超界者の領域。
ゲームを見守っていたアークの姿は既に無く、エックスただ一人のその場所は閑散とした空気に包まれていた。

……異界の支配者を降臨させ、ロストによる侵攻を掛けさせ始めた辺りで。
アークは、勝負在ったなとだけ言い残し、召喚した椅子も片付けずに何処かへ消えていた。
エックスは、その一言を、己の勝利が保障されたのだと勘違いしたが。
今になって思う。アークは、ミリエが勝つことを確信して、帰ったのだと。

どんなに強い駒を呼んでも、倒せない。
この世界が3度やり直せるのは、ミリエへのハンデだと思っていたのに、3回もの追加挑戦権を貰いながら、結局一度もミリエを屈服させる事が出来なかったと言うのが、現実。

エックスは、何故自分が勝利できないのか解らない。
ミリエを倒すためだけに、あんなに入念にこの世界観を構築したのに。
ミリエは、初見でこの世界を見抜き、無力にも程がある駒の力で、とうとうこのゲームの勝利を収めようとしている。
理解できない。したくない。でも、……。




……認めよう。
……ミリエの思考力が、自分の遥か上を行っている事を。だが、今に限り、ミリエは自分よりも遥かに脆弱な存在に過ぎないはずだ。
何故なら、このゲームへの参加を強制するトラップによって、その能力を大幅に制限されているのだから。

あくまで己のプライドゆえに、このゲームで勝つことのみを考えていたが。
思い返せばミリエなど何時でも潰す事が出来た。そんな状態に、ずっとあった。

もし、あの黒木全火と言う駒がサナを倒すようなら、その時は一足先にミリエを倒す。
圧倒的な力の差で捻り潰し服従させ、一生この世界で飼い殺しにしてやる。

力を奪われ、自力で牢獄から抜け出せないミリエの無様な姿を映し出している水晶の柱の前で、エックスはワイングラスを握り潰した。
そしてアークの残した無駄に豪華な椅子に腰掛け、このゲームの最後のシーンを映し出す水晶の柱へと視線を移す。



丁度、サナと黒木全火が対峙しているところだった。











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迷宮学園録

第四十九話
『ゲームの終幕』

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地下研究室の、一番奥の部屋にサナは居た。
監視カメラの映像をモニターで見ていたから、今、黒木全火が背後に居る事は、目を合わせなくても解っていた。
ロストも、彼のスキルの前に意味を成さない。
『×0』を象徴するスキル、『まもる』の効果範囲を数十メートル押し広げて、その空間内の魔法的存在をすべて無に還すなんて荒業をする相手に、ロスト如きが太刀打ちできるはずが無いのだから。


「………どうして、覚えているのか、ね……」


ゼンカが、ポツリと呟いた。

サナが、背を向けたまま、最初に問うたのはその一言だった。
どうしてゼンカは覚えているのか。栞も無いのに。それに、一度は完全に忘れていたはずなのに。
どうして、このゲームの事を覚えているのか。思い出すことが出来たのか。

やがて、ゼンカは迷わず答える。


「俺は執念深いからな」
「……そう」


サナは、漸く振り返った。
地下研究室の奥。異世界召喚スキルを行使した所為で、破損した機械が散乱している部屋。
その入り口に立つ男を見て、サナは―――押し殺していた人格が息衝くのを感じる。


「アンタもそうだろ。サナ先生」
「まだ先生と……呼ぶんですか」
「誤魔化すなよ。そうやって自分を殺すのが逃げ道だったんだろう。冷徹なフリなんか、似合わないぜ?」


エックスに心を殺されたフリをして、この現実から目を背けて、ただ己の願いだけを叶えようとしていたサナ。
……そうまでしなければ、このゲームから逃げられなかった、サナ。
……そうまでして、このゲームから逃げようとした、サナ。

学園の暗部にある真相を突き止めようとして、このゲームを強いられてしまったのは不運。
でも、そのゲームに勝てば望む願いが叶うと言う、これ以上無い幸運に、彼女は負けた。

思えば、ただ大切な人を奪われたのが、全ての発端であったはず。
サナは結果悪だったけれど、本当は……。




ゼンカの意思を察したのかは解らないが、サナは開いた手を突き出し、それ以上の会話を拒む。
ゲームの駒である以上、対峙したら戦うのみ。と、サナは考えているようだった。
それは正しいけれど、ゼンカは、認めない。

