校長室の平行空間。
解りやすく言うと、3Dメガネをかけた時だけ目に映る空間、とでも言えば良いだろうか。
常人には一見するとただの校長室にしか見えないのだが、そこには確かにボロボロマントの女―――ミリエが存在している。
彼女が望むのなら、彼女は何時でも己の姿を一般の次元と同調させる事―――つまり、人前に現れることが出来た。ただし、デンリュウと言う存在が歪ませているこの校長室と言う特異な部屋の中でのみに限られる話だが。
つまりはこのような条件下に於いてのみ、ミリエは『実態化』してゼンカに『栞』を渡す事が出来ると言う事だ。その行為は、ミリエがこのゲームに勝つためにはとても重要な行為で、それを断たれる事は、あらゆる可能性を全て封印されるのと同義であった。

結論から言うと、つまり今、ミリエの可能性はほぼ断たれていた。校長室の空間の『歪み方』が変化していたのだ。
その捻れを解析しないことには、ミリエは自分が存在する次元を一般次元と同調させる事が出来ないと言うのに、デンリュウが齎す『歪み』が刻一刻と変化を続けていたため、ミリエは、ゼンカとの交信手段をテレパシーのみに限られてしまっていた。
会話のみ可能であったなら、まだマシとも言えた。
それ自体に問題があるとするならば、『栞』を渡せないこと。それ以上の問題は、そもそも問題にならない。
しかし栞を渡せない事に対して、ミリエは焦る。栞が渡せない事は、ロールバックと言うリーサルウェポンを封じられたと言う事。ミリエは、これ無くしてエックスには勝てない、と考えていた。だから、焦る。これ無くして勝ち目が無いのに、そのような状況に陥ってしまったのだから。

エックスの構築した『究極系』は、チェスで言えばチェックメイト。将棋で言えば詰み、詰めろ。
このゲームはチェスや将棋に非常に似ているが、根本的に違う点があるとすれば、王将、キングが破壊されるまで勝負は決さないと言うところにある。
そうでなければ、ミリエはとっくに諦めていただろう。……炎は、まだ消えてはいなかった。


行動の多くを制限されているミリエにとって、この学園で起きている変化を知る術は皆無。
ゼンカや他の参加者を信じて待つ以外には、校長室の中でデンリュウを監視する他にやる事は無い。


『盾』が歪んだ。
『栞』が渡せない。


「……エックスめ……最初から、こうなる事を……」


まんまと罠に掛かった事を知った時には後の祭り。
しかも、この状況にありながら、この先もさらに追い討ちをかけるような出来事が待ち受けていることに、ミリエは気付いていた。
仮にゼンカが、デンリュウと古代兵器の衝突を阻止、或いは無事に突破したとしよう。
しかしXは、そんな事さえまるで気にしない、畏れない。
Xは、こちらの全ての希望の芽を摘み取る『保険』を持っていた。

これは、信じてどうにかなるのか……?

いや、なる。ならなきゃ困るんだ。私が掛けた魔法、奇跡が叶うために。
エックスを、ゲーム盤の上に居ながらにしてブチのめす『願い』を成就するために……!







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迷宮学園録

第二十九話
『古代兵器と魔王 #3』

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  アーティ。約束。もしも私が暴走したら……







………





1年校舎が、見る見るうちに破壊されていく。
古くなった校舎の取り壊しを見るのとは、全く違う感情が俺の胸中に在った。
薄々は予感しながらも、そうなって欲しくなかったと思っていたばかりに、行動に移るまでに数秒のロスがあった事を心の中で謝罪しながら、俺は1年校舎で暴れるそいつの許へと走り出した。
その後を、リシャーダ、フェルエル、サンダー、フルフルが続く。

校舎半壊らしい、時間さえ与えれば全壊だって可能だったに違いない。
そんなことが出来るなんて、デンリュウ校長だけだと思っていた。

日付は4月11日、水曜日。授業は1時間目が始まるより前。
1年生たちはほぼ全員、校舎の外に非難を終えているようだった。避難訓練の時は何時だって不真面目なお年頃ってヤツだが、今回ばかりはちゃんと非難できたようで、俺は安堵する。

