研究室の奥は閑散としていた。
研究の無期限凍結が決定され、研究員の殆ども『本部』に回収された。
残されたのは、この学園で教員を続ける者と、そしてまだこの研究に別れを告げられない一人の男のみ。

「ホウオウ。これは一体どう言う事?」
「見ての通り、デンリュウにしてやられたよ…。上も上で突然態度を変えやがったし……。くそッ、ワケが解らねぇ……俺の研究を台無しにしやがって……ッ」

ホウオウと呼ばれた男は、無残にも残された資料が乗ったテーブルをバン!と叩いた。悔しさに奥歯を噛み締めた彼の目には、ただ目の前の現実しか映っていなかった。
サナは、彼をそっと背中から抱きしめる。

「まだ、終わってないわ」
「……なに…?」

ホウオウはサナの手をどけようとしたが、その一言に手を止める。

サナには、『記憶』があった。
この研究室の存在を知って以来、適当な研究員に接触してその情報を引き出したりしていたし、それにデンリュウだけが知っていると言う『異世界召喚スキル』の『鍵』となるファクターのヒントも全て知っていた。

それを、ホウオウに吐露する。それだけで、ホウオウはたった一人でも研究を再開できると、サナは考えた。

「理論さえあれば、貴方は一人でもその研究を今すぐ完成させられる……違う?」
「……違わない。あと一歩なんだ。あと、一つだけ解けない壁さえ越えれば……」
「その壁を越える方法が、欲しいのね……?」

サナは、ホウオウの野心を確かめ、その背中に密着し、表情を気取られないようにしながら、不敵に笑う。
間違いない、とサナは確信した。ホウオウは、ヒントさえ与えれば今すぐにでも研究に着手する。
そして、異世界召喚スキルを完成させることが出来る。
でも、これほどの男が、たった一人の力でスキルを完成させて、それで終わりになるはずが無いのだ。
それこそがサナの狙い。そこからが、サナの本当の計画の一端。

「可哀想なホウオウ。それだけの頭脳と力がありながら、政府に捨てられた研究者……」
「そうだ、あいつらが、政府が、研究チームが無能だから、今日まで俺が苦労しなければならなかった……!」

密着による些細な仕草は、サナにしか判断出来ないレベルでの『攻撃』。
つまりそれは、『1対1』。サナの能力が、ホウオウの精神に爪を掛ける。

「貴方の力は、こんな小さな国に収まるものじゃない……この国に、貴方の力を見せつけてやりましょう……」
「そうだ、俺は『天才』だ。俺は『最強』なんだ。こんなところで泥水啜ってる時間は無いんだ……!」

再びサナは悪意の笑みを浮かべる。
サナには、このホウオウと言う男が滑稽に見えて仕方なかった。
天才で最強のくせに、今日まで研究を成功させられなかったこの男が面白くて仕方なかった。
尤も、デンリュウの妨害工作も巧妙に隠されていたから、そちらの方が一枚上手だったと言う風に解釈してあげる事も出来なくはないが。

ともあれ、独力で研究を完成させたホウオウは、自分を切り捨てた政府に対して、新たに得たスキルの力で復讐をするのだ。たった今、サナがそうなるように誘導したから、その結末は絶対のものになる。
手始めにこの学園から壊し尽くす。それがゲームの勝利条件を単純明快に満たす最後の惨劇。
その後は政府も巻き込んで戦争になるだろうけれど、その頃にはサナはDと共に国外に高飛びしているから、関係の無いことだ。

「『異世界召喚スキル』は『鍵』に対応した怪物しか呼べない。今までは、呼び出そうとしていた異界の怪物との適合性を、こちらから合わせようとしていなかったから成功しなかった。でも……裏を返せば、『あなただけに呼び出せる怪物』を呼ぶのなら、こちらから合わせる手間は必要にならない。そうでしょう?」

妖艶な仕草で、ホウオウの首に手を回すサナ。
……それは、サナではなく、エックスによって作られた駒。
学園の惨劇を彩る、サナと同じ目的だけを持った仮初の『X』。

「さぁ、呼び出しましょう。あなただけの、異界の怪物を」







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迷宮学園録

第三十八話
『影』

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早朝5時を、少し過ぎた頃。
その日は朝から雨が降っていた。夜中のうちの、一体何時ごろ降り出したのかは、徹夜をしていたデンリュウにさえ解らない。
夜通しの作戦会議の途中で眠ってしまったフィノンを背負ったゼレスが、デンリュウ宅を後にする。
この後、普通に学校があるのだが、さて如何したものかとゼレスは空を見上げた。
曇天から降り注ぐ雨が頬に当たるのを感じていると、視界の上半分が傘で覆われる。