このゲームのルール上『正しい』かどうかなんて、彼は気にしていないからだ。

こんなゲームはもう終わらせる。
終わらせ方は、簡単。こんなゲームは最初から無かった。そう思うだけでいい。
参加者とXがゲームを無視した瞬間から、このゲームはもう終わっているのだ。
そしてゲームが無くなれば、Xと参加者は、戦う必要が無い。
それが、黒木全火の解答。

でもサナが戦いを求めるなら、それは仕方ない。


「先に私の能力を教えてあげるわ。私の能力は『最後の抱擁』。対象に何かを抱かせて操る能力。これは私が対象に何かを『与える』のではなくて、対象の中に元々存在しうる概念を『引き出す』能力だから、あなたの能力では無効化できない。……尤も、1対1でなければ効果は発揮されないけれどね」

「……強いな。それを教えてどうするんだ? 降伏しろと?」

「…………」


サナにも、それを教えて何になるのか、解らなかった。
ただ、願っていたのかも知れない。この能力を教えることで、ゼンカがそれを打ち破ることを。

多分、自害しても、エックスはサナ以外の駒を見つけて、それを新しいXに仕立てる。
ゲームを終わらせるには、参加者の手で倒されなくてはならない。だからサナには、その方法以外にこのゲームを終わらせる方法が見付からなかった。

終わらせられるならそれでいいし。
ゼンカが、この能力の前に散るなら、その時は自分の願いが叶うだけ。
どちらに転んでもいい。どちらでも、いい、けれど―――


「ゲームを終わらせたいのなら。私を、この能力を、超えて見せなさい黒木全火ッ!」


「……卒業試験だな。いいぜ、打ち破ってやる。そして、絶対にお前を助けるッ!」


「……まだ、そんな甘い事を……ッ」


状況は1対1。
スキルの発動条件は満たされている。
―――フルコキリムの姿が見えなかった。ゼンカが、彼女に何を指示したのかは解らないが、この場に居ない以上、1対1の状況は崩れない。
だから、スキルを防ぐ手立ては存在しない―――サナはそう確信する。

サナが、ゼンカより先に動き出し、彼の間合いに飛び込んだ。
ゼンカの能力では、恐らく後手に回る戦い方をしてくるだろう。先に仕掛けて、戦闘が始まった事を確認しなければならない。そうやって1対1を作り出し、『死』を抱かせ、一撃で。

ポケットの中に忍ばせていたチョークを取り出し、投擲する。
スキルによって威力が補正されていたそれは、当たればコンクリートだって貫通する威力を持つ。
が、ゼンカはそれを、叩き落とした。スキル『まもる』さえ使わず、正面から飛んでくるチョークの横っ腹に左手で手刀を叩き込み、粉砕して無効化した。

思わず、サナも動きを止めた。既に、お互いに間合いには入っていたが、また戦闘は中断された。

まさか、そんな芸当をしてくるとは。サナは素直にそう感心した。
でも、今の攻防で、『1対1』をスキルが認識したから、勝負は既に、決していたようなものだった。


「………」


正面に、ゼンカが立っていた。
立って、サナを見ていた。仕掛けるでもなく、逃げるでもなく。
その、強い意思の表情を見て、サナは、スキルを発動するのを、今一度見送る。


「……戦う気が、無いんですか?」
「自分でも吃驚するくらい、無いな」
「次で、終わりなんですよ。もう、私がスキルを発動したら、……貴方は死ぬんですよ」
「そう思うなら、どうしてスキルを使わないんだ」


ゼンカの問いに、サナの表情に怒りの色が一瞬見えた。


「………あまり、私を失望させないで下さい。何で私が、スキルを使うのを躊躇わなければならないのですか……」


その一言はあまりに支離滅裂で、何を言いたいのか解らなかったが、ゼンカは、サナの心境を汲み取っていた。


「破って欲しいんだろ、そのスキルを。なら、アンタがスキルを使ってくれないと、破れないじゃないか」

「……破れませんよ。『+1』のスキルは、完全無効化耐性を持っている。無効化は、出来ないんです」

「……俺は、算数の話をしに来たんじゃないぜ。もう一度言うぞ。サナ先生がそのスキルを使ってくれないと、俺だってそいつを破りようが無いんだよ。だから使え、――――そして、信じろ」


――――破る。

強い意思の力は、スキルの威力を左右する。
ゼンカの、その『破る』と言う強い意思は、確かにサナに届いていた。
でも、それでもこのスキルを破る事は出来ないと、サナは思っていた。