「フェルエル、リシャーダ、逃げ遅れたヤツが居ないか見て来てくれ」
「解った。いくぞリシャ」

フェルエルは頷くと、リシャーダを呼んで1年校舎の中に飛び込んでいく。リシャーダも無言でそれに続き、フルフルは誰に命令されるでも無く不死鳥の翼を召喚して空を飛んだ。
俺とサンダーは手分けしてアーティを探す。暴走しているのがアイツならば、アーティはそれを食い止める鍵になり得ると踏んだからだ。正面からぶつかって古代兵器を止められるとは、流石に何処まで冷静さを欠いても思わなかっただろう。
と、その時、向こうが先に俺を見つけてくれたようで、AAコンビ他が俺の許へ駆け寄ってきた。その中に、フィノンの姿は―――無い。こんな時に何故フィノンを気に掛けたのだろうか、と俺は無意識に取った自分の判断を疑問に思う。
結論からして、その『予感』は的中していた。

「ゼンカ、フィノンがまだ中に……!」
「あ!? 一緒に逃げてきたんじゃねーのかよ!」
「それが、デンリュウ校長に呼ばれて……外に一緒に逃げてきたんだけど、また中に戻っちゃって……」

ユハビィが狼狽しながら言う。
なんてこった、よりにもよってフィノンとデンリュウとは、俺の中では最悪の組み合わせじゃないか。
だって、欲望の王の作戦が本当に狙い通りに動いていたのなら、前回の挑戦の時、この学園をまとめてぶっ壊したのはフィノンとデンリュウが戦った所為だろうが!!

「アーティ、この場にラプラスが居ないっつー事は……そうなんだな?」
「あぁ……だからオイラは、何としてもアイツを止めなきゃならない……」
「止め方は」
「知ってる」
「よし、来い!」

「あ、ちょっとアーティ! あぁもう、……一体、どうなってるんだよ……!」

俺はアーティと共に、まだ1〜2階は無事な1年校舎の中に飛び込んでいく。
2年生も3年生も、この異常事態に緊急で非難し始めているが、3年生に関してはXとの因縁があるため、『野次馬』よりも正当な理由で、徐々に1年校舎の周辺に集まり始めていた。
幸いなのはまだ一人も犠牲者が出たと言う話が無いことだ。
そこは、ラプラスがまだ何とか理性を保っているのだと思いたい。

一方、先に校舎の中で逃げ遅れた生徒が居ないか確認していたフェルエルとリシャーダの前に、暴走状態のラプラスが立ち塞がっていた。
それは人間の形をしていたが、制服の袖から覗いているのは銀色に光る……形容し難い武器。
モーニングスターとか言う武器があったが、それに似ていた。

「暗殺ならヤれたんだけどね……正面からだと厳しいわ」

リシャーダが呟く。
2年生四天王とは言え、まだ2年になってから2日程度しか経っていない。実力は1年生の過程を修了したに過ぎないレベルだ。それでも他の2年生を凌駕しているが、古代兵器と正面から戦うには、レベルが及ばないと言わざるを得ない。
リシャーダが本当に強い部分は、客観的に自分の力と相手の力を較べられる点に在る。
決して、負け戦に易々と身を投じる事はしないのだ。
これがサンダーだったら、己の身を省みずにラプラスに特攻を仕掛けていただろう。
だから、ゼンカはフェルエルとリシャーダに校舎の探索を任せた。その判断は、最良だったに違いない。

「私が隙を作ったら、いけるか?」
「どうかしらね。あの『腕』、きっと自在に形状が変化するわ」

リシャーダが言うとおり、ラプラスの袖から覗く銀色のソレは、明らかにスライムのように形状を自在に変化させそうな雰囲気を纏っていた。

「2対1程度なら、数の利を得るのは不可能だわ」
「言い切ったな」
「客観的に見てそうでしょ? 負け戦よ、これは。それよりどうやって逃げるか考えた方が得策だと思うのだけど、どうかしら? 何か良い手は浮かんだ?」

ラプラスも、正面の二人を警戒し、迂闊な行動は取れずにいるようだった。それが、リシャーダとフェルエルには幸いし、作戦を練る時間は十分に与えられる事となっていた。
だが、一歩でも足を動かせば、その瞬間にラプラスは、きっと人間離れした速度で急激に間合いを詰め、『どちらか一人』を確実に仕留めに来るに違いない。
背中を向けて逃げるなんて、危険極まりない。だが、一歩でも動けばどちらかはやられる。
そんな切迫した状況も、いつまで続くかなんて解らない。ラプラスがこちらの実力を見切ってしまうとこの膠着状態は呆気無く崩壊し、事態は急転するのだ。

漸く至った解答は『詰み』。
正直、ラプラスが此処まで強いとは思って居なかった、と言う認識の甘さが招いた結果。
ゼンカの判断は最良だったが、どんな選択をしていても、誰かが犠牲になっていたと言う事。


その時、リシャーダのブレザーのポケットに入っていた携帯電話に、一件の着信。


―――それが、合図!



