前回までのあらすじ。


実はキラだったマイケルは黒い風となって校舎を駆け巡り、何故か全裸になったので全身を新聞紙でガードし、封印された強力なスキルを覚えて教室へ戻った途端、顔を隠すためにゾンビに変貌して新しい担任であるサナを困惑させたのだった。


「俺に構わず授業を続けてください、先生」
「……マスクを取ってください」
「授業とマスクに何の関係があるというのですか!?」
「だからこそ取ってくださいって言ってるんですっ!!」
「授業中にマスクを被ってはいけないと言うルールはないぜ、先生!」
「取らないなら、力ずくでも取りに行きますよ!」


サナは黒板のチョークを置くスペースから、適当なチョークを一本手に取ると、それを俺に向かって投擲した。
まさか今時チョーク投げとは、しかもその精密なコントロールは、正確無比に俺の眉間を貫いた。
その上、ただのチョークかと思ったら、どうやら何かのスキルで威力に補正が掛かってたらしい。マスクは勢い良く俺の頭から吹っ飛び、結局俺の素顔はヤツの眼前に晒されたのだった。
ぉー……首が思いっきり後ろに曲がったから超痛ぇ……。


「…………あぅ」


――ガタン! ドサドサドサーッ!

エクスカリバーを思い出したらしいサナは、俺の顔を見つめたまま暫く硬直した後、教卓の上に置いたプリントやら何やらを派手に巻き込みながら、ぶっ倒れた。


「「「せ、せんせーーーっ!!?」」」


あーもう。だから取るなっつったのに。






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迷宮学園録

第七話
『アブソルの告白』

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夜。
校長室でデンリュウ校長との、今後についての相談や現状報告などを済ませた俺は、自分の教室に戻る事にした。
その後ろを、フェルエルがついてくる。
夜こそ危ないのは解っているのだが、こうも完璧についてこられると俺のプライベートな時間を返せとしか言いようが無いではないか。
それとも俺が夜眠りに就く時は、そっと隣に添い寝でもしてくれると言うのか?


「安心しろ。その気は無い。天地が引っ繰り返ってもそれだけは絶対に御免だ」
「凄い傷付けられたぞ今! 俺のドキドキを返せ!」


などと談笑(?)しつつ、教室へ戻ると、AAコンビ+α―――アディスとアーティとユハビィが揃ってトランプに興じていた。
意外と少ないかと一瞬思ったが、わざわざ毎日学校に泊まることもないのだろう。
俺とは違って、こっちの奴らはちゃんとこっちに家があるのだから。
そう思えば、たった3人でも随分多いものであった。


「よぉマイコー。お前もやるか?」
「大貧民か?」
「ブタの尻尾だ」
「懐かしっ!!」


最後にやったのって、年単位でかなり昔な気がする。
今時のヤツでコレを知ってるのって居るのだろうか?

だが、俺を誘ってくれたアディスの表情が、次の瞬間硬直する。
振り返ると、俺について来ていたフェルエルが教室に入ってきたところだった。
……さすが、四天王。

と、あからさまに避けられている事を悟ったらしいフェルエルは、しかし別段気にする様子も無く適当な机に座って言った。


「私のことは森の木立だと思って、気にせず遊んでいるといい」
「何で森の木立が教室の中に在るんだよ! あと机に座るな椅子に座れ!」
「この学校の椅子は私の背には合わないのだ」


言われて見ればフェルエルって俺より背、高いんだよな。


「ゼンカが椅子になってくれるのなら喜んで座ろう」
「よし来た、ホラ座れ」


スササッと四つん這いで椅子になる俺。
するとフェルエルは俺の背中に片膝を乗せててから床に置いていた足を持ち上げ、俺の背中の上に膝立ちの姿勢になった。
そしてそのまま、正座。普通に座れよ!


「普通に座ったらお前喜びそうだったからな」
「ぐおお、お、重痛い……! 膝がゴツゴツしてて硬痛い……!」


全然柔らかくない背中の感触に俺が苦言を呈した瞬間、フェルエルの肘鉄が俺の後頭部に直撃した。


「……重いとか言うなっ!!」
「さ、サーセン……あと、そろそろ降りてください……」
「罰としてあと10時間はこのままだな」
「明日のHRまでこうしていろと!?」


トンだ晒し者である。
しかし、案外背中に正座しているフェルエルの方が恥ずかしい思いをしないでもないような。
つーか、背中の上で正座10時間の方が明らかにキツそうだ。


「よし、ゼンカ。喘息全身だ!」
「それはナチュラルに死ぬから」


このまま移動するのもかなりの困難ではあるが、それ以上に全身で喘息だったら確実に死んでしまいます。
しかしツッコミも面倒だったので、フェルエルが指差す方向へノソノソと移動する俺。
多分、俺は今世界で一番亀の気持ちを理解している。苦労してるんだなぁ、亀。
これでもし背中に乗っているのがフェルエルじゃなくて亀仙人だったら、俺は即行で起き上がって吹っ飛ばしてやるね。
と、言われるがまま移動した結果、俺はトランプに興じていた3人の前まで来ていた。
フェルエルはそこで止まれと言うと、自前のトランプをポケットから出して、ニヤリと笑う。


