「これは一体どう言う事ですかアブソルちゃん」

デンリュウは、普段は見せないような―――『怒り』の表情を、アブソルに向けて言い放つ。
しかしアブソルは俯いたまま、何も言葉を返すことは無かった。アブソルだって、この結果は不本意だったのだ。異世界より怪物を召喚する計画こそ止めることが出来たのに、その次に舞い込んできたのが伝説の古代兵器の復活実験だなんて……。
デンリュウも、直ぐに冷静さを取り戻してアブソルの心境を察し、謝った。

「……兎に角、この研究は止めさせます」
「で、デンリュウ様! 何処へ!」
「『あの中』です」

大きな窓ガラス越しに研究室を見下ろせる通路から、デンリュウは研究室を指差して早足で歩き去る。
研究室では、『古代兵器』らしい未知の金属のカタマリにエネルギーを注ぎ込む段階に入っていた。
テロメア鋼と言う金属らしい。一度起動すれば、埋め込まれたチップに書き込まれた命令を忠実に再現してくれるのだそうだ。形状記憶合金の最終形態とでも言うのが解りやすいだろう。
その研究を阻止すべく、デンリュウが研究室へ行くための階段を下りていた時だった。

階段の途中に、一人の男が立っていた。特徴的な帽子を被り、そこそこの顔立ちの青年が。
彼は見るからに、デンリュウの道を阻むために、そこに居るようだった。
デンリュウは目を細めて問う。

「……邪魔をする気、かしら?」
「そうだと言ったら?」
「残念ですけれど、強硬手段を取らせてもらいます」

デンリュウの右手に、バチバチと稲妻の火花が散る。しかし本気のデンリュウの攻撃力と比較したら、あまりに非力な火花が惨めささえも感じさせた。
流石に、『この研究室の上にある旧校舎』を破壊するワケにもいかないから、強硬手段と言ってもあまり大袈裟な事は出来ないのだろう―――と、立ち塞がった男は考えた。

「あんたは強いよ。だけどその力は大規模破壊活動の色が強い。内密に何かを処理するには向かない。悪い事は言わないから、今はまだ我慢してくれないか?」

不意に男がそんな事を言い出すので、デンリュウは威嚇を中止して立ち止まる。
どうやらこの男もまた、この研究を快く思っては居ないようであった。
男は続けて言う。

「その強大すぎる力の、一体何%がこの狭い場所で発揮できるんだ? 研究室の中に居る連中が束になれば、『あんた如き』、一瞬で消されるよ」
「……そうかも知れませんね、でも……この研究を許すわけには」

この研究に嬉々として参加している連中の数名を思い返してみる。どいつもこいつもがかなりの実力者で、しかもその多くがこの狭い場所での戦いに向いていた。そんな連中を相手にしたら、多分瞬きほどの時間で、殺されるだろう。
しかもこんな地下研究室での話だ。事件は発覚すらしないだろう。尤もこの学園の力ならば、その程度のことが露呈したところで、揉み消すのに必要な労力などは大した問題にはなるまい。

「もうすぐ、『こちら』も動き出せる。準備が整う。この研究を潰すには、相応の準備が必要なんだ。だからデンリュウ、もう少しだけ待ってくれ」

今や形だけの最高責任者、デンリュウ。彼女が取るべき道は、既にその男の作戦に乗る以外に無かった。
……と言うのが、数日前の話で。
言われるがままに数日を待ち、やがてそのクーデターの実行日の前日、デンリュウが心身を研ぎ澄ませていた時であった。驚くべき一報がデンリュウに齎される。まるで計っていたかのようなタイミングで古代兵器は起動し、クーデターはその実行を見ずに失敗に終わったと言うのだ。

