セカンドトライ、先ずはお疲れ様と言いましょう。
私のことは覚えてる? 前に会ったのは、インターバルと銘打った第十二話の時。
まぁ、覚えて無くてもそれはいいのだけれど。
また今回も独り言を垂れ流させてもらうとするだけだから。

セカンドトライで、あの世界の根底に存在する因縁が沢山暴かれた。
Xの正体を知ったというのも、その大きな収穫の一つ。
そして『学園』と言う舞台に隠された秘密。
デンリュウと、不死鳥と、欲望の王の存在。
幾重にも重なる因縁が明らかになり、ゼンカにとって大きな意味のある挑戦だっただろう。

しかし、まだ油断は禁物だ。
Xの正体が解ったからと言って、不死鳥フルコキリムを相手にもしない程の実力を誇るX―――サナを、ゼンカ如きがどうやって倒すと言うのか。
ロールバックによって記憶を引き継いだゼンカなら兎も角、サナと言う表向きには善良な教員を倒さねばならない事を、デンリュウ校長にどうやって説明する心算なのか。

不死鳥フルコキリムは、強い。
その強さは、3年が束になっても届かない高みに在る。
それなのにサナは、時間にして瞬きほどの間に、それを完封した。

サナの力がフルコキリムに対して有利だったと考えても、その力は人間レベルを逸脱する。
ゼンカはこれから、そんな化物を相手に戦わなければならないのだ。
そして万に一つ、いや、現実的な見方をすれば十に一つくらいの確率で、ゼンカがXに殺されてしまった場合。
その時点ではまだこのゲームは終わらないけれど、黒木全火と言う存在は、無に還る。
元の世界にも戻れないまま、一生がそこで幕を降ろす。
Xの正体を知ったから、と言って。安心するには、早すぎるのだ。




一方、もう一つ無視できない現象が発生していた。ユハビィたちが、より高次元のデジャヴ程度に、ゼンカの事を覚えていた事である。

完全なロールバックであったなら、今回のユハビィたちのように、ゼンカを覚えている事は在り得ない。ならば、ロールバックは不完全だったと言う事になる。
それは彼女の力が不完全だからと言うのもあるだろう、しかしそれだけとは思えなかった私が辿り着いた結論は、『ミリエがわざと不完全にしているから』。
何故不完全のままにしているのか?
これも私の推測だが、それは世界に『変化』と『成長』を齎すためであろう。

例えば、ゼンカの戦いとは関わらぬところで。
あの世界の誰かが商店街の福引に当選し、大きい箱と小さい箱の好きな方を選ぶ事が出来たとしよう。
その者は迷わず大きい箱を選ぶ。しかし、その中身に幻滅し、『もし時間が戻せるなら、今度は小さい箱を選びたい』と心に誓う。
ミリエの不完全なロールバックの後、彼は再び二つの箱を前にした。
彼は無意識のうちにかつての失敗をデジャヴし、今度は小さい箱を選ぶだろう。
つまり、これが世界の『変化』であり『成長』であるのだ。逆に、最初に大きい箱に満足していたなら、その結末はより強固なものに変わっていたことだろう。

ミリエは、そうする事によって、ゼンカの行動によって世界が良い方向に成長する事を信じている。
しかしこの論法で言うなれば、ゼンカが関わらぬところで誰かが勝手にやってしまった失敗と後悔によって、学園は大きく姿を変えていくことにもなり得る。
不死鳥の呪いから解放されたデンリュウ校長と学園のもう一つの姿の因縁などは、まさにゼンカの手の届かないところで起きる『変化』の基盤だろう。

数えて3回目の世界。果たして今回は、どんな結末になるのだろうか?
成長の結果が、良いものだけとは限らないのだ。








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迷宮学園録

第二十五話
『インターバル・因縁・陰謀』

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職員室の中には、生徒会室のように仮眠室がある。
放課後、職員会議も終わり、大半の教員が引き上げていく中、サナは一人、仮眠室で携帯電話を手に取っていた。
その画面に映し出されていたのは、一人の青年の姿。
青年の隣には、サナ自身も映っていた。

「D……」

D、と言うのが、彼の名前だった。
彼は今、市内の病院で眠り続けている。
何時、目覚めてくれるのかわからない。もしかしたら一生目覚めないかも知れない。ある日突然、本当の意味で別れを告げなくてはならなくなるかも知れない。それが怖くて、怖くて、仕方なくて。サナは、その恐怖を紛らわすかのように、ヒトとヒトとの繋がりを、とても大切にしていた。

