古代兵器ラプラスの攻撃方法は、改めて言うが『凍結』と『打撃』。
相対する魔王ゼレスの攻撃方法は、……あまりに、多彩。
雷を筆頭に、氷、水、炎、属性判別不能な何か、……兎に角多彩な技を、全く同一のモーションから撃ち分けて、ラプラスを翻弄していた。
その戦いを観れば、誰だって理解する。
ゼレスは『魔王』だけど、悪いヤツではない、と。
そうで無ければグラウンドの外を氷の壁で囲い、周囲への被害を拡大させぬような気配りをしたりはしないはずだからだ。
ただ、それでもゼレスは苦戦しているように見えた。
古代兵器も、同じように苦戦しているように見える。
実力は、思ったよりも僅差。覇気、戦い方、技の威力。全てを以ってしてゼレスの方が圧倒的に強いにも関わらず、ゼレスはまるで全力を出し切れていない。

 器が、フィノンだからだ。

クロキゼンカが呟いた。
なるほど、考えようによっては、今のフィノンの状態は、俺とクロキゼンカの関係に似ている。
俺の場合は、元々の俺の身体よりもハイスペックなクロキゼンカの身体を使っているから普段の行動に全く支障は出ないが、魔王ゼレスにとって、フィノンの器はあまりに小さすぎるのだ。
でも、ボロ子は言っていた。
器に入るには、『型』が合わなければならないと。
魔王ゼレスを味方として呼び出すと仮定して。一番近くにあった、『型』の一致する器がフィノンしかなかったと、つまり現在の状況はそういう過程があったことを意味している。
そもそも型が一致する確率は高くない。いや、低いと断言できる。
偶然にもフィノンが一致した、それだけで十分な奇跡なのだ。だから、器の大きさまで求めるのは、あまりに過酷極まりない要求に違いない。


空中で、ラプラスが両手を前に突き出す。
予備動作はそれだけ。後は、気分で呟くのみ。


「……テロメアンブリザード」

「馬鹿の一つ覚えが……ッ、炎雷の複合波導・ジュリエットッ!」


何処からとも無く出現する氷塊を、正面から炎の様な雷が破砕する。
傍から見ていると、巨大な氷塊が現れては破壊され、砕け散った氷が合体して再び巨大な氷塊に再生する、それを永久に繰り返しているだけにも見えた。

ゼレスは……「何度も何度も」と言った。
ロールバックにより時間が巻き戻っているのがこの世界に限った話ならば。彼は確かに、この世界とは違う場所から来ている事になる。……それが解ったからと言って、どうする事も出来ないのだが。

グラウンドは魔王とやらに任せ、すっかり蚊帳の外に出てきた俺は、ボロ子を探して、ふらふらと歩き始めた。
左腕の傷口をリフレクターで塞いで無理矢理出血を止めて、もはや平静を装う事すら忘れて。ゼレスの戦いに見入っている間は忘れていたが、あの時ラプラスから受けたダメージは、さり気無く、致命傷だった。
数歩、歩いたところで、俯いていたために地面しか写さなかった視界の上のほうに、いくつかの靴が並んで立ち塞がった。
ゆっくりと視線を上げると、リシャーダとフェルエルと、サンダーと……他にも数人が、俺の行く手を阻んでいた。実際に立ちはだかったのはその数名だけだとしても、俺を囲む多くの生徒が、そうしたかったに違いない。そんな視線を、感じた。

「……ゼンカ。お前、何か隠してるだろ……」

フェルエルが、俺を責めるように言った。……五月蝿いな。と、思った。
負った傷の深さは、俺の冷静な思考力を奪うのに十分だった。
今、この学園に居る生徒たちは、『この光景』を知っているはずだった。何故なら一度やり直す前の世界では、あの魔王ゼレスを名乗るフィノンとデンリュウ校長が戦った結果、学園は完全に崩壊し、全員皆殺しと言う末路を辿っていたのだから。
だから、俺に対して何かの不審を抱いていても、それは不思議なことじゃない。
今回の俺は、大きく動きすぎた。
とても学園の生徒とは思えない程の死闘を演じたフルフルといきなり親しい関係にあって、しかも自分自身もまた同じように人間離れした戦いをして見せた実績。普通なら栄誉、栄光を賜ってもいい。英雄として讃えて貰ってもいいくらいの所業を、卒なくやってのけた。
つまりアレだ……中途半端にでも推理力があるヤツならば、今回の事件に『黒木全火』が関わっていると疑っても不自然じゃないくらい、俺は『出来すぎた行動』を取っていたと言う事だ。
もし探偵気取りのヤツが居たら、俺を指差してこう言うだろう。『最初からこうなることが解っていたんじゃないか?』と。
それは正解。実際、解っていた。
漠然とした予感ではあったが、この異常がXの攻撃だとしたらと考えた時、俺はラプラスと言う新しい駒を、迂闊に味方として数える事が出来なかった。クロキゼンカはラプラスを利用する事を考えていたが、俺には全くそんな事は思い浮かばなかった。
だから現在、最悪の事態を想定していた俺の予測した通りの展開になっているから、俺は周囲の人間が不審に思うくらい、的確な行動を取ることが出来ていた。

