超界者と言う存在がある。
彼らは、世界を外側から観て、或いは操る能力を有している。
世界をゲームソフトと喩えるならば、そのプレイヤーに位置づけられる存在たちだ。
故に彼らは、ゲームを真っ当に遊ぶ事も出来れば、『改造』する事も出来た。
しかし、所詮彼らは『プレイヤー』である。ゲームを作る事は出来ない。
ゲームを作ることが出来るのは、その『超界者』のさらに上に存在する者。
『創造主(アルセウス)』と呼ばれる、唯一至高の絶対存在のみ。

ただし、作る事は出来なくても、『改造』を繰り返す事で新たな世界を構築する事は出来た。
そうやって生み出されたのがこの『迷宮学園録』と言う世界だと言うのならば、この世界を創った『超界者』が存在していると言う何よりの証明に成り得ると、つまりそう言う事だ。

一体、誰がこんな世界を創ったのか。
そして、何と言う事だろうか。
凡そ全ての世界を遊び倒し、退屈していた超界者たちにとって、この未知なる世界の発見は、大いに興味を引かれるものとなったのだ。

ある者は、危険だと言ってその世界に入る事を否定する。
ある者は、じゃんけんで負けたヤツが見に行け、と無責任な事を言う。


この世界は、狡猾な罠か、隠れた名作か。


ついに我慢できなくなった一人の超界者が、その世界へと足を踏み入れた。


ミリエは己の力を過信したりはしない。
己の力を過信しない上で、敢えてギャンブルに打って出る。


ミリエを敵に回し、口を閉ざす者は後を絶たない。




多くの超界者を束ねる組織、『トワ』の創始者は語る。


『彼女は歪な美しさを持っている。それは運命さえも惹きつける、誘蛾灯のようなものだ』





**************************

迷宮学園録

第三十二話
『津波』

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自分がしっかりしていれば、誰も犠牲にせずに済んだのだ。
でも、自分には時間を巻き戻す奇跡の力なんてない。過ぎた過去をやり直すことなんて出来ない。
だから、今、やるしかない。
ゼンカがそうしたように、やるしかない。



グラウンドでの死闘は続いていた。
3年生の中には、ゼンカのような防御スキルに長けた者も何人か居る。
此処の力がゼンカほどでは無いにせよ、彼らが結束すればそれは強大な盾となって、古代兵器を攻めあぐねさせていた。
でも、それでも既に、何人も倒れている。
まだ戦う力が無い1年生や一部の2年生は怪我人の対応に追われていた。

スキル研究機関絡みだろうか。学外から、武装した集団が突入してきていた。
しかし彼らが銃器でいくら応戦しようと、古代兵器相手には意味が無い。古代兵器を相手に戦うには、相応に強力な攻撃スキルが必要だ。銃器などでは如何にもならない。……軍隊でも呼んで、本格的に戦争でも始めるなら兎も角。拳銃やマシンガン程度では、如何にもならない。どうしてもと言うのなら、巨大な砲身を搭載した戦車を連れて来るのが望ましかった。
足手まといが大量に増えただけなのだ、それならば救急隊でも呼べばいいものを。

学園の近辺の住民は、もともとこの学園の暗部を知っていて、その秘密が周囲に漏れないように配置された政府からの『サクラ』であったから、これだけの騒ぎにもなっているのに、救急車やパトカーのサイレンの音が全く聞こえてこないのが、怖かった。この学園は、世間からは完全に『隔離』されている事を、否応無しに思い知らされる。
公的機関への助けを求め、この学園の実態を悟られる事を恐れる余りのことだろうが。
それにしたって、この学園はまるで、いつ使い捨てられてもおかしくないほど、緊急時への対応能力が、低すぎたように見える。
……実際は、言うほど低くない。警察や救急を呼べなくても、この学園はそれらを自力で何とかするだけの力がある。だから、逆に考えれば、そもそも『呼ぶ必要さえ無い』のだ。
呼ぶ必要が無くて、その上呼んだら暗部がバレる可能性が出てくる。
ならばいっそ、周囲を完全にサクラで固めて、異常を悟らせないような『地域』を作り出してしまえばいい。そういう論法だろう。政府がいくらつぎ込んだのか皆目見当が付かないが、やはり一つの国家が背負う秘密の大きさと言うものをまじまじと実感させられる気分だった。

だからこそ、今、まるで対応が機能していないのだ。
これはどう言う事だ? 一体、研究機関は古代兵器を暴走させて何を考えている?
能力テストならば十分に目的を達しているように見えるのに、ラプラスは一向に止まる気配を見せない。
研究機関が、ラプラスの暴走を、『止める気が無い』ようにさえ見える。
……だとしたら、その目的は?


