スキルに酷似した『反科学的エネルギー』の結晶体と、テロメア鋼と言う古代に失われた金属によってその身体を形成する古代兵器テロメア、型式名称『ラプラス』は予想以上の成果を挙げていた。
研究室―――動物園で喩えれば『檻の外側』と言う安全地帯から、その経過を観察していた研究員たちは満足げな表情を浮かべ、互いの健闘を讃え合っていた。

「スパコン並の計算能力、近代兵器を凌駕するパワー、耐久性、どれを取っても完璧の仕上がりじゃないっすか! これで上の我侭な連中に嫌味を言われなくて済みますね!」

パシンと資料を叩いて、強調するように言う研究員の一人。先日まで、異世界の怪物を呼ぶのに何度も何度も失敗を繰り返し、政府から幾度と無く小言を言われては肩身の狭い思いを強いられていただけに、この研究成果はあまりに大きい意義のあるものであった。
……しかし、彼の隣に座っていた男は、最初はハシャいでいたものの、すっかり浮かない顔になっていた。
研究員は、一体何があったのかと思って覗き込む。男は、呟いた。

「……こんな、恐ろしい兵器を使って……一体俺たちは何をしようと……」
「そんなのどうだっていいじゃないっすか、俺たちは言われるがままに研究をこなせばいいんすよ!」
「…………」

男は答えない。暫く沈黙が彼らを包んだが、その僅かな時間の間にもモニターに映るラプラスの戦闘の様子は瞬く間に変化し続けていた。
そして気付けば、周囲の研究員たちは、愕然とした表情に変化していた。
モニターの向こうでは、不死鳥の翼を操る一人の生徒とラプラスが、人間離れした死闘を演じていた。

「……そ、そろそろ止めないか?」
「そうだな……あまり被害を大きくすると、揉み消すのも面倒になるし……」

あまりに大きすぎた『研究成果』に対し、人として抱いた正当なる『恐怖』は、研究員たちの間を次々に伝染していった。
「もういいだろう」とか、「ここで止めとこう」とか、止める意思こそあるものの、自主的では無く誰かに任せるような勝手な主張があちこちから零れ始め、やがてそれらの伝染が到達した先には一人の男が立っていた。

「ホウオウさん、デンリュウさんが居ない今、此処の実質の最高責任者はアンタだ。一応アンタの許可を貰っておきたいんだが……」

そう告げた研究員が、突然左肩を抱えて膝を突いた。
周囲の研究員たちは、その光景に対する理解が、遅れる。
『こんな場所』で『そんな事が起きた』のが『信じられなくて』、だから本来は即座に反応すべき『その音』を聞いても、殆ど頭では『聞こえなかった』状態に等しかった。
だが、左肩を抱えて、ついには倒れてしまった一人の研究員を見て、誰もが「あぁ、気のせいじゃ無かったんだ」と気付く。

その時は銃声はまだ、研究室内部に残響していた。


「何を考えている。これは『研究』だぞ、裏切り者め」


ホウオウと呼ばれた男は静かにそう言うと、銃口から立ち上る煙をフッと吹き消した。
今になって、やっと、事態が急転している事に研究員たちが気付いた。だが、それは遅すぎた。

確信する。このホウオウと言う男は、全て知っていると。
政府と直接の繋がりを持ち、この研究機関を監視していたのはデンリュウでは無く、このホウオウだったんだ―――研究員の中の数名、『反抗勢力』の者達は心の中で舌打ちする。
今日まで、デンリュウこそが政府の犬だと信じて疑わず、ずっと監視を続けてきたのに。
まさか、まさかあのホウオウがそうだったとは―――!

茂みの中を颯爽と駆ける狼のように、呆然と立ち尽くす研究員たちの間をすり抜け、数人の男がホウオウを取り囲んだ。彼らは反抗勢力。研究を阻止すべく組織された、このスキル研究機関の最後の『理性』。

「ホウオウ、残念だよ。同じ反抗勢力の一員……仲間だと思っていたのに」
「気付くのが遅い。この『研究成果』は、政府の貴様らに対する『制裁』も兼ねているのだ」

ホウオウは笑う。
この研究成果を政府に捧げるための余興として、この学園を無かった事にしようとしている。
……モニターの向こうで一つの戦いが終結する頃、学園の地下研究室内部で、惨劇の引き金に指が掛けられていた。