最近、3年が奇妙な動きをしている。
学園の中で、何かが渦巻いている。

「私は、ただもう一度、Dの声を聞きたいだけなのに……」

たったそれだけの願いが、どうしても届かない。
あと、どれほど苦労したら、この辛い現実は終わりを迎えてくれるのだろうか。考えても解らなくて、携帯電話を閉じ、サナはそのまま仮眠用のソファに倒れ込んだ。

2年生で起きた惨劇。
失踪者、死者、そして逮捕者。
沢山の被害を齎した事件が、サナの心に重く圧し掛かる。
きっと、この事件はすぐに風化する。この学園の持つ力によって、揉み消されて無くなってしまう。

Dが長き眠りにつくことになってしまった、『あの事件』が無かった事にされたように。


「くっ、ぅうぅぅ……!」


悔しさが涙となって、横たわるサナの頬を伝った。

私は無力だった、もしもあの切欠が無かったら、Dの事故を、本当にただの事故だと信じて疑わなかっただろう―――サナは、これまで歩んだごく短い時間を顧みる。


刑事らしい50代後半のような男が学園について捜査しているのを見て、私は彼らを興味本位から尾行し、そして『学園』と言う組織の裏側にある、一つの恐るべき野望の一端を垣間見た。
何度も事故を引き起こしながらも圧倒的な組織力で事件を全て揉み消す学園と、どうしても揉み消されたくない事件にしつこく食い下がる一人の刑事。
その刑事を追い回しているうちに、Dの事故を不運な交通事故だと教えてくれた親切な男たちが、学園の関係者である事を知ってしまった時。サナは自分でも解らぬほど無意識のうちに、学園に潜入していた。
これらは、全てほんの数日間の出来事である。


「いいのかい? Dの事件を揉み消されてしまっても。いや、いいはずが無い。この学園の暗部は、絶対に世間に暴露しなければならないんだ。この国がいかに恐ろしい事をし、そしてその影で何人の犠牲者を出したのかを。君には、それが出来る。私の力をあげよう。さぁ、Xとしてこの学園を惨劇で彩るんだ……その暁には、私の力でDを目覚めさせてあげるから」


Xと出会ったのは、ちょうど、学園に入ろうと決意した瞬間だった……。
絶対に揉み消せない事件を起こし、この学園の暗部を暴露すること。
そうすればDを目覚めさせてくれると。Xは、そう言ってくれた……。

それは願っても無い悪魔の誘いで、サナは考えるよりも早くそれを承諾していた。
いつもいつも、後悔するのはやってしまった後だった。

「やるなら、今しか……」

サナは決意する。
やらねばやられる、そういう状況の中では何時も後手に回ってきたが、今回初めて、サナは戦うことを決意する。―――Xの駒として、初めて。

翌日。
二度目にして初めて辿り着いた4月23日―――学園レクリエーションの日。
サナはそれが始まる少し前に学園を抜け出し、病院へと足を運ぶ。
罠と知りつつ、歩かねばならぬ覚悟をして。




……
…………
………………




「デンリュウ様! 危ないッ!!」
「―――ッ!」

アブソルが声を掛けてくれた事で自我を取り戻し、転ぶより先にへたり込む事で被害を最小限に食い止めることが出来た。
ここ数日、ずっとこんな状態である。その事情を知るアブソルが常に気を配っているから、今のところかすり傷がいくつか出来た程度で済んでいるが。このままでは大怪我するのも時間の問題かも知れない。

「……まだ、体調が戻らないのですか?」
「えぇ……まだ、不死だった時の甘えが抜け切らないようですね……」

欲望の王クロキゼンカとの契約によって強大な『破壊の力』を得、その代わり永劫続くと思われた『不死鳥フルコキリムの呪い』から解放された私の身体は、その急激な変化にまだ対応し切れず、時々このように眩暈を引き起こしてしまうようになっていた。
眩暈は厄介だ。突然意識が朦朧として、気が付いたら顔が冷たい床の上にあるのだから。
倒れる時、痛みなどを一切感じないのはもっと厄介だ。何処を怪我しても、暫くは全然気づく事が出来ない。
頭をぶつけるのが一番拙いと、最近アブソルが校長室の床を一新した。
赤い絨毯で高級感を演出しつつ、これなら何処で転んでも大怪我はしないだろう。
客用のテーブルは小さくて軽い物に変えられ、その代わりソファが大きくて軟らかいものになった。

