「キミ。ピカレスクマッチ、やりたそうだなぁ」 「……は?」 翌日の昼休み。 弁当持参や購買で済ませなかった者達は、この何気に体育館バリの広さを誇る食堂で、ラーメンやカツ丼など、色々な料理を頬張っていた。 まぁ、中にはわざわざ購買でパンを買ってきてまで此処で食べてるやつも居るのだが、そんな連中を含めても座席数に余裕がある辺り、ホント広いよなぁこの食堂、などと感心せざるを得ない。 なんて事はさて置き、そう。冒頭のセリフ。アレは俺のセリフだ。 俺は適当に一人で飯を食ってる寂しいヤツを探しては、片っ端から声をかけていたのである。 因みにこの赤毛に黄色いピコ毛がピョンピョン跳ねてるヤツで5人目かな。 最初の4人は、俺が近寄っただけでそそくさと席を外してしまったのだから。 ……俺とフェルエルの奇行、完璧に知れ渡っております。 なので必然的に、話しかけられるヤツといえば、こいつみたいな気弱そうなのに限られるわけで。 俺はまるで弱小市民に絡む不良の如き態度でそいつの隣に座ると、徐に肩を組んだ。逃がさないためである。ショルダーロック。 「……ピカレスクマッチ。やらないか」 「な、なんですか一体……」 「おっと、まぁそう警戒するな。別に取って喰おうなんて思っちゃいねぇ。寧ろお前が食え、な?」 ――ドン。 この赤毛は日替わり定食(今日はメンチカツ)を喰っていたが、俺はそいつの隣に徐に新たな定食(Aランチ:ハンバーグ定食)を添えてやる。 アレだ。 よく肥えた豚肉を食べるために、家畜を太らせる魔女みたいな。所謂先行投資。勿論、この程度の先行投資など、約90万円を手元に持つ俺には痛くも痒くもないのだから、そこは出し惜しみせず。 「俺の奢りだ。食え」 「えっと、あの……」 「喰え」 拒否権は与えなかった。 よし、コイツなら押し切れそうな気がする。 上手く事を運んで、入部届けにサインをさせてしまおう。 ************************** 迷宮学園録 第五話 『いや、そこは気付いておこうぜ』 ************************** この赤毛の弱気な――女生徒の制服を着せたら女としても通るような外見の1年生は、名をミレーユと言うらしい。 それにしてもこの学校、変わった名前のヤツ多いよな。 まぁそんな事はどうでもいいのだが、とりあえず上手い事名前を聞きだしてからは俺の本領発揮。セールスマンも裸足で逃げ出す強引な手法で、一気に外堀と内堀を飛び越えて本丸を攻め落としに掛かった。 「ぶっちゃけ、キミ。好きなんだろ、ピカレスクマッチ」 「……知りませんよ。何なんですかピカレスクマッチって」 「オイオイ、隠すなよ。本当は好きなんだろ? 素直に生きようぜ!」 俺が言うとやけに説得力があるセリフだが、同時に破滅フラグでもある。 しかし、流石にその内容を語らずして部に加えようというのは些か難しいな。 かと言って、以前のフェルエルのように『このトゲの付いた鉄球グローブで…』なんて説明したら、その瞬間にコイツは俺の呪縛を全力で振り払って逃亡するに違いない。 何としても部活動の内容を誤魔化しながら、入れちまえばこっちのもんだぜって感じにしないと。 「パッと見た瞬間わかったよ。キミ、実はかなりの実力者だろ?」 「は……? あの、僕の何処を見たらそんな風に見えるんですか……」 「隠すなよ。このマイケル・アイには相手の実力が数値化されて映るのだ」 「スカウターッ!?」 ナイスツッコミ。 ますます欲しい人材である。 「キミはまだまだ強くなる。どうだ、我が部に入って己を磨いてみないか!?」 「だから、その内容もわからない部活で何を磨けって言うんですか!」 「入ったら教えるから! ただし退部は許さないぞ!」 「一番開けたくないパンドラの箱だよっ!!」 結局押し問答になった。うぅむ仕方ない、強硬手段に出るか。 なぁに、簡単なことさ。ミレーユの腕をガシッと掴まえて、親指にインクをつけて、この入部届けにぺタっと押してやるだけでいいのだから。時間にして僅か2秒以内に実行できる。 あとは、その隙を窺うだけである。 2秒だ。