「貴方はともかく、うちの生徒に風邪なんか引かせないで下さいよ?」
「解っている。……傘、借りるぞ」

フィノンを背負いながらも、器用に片手を空けて傘を持つゼレス。
腕力は、さすが魔王、とでも言おう。まるで背中に人間一人を背負っているとは思えないほど、ゼレスは平然と傘を差して帰っていった。
見送ったデンリュウは、一回欠伸をしてから、家の中に引っ込んだ。
徹夜したから、随分と空腹になっていた。現在はアブソルが先日のカレーの残りを温めなおしているところである。一刻も早くそれにありつきたくてデンリュウは真っ直ぐキッチンに向かったが、その時、居間のテーブルの上で、デンリュウの携帯電話が鳴っていた。

誰にも、気付かれぬままに。




………




時をほんの少し遡り、デンリュウ宅からゼレスが出ようとしていた頃。

「……嫌な予感は、当たってるみたいだな」

ポツリと、小さく呟いた一言は、誰に向けられたものでもない。
フリードはただ一人、今は閉鎖されたはずの地下研究室内部を歩いていた。
彼が今、足音を殺して歩いているのは、自分以外の『何者か』に、その気配を悟られないため。

フリードは、以前から研究機関で何かが起きるような予感を感じていた。
彼は誰よりも自分の『直感』と言うものを重視する傾向にあり、彼がこの研究機関に感じた不審は、何度世界をやり直しても、彼に変わらぬ一つの行動を取らせ続けた。

足音を立てないように、誰にも見付からないように、しかし迅速に。
リシャーダの暗殺技術を児戯と断ずるほど洗練されたその動きに、一切の無駄は無し。
フリードは、一人の戦士として、地獄に自ら足を踏み入れる。
単なる『直感』に、他の誰かの道連れは必要ない。
気のせいならそれでいいし、そうで無いなら、尚更誰も巻き込みたくない。
だから、一人でいい。自分以外を信じていないわけではない。
ただ、危険な役目を負うのは、教師として、自分だけでいい。それが、フリードの信条。

地下施設の、グラウンドの真下を通る長い通路を歩く中、フリードは一つの影を発見する。
『人影』なら、それが『人』だと判断してから、そう言おう。だからそれは、『影』。
大きさの程はフリードより頭3つ分くらい上。つまり、ほぼ全ての人間を見下せる大きさ。

影はその巨体を引き摺るように歩きながら、近付いてくる。
それそのものから敵意は全く感じなくても、再び直感は『危機』を告げる。
捉ったらヤバイ。あの影はヤバイ。

全身を真っ黒に塗り潰され、そこだけがブラックホールにでもなっているかのような、研究施設の中にはまるで不似合いな物体が、ヒタ、ヒタ、と歩いてくる。
そんな異常な光景を見て、漸く思い至った結論が『ヤバイ』とは。
フリードは苦笑する。これは、『ヤバイ』なんて可愛い話じゃない、と。

「G、GYR、GR…」
「……お喋りは苦手かい、ボウズ」

フリードほどの使い手になれば、相手の攻撃射程範囲は肌で感じ取れる。
空間に張り詰められた緊張を察知するとでも言えばいいだろうか?
その影がゆっくりと一歩踏み込むと同時に、フリードは『見えない何か』が一歩分近付いてくるように感じられていた。それがただの攻撃射程圏なのか、『死』そのものなのかは解らないが、フリードは迂闊にその円の中には飛び込まない。

影は、真っ黒に塗り潰された人間の形をして、目の部分だけが妖しく金色に輝いていた。
漫画評論家にでも見せてやれば、「なんだこの手抜きは」と叱責されそうな物体だ。

影が再び一歩を踏み込んだ瞬間、『その見えない何か』がついにフリードの半身を包み込んだ。
フリードが後方に跳躍した瞬間、影の腕がギュンと伸び、フリードの心臓があったであろう場所を通過する。

「……G!!」

影は、突然獲物が消滅したことに、その不気味な目をより大きく見開いた。
フリードは後方に跳躍したはずなのに、既に影の前方にはその姿が見えなかった。
影はこの時、侵入者は逃亡したのだろうと判断した。
答えは否。フリードは、その背後に居た。背中合わせに、立っていた。