……俺を、疑ってるんだろう、こいつら。
いいよ、もういい、どの道この深手では、俺はもう何も出来ない。

ふらつく足を気力だけで動かして、俺の正面に立つ連中の隙間をすり抜けるように、一歩ずつ歩を進める。
きっと邪魔が入る。俺をこれ以上何処かに行かせないために、邪魔が入る。俺は覚悟した。
邪魔をされたら、リフレクターで跳ね飛ばし、それでも真っ直ぐ歩き続ける覚悟をした。




すぐに、その覚悟は意味を失った。

フェルエルは俺の無事な右腕を背負い、肩を貸してくれたのだ。
唖然とする俺を見て、フェルエルは視線だけで、『何を驚いているのだ』と言う。



「信じるぞ、ゼンカ」


サンダーが言った。わざわざ俺の隣まで歩いてきて、ハッキリと。
俺だけじゃなくて、その場の全員に言い放つように。

その時サンダーの背後には、グラウンドを舞台に戦うゼレスとラプラスの姿が在った。
形勢が、再び傾き始めていた。ゼレスと言う強大な力を振り回すことに対して、フィノンの身体が限界に近付いているように見えた。それは誰の目にも明らかで、そしてゼレスが倒れた時、『覚悟』しなければならない事を、全員、悟っていた。

サンダーは馬鹿だが、カリスマ性がある。2年生を率いていくのは、間違いなくこの男だと、俺は確信していた。下手をすれば、3年さえも纏め上げるだろう。
俺の確信の通りに、サンダーがたった一言を強く言い放つだけで、その場のほぼ全員が強く頷く気配がした。
サンダーの言葉は、生徒の心の代弁だった。


「フェルエル、ゼンカを頼むぞ」
「任せろ。さ、行くぞゼンカ。行き先は校長室だな?」

「あ、あぁ……悪い……」


一人呆然とする俺を、フェルエルが力強く引っ張る。
『信じる』と言うたった一言が、今にも消えそうだった俺の中の種火を、蘇らせた。
左肩の激痛の所為じゃなくて。身の内に猛る炎で、全身が熱くなっていた。

……泣いてる場合じゃない。込み上げるものを無理矢理押さえ込み、お陰でちょっと喉を痛めながら、俺はフェルエルの肩を借りて、半壊した1年校舎の奥を目指す。

校長室まで通じる道が無事か如何かなんて、微塵も不安に思わなかった。

利用する『駒』じゃない。
俺やクロキゼンカが計略を張り巡らせなくても、ちゃんと応えてくれる。


俺には、『仲間』が居たから―――






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迷宮学園録

第三十一話
『ささやかな幸せと』

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1年校舎に入った時、俺はある物を見かけた。
偶然だろうか、誰かの意図だろうか。壁に入った大きな亀裂は、「X」を示していた。
……居る。デンリュウ校長だけじゃなくて、サナもまた、この校舎に。
俺はまたしても漠然とした予感に襲われながらも、フェルエルと共に校舎の中に踏み込んだ。
もう、いつ崩れてもおかしくなかった。まるで震災の後のようであった。

予想に反して、デンリュウ校長はすぐに発見された。
天井に穴が空き、校舎の中から空が見えるようになったところの壁に寄りかかり、生気を失ったようなぼんやりとした目に、流れる雲を映していた。

「デンリュウ……校長?」

フェルエルが、呼ぶと言うよりは問う口調で言う。
その呆然自失となっている様子が、とてもあのデンリュウ校長とは結びつかなくて、フェルエルは前方で壁に寄りかかっている女性を、デンリュウ校長だと断ずる事が出来なかった。
しかし、他に居ないのだ。どんなに普段の様子と結びつかなくても、今1年校舎に居る金髪の女なんて、他に居ない。
デンリュウ校長は返事をしなかった。不安がるフェルエルを残し、俺は自分の足で、デンリュウ校長の前まで歩いていく。フェルエルは、その場で立ち尽くしていた。
俺が前に立ち止まると、漸くデンリュウ校長は顔を少しだけ動かして、視線を俺のほうにずらした。
……たまに元気の無いデンリュウ校長の表情を俺は知っていたが、今日のそれは別格だったと言っていい。そして、その様子こそが俺の疑惑を確信へと変える。
やはり、魔王ゼレスと名乗る異常を呼び出したのは、他でもない……デンリュウ校長だ。

