「先生……今、なんて……」


今思えば、なんと酷な質問をしたのだろう。
先生の口から、もう一度それを言わせようとするなんて。

でも、そんな気遣いさえ出来なくなるほど、キュウコン先生の口から放たれた一言は、俺の全神経を完璧に麻痺させ、前後不覚でぶっ倒れそうになるのを堪えるだけでも精一杯だった。
グワングワンと頭痛がして、吐き気がして。
この感覚は知っている、かつてデンリュウ校長を殺された時と、同じ感覚だ。

フェルエルとサンダーが失踪した時は、死体が出なかったからまだ希望を捨てずに居られたけど。
でも、でも……! リシャーダが、遺体で発見されたなんて言われたら!!
何かの間違いだなんて叫びたくなるじゃないか、それでも今はそう叫べないのは、もしも本当に何かの間違いだったら、それはリシャーダが自分で用意した偽装死体と言う可能性が出てきて、つまりXの正体がリシャーダかも知れないなんて疑惑を俺の中に生むわけで……!!


「今、警察の方が来てる。同じ四天王であるお前に、……2年生四天王、最後の生き残りであるお前に、話が聞きたいそうだ……」

「ふ、ふざけるなよ……こんな時に、警察なんかと話すことなんて何もありはしない……!! ふざけるなふざけるなふざけるな……ッ!!!」

「落ち着けゼンカッ!!」


ガッ! と俺の両肩を掴み、普段は絶対に見せない真剣な表情で俺の目を見るキュウコン先生。
その目に浮かぶ、何とも言えない感情は―――『不安』。


「ゼンカ……俺は、お前を信じる。お前は犯人なんかじゃない。だから、もし警察が間違ってお前を捕まえようとしているのなら、その時は俺が必ず力になるから……誓って言ってくれ、お前は犯人なんかじゃないと」

「……俺は、何も知らないんだ。本当に。……俺は、絶対に何もしていない……」


何も、していないんだ。
リシャーダが殺されたと言うのに。
俺は、何も『出来なかった』。


「2年生四天王、黒木全火君ですね? ちょっと一緒に来てもらえますか?」


キュウコン先生の背後から、貫禄を感じさせる声が俺を呼んだ。
いよいよ警察が俺に事情聴取しに来たらしい。ふざけるな、俺が警察に話せる事なんて何も無い。
……だがもしお前らに利用価値があるというのなら、俺は喜んで利用してやるからな……!

敵意の眼差しを返す俺に、壮年の男は肩を竦めて見せた。
まるで俺のような子供など相手にしない、と言った様子であった。

壮年の男はそのまま踵を返し、背中で俺について来いと語りながら悠々と歩いていった。
俺は、なす術無くその後を追う。だが、これはヤツに屈服したからではない。
俺にとって、警察がどの程度有用であるのかを知るために、探りに行くだけだ。



見てろよ……俺の約束を台無しにしてくれた犯人は、必ず……。








**************************

迷宮学園録

第二十一話
『リミット/10days』

**************************










1年校舎を入ってすぐのところにある客室には、数名の刑事が集まって俺が来るのを待っていた。
俺は壮年の男に導かれるままに、客室のソファに腰掛ける。
校長室のそれと違って、あまり心地よさは感じなかった。
テーブルにお茶が出されたが、とても手をつける気分にはなれなかった。

壮年の男はまず自己紹介だと言って、警察手帳を俺に見せた。
肩書きは良く判らないが、バクフーンと言う名のこの男が熟練の刑事である事は、その雰囲気から容易に推測できた。
そしてバクフーンの隣に腰掛けた若い男もそれに習って警察手帳を示し、自己紹介の代わりとした。
名はピジョット。見る限り、まだまだ新人、と言った様子だった。
他の者は事情聴取に参加する心算は無いらしく、交番前に立っているかのように美しいまでのフォームで直立していた。それが返って不気味で怖い。

「はっは、そこの彼らは気にしないで下さい。なぁに、貴方がちゃんと話をしてくれれば、5分で終わりますから」
「5分か。ラーメンを作るにはいい時間だな」
「はっはっは。そうそう、彼女もラーメンが好きだったようですね。名前、なんて言いましたっけ、フェルエルさん?」

その名に、思わず反応してしまう。
刑事は俺の挙動を全て磨き上げられた観察眼で観ているに違いない、あまり不用意な行動や発言は出来ないが、しかしそれでもその名を出されると、俺は目を細めてしまう。