「ちょっとだけ速いが、俺には遠く及ばないな」

フリードの呟きが、最期通告。
影は、頭の頂点からペリペリと音を立てて真っ二つになり、床に崩れ落ちた。
まさか再生するか? と言うフリードの懸念は、影が床に吸い込まれるようにして消えたことによって杞憂と化す。

「……っ、一体どうなってンだ……。流石に一度連絡した方がいいな……」

フリードの脳裏を過ぎる『デジャヴ』。
いつか、遠い昔か、それとも最近か。こうやって研究室に入り込んで、下手を打ったことがあった気がする。それも一度ではなく、何度も何度も。
予知夢なのか虫の知らせなのか解らないが、フリードはそのデジャヴを心の奥底に封じ込めた。
フリードは己の行動に後悔しないから、何度世界を繰り返しても『成長』しない。
『貫く意志の力の権化』と呼べるほど、フリードは己の絶対意思を必ず貫く強さを持っていた。

その結果が、繰り返される世界の中でいつも病院送り―――即ち『沈黙』させられた事に繋がっていたとしても、フリードは己が正しいと思うことは絶対に曲げないから、同じ行動を取る。
ただし、彼ではなく周囲の環境が成長して変化していたなら、彼を待つ未来も、或いは変わるかも知れない。今度こそ、フリードは病院送りを避ける事が出来るかも知れない。
などと言う、少し高い次元からの些細な希望は、フリードを囲む無数の影が蹂躙してくれるだろう事は、火を見るより明らかだった。きっとフリードは『また』助からない。
さっき倒した一匹と同じような物体が無数に沸いて出て、フリードの進路も退路も全てを断つ。
その数は実に、両手両足の指が5本ずつしか無いのが悔やまれるほど。
今度こそ助かるどころか。……今度は、病院送りなんて可愛いものでは済まないようだった。

「ちっ……。電話、掛ける時間くらいは貰えて助かったぜ……」

フリードの手の中で、携帯電話が光っていた。
何処かに電話を掛けて、通話待ちの状態だ。しかし恐らく、その電話の向こうに居る人物と、会話をすることはないだろう。相手が受話器を取る前に、フリードが携帯電話を落とす事になるからだ。
イヤホン型の携帯電話を前々から欲しいとは思っていたが、こんな事になるならもっと早く衝動買いしておけば良かったと、フリードは舌打ちしてから携帯電話を捨て、両手に武器召喚スキルで召喚した大振りの剣を構える。

「地上までは一本道だ。てめぇらはこの研究室から一歩も出さねぇッ!! ここがてめぇらの地獄だぜぇぇええええええええッッ!!!」



願わくば電話の向こうの人物が、その不審な一本の電話の真意に、気付……





………






雨は次第に強さを増していた。
学園に泊まっていた者は、帰らなくて良かったと安堵しながら、窓からその光景を見ていた。
時計の針はまだ朝の6時前だったが、そのバケツをひっくり返したような豪雨の音によって、殆どの生徒が目を醒ましていた。
一方で、早起きの習慣がついていたハルクもまた、その雨を生徒会室から眺めていた。

あまりに強烈な雨が降っていると、誰だって時に、不安になることはある。
まるでこれから悪い事でも起こるんじゃないかと、そんな奇妙な不安感を覚えてしまう。
でも、ハルクの場合、それは不安感よりも、もっと確信的な感覚だった。