「逃げるのか? デンリュウ」

俺の口を借りて喋ったのは、欲望の王クロキゼンカ。
デンリュウとコイツの関係は詳しく聞いた事は無いからあまり深くは知らないが、只ならぬ関係であると言うのだけは漠然と聞き知っていた。…筆談だったから、見知っていたと言い直した方がいいのかどうかは別問題として。

「……他に選択肢が、ありますか……?」

開き直ったような清々しさも無い。
デンリュウは、無気力に呟いた。
……見ている俺の気分が、悪くなるほどに。


「私は、取り返しのつかない事をした。それは、絶対に赦されない事……」


「だから何だよ」


クロキゼンカとデンリュウ校長のやり取りに、思わず俺は割り込んでいた。
デンリュウ校長には、黒木全火とクロキゼンカの声の区別が出来ているらしい。唐突に俺が割り込んだことに驚きの表情を見せた。まだ、人間らしい感情は残っているようだった。


「赦されないから何だよ、言ってみろよ」

「………」


さっきからずっと、俺は胃が痛かった。
デンリュウ校長がゼレスを呼び出した張本人だというのなら、それが原因で彼女が良心の呵責に押し潰されているであろうことは容易に想像できた。多分、その所為だろう。胃の辺りが、ズキズキと傷んでいた。
肩の怪我とは関係なく。気分が、悪かった。
俺の前で、『赦されない事』とか言うな。と言う苛立ちだった。


「頼みがある。古代兵器を止めて欲しい」
「……どうやって」
「電気属性を極めてるアンタにしか頼めない」
「…………、まさか……」


その一言で、デンリュウ校長は俺が何を求めているのか、察したようだった。
この世の殆どのモノは、全て『電気信号』で動いている。
電気属性の最終奥義があるとすれば、それは脳の電気信号を自在に操り、人間さえも支配することだろう。
ずっと昔、俺はデンリュウ校長と、そんな会話を交わしたことがある。
ロールバックを挟んでの、ずっと昔の話だ。デンリュウ校長は、その会話をした事を覚えてないだろう。
でも、デンリュウ校長は知っているはず。会話を覚えて無くても、俺が言いたい事をちゃんと解ってくれるはず。

デンリュウ校長は、それでも俯いて、諦めたように呟く。


「無理よ……」
「無理でも何でも、やってもらわなきゃ困る」
「古代兵器……確かに、機械として『止める』ことは出来る。やってやれない事は無いです……でも」


俺の、望む結果に辿り着ける保証は無い。
それどころか、そうなる確率は、限りなく0に近い。
デンリュウ校長は、無言でそう付け加える視線を俺に向けた。
……そうだろう。ラプラスは機械だけど、精神構造は限りなく人間のそれに近い。
それをコントロールして止めるなんて、シャットダウンこそしてやれても、……アーティが無理矢理強制終了させようとしたのと同じ事くらいしか出来ない。つまり、ラプラスは記憶を失い、ただの沈黙する兵器に、成り下がると言う事。
俺が望む、ラプラスの『暴走だけを止める』と言う未来に、辿り着ける保証は、皆無。

でも―――


「止められるんだよ。アンタなら」


魔王を呼び出さなくても、古代兵器を止めることは、出来るんだ。
ちゃんと思い出せ、自分の力を。そう簡単に諦めるほど、アンタは弱くない、


「そうだろデンリュ―――」


その時、校舎の外、グラウンドから、一際大きな悲鳴―――いや、これは、雄叫び?
そして地震のような振動が半壊の校舎を襲い、天井からパラパラと破片が降り注いだ。
……古代兵器と、今度は生徒全員の戦いか。教員も混ざってるんだろうな。
秒単位で次々と生徒が倒れる様が目に浮かぶ。俺のように防御スキルで固めた臆病者ならいざ知らず。並の使い手じゃあ、古代兵器相手に指一本触れることさえ敵わないだろう。何人掛かりでも、どれだけ取り囲んで一斉に襲撃しようとも。