「フッ……私も混ぜてくれないか?」
「トランプは1セットでいいから! 何!? その『俺の最強のデッキで相手をするぜ!』みたいなデュエリストスマイルはっ!! しかもさっき私の事は気にせずとか言ってただろっ!!」


しかしこうホントたまにワケ解んない行動に出ちゃうのがフェルエルの隠れた魅力、などと頭のネジが5〜600本ぶっ飛んでいる発想をするのは、俺だけでいい。

その後、俺は椅子のまま1時間ほどフェルエルがトランプに興じているのを、常人よりも低い視線から眺めているのだった。
ユハビィはスカートの下にジャージを穿いていた。俺は、そういう女子高生が大嫌いだーーッ。まぁコイツの場合は夜だけか。

何時の間にか種目は大貧民になっていたが、フェルエルはかなりの腕で常に一位をキープし続け、逆にアーティはユハビィのいかさまスレスレな技巧の前に敢え無く連敗を喫していた。
……いや、スレスレって言うかいかさまか。相手の手札をこっそり覗き見るなんて、小学生かお前は。
あとアーティ、お前は覗かれていることにいい加減気づけ。


「ふふふ、アーティさんはこのカードに手も足も出ない!」
「な、なにぃぃいいっ! 何故だ! お、オイラの手札が見えているのか!?」
「ワタシにはアーティさんの瞳に写っているカードが見えるんですよぉ、うふふふ」


そう言ってアーティに詰め寄って、ジッと瞳を見つめ始めるユハビィ。
慌ててアーティが目を閉じたのを見計らい、ユハビィはそのままアーティの手札を堂々と覗いていた。
アホだ、アホが居る。完璧なアホが居る。しかもそのアホがあまりにも弄り甲斐のあるアホだったから、その場の全員がクスクスと笑いながら、誰も真実を教えないのであった。


「あっがりー♪」
「ぬあああああっ!! な、何でだぁぁぁぁああっ!! スキルか!? お前のスキルなのか!?」
「さぁ如何でしょう〜? 次行くよ次〜♪」


これで第何回戦だっただろうか。
大貧民自体が始まったのは30分くらい前だったから、多分6回戦くらいだったと思う。
いい加減椅子になっているのも飽きてきたので俺も混じりたかったのだが、フェルエルが降りてくれる気配が無いので渋々次の勝負の行方も見守る事にした。

しかし暇である。
腕の位置を上手い具合に調節したら力を抜いても崩れなくなったので、それを活かしてずっと楽をしていたのだが(重い苦しみは相変わらず溜まっているが)、流石に退屈になってきてしまった。
背中の上で正座とかされても全然嬉しくないしな。


「………」


配られたカードを受け取り、真剣な眼差しで勝利の方程式を描くフェルエル。
下に俺が居る事は完璧に忘れているらしい。物凄い集中力であった。
逆に言えば隙だらけとも言う。

そんな隙だらけなところを見た挙句に物凄く退屈で脳ミソが腐っていたら、思わずこんな事をしても、別に異常でも何でも無いと思うんだがどうだろう。
なんて言い訳は如何でもいいか。何せ、自業自得なんだから。


フェルエルは俺の身体に対して垂直な向きで座っており、俺の右手側に正面を向けていた。
なので、俺が左手を背中に回したら、ちょうどそこに足の裏がある。
几帳面なのか、僅かでも俺を気遣う気持ちがあったのか、フェルエルは靴を脱いでいた。

俺は、その曝け出された人類の弱点にソッと人差し指と親指と中指と薬指を置いて―――……こう?(どんな動きかは、感覚の目を通して伝わってくれ。)


「ふひゃあっ!!!」


―――ゴキゴキィッ!!


「ぐふぉアッ―――」


フェルエルの普段からは想像も付かぬ猫のような悲鳴の後に響いた、日常生活の中では本来聞こえてはならない音は、俺の背骨が折れた音……では無くて、腰が破滅を迎えた音。
多分、ちょっと痺れてたってのもあるんだろう(ずっと正座だったし)―――足の裏と言う克服しがたい弱点を擽られたフェルエルの身体が一気に飛び跳ねた衝撃が、ずっと負荷をかけ続けられて想像以上にダメージが蓄積していた俺の腰に、なんかもうアルマゲドン。

フェルエルは俺の背中から跳ね落ちて転び、一方で俺はそのまま軟体動物の如くフニャリと床に横たわった。

慌てて起き上がろうとしたフェルエルだったが、足が痺れていたらしい、膝立ちで駆け寄ってきて俺を叩き起こす。


「い、い、いきなり何をするんだお前はっっ!!」
「…………」
「おい! 何とか言ってみたらどう………おい、ゼンカ……?」
「不思議だ……短いつきあいだったが、貴様とは随分古い友だったような気がする……」
「ぜ、ゼンカーーーっ!?」
「さらばだ、友よ…」


1年生四天王最有力候補、黒木ゼンカ。闘死―――




だから……俺は、まだ死ねないんだってのぁぁぁあああっ!!
しかも闘死ってなんだよ、微塵も闘ってねぇよ!
いや、ある意味闘ってたけど!