「すみません、アブソルちゃん……もう、大丈夫です」

アブソルの肩を借り、校長用の椅子では無くソファに座ると、その感触が非情に心地よく、あっという間に眠気に襲われる。先ほどの眩暈にしても身体の疲れが原因の一つであるから、この眠気も仕方のないものだ。
うとうと、くらくら、頭がゆらゆらと揺れ始め、やがてカクンとソファの縁に落ちる。
アブソルは何も言わずに机の上の資料を片付けると、私が普段羽織っているケープをクローゼットから出し、私に掛けてくれた。

「……り、がと…………くぅ」

ソファの寝心地の良さは完璧だ。
アブソルは私の身長に合わせてこのソファを発注したに違いない。……身長、教えた覚え無いのだけれど。
しかしそんな疑問も直ぐに睡魔に屠られ、私は完全に眠ってしまった。あぁ、まだ片付けなきゃいけない資料が山積みだったのに、と思いながら。
去年までは、ハルきゅんに色々、手伝ってもらえてたのになぁ…………。





「もういいぞ、気を利かせてる心算かどうかは知らんが」
「あらー、折角のチャンスなのに何もしないのね、ア・ブ・ソ・ル・くん♪」

何がチャンスだ、とアブソルは校長室に入ってきた女を睨みつける。
そいつの名はフリーザー。『学園』では無く、『スキル研究機関』の関係者だと言った方がいい。
生徒からは、可愛い用務員さん程度にしか思われていないが、恐らくその普段着よりも白衣を着ている時間の方が長いだろう。しかし、それにしても全然用務員に見えない、とアブソルは思っていた。
原因はその言葉遣いだけでなく、外見が殆ど生徒と変わりないからと言うのもあろうが、何と言うか全身から発せられるオーラと言うものが、何処と無く子供のそれそのものなのだ。

「お前……年いくつだよ」
「えーっと、今年でハタチになりました。イエイ☆」

ビッとサムズアップを突き出し、満面の笑みで答えるフリーザー。アブソルは心の内で「嘘だ」と即答するが、しかし揺ぎ無い真実である。
稀代の天才とは言え、年端も行かぬガキをこんな研究に参加させるなんて―――と、アブソルは心底『上』の判断を嘆いているが、嘆いても如何にもならないので代わりに溜息だけを盛大についた。

「アブソル君も早くハタチになれるといいのにねぇ」
「とっくの昔になっている! やーめーろー俺の頭を撫でるなーー!! な、何だその目は、その小さきものを見る目は何だー!」

アブソルは常々思う。
フリーザーが来ると、自分のキャラが崩壊する、と。
余談であるがアブソルはフリーザーより年上だが、身長的な意味で目下である。

「で、お前が此処に来たと言う事は、結局例の計画は……」
「うん、中止じゃなくて一時凍結だってさ。あ、あたしは完全凍結を訴えたんだよ!? でも……」

でも、の先は言わずとも解っている。
フリーザーが稀代の天才で、若くして研究チームに配属され、様々な功績を挙げているのだとしても。
所詮、今年で20歳を数えた程度の子供に、『上』の決定を揺るがすほどの影響力は無い。
アブソルは小さく、「そうか…」と呟き、それっきり押し黙る。
フリーザーも、自分の無力さを噛み締めるように、何も言わなかった。

『Xプロジェクト』―――異世界の怪物を召喚せんとするスキルの研究。
この学園の旧校舎の何処かにある秘密の入り口から、その地下研究室に行く事が出来る。
取り壊しを待つばかりの旧校舎、と表向きには思われているが、あの校舎は現在、この秘密の地下室への入り口を隠すための社となっているので、実際のところ取り壊しの予定などは無い。
地下研究室は新3年校舎の建設と平行して進められ、新3年校舎と共に完成した。
それはちょうど春休みの最中であり、新3年生には彼らが2年生の時から予め明言していたため、以後、旧校舎は誰にも怪しまれる事無く、秘密の研究室の入り口を隠す朽ちた建造物と成り果てたのである。
怪物が棲むと言う七不思議が広まってしまったのは、偶然とは言え、研究者たちにとっては冷や汗モノだったに違いない。