ハルクは携帯電話を出し、妹であるフライアに電話する。
まだ家で眠っていたのだろう、30秒くらい呼び出し続け、やっとフライアが出てきた。

『……おはよう……どうかしましたか……ハルク兄さん……』

寝癖塗れの頭をそのままに片目を擦りながら、半目で応答するフライアの姿が目に浮かんだ。
ハルクは、早朝から呼び出したことを詫びてから、本題に入る。

本題と言っても、それは直接的な命令だった。


『え……? 兄さん、それ、如何言う……』
「……言葉の通りだ。今日は家で大人しくしていろ」

この時点では、フライアもこの地域一帯を襲う豪雨に気付いたのだろう。
また、ハルクのシスコン癖でも出たのかと、フライアは溜息をついた。

『兄さんは心配性が過ぎます。大丈夫です、雨くらい』

語気に力が篭る。眠気は殆ど消えたようだ。
しかし、ハルクはそれでもフライアの登校を認めない。

「いいから、今日だけは家にいろ。今日だけで良い。明日には、全部終わっているから」

雨音が一層、激しさを増す。
呟くようなハルクの言葉を、フライアは聞き逃した。

『え? 何、兄さん。終わるって?』
「……それから、……アイツの件だが、お前の好きにしろ。じゃあ……」
『あっ、ちょっと兄―――』

ハルクは、電話を切った。
そして、フライアからの通話を、拒否に設定する。

これが、最期の会話になるとしても、ハルクに言い残した事は何も無かった。
次にハルクが電話を掛けたのは、3年の四天王の一人、ジラーチ。
3年全員を、あの悪夢の始業式以来再び、『集会場』に集めるための緊急連絡網を迅速に回すために、ハルクは彼の協力を仰ぎたかった。

「ジラーチか。悪いな、朝から」
『大丈夫だよ。こっちも早起きだからね。で、こんな時に電話してくるって事は……』
「あぁ、緊急連絡だ。3年全員に、集会場に集まるように伝えて欲しい」

3年四天王、空間スキルを極意レベルまで極めた男、ジラーチ。
その子供の様な風貌とは裏腹に、同じ四天王であるエイディやナイトメアにも決して劣らない実力を持っている。
そんな彼の得意とするスキルの一つには、このような緊急連絡を生徒全員に一瞬で届けるものがある。そのため、ハルクは彼を非常に重宝していた。

先日の始業式での悪夢は、3年全員を混乱に陥れている。
いつ、誰が、どんな強行に及ぶかもわからない、そんな殺伐とした空気が、3年校舎には満ちている。
こんな時にミリエがいてくれたら、たった一言で全員を纏め上げてくれるのに。そのミリエは始業式以来、魂を失った空っぽの状態で、3年校舎の保健室で眠り続けている。

『……ミリエのことは仕方ないよ。無いもの強請りをしても先には進めない。必ず、Xを倒して、彼女を助けるんだ』
「……解っている。じゃあ、頼んだぞ」
『解ったよ。じゃ、また後でね』

そこで、通話を終える。
しかし、すぐにハルクは再び携帯電話の電話帳機能を開き、別の人物に電話を掛け始めた。
あらゆる手段を、取っておきたかった。どんな藁でも、掴んでおきたかった。

このハルクの行動が、一体誰の首を絞めていたのか。
今はまだ、誰にも解らない。そう、誰にも。
でも、確かに誰かの首が絞められていたのは、間違いなかった。





…………




一方的に電話を切られ、掛け直しても繋がらない電話を片手に、フライアは窓から外を眺めていた。
『アイツ』とはアディスのことだ。昔から近所付き合いだったが、恋仲になる事をハルクになかなか認めてもらえなかった。それが唐突に許可され、一体何が何だか解らない。
しわになったパジャマを脱ぎ捨て、フライアは制服に着替える。ハルクは来るなと言ったけれど、フライアはどうしても、学校に行かなければならなかった。
ハルクの真意を知るために。

「……」

手元の携帯電話を見る。
まだまだ早い時間だが、アディスはもう起きている頃だ。彼の家は、早起きだから。
意を決して電話を掛ける。メールじゃなくて電話をするなんて、初めてだったから少し緊張した。

ハルクがあんなに学校に来るなと言ったのには、きっと何か理由がある。
自分一人でそんなところに踏み込んでも、きっと何も出来ないだろう。
そう判断したフライアは、アディスと共に学校に行く事を選んだ。本当ならあと2時間は家でのんびりして、それから皆で集まって学校に行くのが通例だけど。今日だけは今すぐ、アディスと共に登校しようと思った。





………






研究室の、召喚スキルの力を最大限に引き出せる装置を前に、ホウオウとサナは居た。
ただし、厳密にはサナはかつてのサナではなく、さらにホウオウさえも、最早今までのそれでは無い。
ホウオウが異世界から呼び出した『怪物』は、フィノンに憑依したゼレスのように、或いはクロキゼンカを上書きした黒木全火のように、ホウオウの精神を上から乗っ取り、己の眷属を召喚し続けていた。

召喚系スキルを大幅に増幅する装置に描かれた奇怪な図形は、言わば魔法陣。
その中心に描かれた扉のような文様が異世界を結ぶトンネルとなり、その中から、今ホウオウを乗っ取った怪物の眷属が次々と召喚されていく。
そのどれもが、真っ黒に塗り潰された、目だけが妖しく輝く物体。
犬の形、鳥の形、昆虫の形、人間の形、地上のどんな生物にも当てはまらない形、あらゆる『影』が魔法陣から溢れ出し、研究室を飛び出していく。
多分、それが真っ黒なのは、それらの生き物の表面を構築する『情報』が、こちらの世界に存在しないからかも知れない。或いは本当に真っ黒な物体なのか。それは、この怪物のみが知る事だ。