闘死とか書いておきながら死なないのは、男塾では常識なのですと言うお話。








…………






「この世界にアホを測る機械があったとしても、お前のアホさを測る事は出来ないだろうな……」


俺の腰を針治療しながら、デンリュウ校長の付き人であるアブソルがぼやいた。
何故か針の心得があるらしい彼の腕はなかなかのもので、死んだかと思われた俺の腰も無事に再生を遂げる事となったのだった。
良かった。本当に良かった。腰は俺の命だからな。フォーゥ!

――ぷす。


「ぐぎゃあああっ!?」
「おや、間違えたかな?」


極悪面で、針を指す位置を微妙に間違えたとかぬかすアブソル。この野郎……。
あまりの激痛に暴れる事すら不可能だったので、俺はそのままグッタリとベッドの上に横たわる。
因みにこの部屋は、俺が初日に運び込まれた保健室だ。
フェルエルにイタズラした結果腰が粉砕した俺は、またしてもこの教室に運び込まれたのである。
たまたまアブソルが居たのが、運が良かったというか何と言うか。


「お前が来てから――」
「……?」
「……デンリュウ様が、ハッキリと感情を表に出すようになった」


アブソルは、感慨深そうに言う。
俺には昔のデンリュウ校長など解らないから、こんな事を唐突に言われても、そうなのか、くらいの感想しか出てこないが。


「生徒には絶対に手を挙げないあのお方が、お前には容赦をしないからな」
「それは褒められているのか貶されているのかどっちなんだ!?」
「どちらだとしても―――デンリュウ様はお前を、『生徒』と言う次元では見てないと言う事だろう」
「………」


それは……そうだろう。
昼間散々言われたことだ。
俺はこの世界に於いて、未知なる鍵であると。
俺が何かを成し遂げたら俺の勝ち、俺が何者かに消されたら世界の負け。
大袈裟なようで、しかし単純に考えればそう言う事に、今、なっている。
だから、デンリュウは俺を普通の生徒としては見ていないに違いない。


「だから、雷撃が飛ぶなんてのは久々に見た。デンリュウ様の中で、何かが変わり始めてるのかも知れないと、俺は思うよ」


アブソルは俺の治療を一通り終えると、窓際のテーブルの上のティーカップを手に取り、飲みかけだった何かを飲み干した。
窓の外は真っ暗で、この教室は1階だから星空を見ることは正面の木々の所為で叶わないのに、アブソルは窓の外を見るように俺に背を向けた。

その背中を見ながら、俺は―――不意に思ったことを呟いた。


「お前、デンリュウ校長のこと、好きなのか?」
「………」


少しくらい動揺するかと思ったが、アブソルは極めて冷静な表情を俺に返した。
しかし、その冷静な表情とクールな視線からは想像も付かない言葉が、アブソルの口から零れ落ちた。


「……好きだよ。だから、こうしている。……だから、怖いんだ」
「……怖い?」
「知っているか? この学校には魔物が棲んでいる」


窓の外で、木々が激しくざわめいた。
冷静に考えればそれは単に風のイタズラだったのだろうが、今、この保健室を支配している不気味な空気が、俺の首をねっとりと絡め取っている―――そんな錯覚を覚えずには居られない、あまりに出来すぎた現象だった。
窓の向こうでは強い風が吹いているのだろう、窓が、ガタガタと揺れる。
古い窓なら壁全体がギシギシと揺れるのだろう、しかしこの真新しい校舎の壁は頑丈で、故に窓はレールの僅かな隙間を揺れ動いて、ガタガタとけたたましく『啼く』のだ。
それは、ここから先の話題を、否定するかのように。
これ以上は訊いてはいけないと、俺に訴えかけるように。

―――アブソルは。
そんな窓を遮るようにカーテンをビッと乱暴に閉めて、厳かに言った。


「俺は、最低だ。……デンリュウ様が好きだから、信じたいから―――信じるために。毎日、デンリュウ様を疑いながら、ずっと傍で―――監視しているのだから」


その言葉は、デンリュウ校長が魔物であると言う疑念をアブソルが抱えていると言う事を、容易に推測させるニュアンスを含んでいた。

何故、それを今、俺に告げるのか。
そう言いながら何故、今はデンリュウ校長の傍に居なかったのか。

その答えは、翌日、知る事となる。



俺の『やるべき事』を探す日々は。

既に、残り時間が殆ど残されていない事を、この時の俺はまだ、気付かずに居たのだった……。









続く
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