日付は丁度、一度やり直す前の世界で、フィノンが学園に弁当箱を届けに来た日のこと。
ただし今回の世界で、その日学園に訪れたのは―――研究員に拉致されてきた、アーティであった。
アーティの持つ『気力』の波長が、古代兵器ラプラスを起動するために最も相応しいと判断されたからであったと言う。拉致と言っても、どうせ上手い具合に言い包めたに違いないが。
そもそも一体どうやってアーティの事を調べたのかと言うのは、愚問だろう。何せ、この学園の真の姿は『政府直属の極秘スキル研究機関』。その地域に住む者を調べるのに、まるで不自由はしない力を持っているのだ。

かくして3度目の世界は、惨劇の種をフィノンでは無くアーティに植え付けた。
それがどんな結末を齎すとしても、ゼンカはそれに対し、あまりに無力であった……。





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迷宮学園録

第二十八話
『古代兵器と魔王 #2』

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「ふざけるなッ!! どうしてくれるんだ、もう手遅れじゃないか!! 貴様らが準備に手間取っていたからこんなことになったんだぞ! それにこのタイミング……まるで情報が漏れていたとしか思えない! 答えろッ!! これは一体どう言う事なんだ! どう責任を取る心算なんだッ!」

デンリュウの怒号が校長室に響いた。
そのデンリュウに襟元を掴まれ、申し訳無さそうに立っているのは、一番最初にデンリュウにこの計画を伝えた帽子の男。
彼自身も、まさかこんな結果になるなんて思って居なかったのだろう。と、アブソルはその表情から察して黙っていたのだが、デンリュウは既にそんな冷静さすら欠くほどに焦燥していた。

古代兵器が目覚めたら、今まで綱渡りの状態でキープしていたこの世界の安全が完全に崩落する。
異世界の怪物を召喚するよりももっと確実な手段で、この国は圧倒的な武力を確保することになる。
だからこそこの計画は阻止したかったのに、既に古代兵器は目覚めてしまった。だから何もかもが手遅れだ。この研究の成果を今頃小躍りしながら観察している連中が次にどんな行動に出るかも解らない。
もう終わりだ、何もかもが終わった、終わった、終わった終わった終わった終わった……!

「……まだです、デンリュウ様」
「……アブソルちゃん?」
「まだ、終わってませんデンリュウ様。我々には……いえ、我々にも、『研究成果』があるじゃないですか……」
「研究……成果」

アブソルは、何かデンリュウに希望を持たせたかっただけなのだ。と、予め言い訳がましい事を述べておこう。帽子の男には、何の事だか判らないだろうが。
アブソルの一言を受け、デンリュウは男から手を離し、数歩下がって先ずは自分の頭を落ち着けた。
こんな時は、そう、先ずは校長の椅子に座り、頭を大きく仰け反らせて背もたれに全体重を預けるんだ。

―――どうして、今日まで『異世界の怪物召喚』の研究を阻止出来た?

己の心に問い掛ける。その答えは単純明快。

―――私は、既にその研究を『完成』させていたから。
―――だから、何処を如何すれば『絶対に失敗するのか』、全部『解っていた』。
―――だからだから、今日まで『絶対に成功しなかった』のだ。
―――じゃあ、古代兵器復活の邪魔が出来なかったのは?
―――研究員が、私より先に研究を完成させてしまったからだ!
―――だがまだ諦めるには早い。
―――連中が古代兵器を使って何をしようと企んでいようとも。
―――こちらには既に、異世界の怪物が手中に在るのだ!

デンリュウが、不敵な笑みで口を歪ませる。
それは決意の現われでもあったし、無言の宣戦布告に対する報復への想像に期待を膨らませているような邪悪さをも感じさせるものであった。
アブソルは恐怖し、後悔する。デンリュウを落ち着けるために不用意に口走った一言が、この先何か拙い事を引き起こすような気がして、己の無用心さを後悔する。

「アブソル」
「……なんでしょうか」

デンリュウは、スッと椅子から立ち上がって、アブソルに言い放つ。
アブソルは、「ちゃん付け」を止めて欲しいと常々思っていたが。生まれて初めて、この時だけは「ちゃん」をつけて、何時ものように呼んで欲しかった。