「こっちが変に探りを入れていると思われると困りますからね、予めこっちがこの学園で入手した情報を公開しましょう。ピジョット」
「はい、これが現在この学園で失踪している人物のリストです。それから、こちらは……」

ピジョットは一旦言葉を止める。
2番目に提示されたリストの中にリシャーダの名前が見えたから、彼なりに気を遣ったのだろう。
リシャーダ……それだけでなく、他にも10名近い人物の名前が記されていた。
どれも見知らぬ名前ばかりで、恐らく3年生だろうと思った。

最初に提示された資料の一番上にあったのはサンダーの名前だった。
その次にフェルエルが並び、後は数名知らない名前が続いて、一番最後に―――


「………え?」


「おや、どうかしましたか? 何か気になる名前でも?」


解りきったように言うバクフーンの態度に憤りを覚えるよりも、俺は自分の目に映った情報が信じられなくて、暫く硬直していた。

だって、失踪者リストの一番最後に名前が挙がっていたのは、何時の間にか学園から姿を消していた、デンリュウ校長とその付き人だったのだから。
死んでない、とボロ子は言っていたのに。
暫く所用で戻らないだけだと、言っていたのに。

デンリュウ校長はもう、姿を消していたと言うのか?
わけが解らない、一体何故デンリュウ校長が……ボロ子は、俺に何を隠しているんだ……?

俺が混乱しているのを見ても尚、刑事は鋭い眼を光らせながら俺に問うてきた。
いや、その口調はまるで、俺の自白を促すかのような迫力が込められていて。
……俺は、たった一つの質問だけで、これがただの事情聴取ではない事を知った。
彼らは、俺を疑っているのだ。

「四天王最後の一人として、是非あなたには話を窺っておきたいんですよ。どうです、何か心当たりはありませんか? 失踪した者達について」
「……知らない。もし知っていたら、あいつらは今日学校に来てる筈なんだ……」

生き残った俺が、他の3人を消した、か。
確かに、客観的に見れば、最初にその線を疑うのが王道だろう。

俺は、警察は役に立たない事を痛感した。
所詮その程度の発想でしか犯人探しが出来ない、テレビドラマのように主人公の警官が咄嗟に閃いて真犯人を捕まえてくれたりなんかはしないし、この近辺にたまたま名探偵が来ていて、しかもそいつが警察と精通してるなんて都合のいい下地も無いんだ。
警察は無能だから、俺はコイツらは利用しない。
さっさとこの不毛な会話を終えて、サンダーとフェルエルとデンリュウ校長を探しに行かなければ。

俺が、その心のうちを瞳に込めて放つと、それを察したらしいバクフーンは溜息をついた。


「どうやら、我々とはソリが合わないようですねぇ……仕方ない、か。もう帰ってもいいですよ、無駄なお時間を割いて頂いて申し訳ありませんでした」

「………俺を疑っても無駄だぞ。そんな事をしている暇があるなら、失踪者を探す手伝いでもしてくれ。じゃあな」


結局出されたお茶も飲まぬまま、俺は客室を後にした。
残されたバクフーンは最後まで不敵な笑みを浮かべていたが、俺が出て行くや否や、他の刑事が声を荒げるのが聞こえてきた。
恐らく、何も訊かずに俺を解放した事を不満に思った連中が居たんだろうが、俺にはもう関係の無い事だ。
早く、みんなを見つけないと……。





「よかったんですか、彼を解放して!?」

「いいじゃないかピジョット。もう将棋は詰めろってトコなんだから。それに、もしかしたら他の尻尾も掴ませてくれるかも知れないからな……それにしても」


バクフーンは、チラとテーブルの上に残されたお茶に眼をやった。


「睡眠薬に気付いていたワケでは無さそうだなァ……警戒されてちゃ話にならんぞ、お前ら。だァーから付いて来なくていいと言ったんだ……」

「す、すみません……」


棒立ちしていた刑事たちは、申し訳無さそうに頭を下げるのだった。





…………






客室を出た俺を、意外な人物が待ち伏せしていた。
それは、本来ならこの1年校舎には居ないはずの男。
3年を束ねる、生徒会長―――ハルクだ。

ハルクは腕を組んで目を閉じ、壁に寄りかかったまま、会話に相応しい距離まで俺が近づくのを待っているようだった。あまり気は進まなかったが、彼が俺を待っているのが確実だったので、俺は渋々その場所へと方向転換する。
雰囲気だけで人を呼ぶなんて、やはり学園の生徒の中で最高の地位である生徒会長を勤めるだけはある。