「……アブソルちゃん、………」


アブソルは、『反抗勢力』と共に研究室に潜入していた。
その彼が、何時まで経っても古代兵器を阻止してくれないし、この場所に戻ってきてくれさえしない。
何故? どうして?
その理由が解らないのは、解らないのではなく、解ろうとしないから。

研究機関で、何かが起こっている。
今は、それだけを考えよう。
それ以上の余計なことを考えて、集中を乱すのは良くない。
アブソルに止められないのなら、やはり自分でやるしか無いのだ。
最後の最後の甘えを切り捨て、デンリュウは前を見た。
グラウンドで、ラプラスと3年が戦っている。
ラプラスはまだ、こちらに気付いてはいない。
止める、止められる、必ず止めてみせる……!
携帯電話の『圏外』。
それをする時のような微細な電気エネルギーのコントロールを、ラプラスに対して試みる。
グラウンドの中に踏み込み、しかしラプラスからは離れた場所から狙い打つ。
こちらから見えてさえいればいい。慣れれば、見えて無くても構わない。
要は、相手をコントロールする電波を練り上げて、送信するだけでいいのだ。
メールを打ち、送信するような作業に似ている。時間は掛からないだろう。『止めるだけ』でいいのならと割り切った場合の話だが。
ラプラスの機能構造を、電気的な視点で解析する。
卓越した電気属性としての能力が、デンリュウにそれを可能とする。


「――――ッ!」


ラプラスが、微弱な電流の流れに気付いた。
そして周囲を索敵し、『そこ』に至る―――デンリュウが、『何か、している』。その事実を受け入れ、次の行動に移るのには長い時間は必要なかった。
目の前の3年を払い除け、即座に攻撃目標を変更するのにも、瞬きよりずっと短い時間でさえ必要無い。

―――計算する。
ただ、只管に計算する。
狂ったように計算する、それが古代兵器テロメアの型式ラプラスの能力。
計算して計算して計算して、ニンゲン如きには到底至れぬ『方法』で『目的』を遂行する!

「目標変更―――」

ラプラスは、執拗に食い下がるナイトメアとエイディ=ヴァンスを振り切り、デンリュウの許へ飛んだ。実写映画の中のCGのように。物理法則を無視した、幻覚のような速度で。それすらもラプラスの計算のうち。地面を蹴る角度、力を込めるタイミング、あらゆる計算が一切の無駄を無くし、ただでさえ強靭なラプラスの身体能力を、限界以上にまで引き伸ばす!
どんな計算も出来る、解ける、この世に計算で解けないものは無い! そしてそう自負するラプラスの計算では、……見事に間に合ってデンリュウを引き裂く未来が見えていたッ!

デンリュウも、気付いている。
ラプラスがこちらに飛んできているのは、『間に合う』と言う計算結果に基づいた行動である事を。
古代兵器の研究を阻止しようと、全てを丸暗記するくらいの心算で片っ端から研究資料に目を通していたのだ。この古代兵器テロメア、型式ラプラスの能力くらい熟知している。
そのラプラスが迫ってきているのだ。迫らざるを得ないから迫っていると言うのは、ニンゲンレベルの思考。もしもラプラスが間に合わないと判断したなら、逆に攻撃の射程範囲外に逃げる事を選ぶだろう、その方が確実だ。でもラプラスは来た、だから間に合う、間に合ってしまう!

でも、それでも、デンリュウは信じた。
間に合わない。ラプラスの刃の方が早い。
このまま特殊電波が練りあがる前に技を発動し、一か八かに賭けて見ると言う手も無くはない。
だが、駄目。これは、成功率がただでさえ低い事なんだ。それなのに、さらに一か八かに賭けて、上手くなんて行くものか。そんな逃げ腰なら、元より成功なんてするはずがない!