「最早この学園に未来は無い。神の側の者との契約によれば、『研究を阻止できなかった』事が私の敗北条件。契約は履行され、近いうちにこの学園は滅ぼされることだろう。だが私の……私の一族の1000年を跨ぐ禍根を、漸くこの代で断ち切れたと思った矢先に……。こんな失態で容易く潰されて堪るものか。こうなれば後は実力行使あるのみだ。古代兵器も、欲望の王も、まとめて相手をしてやろう! この先どんな未来があったとしても、避けられぬ運命の壁の高さに較べたらまだ足掻いてみるのが一興と言うもの! アブソル、私についてくるか? それとも運命の壁を受け入れ、屈し、潰されるのを待つか? 連中が古代兵器を本格的に起動させる『その時』、私と共に戦う覚悟があるか!?」

目の前のデンリュウの姿が、歪んで見えた。
1000年積み重ねた絶望が今、覚醒したのだ。
どうしてだろう、どうしてこんなことになってしまったのだろう。

危うきバランスの上に成り立っていたのは、この世界の平和だけではなかった。デンリュウの精神状態もまた、横槍一つで簡単に崩れ去るところまで来ていたのだ。
それは何故? ただでさえ常人とは比べ物にならぬ知識を苦痛と共に教授しているのに、何れ授かるかも知れない己の子に同じ宿命を背負わせたくない一心でそこから解放されるために欲望の王との契約を結び、強大な力を得た代わりに不死鳥の呪いから解放されて、それなのに!

世界は成長した。
成長し、変化した。

絶望の前に後悔し、ロールバックによって無意識のうちにその絶望を避けた者が大勢居た。
デンリュウもまたその一人、にも関わらず彼女の歩む道は何処までも茨の道だったのを、一体誰が咎められようか、或いは罰せられてくれるのか。
前門の虎、後門の狼。デンリュウは後悔するほどに成長し、そして彼女を取り巻く『政府の陰謀』、『学園の業』もさらに強力な力で彼女を追い詰めた!

これは時のロールバックをわざと不完全にしたミリエの所為?
不死鳥の呪いから逃れたくて欲望の王に縋ったデンリュウの所為?
強大な力に目が眩み、不死鳥と契約を交わした彼女の一族の誰かの所為?
自国の軍事力のために危険な研究を強要した政府の所為?
古代兵器を生み出した古代人の所為?

答えは全て、YESでありNO!
未来は結果の積み重ねで形作られるのだから、デンリュウが歩む道が360度全て茨で囲まれていたとしてもそれは必然であり当然。草食動物は肉食動物に屠られ、生に縋る事はあっても肉食動物を恨みはしないように! 誰かの所為にして己の無力を嘆くことは、この世のどんな偉人賢人にも許されていない愚行! そんな都合の良い権利、この世に生を受けたどんな人間にだって認められてはいないのだ!
全ての人間に最初から平等に与えられている権利があるとすればただ一つ、己が境遇に屈服して服従することのみ!
その権利を放棄した瞬間から戦いは始まり、それに負けたからと言って誰かが責任を負ってくれたりはしないのだ!
それでもデンリュウは抗った!
何時か見る我が子のために学園を売ってまで欲望の王の破壊の力に救いを求めた!
それでも学園も切り捨てられなくて、ロールバックによって数度の後悔を重ね、より惨劇を回避するためのルートを選び続けた!
そして最後に辿り着いた道は、誰もがデンリュウを裏切り、新たなる惨劇を学園に招き入れると言う最低最悪の未来。もしも古代兵器の研究を求められると知っていたなら、最初から異世界の怪物を呼ぶ研究を永久に邪魔し続けるだけで済んだのに。