2秒でいい、たったの2秒間、コイツを硬直させるいい手段は無いのか! 考えろ、この弱気なチェリーボーイを硬直させる一番手っ取り早い手段は――― 「ミレーユ君、何してるの?」 「あ、クリア。えぇと、なんかよく解らない勧誘に巻き込まれて……」 隙を作る方法を模索していた俺が暫く黙り込んでいると、そこにこのミレーユの友人らしい、ピンク色の長髪が特徴的な女がやってきた。なかなかレベル高いな、俺のマイケル・アイが反応しているぞ! あ、因みに後付け説明で申し訳無いが、マイケル・アイが計測するのは見た目の可愛さとかスリーサイズとか色々だ。 と、その瞬間に俺は信じられない行動に出ていた。 いや、窮鼠猫を噛むっつーか、藁をも掴む思いと言うか。 もう後に退けない俺は、多少の事なら何をしても大丈夫だと思ったんだろうなぁ。 ここからはスーパースローカメラでの映像を御覧頂きたいのだが、生憎小説にそんな気の利いた文明の利器を使うことは出来ない為、スーパースロー俺の情景描写を御覧頂こう。 >> 0秒。行動開始。 >> 0.03秒経過。俺の右手が消える。 常人の動体視力では到底追えない速度で動いているため、傍目からは消えて映るのだ。 >> 0.07秒経過。俺がミレーユとの距離を一気に詰めると同時に、左手でミレーユの頭を捕まえる。 ミレーユの視点を固定するためだ。 >> 0.11秒経過。俺の右手が、クリアのスカートの裾を……。 >> 0.25秒経過。引っ掛け、巻き、上げる……! >> 0.55秒経過。ミレーユが思わず赤面して悲鳴を上げるが、クリアは何をされたのかまだ気付いていない。その戦闘力(と書いてバストと読む)では下で何か起こったとしても、そう簡単には気付けないだろう。 >> 0.75秒経過。突然舞い込んだ幸せな光景に完璧に硬直状態のミレーユの右腕を掴み、このまま親指を朱肉に押し付けて、入部届けのサイン欄を、殴り抜ける……! よし、勝った……ッ!! >> 1秒経過。 全てを理解したクリアの『何か』によって、俺はまたしても空を飛んでいた。 2回目ともなれば、もう慣れたものである。 フェルエルの拳は物理的な衝撃を伴ったが、クリアのそれは何と言うかこう、巨大な波に飲み込まれる感じに近い、って言うか。 ……本当に波に飲み込まれていることに気付いたのは、2秒経過の時点だった。 「ぶがっ、ごぼがばげば!!!」 荒れ狂う水流の中に閉じ込められた俺は、そのまま大量の水と一緒に食堂と校舎を結ぶドアの向こうへと強制退場させられた。 コレ、スキル? とても1年生レベルじゃあ無いと思うんだが。 「ぶはっ、ば、馬鹿野郎ーーーッ!! クリアぁーーーッ!! 何をしてる! ふざけるなぁーーーッ!!」 折角の入部届けに押されたインクが、水によって完璧に流されてしまっていた。 俺は最期の最期で計画をしくじった新世界の神のような形相で叫び散らす。 ミレーユも突然の幸せ&惨劇に暫し硬直していたが、すぐに冷静さを取り戻して叫んだ。 「ちょっ、クリア!! 何やってるの!?」 「……はっ、思わずやっちゃった!! ごめん! 大丈夫ーーっ!?」 どうやらクリアは驚いて反射的にやってしまったらしい。 そんなに怒ってはいないようで安心した。……いや、そこはもっと怒ろうぜ。 こんな感じで俺が食堂の入り口前で水浸しでピクピクしていると、そこへフェルエルがやってくる。 遅かったじゃないか。こっちは一人で頑張ってたんだぜ。 「いや、授業が長引いてな……って言うか、何をしているのだゼンカ」 「アンタの代わりに命ギリギリで勧誘活動してんだよ……」 慌てて追いかけてきたクリアとミレーユも合流する。 ……何時の間にか、俺が被っていた水は全部消滅していた。 服も濡れていないところを見ると、やはりスキルか。マジで魔法だな。 しかし、入部届けから流れてしまったインクは元には戻らなかった。畜生。 「やりすぎたと思ったから一応謝るけど、悪いのはキミだからね!」 「サーセン。お詫びに俺のも見せるのでお相子って事で」 起き上がってズボンのベルトに手を掛けた瞬間、クリアとフェルエルの拳が俺の顔面と後頭部にめり込んでサンドイッチ。眼球が耳から飛び出すかと思った。 