前回までのあらすじ。


なんと、マイケル=ジャクソン(同ジャック=バウワー、本名黒木全火)はキラだった。
(度重なるストレスによって精神的に)追い詰められたキラは、最後の手段として腕時計に仕込んでいたノートの切れ端を……




「罠だ、これは罠だッ! 誰かが俺を陥れるために仕組んだ罠だぁぁっ!!」
「お、落ち着けゼンカ! お前は何も悪くない、お前は悪く無いんだっ!!」
「ウッディ!」
「ぬおうっ!!」


俺の両肩を掴まえたフェルエル。
しかし、既にKOOL発祥していた俺は彼女を軽々突き飛ばし、1年校舎に向かって走り出した。
なんかもう何もかもがどうでも良くなり、俺は心残りは残すまいと思って、とりあえず1年校舎職員室に設置されているフリードの机の引き出しに入っている『マル秘ニャンニャン手帳』を焼却処分すべく、沈む太陽の10倍も早く、黒い風となって校舎の中を走りぬけた。
その時には既に衣服が全て吹き飛んでいたが、これは物理法則に乗っ取った立派な現象である。
人、これを走るメロスの法則と呼ぶ。発見者はかの有名な文豪、太宰治だ。

何かを成し遂げんとして全力で走る人間は、何故か全裸になる。これ常識。

ん? 何でそんな手帳があるのか知ってるのかって?
カンに決まってるだろ、そんなの。無かったら無かったで、机ごと焼却だ。


「落ち着けゼンカーーーっ!! お前はそれ以上自分の名誉を傷付けるつもりかーーーっ!!」


もう俺の名誉なんて転入2日目辺りに木端微塵になってるから、寧ろこれ以上傷付ける方が難しいんだ。
完璧に開き直った俺はフェルエル他2名の呼び止める声を全て振り切り、職員室までの道のりを一気に駆け抜けた。途中擦れ違った女生徒の悲鳴だけが、フェルエルたちにとって俺の居場所を知る唯一のヒントだったのだろうが、そんなの今の俺には関係なかった。
あっという間に職員室に到着した俺は、硬く閉ざされてるワケでもない至って平凡なそのドアを開けた。


「……え……」


目の前にとても可憐な女性が立っていた。
女性の視線が、俺の身体の正中線に沿って降下していく。

メーデー、メーデー。それ以上の降下は危険である。高度を上げよ。
しかし、俺の発した電波は女性には届かず、


「き……きゃああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」


俺はまたしても、校長室に呼び出された。








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迷宮学園録

第六話
『明かされた真実』

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「ジャック君……………………」


校内放送で校長室に戻るように言われたデンリュウ校長は学食で注文したカレーも一緒に持ってきていたのだが、それを食べる手を止め、俺の名を一言呟き―――しかしその先に何と言うべきかを判断しかねた様子で、深くため息をついた。
デンリュウ校長の目の前には、新聞紙で全身をガードする俺と、その後方に俺の暴走を止められなかったと言う事で哀れにも連帯責任を負わされたフェルエル、ミレーユ、クリアが申し訳無さそうに立っていた。


「……こんなことは生まれて初めてなので……ちょっと、正直何と言ったら良いのか解りかねますけど……」


もう、あらあらとかくすくすとか、セリフの中でこっそりと主張されていたキャラクターを忘れ、デンリュウ校長はホントに頭痛そうに俯いていた。

因みに、校長室に置かれた来客用のソファの上では、職員室にて俺のエクスカリバーを直視してしまった可憐な女性教師――サーナイトが、ぐったりした様子で倒れていた。
女性教師と言っても、新人研修としてたまたま来ていただけらしい。とんだ災難だったな、と、俺は他人事のように同情しておく。

なんかもう、アレだ。
一度生まれたままの姿を晒したら、何だか新しい悟りの境地に至った気がした。


「……デンリュウ様」
「ありがと、アブソルちゃん……。ジャック君。とりあえず、コレを着なさい」

「うむ。よきにはからえ」


トコトン上から目線だった。
デンリュウ校長の付き人であるアブソルが持ってきた予備の制服のシャツを受け取り、袖に腕を通す俺。


「下から穿きなさいっっ!!」

「サーーーセーーーーーーンッッ!!」


デンリュウ校長の雷撃が俺の足元を爆発させた。
いや、カミナリ親父の雷みたいな比喩的なそれではなくて、ちゃんとスキルとしての雷撃だったので、当たったらタダでは済まなかっただろうな。
校長室に敷かれたちょっと高級そうな紅色の絨毯が、プスプスと煙を上げているのを、フェルエルたちは完全に硬直しながら見つめるのだった。