走馬灯とまでは行かないが、デンリュウの脳裏に、これまでの半生が微かに過ぎった。
不老不死の力で永きを生きてきた人生の記憶、一族が呪いによって代々引き継がされた忌々しい記憶、その全てが腐臭に塗れた生ゴミのように醜悪で、直視なんてしたくない苦痛ばかり。ロクな事なんて、ただの一度もありはしなかった。
……そんな人生に、ただ一度の奇跡が許されるなら、今賭けよう。デンリュウは短い回想を終え、前を見据える。
逃げ腰のベットじゃない。この賭けは、攻めのベット。
残りのチップを全て賭け捨てよう、さぁ、運命の賽を投げようッ!

ラプラスの刃が眼前に迫った。
無表情で、殺戮マシーンと化したラプラスに、かつてアーティと過ごしていた時期の面影は無い。
その面影を取り戻すために、デンリュウは、絶対にラプラスを止められる特殊電波を作り上げるまでは、どんな攻撃を受けても耐え凌ぐ覚悟をした。

「―――何処に行こうってんだ?」

ラプラスの刃を、砂のカタマリが包み込む。
エイディ=ヴァンスがグラウンドの土を操って、ラプラスの動きを制していた。
普段は発動の遅さのために使わないスキルであったが、その愚鈍で強靭な『土の腕』は、エイディの天才的な『読み』によって、ラプラスの移動先を寸分違わず捉えることに成功していた。その読みはラプラスに劣るとしても、『まだ見せていない技による奇襲』と言う、こればかりは計算不能な攻撃によって、ラプラスの計算は完全に狂う。
そして間髪入れず、ナイトメアが追撃を仕掛けた。

―――計算!

窮地にあって常に冷静に最善手を打つ。
古代兵器だから。感情なんて無いから。
命令だけを遂行するのに、余計な感傷に浸る暇があるのなら、ラプラスはそれを計算のための時間に使う!

ラプラスは土の腕を根元から切り裂くと、ブレザーの袖から覗く刃を、2、4、6本まで増やし、左右合わせて12本の刃を振り回してナイトメアを迎撃する。

この古代兵器とやらは、戦いの中で確実に『成長』している――と、ナイトメアは薄々思っていた。
そしてその疑惑は、刃の増殖によって確信へと変化する。
ラプラスは、自分の形状を変化させる事に、『慣れてきている』のだ。或いは、カンを取り戻し始めていると喩えてもいい。初めてそれがリシャーダとフェルエルの前に出てきた時と比べ、形状変化の速度や凶悪性が段違いになっていたのを、ナイトメアはもう見間違えない。

慢心や油断は無かったが、その絞りカスをさらに捩じ上げて、ナイトメアもまた自らを『兵器』にする。
純粋に、命令だけを遂行するのに、感情は必要ない。

「12本―――エイディ、2本宜しく」
「逆に難しい要求を――――するなってのッ!!」

文句を言いつつ、律儀に2本を引き付けるエイディ。
いや、正確には、『その2本しかエイディを追えなかった』。
何故ならナイトメアが宣言した時には、10本は既にナイトメアに囚われていたからだ。
ナイトメアの個性の主張と言ってもいいその服装、春先だと言うのに顔まで隠しそうな厚手のコートの下から伸びる無数の植物のツタが、ラプラスの刃を捕えていた。
ラプラスはそれを振りほどこうとするが、どれだけ力を入れて押しても引いても、グニャグニャと柔軟に撓るツタから逃れられない。
やがてツタから芽が出て華が咲き、タネが落ちる。
ビデオ撮影した花の開花映像を早送りで観ているかのような、幻想的なその光景が目に飛び込んできた瞬間、タネは激しく炸裂し、ラプラスを襲った。

最初のタネが炸裂している間にも、次の芽が出て華が咲き、新たなタネが放たれる。
タネは小型爆弾か何かのように激しい爆発でラプラスを襲い、周囲の人間さえも恐怖に陥れた。
ナイトメアの使うスキル、『シードフレア』である。学園の生徒最強クラスのスキルの前に、これまで攻戦一方だったラプラスも防御を強いられた。



一方、サナは崩壊が落ち着いた1年校舎の中、何処ぞとも解らぬ廊下の、ガラスの割れた窓からこっそりと、グラウンドでの死闘を黙視していた。足元には、安らかな顔をした生徒の姿があったが、それは既に生きていないため、問題にはならない。