ちくしょう、俺はただ良かれと思ってやっただけなのに。 「……もしかして、キミが例の転入生……?」 クリアがあからさまに嫌そうな顔を浮かべながら、俺に問うた。 どうやら、俺ってかなり有名人のようだ……なりたくてなったんじゃないやい! まぁ質問をスルーするのもアレなので、一応自己紹介はしておく。 「私はムスカ大佐だ。跪け、キミは楽太郎の前に居るのだぞ」 「ムスカなのか楽太郎なのかどっちかにしてよ」 「素晴らしい、コレが動く城の力か…! ちょ、待てよ!」 「唐突にキ○タク!?」 クリアもなかなかのツッコミスト(ツッコミをする者)だった。 ミレーユとまとめてこいつも入部させちまえば、俺の目の保養になるなぁ。 二人を見比べて居たら、フェルエルに露骨にジト目を向けられた。 さて置き、クリアが溜息をつきながら言う。 「一応、噂は聞いてるよ。1年生四天王の最有力候補なんだって?」 「う……嘘だッ!! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ、USODAAAAAAAAッッ!?」 お、俺はもうそんな高みまで上り詰めてしまったのか……! 3日目だぞ! まだ転入3日目だぞッ!! 早すぎるだろ常識的に考えて! 衝撃の真実を突きつけられた俺は、フラフラと彷徨い歩いてから、適当に目についた女子に飛び掛かり、見事に返り討ちに遭った。 しかもよく見たら、それはデンリュウ校長だった。 「ジャック君。強引なのはいいけれど、もう少し場所を選びましょうね?」 「サーセン……」 俺もうこの学校で何回サーセンって言えばいいのか皆目見当もつかない。 あと、デンリュウ校長はスプーン片手に、一体こんなところで何をしていたんだろう。 スプーンを持ち歩くのはポケスペのミュウツーだけで良いと思う。 「何って、食道にスプーンを持参したらカレーを食べる以外に何をするんですか?」 「カレーを食べたくてマイスプーンを持参するヤツは居りません、デンリュウ総統閣下」 「これが私のカレー道だから」 「そんな道知りません、デンリュウ総統閣下」 「至高に到達するただ一つの道、それこそ即ちカレー道なのです」 「すっげぇ、誰でも至高の存在になれそうだ」 「因みにマイ福神漬けとラッキョウもありますよ」 「夏場はお気をつけて!」 デンリュウ校長のカウンター(多分)パンチを貰った俺は、もう起き上がるのも面倒だったのでデンリュウ校長を斜め下から見上げる形で暫く下らない対話を交わすのだった。 くそっ、一体誰だよ。デンリュウ校長をロングスカートで描いたヤツ。 そこへ、やる気なさげに合流するフェルエル、クリア、ミレーユの3名。 そして若干形式的っぽく、デンリュウ校長に頭を下げる。 ……こんなんでも一応、校長だしな。 「時にフェルエルちゃん、部員は集まってますか?」 「はい、着々と」 着々と、って、現時点で確定してるのは俺1人なんだが。 すると、それを聞いたデンリュウ校長は何か勘違いしたらしく、俺たち4人をぐるりと見渡して満足そうに言った。 「なかなか個性的なメンバーが集まりましたね」 「「いやいやいやいやいや!! 僕/私入部してませんから!!」」 クリアとミレーユの必死なツッコミがハモる。 「あらあら、そうなの? くすくす。まぁいいわ、それじゃあ時間も少ないので私はこれで」 デンリュウ校長はそれだけ言うといつもの笑顔でこの場を後にし、食道の人ごみの中へ消えていった。 それを見送った俺は、すぐにクリアとミレーユに睨まれている事に気付く。 「どういう心算かな。もしかして私とミレーユ君を四天王の道連れにしようとか思ってるワケ……?」 表情は笑っているのだけれど、顔の上半分の陰影がやたらと濃い上に背景に『ゴゴゴ』とか書き文字が見えるクリアが俺に詰め寄って言うが、俺は断じてそんな事は知らないとシラを切り通す。 流れ的に言えば、ここはクリアが俺の冷や汗を舐めて、「コレは嘘を吐いている味だぜ」とか言ってくれると、俺としてはもう興奮しちゃってその場でクリアをお持ち帰り決定なのだが。 くそ、埒が明かん。 こうなったら最終手段だ、泣き落としで行くぞ。 