「信じろ」


「……信じたら、……叶いますか」


「叶うかどうかの話をする心算は無い。もう一度言う。俺を信じろ!」


『まもる』も、『最後の抱擁』も。
使うと心に思った瞬間には、発動しているスキル。














「じゃあ………『死』んで下さい。―――私の勝ちですッッ」











余計な動作も、何一つ要らない。

魔力の流れも、一切発生しない。
無効化する余地さえも生じないのだから、防げるものか。




「―――ぅッ………!!」





サナが、ゼンカに死を抱かせると念じると同時に、ゼンカが、片膝をついた。





信じていた。
きっとこのスキルを破ってくれると。
なのに、彼は、崩れ落ちる―――











「―――ゼンカ君ッ!」


駆け寄った。自分で殺しておきながら、怖くなって、彼の許へ。
信じろと言ったから、きっとこのスキルを破ってくれると信じたから、それを破れなかった彼の許へ駆け寄るのは、当然。
でもこのスキルで抱かせる『死』は取り消せない。
他の何かなら取り消せるが、『死』は抱かせた瞬間に終わるから、取り消せないのだ。
例外として不死鳥なら永遠に『死』が続くから取り消せるが。
でも、黒木全火は人間だから、取り消す事が出来ない。

……はず、なのに。




「………うそ……」




……それは抱いた瞬間には死ぬから、一瞬で終わるはずの戦いなのに。
ゼンカは、片膝をついたままの体勢で、暫く、耐えていた。

サナは、駆け寄るのを止めた。
耐えていたと言う事は。『死』を抱いていないと言う事だから。



片膝をついて俯いたままの黒木全火は、右手をサナに向けて突き出した。―――生きて、いた。



「焦るなよ……。ちょっと、疲れただけだ……病み上がりだからな……」

「……どうして……私のスキルは、ちゃんと発動したはず……」

「1対1じゃないと駄目っつったな……。それに、引っ掛かったんじゃねーの……?」


ゼンカは、肩で息をしながら、立ち上がった。
疲れているようではあったが、……それでも、まるで死ぬ様子は無い。
つまり、『最後の抱擁』が、不発に終わったと言う事。



「これは、俺の賭けだったんだが、どうやら予想以上に勝ったらしい」

「1対1………………まさか……!」



ゼンカが語り出す。その真相を。



「最初に言ったろう。死を抱かせるって。その瞬間から、俺はずっと、俺の中の『クロキゼンカ』と、この身体を半分ずつ共有していたんだ」

「………ッ…」

「一つの身体を、同時に二つの意思で操作するのにはえらく疲れたが……最悪、どちらか片方が死んでも、即座にもう片方が動けるようにしてあった。……両方動けるって事は、スキルはちゃんと破れたらしい……?」


厳密には、破られてなどいない。
だって、1対1の条件を満たせなくて、不発に終わっただけなのだから。

でも。黒木全火とクロキゼンカが共に戦う限り、それは永久に1対2。
しかも身体が二つあるわけでは無いから、1対1を作り出せない。
ゼンカがその特異な状態を維持する限り発動条件を永久に満たせないのなら―――


「……俺の勝ちだな、サナ先生」


それは、破られたのと、同じこと。
サナは、己の唯一にして最大の武器を失い、敗北を悟る。
『最後の抱擁』が封じられた今、残る全てのスキルは、『まもる』によって完封される。