「……これが、学園の結束の力……」

サナは直に観る事で、それをより深く心に刻み込んだ。
異世界の怪物も、古代兵器も、デンリュウも、個々の力は確かに強い。けれど、それらを以ってしても未だにこのゲームに勝てずにいるのは、この学園の駒が結束した時に生み出される力が、あまりに強大であるためだろう事を、サナは絶対に忘れぬよう、心の一番深いところにしっかりと刻み付けた。
そして、この結束を生み出したのが、ゼンカが沢山の苦労を重ねたからだと言う事も。

ゼンカ自身は気付いていないが。
2ndTryで、ゲームが始まる1年以上前から動き回ったゼンカの所為で学園が『成長』してしまい、サナの攻め手が大幅に限られてしまったのは、非常に大きな成果であった。

初めはこの学園の生徒同士を殺し合わせる心算だった。それが一番楽だったからだ。エックスに提供された『3年とXの因縁』と言う舞台のお陰で、それを遂行するのは容易かった。
しかし二度目はそれが出来なくて、今度は魔王を呼び出させたのに、逆に利用されてしまった。
三度目となる今回は古代兵器を呼び出して学園を惨劇に包んでいるのに、まだサナはまだゲームに勝利していない。
ゼンカを殺しても、フルコキリムを殺せないのでは意味が無い。
なのに生徒全員を殺すのに、同士討ちをさせられないと言う現実は、自動的にこの学園の結束を敵に回す事に繋がるのだ。
その強大な力に、たった一人で戦うサナが対抗する術は、無い。

―――そう思って負けを覚悟したのが、2ndTry。
この結末になるのを、病院でフルコキリムを制圧する段階では、既に気付いていた。
あの時は本当に悔しかった。
己の無力さを思い知らされた。
そして、仲間が欲しいと、心からそう思ったのだ。





シードフレアをテロメアンブリザードで封じ込め、ラプラスは漸く脱出するが、もう、既に遅かった。
デンリュウは、爆煙の中のラプラスを絶対に逃さない。ヒトとは違う次元でモノを観ているデンリュウの目はサーモグラフィか何かのように、爆煙の中にあってしっかりとラプラスの姿を浮き彫りにしていた。
ラプラスが幾ら速く動く事が出来ても、光の速さを超えることは無い。
だからラプラスはもう間に合わない。
デンリュウの『圏外』が、ラプラスを捕えた。

その光景を最後に、サナは観るのを止めた。
ワンサイドゲームとなった試合を放棄するかのように。
飽きた、と言うのではなく、達観、諦観。
溜息を一つ。その数秒後、聞こえてきたのは歓喜の声。
グラウンドで挙がった歓声は、『奇跡の成就』の証。
古代兵器を無事に止めることに成功したのだろう、デンリュウの才能と、奇跡を呼び込んだ力には素直に感心した。

そろそろ、学園の『結束』は、参加者フルフルとして学園に潜入したフルコキリムによって倒すべきXの正体を知り、そして……この場所に雪崩れ込んでくるだろう。




「攻め過ぎは、返って弱点を晒す。か……」

その言葉は、Dが口癖にしていたものだった。
どんなゲームでも、攻める時こそ冷静にならなければならない、と言う意味だったと思う。
相手に付入る隙を与えない、完全無欠の攻勢、それが、攻め手の理想。
そこを省みれば、エックスの提供してくれたこの『究極系』のいかに名前負けしている事か。
エックスはゲームの才能が無い。ただの子供だ。
自分が勝つために必要なのは、単純に強いだけの駒と有利なフィールド。
それしか考えないから、戦略もまるでなってない。
超界者、とか言ったっけ?
世界を外側から観ている、世界の中の―――私たちを『駒』とか呼ぶ存在だ。

無様にも程がある。
お前の究極系は、その駒に見事に打破されたぞ。
それとも、これさえも計算のうちだと言うのか?
ならば姿を現して、私を助け出してみろ、エックス。

私には、もう戦う術が無い。

私のメインスキルは、『一対一の時には絶対に負けない』と言うスキル。故に、学園全体を一度に敵に回して、勝てる見込みは無い。囲まれる時点で、一対一と言う条件が崩れるため、スキルは発動さえ許されないのだ。このスキルが強大であるが故の代償と言ってもいいだろう。
一対一であれば、デンリュウだろうが古代兵器だろうが魔王だろうが、『絶対に負けない』のに。
他にもいくつかスキルはあるが、それらは非力も良いところだ。
とても、学園を敵に回して戦っていけるものではない……故に、もう戦えない。