サナも、流石に畏怖を覚える。
これは、少々やり過ぎたのではないかと、後悔する。
ホウオウを乗っ取った怪物は一頻り眷属を呼び出すと、満足したのか召喚を止めた。

「貴様らには感謝する。魔術に特化した『向こうの世界』には飽いていた頃だ。我が最強魔術は、あんな小さな世界を支配するだけでは到底満足できぬ。その機会を賜った貴様らは、永劫我が眷属として、全世界を支配する快楽を教えてやろうぞ、くくくくくく!」

この怪物の元居た世界は、魔術が発達した世界だったらしい。
そして、彼はそれを支配する存在だったと自称している。本当のところ如何なのか解らないが、この圧倒的な存在感と威厳、覇気、その身を包む高すぎる『気力』が、何れもこちらの世界のそれを大幅に上回っているのは間違いなかった。
それを見る限り、『向こうの世界』とは、こちらよりも魔術に長けているのも想像に難くなかった。
果たして、こちらの世界も、彼に満足し得る結果を与える事が出来るのだろうか?

「さぁ、いつまでも地下に篭っている事ほど退屈なものは無い―――足掻いて見せろこの世界のニンゲンたちよ! このホウオウが自ら貴様らの価値を測ってくれるッッ!!」

ズカズカと、多くの影の中を悠然と歩いていくホウオウと名乗る怪物。
なるほど、とサナは納得した。彼は、こちらの世界のホウオウの写しだったのだ。
初めてホウオウを見たとき、計画に相応しい野心溢れる研究者を見つけたと思ったが、まさか彼が他の世界では支配者にまで登りつめるほどの存在だったとは。
サナは自分の目が間違っていなかった事に満足し、研究室を後にするホウオウを見送って、つい先ほどまで召喚に用いられていた魔法陣に目をやった。魔法陣はすっかり焼け焦げ、殆ど原型を留めていなかった。周囲の召喚スキル増幅装置も、今の連続召喚に耐え切れず、殆どが煙を吹いている。

「Xたる者、後はゲームが終わるまで此処に居れば良い……さぁ、あの軍勢を前に、この学園は何時まで耐えられるかしら……?」

将棋で言えば穴熊。サナは監視カメラの映像から、ホウオウと大量の影が旧校舎から出て行くのを見た後、旧校舎の全ての入り口にスキルによるロックを掛けた。これで、誰もそう簡単にこの研究室に入る事は出来ない。
そういえばさっき、フリードが一人で研究室に侵入していたが、今頃はもう影のエサになっただろう。
監視カメラは所々死角があるが、それでも死角ではないところの全ての映像に影の化物が徘徊しているのが見える。一部の影は研究室内部で侵入者の駆除を命じているから、その影たちに動きが無い限り、この研究室には侵入者が居ないと言う証明になるのだ。
成長しない哀れな人の子フリードは、影のエサになって骨まで食べられてしまったようだ。
サナはその愚か者の末路が監視カメラに映らなかった事を残念に思いながらも苦笑した。

人間型影の魔物は、殆ど不死身の存在だ。倒されても、何度でも蘇る。しかも、その都度数を増す。
彼らを復活させない倒し方は『跡形も無く消滅させる』のみだが、そんな強大なスキルの使い手はこの学園には数える程度しか居ない。だからあの影の軍勢を越えて研究室を突破するのは不可能。
少なくとも、ゲームが終わる前には、絶対にありえない。

4度目。もう巻き戻せない世界で、一人、また一人と消えていく。
二度と会えなくなっていく。
本当のサナだったら、きっと泣いて苦しんだだろう。
もうやめてと泣き叫んだだろう。やはり、消して良かったとエックスは確信した。
あの弱い心のサナでは、これから始まる地獄には耐えられないから。

エックスが抱える敗北条件の中で最も高い確率で起こり得たのは、サナが途中でゲームを放棄する事だった。だから、サナをちゃんとしたXと言う駒に変えたのは、正解だった。


「どうだミリエ。今度こそ完膚なきまでに叩き潰してくれるッ! 逃げ場はもう無いぞォッ!! ひゃぁははははははははははははははははははははははははははははははははッッッ!!」










続く 
  
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