……一時凍結でもまだ希望はある、アブソルはそんな風にも考えていた。完全凍結こそ出来なかったものの、Xプロジェクトそのものを止めることはできたのだ。これでデンリュウの『契約』にも時間的猶予が生まれたことになる。あとは、此処から辛抱強く訴えを続けるだけだ、と。

その間フリーザーが何も言わなかったのは、そんなアブソルの心境を察したからかも知れない。彼女はもう一つだけ、伝えなくてはならない事情を抱えていた。しかし、アブソルが希望を捨ててない今、それを告げるのが酷な気がしたからだ。
しかし、それは伝えなければならないこと。


「あ、あのね、アブソル……実は」


フリーザーはそこで言葉を切る。
アブソルの表情が、凍った。


「一時凍結に、条件があって……凍結の間、別の研究をやれ……って」


今日までは異世界から怪物を召喚しようと言う研究をしていた。
だが、それが凍結する条件として代わりに求められる研究の内容とは、一体どんな恐ろしいものだと言うのだろうか。今更、『世界平和のための研究』などするはずが無い。相応の覚悟が、必要になる。
この国は、『軍事力』と『スキル』を強く結び付けようと言う動きが闇で活発になっている。それはXプロジェクトからも垣間見える事実であったが、ここで新たな研究を持ちかけてくるとは、政府は予想を超えたところまでスキルの研究を進めていると言う事になる。

スキルが発掘されて幾星霜、誰もが心の内で予想し、覚悟した、スキルと言う新兵器を用いた第3次世界大戦の影が、ちらつく。


「古代兵器の再起動研究……この国にそんな遺跡があったなんて話、聞いた事無いけど……もう、その資料が送られてきてるの……」

「そ……」


アブソルは、強い否定の言葉を喉に詰まらせた。
否定したい、否定しなければ! しかし、既に資料は送られてきていると言うのだ。
この国に存在する遺跡など、原始人が石を積んで作った陵墓以外に大したモノは無い。
それら陵墓とスキルの関連性は既に否定され、この国のスキル関連の歴史的財産は一切無かった、と言うのが常識として定着していたのに。


「そんな馬鹿な! 一体、何処からそんな……!」
「海よ……島国だもの……海底遺跡を調査していたチームは、公には何も無かったって発表していたけど……在ったのよ、古代人の叡智の結晶が」
「そんな……そんな……ッッ」


異世界からバケモノを呼び出す研究、Xプロジェクトは実のところ、あまり上手く行くとは思われていなかった。デンリュウがその気になれば何時でも完成させられたが、その気が無かったためにわざと失敗を繰り返し、政府もこのプロジェクトには愛想を尽かし始めていたのだ。
だが、それに対して古代兵器の起動プロジェクトともなれば現実性が段違いである。
何せ、本当に存在するかも解らないバケモノを呼ぶ計画よりも、一度は古代人が使用した兵器をもう一度起動する事の方が、火を見るより明らかに確実なのだ。

だから、確実過ぎるから、この計画は阻止できない。
そして全世界で暗黙の了解として、古代兵器の復活は禁じられていると言うのに、その禁を破るこの研究の始動は、つまり……。


「政府は大マジよ。この計画でミスったら、あたしら全員、命の保証は出来ないかもね……うぅん、『かも』じゃない。本気で、消されるわ」

「………どうにも、ならないのか……」

「…………」



フリーザーの無言が、どうにもならない事を、告げていた。






…………
………










今頃ゼンカは元の世界にいるだろう。もしかしたら、欲望の王クロキゼンカの上書き事件について、ミリエを殴りつけているかも知れない。
ミリエは自分の過ちは認められるコだから、その辺りは一発殴られるだけで上手く終わりにしているだろうけれど。少し、心配だ。

今回はちゃんと栞を使って元の世界に帰ったし、前のように時間を『戻し過ぎた』事も無いから。
元の世界で、彼の前にはミリエの分身がちゃんと居て、そろそろ世界の巻き戻しに限界が近付いていることも説明してくれているはず。
でも、その事件の所為で彼らの間に不和が生じていたら、それはとても拙いことだ。

恐らく、巻き戻しが使えるのはあと一度。
次の世界でXを倒す算段を確定させなければ。

もう、後は無いのだ。










続く 
  




  
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