいだろう。
あの女は自分が助かるために闘っているのだから、俺を欺くような事をするはずが無い。

だとすると、犯人が存在するという情報は正しくて、あぁ、でも犯人がXか魔物かを探るヒントは、今の手持ちの中には無さそうだ。



……?

俺は、まだ何かを忘れているか?
駄目だ、俺は探偵では無いから、何かヒントをもらっていたとしても、それをヒントだと言ってもらわないと、答えを探る事は出来ない。何か、重大な情報をスルーしていないとも言い切れない。

日常の中の。

何処に伏線があるのか。




「………ぶはあっ!!」

「うわっ! び、吃驚したぁ……」


思考停止。
何時から止めていたのか解らない呼吸を解禁し、俺は思いっきり吸った息を吐き出した。
その盛大な行為に、俺の斜め前でお湯に浸かっていたミレーユが肩を大きく震わせて驚く。


「HAHAHA☆ 悪い悪い。横顔があんまり可愛いからちょっと驚かせてみた」

「や、やめてよ……結構気にしてるんだから……」


気にしてたのか。
俺としては、クリアに女湯に連れ込まれそうになっていたお前の姿は羨ましい限りだったんだがな。


「勘弁してよ。アレ、ホントきついんだから」

「それはそうとミレーユ」

「何?」

「俺、最近男でもいいかなって思ってるんだけど」

「た、助けてぇええええええっ!!!」



モテる男は辛いな、と言うオチ。
あぁ、別に俺はノンケだって構わないで喰っちまう人間では無いぞ。
ただ、髪を濡らしたミレーユがあまりに可愛すぎたからちょっと気が触れただけだ。

いや、マジ可愛いんだって。
ちょっと挿絵が無いのが非常に申し訳ないんだが、これはパッと見そんじょそこらの女の比では無いんだって。
こんな顔して下腹部に俺と同じモノがついているなんてシンジラレナーイ。


「ゼンカく〜ん、ミレーユ君に手を出したら……『こう』だからね」


隔たりの所為でクリアがどんな『こう』をしているのかは解らなかったが、命の保障が出来ない事くらいは軽く想像できた。妙に優しげなその口調から。(風呂上りにフェルエルから聞いたが、その時クリアは片手で石鹸を握り潰して『こう』だと言っていたらしい。その石鹸は俺の頭なのかお稲荷さんなのかッ!!)




学園の夜が、更けていく。

結局俺の推理は、何処までが正しかったのだろうか。
今は明確な答えは出ないけど、こんな馬鹿げた日常を守るために、俺は歩き続けよう―――そう思いつつ、この日は早めに瞼を閉じたのだった。






続く
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