しかして、ここまではまだ、ほんのお遊びだったのだろう。
俺にとっては既に如何でもいいことだと割り切った問題なはずだったが、デンリュウ校長は不意に顔付きを変えて俺を睨むように言った。


「いい機会ですから、ちょっと真面目な質問をしますね?」
「どうぞ」
「黒木ゼンカ。あなたの目的は、一体何なのですか―――何故、この世界に来たのですか」
「ンな事俺が知りたいっつーの」
「その言葉に偽りは無いかしら?」
「あるのならどれだけ楽なことか」
「本当に?」


デンリュウは、執拗に食い下がる。
俺も、負けじと繰り返す。
だいたい、本当に知らないのに、聞かれても困る。


「知らない。これが俺の答えだ。ついでにこっちからも訊くぞ」
「どうぞ」


これは、まだ確信では無かったから訊けずにいた質問。
しかしこうなった今、強ち俺の勘違いでも無さそうであったから、今こそ訊くのだ。


「お前たちは、俺をどうするつもりだ」


一通り、替えの制服を着終える。

――フェルエルとデンリュウはグル。
フェルエルの話が俺に接触する目的の作り話なら、デンリュウ校長の「部員は集まっているか」と言う質問には矛盾が発生する。実に簡単な推理だ。
フェルエルが嘘をついたのなら、それを知っていたデンリュウもまた、嘘をついていた。

嘘で塗りたくられた壁に、俺は初めて爪を引っ掛ける。
俺の爪がはがれてこの指から血が流れるのか、それとも嘘がはがれて真実が露呈するのか。

だが、喩え俺の指から血が流れよう、しかし。
もう、爪は引っ掛けてしまったのだ。
爪が駄目なら、武器が居る。何でも良い。
嘘を壊すための、『武器』が居る。……それが、嘘だと解ってしまった場合に限り。

デンリュウ校長は、俺にとって、『壊すべき嘘』なのか『武器』なのか。


「……良い目をしてますね。初めて此処に来た時の、頼り無さそうなあの目とは違う。もう、私が守ってあげる必要は無いのかも知れません。アブソルちゃん」

「はい」


デンリュウ校長の呼びかけに、アブソルがその真意を察して、何かの巻物を持ってきた。
それは、古びた紙の巻物―――スキルブック。かなり、年代モノだ。


「ゼンカ。あなたは今、この世界の中で非常に危険な状態にあります。命の危機に晒されているのです。フェルエルは、あなたを守るために私が向かわせた―――言わば刺客。あなたを守るための」


振り返ると、フェルエルは腕を組んだまま目を閉じて黙り込んでいた。
それが、つまり『嘘』の根源。俺に接触する適当な理由を捏造させた原因。

まだ部活動禁止であるはずの1年校舎を徘徊していた理由。
ピカレスクマッチなどと、絶対に部員が集まらない部活に俺を引き込んだ理由。

点と点が繋がり、その先に―――デンリュウ校長が居た。
俺はこの世界に来たその日からずっと、デンリュウ校長の監視を受けていたのだ。
道理で都合よく現れてくると思ったが、そう考えれば全部辻褄も合うと言うもの。

俺が校内でデンリュウ校長と会うのは、偶然ではなく意図された必然だったのだから。


「そのスキルを覚えなさい。万が一の時、自分で自分の身を守るために。そしてフェルエル。あなたがゼンカと交友があると言う事実は既に1年に知れ渡っているので、今後も出来る限り共に行動していてください」

「了解しました」


フェルエルは首を縦に振るが、俺はまだ答えない。
デンリュウ校長は、差し出したスキルブックを俺がいつまでも受け取らない事を怪訝に思ったらしく、俺の顔を覗き込んで首を傾げた。


「どうしたのですか?」
「……そいつには、どんな技が入ってるんだ? それくらい訊いてもいいだろ」
「安心してください。あなたみたいな素人に易々と強力な攻撃スキルは渡しません。これはあくまで、あなたの『身を守る』スキルです」
「そいつを聞けて安心した」


漸くスキルブック―――形状が巻物であるのはさて置き―――を受け取り、俺はそれを開いてみた。
呪文文字が光を放ち、古びた紙の上からポロポロと零れていく。
そして、その零れた一文字一文字が光の粒となって、今この巻物を手にしている俺の中に入り込んでくる。