…………







古代兵器ラプラスの攻撃は単調だった。
自在に変化するテロメア鋼とやらも、案外柔軟な動きは出来ないらしい。
それは、この古代兵器ラプラスが『旧式』だから、とアーティは言っていた。
古代兵器なのに『旧式』とか言われても何だか言葉の矛盾を見つけて遊びたくなる以外の感情は浮かばないのだが、それはさて置き。
厄介なテロメアンブリザードとやらも、幸い俺には通用しなかった。いくら巨大な氷塊が俺を包もうと、俺を中心に一定の半径を持つ円より内側に、その氷は侵入できなかったのだから。
『まもる』ではない。上級防御スキル『リフレクター』だ。
俺を中心に不可侵領域を構築し、あらゆる障害を跳ね飛ばすこのスキルは、例えば旧校舎に入るときとかにちょっとだけ役に立ったりもした。因みに地面が跳ね飛ばされない理由は解らないから聞かれても困るが、兎に角このスキルの発動中に限り、俺に対するあらゆる物理攻撃は意味を成さない。
……氷に何時までも囲まれていると、滅茶苦茶寒いと言う点を除き。

ラプラスはラプラスで、テロメアンブリザードが通用しないと解るや否や直ぐに近接格闘に切り替えて俺を襲ってきた。だが、どんなに攻撃を重ねても、俺の能力の前には無力に等しかった。
デンリュウ校長がくれた『まもる』から、あらゆる防御スキルを派生させてマスターしてきた俺の前に、『氷結攻撃』と『打撃』しか持たない古代兵器は、ジャンケンで言えばグーとチョキのような関係。
デンリュウ校長のような強烈な『雷撃攻撃』が相手だったら、攻撃を視認することが出来ない時点でやがては俺のほうが圧し負けることになっていたのだろうが、少なくともこの古代兵器ラプラス相手に、俺は負ける気がしなかった。

問題があるとすれば、俺には攻撃スキルが無いから、『負けないが勝てもしない』ことだ。
いや、実際はある。『ミラーコート』か『カウンター』で攻撃を反射すると言う、俺の唯一の『攻撃スキル』は確かに存在している。しかしそれが出来ない理由もまた、確かに存在していた。
……ラプラスの攻撃の攻撃の威力が尋常じゃなく、跳ね返そうにもその制御が全く利かないのだ。下手に跳ね返すとグラウンドを囲むギャラリーに被害が出てしまうため、俺には恐れ多くてそれをする事が出来なかった。
ジャンケンの喩え、グーとグーに訂正しておくか。いや、いつかスキルの使用回数制限に引っ掛かる事も考えると、もしかして俺ってやっぱり負ける?
しかし、その答えは否。
勝ち目があるからこそ、俺はラプラスの前にのこのこ出てきたのだ。ただし、『勝ち目』を持っているのは俺じゃなくてアーティ。俺はただ、ラプラスの動きをほんの数秒でいい、『まもる』でエネルギーを奪い去って、一時的に行動不能にするだけ。あとは、アーティが片付けることだ。
そのための隙を窺い、俺はラプラスの動きをじっくりと観察しながら戦っている。

ラプラスのブレザーの袖から覗く銀色の刃が俺の頬を紙一重で通過する。だが、今回はギリギリで避けた直後にラプラスに向かって走り出すと言う動作を兼ねていたため、若干目測を誤って頬から血が流れた。
しかし、それを無視して俺はラプラスとの5メートルにも満たない距離を、100メートル走のタイムを測るような踏み込みで、詰める。

「―――シッ!」

右手を伸ばす。ボクシングのパンチに匹敵する速度で。ラプラスの首、或いは服の一部、髪、腕、……何処でもいい、その時に一番近くにある何かを掴むために、俺の右手が真っ直ぐ伸ばされる。
5メートルにも満たない距離は、俺の踏み込みと、伸ばした右手によって0.1秒で詰められる。
古代兵器ラプラスには、その動きが見えていただろう。それも、スローモーションに。