考えてみれば、その時点で既にデンリュウは『踏み込みすぎた』。
反撃とは、相手の攻撃を見切り、その隙を突いて攻勢に転じる事。
でも、相手からしてみれば、反撃と攻撃に何の違いがあるというのだ。
反撃に転じて調子に乗って攻撃を重ね、その隙を突かれてまた戦況が引っ繰り返ったとしてもそれは全て己の失態、自己責任に他ならない!
デンリュウは現状維持を続ければよかったのに、不用意に攻め込みすぎた!
なまじ異世界からの怪物の召喚の理論を完成させてしまっていたがために、デンリュウはその研究に耐え続けることが危険なんだと心の何処かで焦り始めてしまっていた!
根本的にこの研究は不可能なんだと政府に突き返して、その結果他の研究が回ってくるのは想定の範囲内だったはずだ。
だが、もっと言えば、新しく回ってくる研究が今の研究よりも危険度が低いと断言できる要素など何処にも無かったはずなのだ―――その判断をデンリュウは誤った!

もう一度世界がやり直せたら、今度は失敗しないからあと一度チャンスが欲しい。

デンリュウは何度も祈った。
その祈りは、現実からの逃避。『もうこの世界には絶望しか無いから、次の世界で頑張らせてください』と言う人の身には過ぎた要求。その逃げ腰で無責任な姿勢は、欲望の王から授かった『暴力』を成長させる極上の餌だった。
欲望の王クロキゼンカの授けた力は、ネガティブな意味を持つ破壊の力。デンリュウの心が歪むほどに成長して、自動的に『契約のペナルティ』を履行してくれるように仕組まれている力。
欲望の王からすれば、その力で結果的にXを倒してくれるならば、それに越した事は無かった。
だが、王はもう少しだけデンリュウの事を信頼していたのだ。
デンリュウの心がそう簡単に歪む筈は無いと、そう思っていたからこの現象にはあまり期待を掛けていなかったのだ……なのに、歪んでしまった。

3度目の挑戦で、欲望の王が撒いた種が芽を出し、花開く。

『盾』となるデンリュウは歪な矛として学園に鎮座する。その視線の先にあるのは何れ本格的に起動するであろう古代兵器テロメアと、学園を滅ぼしに来るであろう欲望の王クロキゼンカの姿。
一方の古代兵器ラプラスは、現在は『観察段階』としてアーティと共に在る。学園の研究者たちは、ラプラスの真の力を覚醒させるために、現在急ピッチで研究を推し進めている。国家の秘密機関は、それを全力でサポートする形になり、研究の阻止は、もはやデンリュウの権力を遥かに超えるレベルで防御される形になっていた。もはや互いにぶつかり合う術は、実力行使以外には在り得ない。

そしてX―――サナは己が目的のために、次なる作戦のために爪を研ぐ。古代兵器もデンリュウも、何もかもが彼女の味方。厳密に言えば味方では無いにせよ、上手く利用すればこんなちっぽけな学園など一瞬で灰に出来る事を彼女は確信している。だから、その時までジッと心を研ぎ澄ませて、待つだけなのだ。
ゲームに勝つ以上の目的なんて、サナには無いのだから。何度ロールバックを重ねても、彼女の意思がより濃厚になる以外の変化は、発生しない。

神の側の者である欲望の王クロキゼンカも不死鳥フルコキリムも、ゲームの参加者であるミリエも黒木全火も、3度目にして完成した学園の悪夢の前に、手も足も出ないし、出しようが無い。これらの勢力の暴走はいつだって、彼らの手に余るところで動いていたのだから。








「勝った……この勝負、勝ったぞ……! くくくくはははははははッッッ!!! あのミリエを相手取って此処まで圧倒的な立場に立てるなんて! ハァーーーーーッハハハハハハハハッ!!!」

エックスは高笑いを堪えられない。
勝ちたくて勝ちたくて仕方が無かったこの勝負に於いて、計画の段階から『勝ち手』と決めていた『形』を構築できた事に歓喜の声を上げざるを得ない。
それは喩えるなら、自分の応援するチームの優勝が確定した瞬間のような純粋な喜び。
彼の場合は特にその思いが強かったから、傍から見たら発狂しているとしか思えないほどの甲高い笑い声が、ゲームマスターである彼だけの空間の中で響き渡る。