「伏せろフェルエル!」

リシャーダが突然大声で叫ぶと、弾かれたようにラプラスは動き出す。リシャーダの想像通りの速度で、まるで実写映画の中に取り入れられたCGのような非現実的跳躍を見せ、文字通り一瞬の間に、リシャーダ目掛けてその銀色のモーニングスターを振り翳した。
フェルエルでは無く自分を狙ってきたか、とリシャーダは舌打ちする。その舌打ちは、自分が助かりたかったと言う利己的なモノでは無くて、やっぱり自分よりフェルエルの方が強いのか、と言う悔しさの現われであった。

ラプラスが、振り翳した右腕を勢い任せに振りぬくよりも早く、天井が突き破られ、そこから一匹の怪鳥が現れる。怪鳥はその足の爪をラプラスの首に引っ掛け、そのまま階下までコンクリートを打ち抜いて連れ去っていった。その一瞬の出来事の間にリシャーダに見えたのは、それが怪鳥ではなくて、巨大な翼と怪鳥の爪を装備したフルフルであったと言う事実だけ。あまりに早すぎる一瞬の出来事であった。
ラプラスはあと一歩のところでリシャーダを仕留め損ね、フルフルの手によって1年校舎1階の床のコンクリートさえも破壊し、大地に沈められる。

「ぐっ……がは……!!」
「まだまだ」

フルフルは、ラプラスの首を掴むその腕に力を込める。
相手が『人間』だったら、今頃血飛沫が噴水の如く飛び散っているぐらいの力だ。
だがラプラスの首は落ちないどころか、なるほど古代兵器だと思わせるほど無機質な感触に覆われていた。
フルフルは首を掴んだまま飛翔し、グラウンドの真ん中までラプラスを連れ去る。
生徒は教員たちに阻まれ、グラウンドは現在、無人になっていた。この状況を生み出したのは全てフルフルである。予めグラウンドに誰も入らないように頼み、リシャーダにも作戦の旨は伝えておいた。

リシャーダに、自分の持っているいくつかの携帯電話のうちの一つを渡し、それを常に通話状態にしておいて。そして、自分が何時でも飛び込める時が来たら、リシャーダの携帯電話にコールする。
だからリシャーダが叫ぶのと同時に、フルフルは屋上からラプラス目掛けて真っ直ぐ降下することが出来た。
仮にも神の側の者で、そして鳥類を統べる王なのだ。
『獲物』が『どんな風に動くのか』なんて、降下開始の遥か前から『考えなくても解っていた』。

寸分違わず、天井と言う視界を遮る壁さえも気に留めず、フルフルは完璧にその仕事を成し遂げた。
しかし、まだまだフルフルの役目は終わらない。この学園の生徒の中で、まともに機能するゼンカの味方の中で最も実力が高い者として、この古代兵器ラプラスを相手に戦わなければならないのだ。
グラウンドは広いから、多少暴れても被害は出ないだろうが、それでも古代兵器をこの外に出さないように戦うのは骨が折れる、とフルフルは思った。
あわよくば倒してもいいが、相手は無生物で、多分そう簡単には止まらないから、無理はするなとゼンカは言っていた。
―――しかしフルコキリムは嘲笑う。

「ふふふ、無理は不死鳥の専売特許。ホンモノの不死と、無生物。どちらがより不死身なのか、思い知らせてくれよう!」

フルフルにとっては都合よく、古代兵器ラプラスの攻撃対象がフルフルにロックされていた。
ラプラスにとって、フルフルを倒さなければ己が指令を遂行できないと判断されたのだろう。
古代兵器テロメアと不死鳥フルコキリムの決戦が、ついに幕を開ける。






…………





デンリュウには確信があった。
1000年を数える記憶の山が、必ず『異世界への扉』を開く上で役に立つと。しかしその確信が現実のものへと変わろうとしたその時、彼女は漸く己の過ちに気付き、研究を阻止すべく工作を張り巡らせるようになった。