ラプラスが最初に振り抜いたのは左腕だったから、残る右腕の刃が、今まさに伸ばされた俺の右手を切り落とさんと振り下ろされることになった。
ここで直ぐに手を引っ込めれば切断は免れるが、俺は構わずさらに強く踏み込み、地面を蹴った。
相手が人間だったら、間違いなく俺の腕の方が先に到達していただろうに。
無情にも、ラプラスの異常な速度で振り下ろされた刃の方が、先に俺の腕に到達した。
―――グッ……! と、俺の右手はラプラスのブレザーの襟を掴む。
右手は、切り落とされてはいない。ラプラスの刃は俺の右腕に密着したまま、完全にその勢いを失っていた。
これが、『まもる』の力。あらゆるエネルギーを消滅させる至高の防御スキル。
そしてこのスキルの発動中に限り、俺の身体に触れている俺意外のモノはあらゆるエネルギーが奪われる。だからラプラスは直ぐに立つ事さえ不可能となり、グラウンドの砂利の上に崩れ落ちた。
まるで、何をされたのか理解していないような表情を浮かべていた。

「今だ、アーティッ!!」

一年間、磨き続けた『まもる』の持続時間は最大8秒半。
アーティはグラウンドを囲むギャラリーの中から飛び出すと、真っ直ぐラプラス目掛けて走り出したが、その直後には空を飛んでいた。
無事氷の中から脱出したフルフルに捉まって、アーティはあっという間に俺の許へと運ばれてきたのだ。

「さ、さんきゅ、フルフル……先輩」
「……早く」

律儀に礼を言うアーティを律して、フルフルはラプラスの方を指差す。
アーティはラプラスの額に手を添えると、スキルを発動する直前のように、静かに集中する。
淡い『青』が、ジワジワとアーティの手を通じて、ラプラスの中に流れ込んでいくのが見えた。
これが、アーティの『気』。指紋のように、同じ形のものが殆ど無いと言われている、スキル発動のための精神エネルギー。ラプラスを起動するための、『鍵』たる由縁。
アーティは予め、ラプラスから『止め方』を聞いていたと言うから、今やっている行為がまさにそれなのだろう。だからこれで、……ラプラスは止まる?
俺は安堵する。
アーティはまだ、真剣な表情のままラプラスを見つめていた。
フルフルは……警戒の色を、消さない。

「これで、止まるんだ……。……そうだろう、ラプラス」

アーティが呟き、そしてラプラスから手を離した。
と同時に、限界を超えて10秒近く効果を発揮していた俺の『まもる』が終了し、ラプラスは解放される……動き出す気配は、無い。

「……ラプラス、ぅぅぅ……! っぁぁぁあああッ! ラプラスッ、ラプラス……っ!!」
「アーティ……」

……この時。俺だけは、本当の事を知っていた。……アーティから、知らされていた。
この方法で止めた場合、……ラプラスの全ての記憶はリセットされるという事を。
だから男泣きするアーティに同情する余地は在ったし、今はそっとしておく事を選ぶ余地もあった。
沈黙するラプラスから目を離し、俺はアーティの横顔を、ただ眺めていた。何をするでも無く、ただ、一緒になってこの悲しき結末を、噛み締めていた。
……つまり、そんな感傷に浸る余地があったと言う事は、その一瞬俺は、完全に無防備になっていたと言う事で。

ズンッ!と言う鈍い音が、俺の真横で聞こえた。
それと同時に、ラプラスの方に向けていた左肩が、熱湯でも被ったかのような熱を帯びて、そして少し遅れてから激痛へと変化した。


「ぐっ、ぁあぁぁああァッッ――――!?」


兎に角その場から離れようとして、俺は吹き飛ばされるようにグラウンドに倒れこむ。
囲んでいたギャラリーから悲鳴が轟いた。何人かの生徒が、我慢できずにグラウンドに入ろうとしていたが、それらは3年生によって全て阻止されていた。リシャーダのような冷静さを持ち合わせた3年の協力を得られたのは、僥倖だったと言っていい。余計な犠牲者を、出さないためにも。

「ゼンカッ!! フルフル先輩!!」

アーティの叫び声が聞こえた。一体、俺の左側で何が起きたのか。確認するためにすぐにそちらを向くが、目の前が真っ暗で何も見えなかった。
今の一撃で視界も奪われたかと思ったが、俺の体勢が傾くに連れて青空が見えたため、それは無かったと安堵する。