意を決して、私は校舎を出た。
とても大切な生徒で、倒すべき敵の亡骸を残し、自ら校舎を出た。
逃げるためではない。敵の前に、立つため。
それ自体には何の目的も無かったが、せめてこちらから出て行けば、話し合いの交渉をする時間くらいは貰えそうな気がしたから、出て行くだけだ。
相手は、こちらのスキルが『一対一』でなければ使えない事を、知らない。
だから、迂闊に踏み込んでは来ないはず。特に、かつて病院にて何百と言う死を迎えさせられたあの不死鳥の助言があれば。

ずっと瞼の裏で生徒の人数を数えていたから、外に出ると眩しさで目が眩みそうになった。
学園の者達は、既に一年校舎に踏み込む寸前だったらしい、両手を挙げて出てくる私を見て、生徒や教員たちが身構える。
その中には、案の定、ラプラスの姿が在った。
安堵か、それとも他の別の感情だったのかはワカラナイ。私は、口だけ、笑った。

デンリュウが一番前に立っていた。
生徒の前で、『盾』としてしっかりしようと意気込んでいるのは解るが、真正面から見ていれば、立っているのもやっとだと言うのが、丸解りで滑稽だった。
そして、そんな状態の相手にすら、囲まれて一斉に襲われれば戦えずにゲームセットになる自分自身がもっと滑稽で、心の中で嘲笑した。

「サナ先生……私は、信じたくないです」
「五月蝿いですよ偽善者。不死鳥の呪いには同情するけど、貴女、それで『何回』この学園を売ったんですか? くすくす、きっと高く売れたんでしょうね。羨ましいです、少しくらい分けてくれてもいいじゃないかしら?」

饒舌は身を滅ぼす。何処かにそんな格言があったっけ。
自嘲気味な心境を丸出しで、自棄になりながら思いの丈をそのまま言葉にして返した。
デンリュウは核心を突かれ、反論できずに口を噤む。
そうさ、お前は反論できない。
『本当は助けられたくせに全て見捨てたお前に、私は反論する権利を与えない』。
そうやって黙っているのがお似合いだ、その八方美人なところが見ていてムカムカするから、もうずっと黙っていろ。

黙ってしまうデンリュウに、フルコキリム―――フルフルは溜息をついた。
そして代わりに自分が相手をすると、そう言わんばかりに一歩踏み出した時。
フルフルを押し退けて前に出てきたのは、フェルエルだった。

野犬のように睨んでくるその表情が何を語っているのか。
聞くまでも無く、想像は付いていた。だけど、何か言いたげな彼女の言葉を邪魔するのも可哀想なので、私は何も言わず、ただ言葉を待った。

「……ゼンカを、如何した」
「さて、会ったような会わなかったような?」
「お前はゼンカと会ったはずだ、こんなに崩れた校舎の中で、会いませんでしたなんて事は無いだろうッ!」
「途中で生き埋めにでもなったんじゃないかしら。可哀想に」

フェルエルの目が大きく見開かれた。
激昂した彼女は、次の瞬間には懐に飛び込んでくることだろう。

さぁ、おいで。
『一対一である限り、誰も私を倒す事は出来ない』。

だが、フェルエルは、渾身のストレートを放つために右腕を振り被ったまま、その場で静止していた。
フルフルが彼女の肩をしっかり掴んで、放さなかったから、フェルエルは走り出せなかった。
……不死鳥め、気が利くことをしてくれる。
だが、それでも不死鳥のお陰で、誰一人として迂闊に飛び込んでこないのが幸いだから、そこは感謝をしよう。不死鳥は、私の能力が『一対一』に限定される事を知らないから、迂闊に飛び出さないようにと言う注意をする以外に、何も出来ないのだ。


