状況はほぼ最悪。 味方になりそうな連中は全員既に帰宅済みで、俺は猛る3年相手に孤軍奮闘を強いられていた。 今この学校に居て俺の味方になってくれるのは―――やはり生徒ではない、そう、教員だ! 確か校門のところにサナが居た筈だ、まさかこんなところで頼る事になるとは思わなかったが仕方ない。サナも仮にも教師、スキルのレベルがかなり高い事を俺は身を以って知っている!(授業の度に色々と強烈な攻撃を貰ってるからな……) グラウンド、中庭――その過程で2年校舎を通り過ぎ、1年校舎前を通過して正門へ――! 「先生っ!!」 「あら、ゾンビ君。一体如何したの? 早く帰りなさい。そろそろ―――」 「それどころじゃ無いんだよ! とにかく来てくれ!!」 「え? わっ、きゃああっ!!」 細身のサナを軽々と担ぎ上げ、俺は1年校舎の中に飛び込む。 少しでも時間が惜しい―――1年校舎の中で思い当たる安全な場所へ、俺は脇目も振らず走るのだった。 ************************** 迷宮学園録 第十一話 『結末は泡沫の夢のように』 ************************** そして校舎の中を全力疾走、辿り着いたのは校長室。 校長室は―――俺が期待するような宇宙ではなく、いつもの校長室であった。 こんな時に限って出てこないのかよ、と思った瞬間に、俺の頭の中に『存在』が戻ってくる。 「慌しいな。一体どうしたと言うのだ?」 「ぜぇ……デンリュウ校長を襲った犯人が解った……、はぁ……」 状況が全く解っていないサナを床に下ろし、とりあえず俺を助けてくれるよう、簡単に状況を説明する。 と言っても、『3年生が何故か俺を殺そうとしている』、とだけだ。デンリュウ校長の事や、Xについてなどの説明は省いた。今はそんな事を言っても、余計に混乱させてしまうだけだろうから。 サナは暫くポカンとしていたが、直ぐに事の重大性を―――俺の何時に無い真剣な表情から察し、俺の手を取って言った。 「……解りました。私のクラスの大切な生徒を、誰かに殺させたりなんて絶対にしません!」 頼もしい―――だが、これでサナも危険に晒されるであろう事が確定する。 俺は、サナを頼りつつ、しかしサナを守らなければならないのだ。 「どうせリセットするのだ。使い捨ててもいいだろう」 「馬鹿言うな。その姿勢は俺の流儀に反する!」 サナは、外の様子を見てくると言って、俺を校長室に残して出て行った。 俺もジッとしていられず、窓の隙間から外の様子を窺う。しかし、外には誰も居なかった。 3年は既に1年校舎に入り込んでいると見て間違いないだろう、俺は校長室のドアに耳をくっつけ、外の様子を音だけで窺う。 「……どうやら、ゼンカ君の言う事は正しかったようですね。来ましたよ、血気盛んな連中が……」 サナは、ちゃんと状況を見て人の呼称を選べるらしい―――と言う事はさて置き、その言葉の通り、俺の耳にはすぐに3年たちの荒々しい声や足音が聞こえてきた。 考えてみたら校長室は袋小路じゃあなかったのか!? いや、いざとなったら窓からでも逃げられるか、それにボロボロマントの女とも合流できたし、これはこれでちゃんと意味があっただろう。 3年たちは校長室の前まで来て、サナによって進路を塞がれて立ち止まらざるを得ず、全員その場で叫んだり走ったりするのを止めた。 音だけでは、その程度の事しか解らない。 「……見ない顔だな、アンタ。新任か?」 「期間限定で配属された1年C組の担任です。3年生が一体何の用ですか?」 サナの質問に、3年たちは答えない。 だから、音だけじゃわからない! 一体、連中は何を企んでいるんだ!? 次の瞬間、窓ガラスが何枚も、唐突に割れる音が響いた。一瞬サナの声が聞こえたような気がしたが、見ていないのだから解らないのだ!! 間髪入れず俺は校長室から飛び出す。そこに居たのは、鬼気迫る表情の3年たちだけであった。 割れた窓ガラス。サナの履いていたと思しき靴だけが、そこに落ちていた。 サナは―――窓から……!? 「……貴様らああぁぁあああああッ!!!」 どす黒い感情が、腹の底から溢れ出る。 殺せる、今なら俺はこいつらを―――消せる! デンリュウ校長が何を思って俺に攻撃スキルを託さなかったのかは解らないが、今になって思う! その判断は―――正解だ! 俺にこいつらと戦うスキルがあったら、俺は間違いなく此処でこいつらを皆殺しにしていたのだからッ! 俺の目の奥に隠れ潜む残虐性を、デンリュウ校長が見抜いていたのかは解らないが――― 「ッ! コイツ―――正気か!?」 俺は僅かに残された理性でデンリュウ校長に全力で感謝しながら、ガラスの割れた窓から飛び降りた。 校長室は1年校舎の最上階―――3階にあり、階数だけで言えば低そうではあるが、学校の校舎の特徴として、1階当たりの高さが本来より高めに設計されている。 