……安堵して、そして戦慄が全身の血を凍らせた。


「……う」


俺とラプラスの間にフルフルが割り込んで、まるで最初の世界でボロ子がそうしたように、命と言うものを簡単に奪い去る無情な一撃をその身で受け止め……それでも受けきれなかった刃の先端が、俺の左肩に到達していた……と言うのが、真相だった。
ボタボタと、傷口なんて可愛い言葉じゃ表現し切れない様な、想像を絶する裂傷から血を流すフルフルが、それでもラプラスの動きを封じようと、銀色の刃を両手でしっかりと抱えたまま、立ち尽くしていた。


「フルコキリムッ!!」


今の一撃で再起不能になった俺の左腕が、俺の中の欲望の王クロキゼンカに乗っ取られる。
その反動だろう、俺の口を借りて、クロキゼンカの声が飛び出した。
俺の左腕は、既に俺のモノではなくなっていた。この先、左腕がどんな暴挙に出たとしても、俺にそれを止めることは出来ない。
痛みも何もかもを無視して、クロキゼンカはフルフルを貫通した刃を掴み、勢い良く空中へ放り投げた。
それは人間離れした腕力で、ラプラスは軽々と空中へ投げ出される。
解放されたフルフルの傷は見る間に完治したが、あまりのダメージに膝を突いていた。

如何してラプラスは止まらなかった?
もしも、考えられる要因があるとしたら、それは俺の所為。
俺が発動していた『まもる』があらゆるエネルギーを無効化するなら、アーティが流し込んでいた『気』も無効化されていたのではないだろうか?
気付いていたなら、如何して『まもる』を解除しなかった?
解除したら、その瞬間に全滅していただろうさ。
それに、……そうさ、こんな方法でラプラスを止めても、……如何にもならないだろうが。
俺の心に迷いがあったから、結局ラプラスを止めきることが出来なくて、このザマだ……ッ!!


「……ターゲット、補足」

「チッ……!」


ラプラスの目標は、あくまでこの俺、黒木全火に定められていた。
それはとても嬉しい事で、あまりの嬉しさに俺は舌打ちを返す。


「くそったれ……」


ぶわッと、滝の様に冷や汗が流れ始めた。
左肩に負った傷が、想像以上に深い。フルフルが間に割り込まなかったら、それは心臓に達していたようにも思える。
血が止まらない。……時間が、無い。
視界がぐらぐらと揺れ始めた。この兆候は……何度目だろうか、思い出せないがしかし、確かに覚えのある感覚。そう、銃で撃たれた時とか……それに、近い。
血は、身体の表面を滴るだけじゃなくて、身体の中にも染み込んで、広がっていく。
その、身体の中をゾワゾワと……広がる、得体の知れない気持ち悪さは、何度体験しても絶対に慣れる事の無い『異常』。

血と汗の結晶は美しいものの代名詞だが、……血と、冷や汗の結晶となると、こんなに危険極まりない心境を示す材料になるのか、と思った。

俺の防御スキルの全てが使用回数制限を迎えるまで耐え凌ぐとして、あと数分は持ち堪えられるだろう。
それまでに、ラプラスを止める方法を見つけないと、この世界が、俺の最期となる。
何故なら、まだボロ子から、栞を貰っていないからだ。何度か、貰おうと思って校長室に行ったのに、アイツは結局今日まで、一度も俺の前に姿を現さなかった。
確かにあの場所に居るような気がするのだけれど、しかし俺は、栞を貰う事はとうとう無かった。
それは、つまりどんな危機的状況に陥っても、絶対に、後戻りが出来ないと言う事。

ピキ、ピキ、と乾いた音が周囲から聞こえた。
それは、凡そ0.5秒後には周囲が氷の世界に閉ざされる合図。俺は、慌ててリフレクターを張って直撃を阻止するが、俺を中心に正確な円を描いていた不可侵領域は、明らかに負傷した左腕に影響されているように歪に歪んでいた。

……いや、関係ないはずだ。
俺の左腕が負傷しているのと、リフレクターが俺を中心に円を描くように不可侵領域を構築する事には、何の関連性も無い。俺がどんなに疲れている時でも、スキルの使用回数制限を超えていない限り、円が崩れる事など、未だかつて一度もなかった。フルフルとアーティが不可侵領域の中に居る事も、円の歪みとは全く関係が無いのを俺は知っている。
だから、円の歪みを見て、それが『外からの力により歪められている』と推測し、その方角を探ると、俺の視線の先には――――



「何度も何度も呼び出しやがって……今度は何だってんだ畜生め……」



グラウンドを囲むギャラリーを押し退け、一人の生徒が歩いてくる。
その生徒は、俺の見間違いでなければ、俺の同級生の妹で……少なくとも今朝までは、そんな言葉遣いでは無かった少女……!