「……フェルエル、踏み込んではいけない。ゼンカは、きっと生きてるから」
「フルフル……」
















「ぁー、思い出した。そういえば、さっき殺しちゃったかなぁ、ゼ・ン・カ・く・ん。アッははははははははははははははは!!!」











私は嘘を吐いた。でも、誰もそれを嘘だと疑わない。それでいい。だから私は笑う。
瞬間、フェルエルがフルフルの手を振り解いて、飛び掛ってきた。
フェルエルのマッハパンチは、常人ならば視認できない速度だ。
私は、流れるような動作でその一撃をいなし、そしてフェルエルの顔を捕まえた。

「――――!」

フェルエルが、唐突に脱力して地面に膝を突いた。
囲んでいた生徒たちの間に、戦慄が走る。彼女の名をサンダーが叫ぶが、返事が返ることは無い。
フェルエルの焦点の合わない眸は、下を向いている。もう、誰の声も彼女には届かない。

名を、『最後の抱擁』と言う。
『一対一』と言う条件でのみ発動可能なこのスキルは、『自分以外の誰か』にどんなものでも『一つだけ抱かせる』事が出来ると言う特性を持っている。一度抱かせたものは、私がスキルを解除しない限り、永久に相手の身体を支配することになる。それ自体が能力と言ってもいいが、『抱かせるモノに制限は無い』と言うのがこのスキルの最たる魅力だ。

『幸せ』を抱かせて、幸せな気持ちにしてあげる事も出来る。死に逝く者を安らかに看取る事だって出来る。結局、ゼンカにそれをする事は無かったけれど。
『不幸』を抱かせる事も、『苦痛』や『快感』を抱かせる事も。感情や状況、条件、あらゆるものを抱かせて相手を支配するのが、この能力だ。

そう、『死』さえも、このスキルは自在に『抱かせる』。命あるモノならば、それを抱いた瞬間に絶命する。故に私は、一対一ならば絶対に負けないのだ。
かつても不死鳥は死と不死に挟まれ、ロールバックの直前にはその姿を留めることさえ出来なくなっていた。……尤も、どれだけ時間を掛けて待ってみても、殺せないから『ゲームには勝てない』のだが。

私は予め仕込んでおいたナイフを、全く動かないフェルエルの首筋にピタリと密着させた。
少しだけ皮膚が切れ、血が流れたが、それは致命傷には至らない。
抱かせた『虚無』によって、フェルエルは何一つ抵抗しなかったから、人質としてこんなに優秀な人形は無かった。


「ねぇ、取引をしましょう?」


次は、デンリュウだ。
デンリュウに抱かせよう、『疑心』を。そしてそこに付け込み、生徒を皆殺しにさせるのだ。
『一対一』とは、相手に攻撃されていない時であるならば、こちらから一人に絞って攻撃を仕掛けた時にも適用できると言うルールを私は当然知っている。
だからデンリュウに、気付かれないレベルでの些細な攻撃を仕掛け、そして……抱かせる。


「その取引には乗れないね」
「同感だ」


囲む生徒たちを押し退けて出てきたのは、エイディとナイトメアだった。
3年を代表して、Xとの決着を付ける義務が、彼らには在るのだろう。
操り手エックスが、有利なフィールドを作るために下準備した『Xと3年の因縁』と言うルールを思い出し、私は心の中で舌打ちした。
使えない、本当に使えない。私にチャンスをくれた事には感謝するが、しかし協力と称して足を引っ張るエックスには、本当にうんざりする。

だからエックスだって、最初から信用できなかったんだ。
何時も何時も、適当に現れては何をするでもなく消えるあの超存在。
人の事を駒呼ばわりするところとか、その外見がちょっと私の大切な人に似てるところとか、変態ナルシストなところとか、私はアイツの全てが嫌いだ。好きになれない。
それだけならいいのに、今度は究極系とかほざいた計画が、まるで台無しになっているじゃないか。
自分の事を随分と高評価している割に、駒だ駒だと罵っていた連中に逆転されるなんて、何度思い返してみてもムカムカする……。

ナイトメアとエイディには、3年全員の命が掛かっている。
それは、フェルエル一人と天秤にかけるまでも無い、数の差。命の価値なんて誰にも決められない。だからこそ、多い方を取る。それこそが絶対心理にして唯一無二の『正解』。でも、その正解に至れるのは、広大な砂漠の砂粒の中の、ほんの一つまみ。
これはあまり褒められることでは無いのだけれど、それでもこういう冷酷な程に冷静な判断が出来る者が居ると言うのは、重要な事だ。
生徒会長のような『頂点』では無くて、自由気ままな『四天王』にこそ、こういう人材は相応しい。