拳を握り締める。
声を張り上げると傷が痛むが、それさえも構わずに叫ぶために。


「……生徒を守れよデンリュウ! アンタは、俺たちの『盾』なんだろうッッ!!」

「――――ッ!! ……その言葉、何処で……」

「何処だっていい! 行けよ、止めろよッ! ……アンタに、『賭ける』しか無いんだよ、今はもうッ!!」


一気にまくし立て、案の定傷が痛み、俺は右半身で壁に寄り掛かるが、それでも倒れずにデンリュウ校長を睨みつけたまま、荒くなった呼吸を整えた。
さっきから、ずっと左半身がおかしい。クロキゼンカに乗っ取られたからじゃない。自分でも傷は深いと言ったが、正直何処まで深いのか解らない。
心臓が、もうちょっと左寄りだったら、即死だったかも知れない。
『死』が、足音を立てながら、歩いてくる。そんな、幻聴まで、聞こえてきた。

外での悲鳴、怒号、雄叫びが、激しさを増す。
爆音、何かが炸裂する音、水が飛び散るような音、色んな音がノイズとなって校舎の中に轟く。
その衝撃で、降り注ぐ校舎の破片が、少し大き目のものに変化していた。そろそろ、完璧に崩れるかも知れない。この校舎は、まるで今の俺の身体のようだった。あらゆる意味で、時間が無い。

そして、校舎の崩落が始まった。
ガタガタと揺れる1階、少なくとも俺とデンリュウ校長、フェルエルが居た場所はまだ無事だったが、この『揺れ』は恐らく、上の階から順に崩れているように思える。
床に亀裂が入る。
ガタガタ、ゴトゴトと、教室の中の机や椅子をまとめて動かした時よりも酷い雑音が、あらゆる音を掻き消していく。
立ち込める土煙が、視界さえも遮ろうとする。


「ゼンカ! デンリュウ校長! ここは持たないっ、外へ!」


フェルエルが俺の制服を掴んで叫ぶ。
しかし、俺もデンリュウ校長も、その場を動かない。


「ゼンカッ!! このまま生き埋めになる心算かッ!! 何のためにサンダーは……」


フェルエルが何か叫んでいるが、崩落の騒音に掻き消され、上手く聞き取れない。
ただ、俺とデンリュウ校長を死なせまいと必死なのは、伝わっていた。
それでも俺は動かない。どうせ俺にはリフレクターがあるから、動かない。
それに、この中には『アイツ』も居る。俺に栞を渡すために、校長室で待つアイツが居るはずなんだ。
だから、俺は校長室までは絶対に行かなきゃいけない。デンリュウ校長に会うという目的はもう達したから、『ここからは俺の一人旅なんだ』。
俺は、校長室に行かなきゃいけない。
その強い、ごちゃ混ぜの雑念とも受け取れそうな意思を有りっ丈全部視線に込めて、デンリュウ校長を怒鳴りつける。


「行けぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええッッ」


怒鳴った。叫んだ。騒音に負けないくらい。
ここでデンリュウ校長が動いてくれなきゃ、もうそれはそれだと割り切る覚悟をした。
椅子、机、ロッカー、見慣れた色んなものが周囲に落ちてくる。
日常が、容赦なく、感傷に浸る間さえも与えず、崩れ去っていった。


「―――――」


ボソっと、耳元に声が聞こえた。
煙で視界が遮られた俺の目の前に、デンリュウ校長の姿が無かった。
振り返る。フェルエルの姿も無い。俺は安堵した。

デンリュウ校長が、俺と擦れ違う途中で小さく呟いたのだ。
そして、フェルエルを連れて、グラウンドで暴れる古代兵器の許へ、走った。

そうだ、それでいい、それでいいんだ。
しかしまさか、そんな事を言われるとは思わなかった。
やはりデンリュウ校長には、敵わないと思った。


 この借りは必ず返す、か。らしいと言えばらしいが、可愛げの無い女だ

「まったくだ……。サナが、出てくるかも知れない。気ぃ引き締めて、いくぞ……」


崩落する校舎の中を、俺は歩いていく。
歩き慣れた道も此処まで歪んでいると迷いそうだったが、俺は本能的にその場所を目指して歩き続ける。
校長室に行って、栞を貰わなければ。
こんなところで死んだら、目も当てられない。
死ねない、死にたくない、死ぬわけにはいかない。
一刻も早く、校長室へ。栞を、受け取りに。



「………!」



視界が、何時の間にか90度回転していた。

……くそ、転んでる、場合じゃないだろうが……。
転んだ事にさえ、気付くのが遅れたって言うのかよ、ええ?