『これこそが惨劇の究極形』。エックスが、ミリエとの戦いのゲーム盤にこの舞台を選んだ真の理由。
ミリエのロールバックの力によって世界が成長するのを見越して、入念に練りこまれた悪意の芽が、参加者たちがやっと勝機を見出せる頃であろう3度目にして全て一斉に開花し、参加者の希望を根絶やしにする暴力として、津波の如く襲い掛かる。
まさか此処まで都合よく事が運ぶとは思わなかった。だが一度この形になったら、ゲームの参加者が何をどう足掻いたところで惨劇は回避できない。
それに万が一のことがあっても、エックスにはまだあと一つ、大きな隠し玉が存在していた。
だからもう、笑うしかない転げまわるしかない、手当たり次第、目に付くものを投げ飛ばしてもまだまだ気持ちの昂りが抑え切れない!

「勝った、勝った勝った勝った勝ったッ!! 勝ったァーーーーーーーッッ!!! ざぁまぁーーーみろぉーーーッ!! ヒャァァあーーーーーーッはっははははははあァーーーーーッ!!」

バンバンと握り締めた両拳をテーブルに叩き付け、もはや笑いすぎて涙さえ零しながらエックスは狂喜乱舞。彼がどんなにその喜びを表現していてもそれはミリエには届かないのだけれども、それでも彼は誰かに見せ付けるかのように長い長い時間、そうやって踊りにすらなっていない狂気の舞いを披露し続けていた。

この究極系の最も素晴らしい点は、『不完全なロールバック』の致命的な弱点にある。
それは、『何がどう成長し、変化したのか、誰にも解らない』と言う点だ。
良い方向に進めば良し、しかし絶対にそうなるとは限らない。誰かが勝手にした後悔によって、どんな変化が齎されるのか。想像するだけ無駄だと割り切れるほど、その変化を読むのは困難を極める。
万全な状態のミリエなら全部読みきれただろうが、ゲーム盤に拘束されている状態では無理と言うものだ。

実は1〜2回目の挑戦の時、政府は強く後悔していた。あの研究機関に、異世界の怪物を呼ぶなんて壮大な計画を押し付けてしまった事を。そのお陰で政府は大きく費用と時間を浪費してしまい、国としての体裁を保つことさえ危ぶまれるほどの危険な状態に追い込まれていたのだ。
ロールバックの結果、政府の役人たちはデジャヴレベルでその失態を思い出し、それを回避するためにもっと確実な研究を命令した。それこそが古代兵器覚醒計画。だからこうなったのは全部、ミリエのお陰!

デンリュウはただでさえ1000年以上もの記憶を持ち、精神を平常に保つだけでも相当な心労になっていたと言うのに、不要なロールバックを繰り返す事でそれを瓦解させてしまうと言う危険性にミリエは全く気が付かなかった! だからこの惨劇もまたミリエのお陰!

エックスはただ舞台を提供したのみ。
ミリエは全部、自分の手で惨劇を生み出し、その事にさえ気付けぬまま敗北を迎える!
最初から最期まで自分の首を絞め続け、因果応報、自業自得、故に自滅する! ミリエは、強大すぎる力を持つ超界者の格言である“過ぎた力の代償は破滅”に相応しい最期を迎えるのだ!

だから究極系は素晴らしい! ミリエが勝手に自分の首を絞めて自害するのを、エンターテイメントとして楽しむだけで勝利が手に入る最高の形なのだから!
勝つためにあらゆる努力は惜しまなかったが、その完成形は、自分が手を下さずともミリエが勝手に自爆すると言う愉快極まりない結末! だから笑うしかない! これを笑い逃したら、絶対、一生後悔するに違いない!