「何の用だよ」
「何の用とは随分だな」

その「随分」って単語は先日リシャーダから言われたばかりだ。
俺は、自分で思っている以上に、今、かなりツレない状態にあるらしい。

「俺が此処へきたのは、お前の依頼の成果と、それによって生じた損害についてだ」
「俺の依頼? あぁ、3年を見張ってくれってヤツか」
「………?」

俺の一言に、ハルクが意外な表情を浮かべた。
俺、何か変なこと言っただろうか、と、俺も一緒になって目を見開くと、ハルクは急にまた真剣な表情に戻って言った。

「惚けるなよ、それで責任逃れの心算か?」

責任逃れといわれても、俺はまだ何の事か解らず、目を丸くしているしか無い。
ハルクは、そんな俺の態度にだんだん苛立ってきたのか、とうとう俺のシャツの襟元を掴んで、半ば叫ぶように言った。


「お前の言う通り1年のフィノンを調査させたんだぞ! 結果はこのザマだ! 20人向かわせたうち10人が殺された! 残り10人は行方不明だ!! これは一体どう言う事だ!? 対象との接触は厳禁にしていたはずなのに、調査に向かわせたその日に全滅だ! まるでこちらの情報が洩れていたとしか思えないッ! ゼンカ、お前が相談を持ち掛けてきた直後にだぞ!」

「―――な、何の話だよ!! 俺はそんな依頼は出しちゃいないッ! 俺が相談を持ち掛けてきた直後だと!? ふざけんな! 何時だ! 何時俺がお前らのところに―――」


身に覚えのない罪に、俺は反論する。
しかし、その反論の最中、またハルクの表情が変化したのを見て、俺は言葉を切った。


「何時……だと? 貴様、何の冗談の心算だ……貴様は、一昨日の深夜、生徒会室に……!」
「知らん! 一昨日の深夜、俺は確かに学園に泊まっていたが生徒会室には行ってない!」
「では! ではあの日俺の前に現れた貴様は『何』だったのだ!! 俺に、フィノンを監視させろと言う依頼を残して消えた『ゼンカ』とは、一体何者だったんだッ!!!!」


ハルクはそう叫んで、俺のシャツから手を離し、完全に沈黙した。
その双眸だけは俺を捕えて放さなかったが、その目にも普段のような強気さは微塵も無かった。
ハルクは、これが全て俺のタチの悪いジョークか何かだと言って欲しかったんだろう。
俺も、そうだと言えたならどれだけ楽だっただろうか。

たった今判明した奇怪な現象に較べたら、まだ3年生たちが犠牲になってしまったことの責任を取るほうが、楽な気さえしてしまったのだから。
やがて、沈黙に耐えかねて俺が発した一言は、しかしハルクの希望を打ち砕く言葉だった。


「俺は……生徒会室になんて、行ってないんだ……本当に」
「……………」


ハルクは、その場で膝をついて、座り込んだ。
『俺が生徒会室に行っていない以上、今回の事件は俺を騙る何者かの策略』となる。
それを未然に防げなかったハルクは、周囲から見たら情状酌量の余地こそあれど、誰よりも生真面目であるが故に、自分で自分を許せなくて仕方が無いに違いない。


Xだ。
俺を騙って3年を数名潰した、Xによる策略に違いない。
俺はそう直感した。しかし、それと同時に奇妙な疑問に衝突する。

何故、そんな回りくどい手法を選んだのか?
わざわざハルクに依頼しなくても、直接手を下せば良かったのではないか?