這い蹲っても、前へ、校長室へ。その意思だけで前進する。
クロキゼンカが、俺の意思では動かせない左腕に力を貸してくれた。しかし、根本的に『生』を失いつつあった俺の身体を、クロキゼンカは思うように動かす事が出来ないようで、貸してくれた力は、まるで神の側の者とは思えない、脆弱なものだった。
瓦礫を掴み、両腕で体重を支え、再び立ち上がった。
生まれたばかりの小鹿のような足取りで、歩き出す。
今度は、揺れと亀裂に足を取られない様に。慎重に、着実に。

デンリュウ校長は、気付いていたかなぁ。
俺が、もうこんなにもどうしようもない状態になっているって事。
承知の上で、俺を見殺しにしてくれたなら、全力で感謝しよう。
このまま校長室まで行くとして、最終的にロールバックまで辿り着ける確率は、いくらだろうか。
先ず、校長室まで歩ききれる確率は、……自嘲気味に言うが、良くて30%。途中でサナの妨害に遭うかも知れないから、良くても10%未満。さらに、辿り着いたとしてもボロ子が居る保証が無くて、1%未満。

くそったれ、くそったれ、くそったれくそったれ!!
何でこんなことになってんだ、何で勝ったと思った矢先にこんな逆転劇を見せ付けられてんだ、Xの正体を知って、あとは倒すだけだったってのに、どうして俺はあと1時間を生き永らえる事も叶わないんだ……!


「なにか……言い残す事は、ありますか?」


……サナは、俺の手を取って、目の前に座っていた。
それを見てやっと、俺は自分が膝を突いているに気付く。
またしても、見えている光景に対する理解が、遅れる。
俺の身体を流れる時間が、確実に周囲に遅れを取っている。
そして、近いうちにそれは、『遅れ』から『置き去り』になるだろう。
そんな時に、声を掛けられても、直ぐに動けるはずが無かった。


「へ、へへ……くそったれ。てめぇの、勝ちだ、サナ先生……」


サナの手は優しくて、暖かかった。
敵なのに。サナは、倒すべきXなのに。
そして俺は、そんな微塵も力が込められていない手すら、振り解けない。

……思ったより、何の感情も沸かなかった。
いざ、完全敗北が見えている中、俺は予想外にも冷静で居られた。
サナは、どうやって俺を殺すのかね。そんな好奇心だけが、心の片隅で息衝いていた。
冷静と言うより、達観の境地だったのかも知れない。


「まだ、私を先生と呼ぶのね。聞き分けの無い生徒は、嫌いですよ」
「へ……、俺ァ生まれて此の方、誰かに好かれようなんざ、考えた事もねー……」
「……ゼンカ君らしいですね。そういうところは、ちょっと好きです」
「そりゃ、どーも……」


会話の中で、どんどん自分の声が遠くなる。


「彼に、よく似ていて」
「………?」


サナが、一瞬遠い目をして、呟いた。
よく聞こえなかったが、サナは、俺を通して、違う誰かを、垣間見たようだ。

そんなこと、今更どうってことは無いが。どうせ、あと5分と持つまい。いや、1分持つか? それさえも怪しい。
確信がもてなくて、そうじゃなかったらいいなと思っていたが、もう隠さない。

……ちゃんと、達してるよ。俺の傷は、『人間を殺せる場所』まで。よく死ななかった。俺はよく頑張った。
多分、俺が『クロキゼンカ』と一緒だったから、此処まで永らえたんだ。


「死に際くらい、………幸せな夢でも見ますか?」


サナはそう言うと、今の俺にとってはとても抵抗できない力で俺の身体を引き寄せると、俺の頭を膝の上に乗せた。
俗に言う、膝枕と言うヤツだった。記憶も虚ろな幼少時代以来の、懐かしくて恥ずかしい気分だったが、心地よかった。何で、こいつがXなんだろうと、心から疑った。
でも。どんなに疑っても、サナはXで、俺はゲームの参加者なのだ。
敵対関係であることに、変わりは無い。
……だけど。
本当は、こんなゲーム、この世界には存在しなくて。
ボロ子とか、超界者とか言う馬鹿みたいな自己中心的な奴らが勝手に俺たちの役目を決めて、争わせているだけと言うのが、そもそも揺ぎ無い真実であって。

サナは、どう思ってる?
この不毛な惨劇の繰り返しを、どんな気分で過ごしている……?


「ゼンカ君、………ゼンカ君?」


目を閉じると、眠くて眠くて仕方の無い時にベッドに倒れこんだ時のように、意識と言う名のカタマリが、頭の後ろの方に、手か何かでスーッと引っ張られていくように、闇の中に、消えていった。
サナが俺を呼んだような気がしたが、……返事は、返さなかった。


「……おやすみなさい……。本当に、お疲れ様でした……」












大丈夫。






俺が死んでも。






参加者は、もう一人、居るから…………


















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