「足掻いて見せろミリエぇーーーーーッ!! 足掻けば足掻くほど、貴様は自分の首をどんどん締め上げるのだぁーーーーーーッ!!! くひゃあぁぁぁああッはははははは――――


………。


高笑いを中断。そして振り返る。
そこに居ないはずの男が居たから、思わず驚いて転びそうになったが、何とか堪える。
男は長年の付き合いのある悪友のような口調で言った。

「随分楽しそうにしてるじゃねぇか、ナルシーヤローが」
「………アーク」

同じ、世界を外側から見る者、超界者アークがそこに居た。
まさかノアの仇でも取りに来たのか? ミリエを救出に来たのか?
だとしたら残念だったな、前者は手遅れ、後者は不可能だ。

「もっと残念。どっちもハズレだアホめ」

アークは虚空から椅子を召喚して腰掛けると、同じように虚空からワイングラスを召喚して、さらにワインまでも呼び出しグラスに注ぎ、嗜むように一口飲んだ。

「ノアの事は……まぁ残念だったが。それはさて置き」
「……さて置くのか。大そうな仲間意識だな」
「別にあんなヤツ仲間だなんて思ったこたぁねーよ」

ケッ、と舌を出して嫌そうな顔をするアーク。
エックスは、アークに戦意が無い事を確信し、安堵する。
とてもじゃないが、こんな怪物と戦いたくは無い。少なくとも、ゲーム盤の外では。
ミリエにしても、外じゃ勝ち目がないからゲーム盤に誘い込んだのだ。
その上を行きかねないアークとの戦いは、もう少し超界者としての力を磨いてからだとエックスは決めていた。
アークもその点は気付いていて、だから褒め称える。

「聡明なヤツは長生きするぜ。飲むかい? このワインは俺のお気に入りでな」
「いや、遠慮するよ。私はゲーム中にアルコールは控えているんだ」
「そうかい。ま、アンタはアルコールよりも自分の姿の方が酔えるタチだったな」

アークは嫌味たっぷりに、残ったグラスのワインを一気に飲み干して、グラスを虚空に片付ける。
それにしても、何しに来たんだ、とエックスが思い始めた時、アークは不意に告げた。

「ミリエを本気で倒そうと思ったら、最期まで手ぇ抜かない方がいいぜ?」
「……それは、何とも。如何言う心算だい?」
「別にィー。俺は俺で、このゲームの行く末を楽しみにしてる人畜無害な見物人Aだからよ」

アークは、今度は虚空からポップコーンのバケツを召喚して、ポリポリとつまみ始めた。
映画を鑑賞するには、随分理に適ったスタイルであると言わざるを得ない。超界者的立場から見ても、そのスタイルは完成された美しさを伴っていた。
……私は、一体何を考察しているのだろう。と、エックスは思考を自粛する。

「ミリエが済んだら、次はアーク、お前の番だと予告しよう。何時になるかは、解らないけれど」
「そうかい。俺はミリエと違ってゲーム盤に拘束されようが普段と変わりない能力を発揮できるからな。駒に遠慮なく神器を持たせて、初っ端から何もかもぶっ壊しに掛かるぜ?」

余裕たっぷりに言い放つアークに、エックスは顔をしかめてアークの能力を振り返った。
コイツは他の超界者とは違い、自分の力や存在をバラバラに分解されても、個々をしっかり保って完璧なパフォーマンスを発揮できる体質だったのだ。
ある意味、それがアークの特殊能力とも言えるか。だとしたら、エックスの持つ『ゲーム盤の上でルールを強いる力』との相性は最悪に近かった。

「……い、いや、屈しないぞ! エックスは屈しない!」
「せーぜー頑張りたまえ。わっはっは」

アークはポップコーンを頬張って豪快に笑う。
そしてエックス共々、世界の中を映し出すモニターを、食入るように見始めた。





かくして、準備期間があまりに長く、しかしその中身は一瞬で終わる3rdTryが本格始動する。
その瞬間芸の口火を切るのは―――古代兵器ラプラスの暴走。


最も短い挑戦の、最も長い一日が幕を開ける―――







続く 
  
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