古代人の叡智の結晶。その記憶の継承。

俺の頭の中に直接文字が書き込まれる奇妙な感覚。
だが、今現在、進行形で書き込まれているにも関わらず、書き込まれた端から、最初から知っていた事実のように脳の奥へと記憶が浸透してしまう。

継承が終わってみれば、何てことはない。
どうして今までこのスキルを使わなかったのか?
などと自問自答したくなる程、見事にスキルの記憶は俺の中に格納された。

文字列が全て零れてしまった巻物は、何も書かれていないただの古びた紙切れになっていた。


「まだ私にも『敵』の姿が見えません。これまで通り調査を続け、あなたを消そうとする何者かを必ず捕まえます。そして、今後はあなた自身も、その敵を探していくことになります。改めて訊きますが―――あなたに、この世界で戦い抜く覚悟はありますか?」


「ふ……無い事も無い!」


あまりカッコつかないセリフだったなぁと気付いたのは、校長室を出た後のことであった。


「デンリュウ様。あのアホで大丈夫なのですか」
「大丈夫ですよ。この世界はアホしか居ませんから。くすくす」





……………





校長室を出ると、何だか今までとは空気が違う気がした。
「狙われている」などと面と向かって言われると、やっぱりちょっと怖い。
怖いが―――


「フェルエル。ちょっと、俺に向かって本気で攻撃してくれないか?」

「……?」

「いいから。俺を騙してた罰だと思って命令くらい聞けよ」

「……わ、解った」


自信満々に言ってやる。
フェルエルは怪訝な表情を顔に貼り付けたまま納得いかない様子ではあったが、渋々例の光速の拳を射出する構えを取る。


「本気とは、スキルを含めて、か?」
「出来るだけ凄い方でやってくれるとありがたい」
「解った。私の使えるスキルはただ一つ、『マッハパンチ』。私の拳の速度を倍以上に強化するスキルだ。私はこの一撃で四天王の座まで上り詰めた」


フェルエルが、前口上的に説明してくれた。
そういえば、四天王の座にはただ奇人なだけじゃあ就けないんだったな。
相応の実力―――学年の中で、低く見積もってもベストテンくらいの力が無ければ、そんな大それた称号を貰う事は出来ないだろう。
スキルを勉強するこの学校では、ほんの数ヶ月の遅れでさえも致命的なものである。
それ故に、1年と2年の差は埋め難いもので、2年の本気を1年の俺が受けるのは、冗談を通り越して手品やトリックの次元だと思われるだろう。
だが、俺は真っ直ぐフェルエルを見て言い放つ。


「御託はいい。来い!」
「―――行くぞッ」

――ダンッ!
床を蹴って走り出したフェルエルの姿が、視界から一瞬消えそうになる。
ここで見失ったら、次の一撃は回避不能だろう。
俺は俺の中の時間を出来る限り圧縮して、この一瞬に全てを賭けた。

フェルエルの右拳が、走り出した瞬間に取り残され、しかし腕で繋がっているから、それに引っ張られるように動き始める。
それとは別に、左拳は既に俺に一番近いところまで来ていたが―――それは右拳を全力で放つための振り子だから、俺はもう少しだけ待つ。

視界の中から、左拳が消えた。
あまりに早すぎる『引き』のモーション。
その反動で上半身が一瞬無防備に見えるほど開かれるが、そこで踏み込もうものなら右ストレートの餌食だろう。

ただ、左拳がもう消えているのだ。
これから飛んでくる右拳が見えるはずが無い―――俺はこのタイミングで『記憶』を引き出した。
『使う』と思った瞬間にはもう発動している防御スキル。
フェルエルの拳がいくら早かろうと、来ると解っている俺がそれに反応出来ないはずがない。
いや、『このスキル』だからこそ反応できたとも言えるが。




―――パァアアアンッ!!




音速の壁をブチ破った音が、フェルエルの挙動よりも遅れて聞こえてきた。
俺は頭の前に両腕をクロスさせた状態で。
フェルエルは、俺の両腕に右拳を密着させ、ストレートを撃った直後の状態で。

早すぎて何が起こったのか見えていなかったクリアとミレーユは、その場で目を見開いて硬直していた。

そして、フェルエルが呟いた。


「……何を、した」

「『守った』」


強力過ぎるが故に封印されたスキル、『まもる』。
スキル、或いは動作によって生じたエネルギーを対象として、それを消滅させる。
フェルエルの加速、腕力、捻転、スキルによって極限まで高められた拳の破壊力――エネルギーは、俺の身体に触れた瞬間、『まもる』によって全て掻き消され、その結果、フェルエルの拳は俺の腕に当たりこそしたものの、暖簾に腕押し、刀で水を切ったかのように、まるで手応えが無く―――静止した。