そのため、3階とは言え地上10メートルはゆうに超えており、躊躇い無く飛び出すには相応の実力に裏打ちされた勇気が必要だった。 着地地点より少しズレたところで、サナが蹲るように倒れていた。 俺は『まもる』を発動して無音で着地し、サナを抱き起こす。 「………う……っ、ぜ、ゼンカ君……」 「無事か……良かった。何処かに逃げられそうな場所は無いか!?」 「………」 意識を取り戻したサナを酷使するようで悪いが、俺はこの学園の近くにどんな建造物があるのかはあまり知らないので、何処かに隠れられそうな場所が無いかを問う。 しかしサナは俺の質問に答えず、俺の手を払いのけて言った。 「まさかいきなり実力行使なんて……少し油断しましたが、あの程度なら私は負けません。逃げてください、ゼンカ君。彼らを懲らしめたら、私もすぐに合流しますから」 吹いたら消えてしまいそうなか細い笑みを浮かべたサナはよろける足で立ち上がると、3年が校舎から出てくるために通らざるを得ない昇降口前までフラフラと歩いていった。 追いかけるべきか、今すぐ逃げるべきか。答えが出ない―――俺が迷っていると、頭の中から声が響く。そういえば、居たんだったなコイツも。 「状況が状況だろう。駒は使い捨てて、この場は逃げるか―――さっさとリセットしたほうがいいと思うぞ」 冷静を装っていたが、その口調は『早くリセットしろ』と俺を急かしているようにも感じられた。 確かに、これ以上は本気で危険だ。ここはリセットして、デンリュウ校長の協力の下に3年と戦っていくのが賢明な気はするが、……するのだが、しかし。 ポケットの中に手を入れた俺は、これが悪い夢なんだと思い込みたくなるほどの衝撃に襲われた。 「……無い……! 栞が無いッ!! 嘘だろ!? マジかよ!!」 「なっ!! 貴様、何を馬鹿な事をッ!! あの栞は私が実体化できる校長室の中でしか渡せないぞ!!」 「何処で落としたんだッ!? 畜生、逃げてる途中で落としたんだ、多分一番派手に動いた3年校舎前の何処かに落ちてるはずだ!!」 頭の中がグチャグチャにかき混ぜられた気分だった。 一体如何したらいいのか解らず、闇雲に目に付いた可能性に飛びつこうとする俺を、頭の中の女が制する。 「落ち着け! 焦って行動するとロクな結果にならない! いいか、こうなったら旧校舎裏の倉庫を目指せ」 「……そこは、デンリュウ校長とアブソルの……」 「忘れたか? 私が校長室で実態化できるのは、あの場所がデンリュウによって歪められていたからだ。だから、喩え死んでいたとしてもデンリュウが居る倉庫の近辺ならば、私は実態化できる! そこで栞を渡すから、リセットするんだ!」 ―――なるほど。 言われて見ると、もうそれしか無いって感じだ。 だとしたら、俺に出来るのは誰にも見付からずに旧校舎まで行く事だけだ。 校内を突っ切っていくのが速いかも知れないが、それでは見付かる可能性が高い。 学園の外を大回りして、旧校舎付近を囲む学園の壁を乗り越えて行くのが確実だ。 それならば、恐らく誰にも見付からずに旧校舎まで行ける!! 「いたぞ! ゼンカだッ!! 絶対に逃がすなァあッ!!」 「っ!!?」 3年生たちが、1年校舎から飛び出してきていた。 そんな、サナが昇降口に張り込んでいたはずなのにどうして―――まさか!! 「考えるな! 走れッ!!」 「ッ! あぁ!!」 3年が俺を追ってきていると言う事は、つまり昇降口に張り込んでいたサナはもう―――くそ! 俺が巻き込んだばっかりに……いや、そもそも相手はデンリュウ校長だって倒した精鋭だ、教師だからと言ってサナを頼った俺の失態に他ならない! 頭の中で俺に命令してくれるこいつが居なかったら、俺は雑念に囚われて上手く逃げる事が出来なかったかもしれない。 ……だが、それでも間に合わない時は間に合わない、駄目なときは駄目なのだ。 「はぁっ、はぁっ、……くそったれ、ゲームオーバーか……!」 旧校舎の昇降口前。 ガムテープでビッシリと目張りされたドアが、この校舎が今はもう使われていないことを悠然と語っている。 俺はそんなドアを背に、俺を取り囲む3年生たちを一望した。 背丈は高いのも居れば低いのも居る。 頑張れば突破できそうな、包囲網の薄いところもあるが―――如何考えても、この数相手では逃げ切れない。 『まもる』を使っても、持続時間数秒足らずでは全然足りやしない。 くそ! ちくしょう! ここまで来たのに! ここまで来れたのに!! 旧校舎の構造を把握し切れなくて、裏手の倉庫に行く前に囲まれてしまったのが俺の敗因。 でも、一番の敗因は、頭の中で喧しく喚いていた女の言うとおりにさっさとリセットしなかった事だ。 