「まぁ聞けお前ら。実は此処に居るフェルエルはな、とても辛い過去を持っているんだ……」 語り出す俺。 「うわ、語り出しちゃったよコイツ」と言う視線をくれるミレーユとクリア。 しかし彼らは根が真面目らしい、俺が語り出してしまうと、もう最後まで聞くしかないのかと諦めたようにその場に立ち尽くした。 それはとても好ましい事なので、俺も調子に乗って例の感動秘話を教えてやる事にする。 一人のマネージャーが、主将に変貌した経緯を。 ………… 「……と言うわけだ。頼む、俺はコイツに、先輩から託された願いを叶えてやりたいんだ」 「…………」 「…………」 沈黙する一同。 しかし、次の瞬間ミレーユが呟いた――否、叫んだ。 「……感動しましたっ!! フェルエル先輩、僕なんかでよかったら是非手伝わせてくださいっ!!」 ……やっぱ、アホばっかりだなぁ、この学校。 しかしそんなアホは嫌いではない。ただし今だけに限り。 と思っていると、クリアもまた今の話に感銘を受けたらしく、フェルエルの両手を掴んで私にも手伝わせてください!などと言い出す始末であった。 ……なんだコレ。 同じ手を使ったら、1年生全員まとめて入部させられそうな気がしてきた。 さて置き、これで晴れて4人になったのだ。 これならば文句無いだろうと思い、俺はフェルエルに向かって拳を突き出した。 ……4人居るし、俺は戦わなくて済みそうだな。うん。 心の中が最低の俺であった。 しかし。神はそんな最低な俺を許す心算が無かったらしい。 いや、この話が本当なのだとすれば、俺はまた一人で暴走した挙句、単に自分の悪名を悪戯に広めてしまっていただけなのだと言える。 それがどう言う事か―――フェルエルの呟いた一言に、俺は―――頭の中が真っ白になった。 「……すまん、ゼンカ。まさか、本当に部員が集まるなんて思わなかったんだ……」 「………え?」 フェルエルはぽりぽりと頭を掻きながら、さも申し訳無さそうな態度で―――結局頭まで下げた。 そして、頭を下げたままの体勢で、全ての罪を懺悔するかのように、言った。 「すまん!! 全部嘘なのだ! ピカレスクマッチ部など最初から存在していないのだっ!!」 「「「―――な、なんだってえぇぇぇぇええええええええっっ!!?」」」 ミレーユ、クリア共々、俺は絶叫した。 唐突に突きつけられた真実は、あまりに驚天動地。 まさか、ここに来て全部「嘘でした」!? なんで、どうしてそんな嘘を―――フェルエルは、何故俺に関わろうとしたんだ―――? 「最初から、キミに接触するためだけに用意した作り話だ……考えてもみろ。そんな危険なスポーツがスポーツとして認可されるハズが無いだろう!?」 「た、確かにーーーっ!! 何で気付かなかったんだ俺ぇぇぇえええっ!!」 ここまで来ると完璧に自分の不甲斐無さで死にたくなった。 そうだよな、もっと冷静に考えれば、普通に解る事だったよな。 一体何を以って、ピカレスクマッチなんてマフィアの娯楽みたいなモノが正式なスポーツとして認可されてるんだって話だよな。 スキルだの異世界だのと、ちょっと変な世界に来たからって、常識を大きく逸脱する要素なんか殆ど無かったはずなのに……。 いや、きっと読者もモロに騙されてたと思う。 俺だけじゃないよな?! そ、それともブラウザの前の皆様は、最初からこれが嘘だと気付いた上で俺が哀れにも踊る姿を楽しんで……あぁぁぁぁぁぁっぁぁあああああっ!! ふらふらとおぼつかない足取りで、開けっ放しの食堂のドアにぶつかり、転ぶ俺。 なかなか俺が立ち上がらないので、心配に思ったらしいフェルエルとかが駆け寄ってくるが、その瞬間、蹲った俺の中から低い笑い声が零れ始めた。 「ふ……ふふふ……はははははは。ははははははははははははは……!」 そして、立ち上がって、フェルエルを睨みつけて一言。 「そうだ、僕がキラだ」 すまん。 もうこればかりは俺の頭が天元突破していたとしか思えない。 フェルエルが明かす真実は、次回へ続くと言う事で。 続く |
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