「……反則だな。無敵じゃないか」
「そうでもないぞ。一度使ったら30秒くらいは使えないみたいだし。今の俺の力じゃあ一度の使用での持続時間も2秒ってとこだしな」


しかし、その制約の多さを加味しても尚、スキルを駆使するこの学校の中ではあまりに強力であった。
スキルだけではない。『エネルギー』を内包するあらゆる攻撃を全て無効化するのだ。
そうなると、エネルギー以外の方法でしかダメージが通らなくなってしまう。
つまり、毒とか呪いとか、遠隔的で病的な攻撃は防げないってところか。
その毒と呪いにしても、その条件を満たすためには俺の身体に何かをぶつけなければならないだろう。
俺に触れようとしたその瞬間だけ守っておけば、そいつは俺に対して何をする事も出来ないわけだ。

俺の身体に触れている限り、そいつがどんな行動を取ろうとしても、そのエネルギーを全て無効化する。
攻撃に転用しようと思えば出来ない事も無いな。2秒間だけ無敵になって相手を捕まえておけるのだから。捕まえられた相手は、俺に掴まれて居る限り運動エネルギーを奪われるため、立つ事すらままならないだろう。

『敵』と遭遇した時、身を守ることは、余裕で出来そうだ。


と、その時、校長室の真ん前で起きた騒ぎに、デンリュウ校長が何事かと思ったらしく、騒々しくドアを開けて俺たちの前に姿を現した。
ドアを開けてこの光景を見て、特に何事も無かった事を悟ったデンリュウ校長は、ホッと溜息をついてから俺たちに言う。


「……早く授業へ行きなさい。もう昼休みも終わりますよ」
「うわっ、もうこんな時間だよ! ミレーユ君、急ぐよ!」
「え、次って移動教室だっけ!? じゃあねゼンカ、フェルエル先輩!」


デンリュウ校長の一言に、今の時間を思い出したクリアとミレーユが慌てて駆け出していく。
俺とフェルエルもその一言を聞いて教室へ戻ろうとしたのだが、不意にデンリュウ校長が俺を呼び止めた。
多分、今此処で起きた出来事を推察したんだろう。
この人、洞察力がハンパ無いからな……。


「ジャック君。『まもる』は1日5回しか使えませんからね」
「解ってるよ。無駄遣いはしないって」
「そう。じゃあ今のは無駄遣いじゃないと?」
「これ以上無い有効活用です」
「後で反省文書きますか?」
「すんません無駄遣いでした」


笑顔なのに睨むと言う器用な事をやってのけるデンリュウ校長。怖い。
デンリュウ校長は、念を押すように続ける。


「あなたが殺されるような事になったら、一体この世界がどうなるのかは想像が付きませんが―――恐らく、最悪の事態に陥る事でしょう。そこのところ、よく理解しておいて下さいね」


そんなこと、言われなくても常日頃から考えている事だ。
明日交通事故に遭わないなんて、何処の誰にだって100%証明する事は出来ない。
明日不審者に襲われずに済むなんて、どんな書物にも書かれていない。
だから、俺は一日一日を最善に、かつ慎重に生きてきたつもりだ。

……慎重に生きてたはずなのに、図書館で本を開くだけでこんな異世界に飛ばされるとは、些か不遇だったとしか言いようが無いのだが。
しかし、本を開いて異世界に飛ばされる異常事態が発生するように、明日突然俺が謎の刺客に囲まれ、成す術無く殺されたとしても、何の不思議な事はないのだ。

明日、起こりうる全ての自称を100%の中に割り振ったとしよう。
俺が死ぬ確率は、1%くらいが妥当か。命の重さを顧みれば、この場合の1%は決して小さいとは言えない。たったの99%でしか、俺は生き残れないのだから。

その1%の中には、0.3%くらいの確率で事故死、0.7%くらいの確率で『敵』による殺害が割り当てられる。これも妥当な数字だと思う。これくらいでいい。

……0ではないのだ。
0で無い限り、それは必ず『起こり得る』。
『起こり得る事象』に対して、『有り得ない』などと嘲ることがいかに愚かで無謀なことか。
俺は、0で無い限り、あらゆる可能性に対策を打とう。
具体的に何が出来るかといえば、それは『心構え』。
心で思うだけで、何の対策も無いが――しかし、それこそが一番重要なのだ。
突然囲まれたとしても、『きっとドッキリか何かだ』なんて悠長な事を一瞬でも考えず、即座に包囲網を突破して生き残ることが出来るだけでも、この対策には大きな意味がある。