ちゃんとリセットして、デンリュウ校長を守って、共に戦っていけば何とかなったかも知れないのに……! 俺の所為だ、俺が勝手な行動に出たから! その罰として俺は此処で殺されて、もう元の世界には帰れないのなら、それも甘んじて受け入れよう―――だけど! 「まだだ……」 炎を灯せ。 我が身の内に潜む狂気を呼び起こせ。 不意に、追い詰められていたはずの俺の目が不気味に光るのを見た3年たちがたじろいだ。 それは、ニンゲンだとするならば、確実に『最悪』の部類に属される者のみが放つ事を許される眼光。 他人を利用し、屠る事を喜び、破壊と絶望を娯楽として享受できる者のみが放つ、冷徹な視線……! ―――或いは、真の絶望の中を生きてきた者だけが、死の淵から這い上がる時に発する、強き意思の眼差し! 「……俺を殺せるものなら、……殺してみやがれぇぇえぇえええッ!!!」 俺に一番近かったヤツに瞬時に飛び掛る。 囲まれていたが、一番近いやつから順に削除していけば、それは俺に倒されるために順番待ちをしているのと何も変わらない! そいつの顔面に拳の一撃をお見舞いし、俺はその流れで隣のヤツの頭を掴んで、頭突きを喰らわせる。 一瞬で二人が崩れ落ちたが、残りの連中は弾かれたように俺に向けて攻撃を開始する。 2秒だ。2秒でいい、こんな奴ら、2秒で片付けてやるッ!! もっと炎を猛らせろ! 全身の血を沸騰させろ! ―――俺に、力をッ!! 遠距離攻撃スキルが雨のように浴びせられる。 俺はその中を突っ切り、一人、また一人とその顔面に攻撃を加えていく。 頭さえ潰せば、ニンゲンはそう簡単に動き出す事は無い。 俺は幼い頃に培った戦闘経験を呼び覚まし、的確に『ニンゲン』を各個撃破していく。 そうさ、2秒でいいんだ。たった2秒の無敵時間があれば、こんな奴らに臆する必要は無かったんだ! デンリュウ校長が託してくれた2秒間が、俺の窮地を打破する大きな力となる! ―――パァアン! ……銃声が、暗闇に包まれた旧校舎前を切り裂いた。 「…………え」 口の中に、鉄の味が広がった。 力が抜け、だらしなく開かれた口の端から涎のように滴る真っ赤なモノ。 俺は、恐る恐る腹の辺りを見て、……ああ、俺、撃たれたんだ、と、理解する。 くそ、この学園は、銃器までアリなのかよ……。 それも、『まもる』が解けた瞬間をピンポイントで……。 地面に力なく崩れ落ちる俺。 しかし、まだ倒れない。 片膝を突いて踏ん張り、俺は真っ直ぐ前を見る。 俺を撃ったのは―――誰だ……。 しかし、眼前には暗闇が広がるばかりで、俺は犯人を視界に捕える事が出来ない。 ははは、くそったれ、まさか犯人はこの真っ暗な学園の中で、暗視スコープでもつけて俺に狙いを定めてるってのかよ? 反則だ、そんなん、どうしようも無いじゃないか。 「形勢逆転だな……1年にしちゃあ上出来過ぎだ、ボウズ」 俺を囲んでいたヤツの一人が、起き上がって言った。 その通りらしい。俺のこの怪我では、これ以上動き回る事が出来ないのだから。 立ち上がった男の手には、拳銃が握られていた。 撃ったのは、お前だったのか。しかし、それが解ったところで、俺に打つ手は無い。 既に『まもる』のPPが尽きていたのだ。俺に出来ることがもう、何も無い。 「さらばだ、この学園の平和のために―――」 ―――パァン! 俺は最後まで、その男の顔を睨みつけていた。 だが、銃声が響いた瞬間、俺の視界は真っ暗に閉ざされた。 痛みは無い。死んだのか? ……いや、違う。これは――― 「ぐっ…………」 「貴様……何時からそこにッ!!」 男の顔に動揺が走る。 俺と拳銃の間に割り込んだのは他でもない、あのボロボロのマントの―――しかし、彼女は俺を庇って銃で……! 女は俺に覆い被さるように倒れ、俺はそれを支えきれず一緒に倒れた。 拳銃を構えた男は、突如として割り込んできた女に動揺を覚えていたようだが、すぐに冷静さを取り戻して、俺に銃を向けた。 「何しに出てきたのかは知らないが、無意味だったな」 男は銃を、俺ではなく先に女に向けて言った。 だが、女はそれに構わず、俺に言う。 「……待ってるから―――必ず、帰って来て」 銃声と共に、俺の身体は光に包まれて―――この世界から、切り離された。 これを以って、俺の、不思議な夢の世界での生活は、幕を降ろした。 栞を破ったのではない。 女によって世界から弾き出された俺は、もうこの世界に戻る術が解らない。 帰ってきてと言われても。 「うっ……うぅ、うああ……あぁあああああぁぁぁぁぁあぁあああッ!!」 俺は、『元の世界』の『元居た場所』で。 何も書かれていない、一冊の本を抱えて、泣いた。 認めない。 こんな終わり方なんて、俺は、絶対に――― |
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