「本当に、ラプラスを止められるんですか……?」
「えぇ。ですから、ちゃんと貴女が協力して下されば、直ぐにでも」

ラプラス―――あの暴走する古代兵器の起動にアーティの持つ『気』が必要であったように、異世界の怪物を呼び出すための鍵は、フィノンの『気』の中に存在していた。
デンリュウはとっくの昔にそれに気付いていたが、他の研究員たちは、そもそも異世界の怪物を呼び出すために『鍵』が必要なことにさえ気付いていなかったようだ。それが今日まで、怪物の召喚が果たされなかった直接の要因と言っても良い。

「やります、やらせてください」
「ふふ……友達想いの、良い子ですね」

デンリュウの中に僅かに残った理性が、「駄目だ!」と叫ぶが、それは虚しく木霊するばかりで、暴走する感情を止めるには至らない。
フィノンが迷いを振り切った表情をその顔に貼り付けて強く頷いた時、デンリュウは彼女の手を取って、その場で既に準備の整っていた『儀式』を開始した。






…………





ラプラスの目は機械的にターゲットを補足する。
その速度は人間のそれを遥かに上回り、両目が正面についているくせにどれだけ背後を取っても全て無意味であった。
不死鳥フルコキリムは舌打ちをして、再び上空に舞い上がる。
逃げるためではなく、体勢を立て直すために。

相手が人間や、精神的に発達した生命体であったのならば、戦いの最中に挑発を交わすなどして少しでも心理的要素を絡ませる事が出来たのに。
純粋に命令のみを履行する古代兵器相手では挑発は無意味で、攻撃の手は絶対に緩まなくて、大きく開いた実力差は絶対に引っ繰り返らなかった。

自覚は在った。
所詮自分は不死身なだけで、それは死にたくても死ねないと言う状態異常と言った方が正しくて、死なないからこそ捨て身の作戦にしか役に立てなくて、最高の噛ませ犬に過ぎないという事を。
クロキゼンカの話によれば、自分は以前、倒すべきXとの戦いで完封されたらしい。
それはそうだ、死なないだけで、少しだけ人間離れした力があるだけで、ホンモノの化物相手に何処まで戦えるかなんて解ったものじゃない。

だけど、そうだとしても自分には確固たる意思がある―――射抜くような眼光に、以前よりも強い炎を滾らせる。噛ませ犬なら噛ませ犬らしく、この古代兵器の力を何処まででも引き出してやろう、自分の後に続く者達のために全力で戦ってやろう!

空中に舞い上がった不死鳥が姿を消す。
目にも留まらぬ速度で急降下、それは猛禽類が小動物を狩る時の光景に酷似する。
周囲を囲む生徒や教員には見えなくても、ラプラスは接近する脅威をしっかりと両目で捕えていた。
ラプラスの迎撃が早いか、不死鳥の爪が当たるのが早いか。
不死鳥は一際大きく羽ばたき、目標到達直前で更なる加速を見せた。
音速を突破せん勢いで、不死鳥の爪とラプラスの『剣』が交差する。

鮮血が舞った。
衝突の瞬間に巻き起こった粉塵で、何も見えなくなった。
煙が晴れたとき、そこにラプラスも、不死鳥の姿も無かった。
誰かが「上だ!」と叫ぶまで、殆どの者がそれらを見失っていた。


「最初から生きていない古代兵器と、不死鳥の私。……較べて、みるか?」

「貴様……まさか……」


戦いの中、不死鳥の言葉に、初めて古代兵器が返事をした。
不死鳥は、古代兵器にも意志があったのかと感心する。鮮血を舞わせた傷口は、既に不死の力で修復していた。

上空1000メートルを楽に超える。
古代兵器は、生まれて初めてみる『高度』に、まるで空と言う天井が自分と正面衝突するような錯覚を覚えた。しかし何時まで経っても衝突せず、吸い込まれそうな空の『青』は、やがてどんどん暗くなっていく。
既に酸素濃度は地上で生きる生物には耐え難いほどに薄くなっていた。
しかし方や元より呼吸を必要としない古代兵器、方や絶対に死なない不死鳥。
この我慢比べはキリが無く、ついには成層圏すら突破するのでは無いかと思われた。
不死鳥の翼と言うのは、こんなにも空気の薄い場所でも羽ばたくだけで上昇できるのか、と古代兵器は感心した。それは物理原則に則った『飛翔』では無く、スキルによる『浮上』であると推測された。