「それに……また壊れてるのか、この学園は」


そいつは、頭をポリポリ掻きながら、グラウンド―――死地に、踏み込んでくる。
3年の誰もが、彼女を止めるのを、『忘れる』。それほどまでにごく自然に、そいつは俺とラプラスの前まで、『歩いてきた』。
そいつが歩いてやってくるまでの十数秒、俺たちは誰一人、ラプラスでさえも、微動だに出来ずにいた。


「ふぃ、ノン……!?」


アーティが間の抜けた声で驚くが、俺は……驚きよりも先ず、もっと愕然とした気分になった。
このタイミングで、何でフィノンにまで『異常』が再発してると言うのだ。
アーティの声に、……そいつは、応える。


「フィノン? そりゃこの器の名前だな」


ぐにゃり、と空間が歪むような錯覚。
視界の中で、あらゆる色彩が反転し、その中でくっきりと浮かび上がったのは、フィノンの姿をした、フィノンでは無い『何か』……!













「初めまして少年。俺はゼレス……『魔王』だ」


狂気の風が、……彼を中心に渦巻いていた。


確信、そして戦慄。
そいつは到底人間には不可能な邪悪な笑みを湛えて、俺たちの前に立ち止まった。
俺の中の欲望の王も、恐怖する。

不死鳥フルコキリムと、欲望の王クロキゼンカと言えば、この地域を守護する守り神として古来より人々に語り継がれる存在であった。
しかし彼らは自分たちの事を、『神の側の者』と称している。
それは、少なくとも自分たちが人間よりは『神』に近い位置に立っていると言うささやかな自己主張であって、決して自分たちが神などではなく、『神』はもっと高いところに居る事を十分に知っていると言う証明であった。
その、神の側の者を称する彼らが、魔王ゼレスを名乗った存在を前に、恐怖し、平伏する。
魔王ゼレスは、不死鳥と欲望の王を超えて、もっと神に近い存在だったのだ。

よく、ゲームとか漫画とかで魔王ってのは出てくるだろうけど。
……実際に対面すると、常々思う。俺は、絶対に勇者になんかなりたくない、と。
誰が好き好んで魔王を相手に戦いを挑もうなんて思うんだ。王国の兵士も敵わない、さらに配下には凶暴なモンスターを従えた怪物を相手にたった数人で挑むなんて、気が狂ってるとしか言えないだろう。洞窟より先に病院行けって話だ。

しかし、俺やアーティ、他神の側の者たちの畏怖はまるで眼中に無いようで、ゼレスはラプラスをじっくりと観察するように見てから、小さく呟いた。


「……アレを壊せばいいんだな?」


……それは、気の流れ、と言うのだろうか。
ゾワリ、と『何か』がラプラスの表皮を撫でた。
得体の知れない何かの気配を感じ、ラプラスは身構える。
まだ、不確定なインスピレーションであった。
不確定な情報だけでは、ラプラスは直接的な行動に移ることは出来ない。
だが、それでも兵器として開発されてから今日までに蓄積された戦闘記録が、高度な知能を持つラプラスに警鐘を鳴らす。
目の前に立つ魔王ゼレスと言う存在は、あまりに『危険』だと。


「危険、……お前は、……『危険』だ」

「人並みにガンを利かせるのか、ガラクタめ。来いよ、遊んでやる」


ゼレスがそう言った瞬間、ゼレスを包んでいた強力な覇気がラプラスを握り潰すように移動して、そしてラプラスはその感覚を脅威と認識し、そこから逃げるように跳躍した。
空中から、方や地上から、お互いに戦闘能力を測るように睨み合う。
永遠のように長く感じられたその一瞬は、ラプラスの銀の刃によって切り裂かれ、そして新しい戦いが始まった。

「多すぎだ、くそったれ……!!」
「……ゼンカ?」

左肩を押さえ、呻くように、叫ぶ。

「何で、この学園はこんなに敵が多いんだッッ!!!」






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迷宮学園録

第三十話
『古代兵器と魔王 #4』

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続く 
  

  
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