「……ゼンカ、一体何を仕出かしたの?」
「ナニが?」


教室に戻ってきた俺への、フィノンの第一声。
向こうから話し掛けてくるのはもう当たり前な感じになっていてとても良い心がけだとは思うが、つまりは教室に戻ってきた俺のところに真っ先に来れる=クラスのヤツとは相変わらず距離を置いてる、と言う事なので、フィノンの頭をグシャグシャにしてやることで罰とした。


「い、いきなり何するのよ!」
「秘孔を突いた。お前はもう、死んでいる」
「唐突に殺すな!」
「馬鹿な! 俺の北斗○拳が通用しないだと!?」
「するかぁっ!? ……じゃなくて!! 校長室に呼び出されるなんて、一体何したわけ?って訊いてるんだけど!!」


……あぁ。あの若気の至りのことか。自分で言うのも何だがすっかり忘れてた。
全裸で校内を走り回ったなんて、言えるワケないよなぁ。
いや、言わなくてもそのうち全校生徒の噂になること請け合いなんだが。
仕方ない、遠回しに教えてやるか。


「黒い風になってました」
「すげぇっ!!」


多分正確には伝わってないから、純粋に黒い風になっていたことに対して、フィノンは驚いていた。
うーん、元気だよなぁ、フィノンって。
こんなキャラだから、クラスに溶け込みつつも距離を置くなんて器用な真似が出来るんだろう。
全く以って褒められる特技ではないが。


「あ、そろそろ授業だよ。戻ろ?」
「おう」


席に戻る俺とフィノン。
教室の前のほうに掛けてある時計は、丁度1時半――5時間目開始の時刻を指していた。
……って、普通開始前には教室に来いよフリード。
まぁ、一人でうちのクラスの全教科担当する小学校よろしくなシステムだから疲れるのは解るが。まだ3日目なんだからしっかりしてくれ。

などと思っていた矢先、漸く教室の前のドアがガラリと開いた。
遅いよせんせー、などと野次が飛び掛ったが、開いたドアから入ってきた人物を見て、全員が口をあんぐりと開けたまま硬直する。
……入ってきたのは、可憐な女性だった。

あれ、フリード、性転換したのか?


「フリード先生は色々あって病院に搬送されてしまいましたので、代わりにこのクラスを担当することになりました、サーナイトです。サナって呼んでくださいね〜」


黒板に可愛らしい字でカリカリと自分の名前を記すその人は、まさしく昼休みに俺のエクスカリバーを直視して卒倒した、あの新人教員であった。
オイオイ、新人なのに大丈夫なのかよ、つーかコレは拙いな。
何か俺の顔を隠すものは無いものか……あ、スリラーマスク(マイケルのモノマネ用衣装の一つ。バックダンサーのゾンビマスク。フリードの私物)があったか。俺はこっそりと席を立ち、教室後方に備え付けられた扉の無い簡易ロッカーから、マスクを取り出して被った。
そして、何事も無かったかのように席に着くと、フィノンのほうをチラッと見る。

フィノンは、「何やってんだお前ーーーっ!?」と、口パクでツッコんでくれた。ナイスツッコミ根性。

そうこうするうちにサナ(と呼べって言ってたから、それでいいよな)は教室全体を見渡し、その一角に鎮座する一匹のゾンビと目を合わせ、しかし何事も無かったかのようにスルーして名簿を教卓に置き、一つ大きく息を吸い込んでから、吐き出した。


「……とても、個性的な教室ですね……」


教室の一角にゾンビが鎮座しているのを、『個性的』と言う単語で片付けようとしたサナの勇気に、敬礼。


「だはははははっ!!! ちょっ、おま!! 何でゾンビなんだよっ!! くははははっ腹いてぇぇええっ!!」


そのサナの一言に、教室の異常事態に気付いたアディスが馬鹿笑い。
やがてそれに釣られて俺の方を見た全員が、一斉に笑い出したりツッコミを入れたり、何故か天井に貼り付いたりと、教室全体をカオスな状態へと一気に変貌させた。


「あぅ〜、み、みなさ〜ん、じゅ、授業を始めますよぅ〜……」


この時ばかりは、サナに同情する。
まぁ、全部漏れなく俺の所為なんだけど。









続く
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