ボロ子はこの学園の陰謀をゲームと喩えたことがあった。
だとしたら、それの参加者にはルールが存在しているはずだ。
ボロ子が、このゲームに勝つために俺と言う駒を必要とするように、XにはXの、例えば直接手を出してはいけないと言うルールがあるのでは無いだろうか。
……いや、こんなのはただの憶測だ。憶測ですら無い、ただの妄想かも知れない。

でも、そうで無ければ、Xはハルクに3年の出動を要請した後、そいつらをまとめて殺した事になる。
そして、この状況下に於いて3年を殺すことが出来たのは……たった一人しか居ない。






フィノン。





もしそうだとしても、今更俺は驚かない。
先日のフィノンの豹変を見てしまった以上、驚くどころか変に納得さえ出来てしまう。
先日の光景が、俺の脳裏にフラッシュバックした。




『リシャ姉。私には何も話してくれないの。だからゼンカ、何か知ってるなら、全部教えてよ。そしたら、私も……頼んでみるから』
『頼むって、何をだよ……』
『リシャ姉が、殺 さ れ て し ま わ な い よ う に、とか』




何であの時、俺はフィノンを止めなかったのだろう。
何であの時、俺はフィノンに本当の事を打ち明けなかったのだろう。
ほんの少しの事情しか知らなくても、リシャーダの気持ちの1%でも伝えていたら、結果は違うものになっていたかも知れないのに。


「ゼンカ。俺はフィノンを殺す」
「なっ……!!」


ハルクが突然、そんな事を言った。
思わず驚いたが、しかし、冷静に考えれば、そう。
だってこの状況でXが絡んでいるとしてもしなくても、実行犯はフィノン以外に考えられないのだから。
でも、それだって考えられないだけで確実ではない。
フィノンを守ろうとしている何者かが一連の事件を全て引き起こしているとも考えられる。
最初、俺はそいつをリシャーダなんだと思っていた。
でも、リシャーダでさえ畏れるような存在がフィノンに憑いているとしたら。

……旧校舎に入ってしまった事と、フィノンを守ろうとする何者かの存在と。
旧校舎には魔物が居るという、何てことはない下らない噂が、パズルのピースのように、俺の頭の中でカチリとハマる。


「ま、待てハルク!!」
「待つさ。まだ、待ってやる。今は、何の準備も無いから。3年を20人、まとめて消し去るバケモノだ……相手にするには、相応の準備期間が必要になる……」


ハルクは立ち上がって数歩歩き、俺に背を向けた状態で立ち止まって言った。


「お前がもしフィノンの潔白を証明したいなら。再来週の月曜日までに証拠を集めてみせろ。決着の舞台は、1・3年の合同レクリエーションのイベント会場だ」


そして、再び歩き出すと同時に、雰囲気だけで俺を呼びつけたように、今度はついて来るなと言う雰囲気を纏って、ハルクは1年校舎から出て行くのだった。
合同レクリエーションの日までに、俺はフィノンの潔白を証明する『ナニカ』を見つけなければならなくなった。
しかし、俺自身、フィノンを疑っている状況で、一体どうやって潔白を示す材料を探すというのか。
もうこの学園の中には警察が入り込んできている。
フィノンのことも、当然警察は調べてきているだろう。
そしてもし、フィノンが犯人である決定的な証拠が見付かったら、その時俺は一体、何をすれば良いというのか。

……それでも。
何かをするしかない。
ハルクはフィノンを殺すために、恐らく1年全員をも巻き添えにする覚悟で来るかも知れない。合同レクの会場は、俺の経験では大体育館だった。そんな場所で、フィノンだけを隔離するのは、不可能だ。
或いは、そういう空間系スキルがあるのかも知れないが、それでもフィノンだけを相手にするのは危険すぎるように思える。
3年20人をまとめて相手にするバケモノと戦うとき、俺ならどうする?

俺なら、直前まで相手に狙っている事を悟らせず、奇襲攻撃を掛ける。
その時、わざわざ空間系スキルでそいつだけを隔離したりなんかしない。
もしそんな事をしたら、隔離された瞬間、そのバケモノは自分が狙われている事を悟り、迎撃体勢に入ってしまうのだから。
だから、『隔離』をする暇があったら、その瞬間に『叩き潰す』。
相手に、自分が叩き潰されたことさえ気付かせぬままに、一瞬で勝負を決める。

そのために、対象の周囲の無実な人間が犠牲になろうとも。

今、俺に出来ること、それは。
不本意でもフルフルに協力を仰いで保険を作り、そしてその後にフィノンに直接話を聞く。

やろう、いや、やってやる。
今回、Xは大きく動いたに違いない。
俺を騙りハルクの前に立ち、策謀で貶めたのだ。
何処かに必ず、何か一つ決定的な情報が在るはずだ。


猶予は、あと10日―――





続く 
  
次へ
前へ
戻る
inserted by FC2 system