「言い残す事はあるかい、サナ先生?」
「真面目ね。ナイトメア…くん、だっけ。君まで私を先生と呼ぶの?」
「皮肉も通らないかい? と言う返答しか返せないね」
「その年で、随分立派な皮肉も言えたものね」


……潮時か。
ナイトメアの隣で骨の剣を構えるエイディは、ナイトメアが動くと同時に動き出すだろう。
そうなると、『一対一』にならない。私の負けが確定する。
ここが、潮時。このゲームはオシマイ。


「参った。参ったわ、フェルエルちゃんは返します」


生き人形と化したフェルエルをその場に残し、ナイフを捨て、両手を挙げたまま後へ5歩下がる。
サンダーがフェルエルに駆け寄り、呼びかける。既にスキルは解除したから、じきに意識を取り戻すだろう。

全員、私の敗北宣言が信じられないようで、まだ敵意を消さず、身構えていた。
しかし、一斉に襲い来るという気配が先ほどより薄れているのは、事実だった。


「これはね、ゲームなの」


一言目は、相手の意識を引き付ける意味を持つ。
突飛な程、相手はその言葉を理解するために、次の私の言葉に耳を傾けてくれる。
……こういう時の話術の基本だ。時間稼ぎのための。


「私―――『X』を倒すのが、プレイヤーの目的、と言う、ね」


ジワジワと後退する。
両手は挙げたまま、しかし少しずつ、『下げていく』。
観念したように。諦めたように。そう見せかけるように。


「ゼンカ君と、そこのフルフルちゃんは、プレイヤーだった。今更隠しても仕方ないでしょう?」

「………」


ほぼ半数の視線が、フルフルに集まる。
ここで、私は少し沈黙する。
フルフルが喋りだせば、より視線をそこに集める事が出来る。私から、注意を逸らす事が出来る。


「そうだ。だから、私もゼンカも、ゲームに負けて死ぬ事は、覚悟している」

「っ、待てよフルフル、そりゃ如何いうことだ! アイツはそんなこと、一言も……!」

「言うはず無いだろう、こんな突飛な話。言ったところで誰も信じない、それに『黒木全火』は、本当は誰も巻き込みたくないと考えていた、だから言わなかった、隠し続けた。それは見抜けなかったお前たちの責任だし、何よりも仲間を信じなかった黒木全火の責任だ。だから、アイツは死んだ。それだけだ」


動揺が、一同を包む。
動揺しなかったのは、別段そんなことには興味が無かった3年と、薄々感づいていたデンリュウだけだった。



十分だった。

視線は十分、逸らす事が出来た。



私の左手は既に、上着のポケットの中に入っていた。



   ゼンカの血の滲む努力も。

   フルコキリムの美しい自己犠牲も。

   デンリュウの涙ぐましい奇跡も。











   そして、大切な、生徒との別れも。






「栞を持たない者は、記憶を引き継ぐ事が出来ない」


「サナ……貴様ッ!!」


「残念だったわねフルコキリム――――再び指を咥えて観ているがいい、己の無力を噛み締めながらッ!!」







サナは、ポケットの中に隠していた『栞』を、破く。
それは1stTryで、最後の最後にゼンカからくすねた一品。
これが在ったから、ロールバックを繰り返してもサナは記憶を保つ事が出来たッ!

フルフルは、2ndの時だって記憶の引継ぎは出来ていない!
栞を持たない者は、ロールバックの衝撃に耐えられない!
津波が恐ろしいのは、来る時よりも引き際なのだ!
全てを丸ごと海の底へ引きずり込む魔手のように!
巻き戻る世界は、人々の記憶を掻っ攫って飲み込んで無に還すッ!







「さようなら、そしてまた会いましょう――――強き『駒』たちよ!」









     全てが―――       ―――無に還る
















3rdTry―――Fin



X―――サナは栞を破り、ゲームを巻き戻した。

ゼンカは蘇るが、栞を持たぬ彼は記憶を全て失う。

フルフルもまた、サナがXである事を、忘れる。



そして世界の耐久力は限界を迎え、二度とロールバックを許さない  
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