勝ち目は、失われ―――諦めたサナは、せめて最後に、問う。




「もし、それで片方が死んだら、残されたほうは如何する心算だったのかしら」



「あぁ、多分、死ぬのは表立ってアンタと会話してる『俺』の方だってのは解ってた。だから、その時は俺の中のクロキゼンカが、代わりに―――」




ゼンカが、何時の間にか―――何処から持ってきたのか。
身の丈ほどもある巨大な剣を、構えていた。
幻影のように歪んでいたが、それでも確かに、剣はそこに見えた。



「――――こう、してた」



その剣の先端を真っ直ぐサナに向け、……突き出す。
肋骨から心臓から背骨から、全てを貫いて、その巨大な剣は研究室に床に突き刺さった。







破壊を司る欲望の王、クロキゼンカの力の一部。
壊せるものならば、形の有無を問わず破壊する剣。





「……お疲れ。サナ先生……」





剣を消滅させると同時に、サナは研究室の床の上に、糸を切ったマリオネットのように倒れた。





実に呆気無い、ゲームの終幕であった。








…………










超界者の領域の水晶の前から、エックスの姿が消えていた。
あの豪華な椅子も、最後にそこに座っていた者が乱暴に立ち上がったらしく、倒れて転がっていた。


エックスの姿は、ミリエを閉じ込めている空間に在った。
牢獄の中で無数の鎖に繋がれているミリエの前に、彼は立っていた。


「……おめでとう。このゲームは、貴様の勝ちだミリエ……ッ!!」

「へー、そりゃどーも……」


ミリエは、無気力に答えた。
鎖の一本を持ち上げられて、無理矢理立たされても、彼女にはそれに抵抗する力が無い。

暫く、エックスは、その無気力な瞳を睨み続けていた。
でも、ミリエは何の感情も、その瞳には灯さない。
……己の無力を知った上での達観なのか、それとも余裕の現われなのか。
どちらにしても、それはエックスには不愉快だった。

鎖を手放すと、またミリエは冷たい床の上に落とされる。


「やはり貴様は強かったよ。まさか、ここまで有利なゲームで負けるとは思わなかった」

「………」


床に這い蹲るミリエの頭を踏みつけ、エックスは囚人を打つ鞭を取り出した。
エックスの口が、悪意ある笑みによって歪められていく。




「―――だから決めたよ! 貴様はここで倒すと! 最早下らないプライドなど捨ててやるッ! せいぜい泣き叫んで私に優越感を感じさせてくれよミリエェェェェええええええええええええええッ!!」




先ずは一撃。



「―――ッぁ……!」




これから、ミリエが屈するまで永遠に打ち続けるための最初の一撃を、眼下でうつ伏せになっているミリエの背中に加えた。
長い髪が千切れて跳ね、ボロボロのマントが、さらに弾けて裂かれた。
足の下から呻き声が聞こえたような気がしたが、それはあまりにか細く、エックスを満足させるどころか余計に苛立たせる。


「そうやって声を堪えるのが抵抗の心算か……ッ、いい加減にこの私の力を認めてッ! 私を満足させる声で鳴いて見せろよォォォォオオオオオッ!!」



―――第二打を加える。
風が、エックスの横を通り抜けた。




「………オ……?」




……振り下ろした鞭に、手ごたえが、無い。
それどころか、……伏していたミリエの姿さえ、無い。


エックスは、状況理解のために、手を止めて記憶を辿っていたから。
暫く、背後から聞こえた音を、言葉として認識できなかった。



























「よくも私の髪をこんなにしてくれたわね………」









低い声が、背後から聞こえていた。
それに気付いた瞬間、エックスは、その手から鞭を、落とす。




だって、……背後に立っていたそれは、ミリエ。
見る必要なんて無い。その言葉の節々から、どんな表情をして、どんな風に立っているのかが、完璧に想像できてしまったから。

腕を組んだ状態から、右手でボロボロになってしまった後ろ髪を弄っている、明らかに不機嫌な表情をしているミリエの姿が、彼の背後にあった。


「な、何故……だ……!」


もう、その一言に尽きた。それ以上の言葉が出てこなかった。

―――何故! ミリエがそこに居るのだ!
さっきまでそこで這い蹲っていたミリエは誰だったんだ!?
それより、力を封じられる前よりずっと凶悪な『魔導』を纏っているのは何故……ッ!


ミリエは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
これが最後の会話だと言わんばかりに、エックスの心をジワジワと締め付けるように。


「【ゲーム盤の上でルールを強いる超界者エックス】。……確かに、その力は強大だったわ。この私を封じ込めてしまえるほどにね。でも、同じ超界者として、相手の能力もちゃんと考えた方が良かったんじゃない?」


「…………【リスクに見合った願いを100%成就する超界者ミリエ】……だが、このゲームの中で、貴様の賭けたリスクは参加者である『ゼンカの勝利』だったハズ……! 私がこのゲームを破棄した今、お前の願いは………」



エックスの顔面から、冷や汗がダラダラと流れ始める。
ミリエの放つ圧倒的過ぎる魔導の所為で、彼は今、呼吸さえ苦しい状態に追い詰められていた。


「はぁ……やっぱり人を見る目が無いわね、アンタは」

「な、んだとォ……ッ…!」

「言っておくけど。ゼンカは勝って当然なのよ。だって彼は強くてカッコいいんだから」

「ふ……」



エックスの目が、見開かれた。
漸く彼は振り返り、ミリエの健在な姿をその目に捉える。



「ふざけるなッ!! なんだその理屈は! あんな無力な人間の何処が強いと言うのだッ!」


「解ってないなぁ。……まぁいいや。私はゼンカが必ず勝つと信じている。だから、『ゼンカの勝利』は、願いを成就するためのリスクには選ばなかった。その行為自体が、より大きい願いのためのリスクの一つだったのは事実だけどね」