その推測は正解。
不死鳥の翼は、空気抵抗を揚力に変えているのではなく、『空間抵抗』を揚力に変えているのだ。
だから、そこに『空間』と言う概念さえ存在していれば、宇宙だろうが真空だろうが、構わず自在に飛び回ることが可能であった。

つまり、不死鳥フルコキリムの選択肢は、『倒せない相手』は『倒さずに捨てる』と言うもの。
宇宙空間に投棄し、二度とこの星に戻って来れないようにすると言う事。
いくら不死鳥でも、宇宙空間に出ると、1秒間に何十回と『死の苦痛』を味わうことになるだろう。しかし不死鳥として『死に慣れている』から、それくらいは我慢できる心算だった。



「それは、厄介だ。悪いが、それは許さない」



古代兵器ラプラスが小さく呟いた。
空気が薄すぎて、言葉が音として殆ど伝わらないから、結果的に酷く小さく呟いたように聞こえただけかも知れないが、不死鳥フルコキリムは突然動かなくなった自分の翼に、何が在ったのかを確認しようとして、自分の首さえも動かなくなっている事に気付いた。

死に慣れていることが仇になった。
上空……もう何メートルかも解らない、極寒の世界に居た事も仇になった。
全ての行動が、今になって仇であった。
もっと早く気付いていれば、それに気づく事が出来たのに。

翼が動かなくて、星の重力に引き寄せられ、降下が始まる。

古代兵器ラプラスを捕まえていた足から、胴体、翼、首までを、氷塊が包み込んでいた。
どれほどの密度で固められた氷だろうか、身体の何処を動かそうとしてもまるで動かず、あと少しで宇宙空間に捨て去る事が出来たのに、その直前で宇宙はどんどん離れていってしまった。


「倒せないから捨てる。良い判断だ。ならば私は、『殺せないから凍らせる』ことにしよう」


落下速度がグングン上がる。
もう、宇宙は遥か彼方。このまま地上に落ちれば、10回分は死ぬだろう、と不死鳥フルコキリムは思った。10回、死の苦痛を味わってから、しかし死なずに身体の修復が始まるのだ。溜息しか出なかった。


「テロメアンブリザード。これが私の、唯一にして最強の『必殺技』。それとも、お前を殺せないから、必殺と言う名は改めた方がいいだろうか……?」


バキン!と言う音と共に、古代兵器は自分を捕まえている足ごと不死鳥から離脱して、直ぐに氷を破壊して完全に脱出した。地上にぶつかるまで、あと十秒くらいだろうか。古代兵器は、今度は不死鳥にも見えるように、『テロメアンブリザード』を起動した。

氷塊に包まれた不死鳥は、誰かに助けられるまでにあと何回死ぬのかを勘定しながら、半壊している1年校舎に向かって隕石の如く墜落した。
恐らく、空中で受けた何発かのテロメアンブリザードで軌道修正されていたのだろう。宇宙に迫るほど上昇していたのに、綺麗に学園の中に落とされるとは奇跡を感じざるを得なかった。
古代兵器は、空中でそんな計算すらしていたとでも言うのだろうか。



半壊の1年校舎の天辺に、不死鳥を内包した氷塊が衝突。
誰もが、死を覚悟した。周囲一面が滅茶苦茶になって、何もかもが破壊されるのだと思っていた。


しかし実際は、無音。
衝撃も、音も、何も無し。
氷塊は1年校舎の天辺より、人間一人分浮いたところで静止していた。
氷塊と校舎の間に、男が一人立っている。
よく見なければ解らなかったが、その影に数名、人間が居た。


「し、し、死ぬかと思った………!」

「ばっかやろー。『俺』が『此処』に『居る』んだぞ。そう簡単に死なせるかってーの」


少し遅れて、古代兵器ラプラスがグラウンドの真ん中に着地する。
多少クレーターは出来たが、周囲に被害を齎すには至らなかった。
古代兵器は、倒すべき目標を、それを片手で支えて立っている一人の男に変更する。


「不思議な力だ。何のスキルだ?」


「はー、目ぇ付けられたな……オイ、アーティ。首尾よく頼むぜ」


黒木全火は崩れた校舎に氷塊と他数名の人間を残して、グラウンドに飛び降りる。
着地は音も無く、クールに。グラウンドを囲んでいた生徒たちは、思わず彼に道を開ける。

そして、古代兵器と黒木全火が向かい在った時。



「…………」



サナは、一人静かに、1年校舎の中に姿を消した。










続く 
  
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