「お、お前の、……お前の払ったリスクはなんだッ、願いを成就する条件は、何だったんだ……ッ!!」



ミリエは、エックスの無様な一言を、心底嬉しそうな笑みを湛えて聞いていた。
そして、暫く勿体つけてから、答えた。










「『アンタが、ゲームを放棄して私を攻撃すること』。それが、私の願いが成就するトリガー。トリガーもリスクの一部としてカウントされるから、私の大きな願いを叶える為の起爆剤としての火力は上々。ふふふ……当人が絶対に勝つ気満々で、しかも客観的に見ても勝てて当然のこの舞台に於いて。これ以上大きいリスクは無かったわ……」






「ば……馬鹿な……ッ、……そ、それでは、この状況は……ッ!!」






「うん。……まぁ、一言で言えば―――」






そこで、また少し間を空けて。
ミリエは、満面の笑みで、言い捨てた。






「『計画通り』……ってヤツね」






ゼンカの手によってエックスはゲームの敗北を悟り、放棄した。
その結果、今度はミリエの策略にハマり、この状態になっている。

……逃げ道なんか無かった。
エックスには、最初から何処にも逃げ場なんか無かった……!!


「ま、待てッ! さ、最初からこうなる事が決まっていたなら、そもそもこれはリスクとしては小さいものでは無いのか!? 何故貴様は願いを成就できた……! これがリスクじゃない出来レースだったのなら、お前が願いを叶えられるのはおかしいじゃないかッ!!」


エックスが、せめて時間を稼ぎたいのか、それとも覚悟が未だ決まらないのか、悲鳴のような声で問う。
ミリエは、指を一本だけ立てて、答えた。


「1%」

「………!?」

「ゼンカがこのゲームに勝てる確率。ロールバックを超えて記憶を継承できた確率。全て合わせて、1%が、私の勝率。願いの為のリスクとしての価値は十分だったわ」

「ばっ……馬鹿な!! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!!! それでは何かッ! 私は99%の確率に見放されて貴様に―――あの無力な人間に負けたのか! たった1%の確率で起こり得る敗北条件を満たして貴様に負けたというのかッ!!」

「ま、世界的に見て1%の勝率でも、私はゼンカを信じてたから確信はしてたけどね」

「何故だ……何故貴様は、そんな根拠の無い自信で1%に命を賭けられる……ッ! り、理解出来ない! 狂っている! 普通じゃない……ッ!!」

「そうよ。私は普通じゃない。『だから負けない』。あの世界を創ったのがアンタなら、知ってるでしょう。『意志の力』の、本当の意味を」

「あ、ぁぁぁぁぁあああああぁぁ……ッッ!」



ミリエが、一歩、また一歩と迫る。
エックスはそれに合わせて後退するが、先ほどまでミリエを拘束していたはずの無数の鎖に足を取られ、無様にも尻餅をついて、そのまま動けなくなってしまった。



「ついでに願いの内容を教えてあげるわ。あのリスク、かなーりデカイ願いが叶えられそうだったからね。ちょっと奮発したの」


「あ、ぁ、…あっ…!! や、やめろ、来るな……ッ」






【1時間だけ。普段の3倍の力が発揮できる】






「今の私は、普段の『3倍』強いからね。――――覚悟しなさいこの変態ナルシストッ!!!」









「や、やめ、あぁぁっ、……ッ、ひっ……ひぃぃぃぃぃぃイイいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!!!!」














******








エックスは。
この後数千年の間、超界者の世界から姿を消した。
最後に彼を目撃した者の言葉によれば、この世の終わりを見たような表情をしていたと言う。

また、その時の彼は
『赤いヤツは3倍強い』
と言う言葉を残したそうだが、意味不明。


ともあれ、超界者エックスはトワを倒すべく奮起するも、その初戦にてミリエの前に散った。


これが、今回の事件の顛末。


尚、今回勝手な行動で我々を心配させたミリエには、事件後しっかりと罰を与えておいた。
それを結びの言葉として、この事件についての記述を終える。










『トワ』代表 アーロン 
  
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