――迷宮冒険録 第九十二話




「くぁあああぁぁぁあ……」



窓から差し込む朝日を浴びて、俺は大欠伸をした。
連日の冒険活動の疲れが溜まっていたらしい、珍しく寝坊をしたようだ。

クリアが居れば普段は寝坊などしないのだけれど、
ヤツは今『種の同窓会』に出席しているためここには居ない。
種って同窓会とかやるのか…何だか間抜けな組織に思えてきたのは俺だけだろうか。

フライアはフライアで、リヴィングストン王家の後始末をするからとか言って
ハルク他大勢のところに出かけているため、『あれから』ずっと会っていない。

ミレーユは『あの戦い』の後すぐに見知らぬピクシーに捕まり、
病室に戻れとか入院だとか絶対安静だとか喚かれながら連行されたためフライアと同じく会ってい ない。

つまり、このツインルームで俺は一人と言うわけなのかと言うと、ところがそうでもない。
だってツインルームだし。そう、ちょっとだけ厄介なことになってる。

如何したものかねぇ。
まさか俺もこんな展開が待っていようとは、正直驚きが隠せない。
今でもまだ、夢だと思っているくらいだ。

もしかしたら、実は俺は死んでいて、これは夢なんじゃないかとかな。


だって、コレはねぇよなぁ。


窓から射す光の陰になった部屋の隅のほうのベッドで、
『それ』は小さな寝息を立てていた。






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    迷宮冒険録 〜エピローグ〜
      『冒険家、その後』
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「そっち片付いたかー?」
「粗方な。そろそろバイトには上がって貰ってもいいかも知れん」
「OK、伝えてくる」

力仕事は疾風槍のバクフーン率いる精鋭たちが、
それ以外の細かいところはハルクやフライア、そのほかバイトたちが担当し、
リヴィングストン王家の城の修復を行っていた。

もう所有者など居ない蛻の城だけど、これからこの城は住居になる。
もう輝石だの何だのの柵は無いのだから、
行き場を無くした者たちが集うには十分な大きさの住居に。
王家だの何だのと言う堅苦しい区別も、全て捨て去った上で。

「フライア、そろそろいいぞ」
「え、でも……」
「本当はあいつらの所に早く行きたいんだろう?」
「………うん」

遠慮気味に肯定するフライア。
ハルクはその頭を撫で、ピジョットを呼びつけた。

「何ですかボス」
「ボスはやめろ。フライアをアディスのところまで送ってやってくれ」
「兄さん! 大丈夫ですよ、一人でもいけます!」

これ以上迷惑はかけまいと、フライアは慌ててその申し出を拒むのだが、
ハルクは毅然とした態度でそれを否定し、文字通り飛んできたピジョットに命じる。

「いいやダメだ。絶対に送らせる。冒険家機関の通達だと
 連中はこの山のふもとの村に泊まっているらしい。
 今から行けば間に合うだろう、さっさと行け」

「「(兄バカ……)」」

「な、何だその目は……フライアまで!」

故に、その視線を集めるのは、必然と言えば必然であるような。
まぁ、それは如何でも良い余話であるが。

余話と言えば、結局幾度と無くフライアを襲撃していた例のサイドンとボスゴドラが、
このリヴィングストン王城の修復作業のために全力で奉仕させられていたとか如何とか。




「この壁の隅に、俺たちの名前彫っていこうぜ…」
「そうだな……って、何でこんな小さい事してんだろうな、俺たち……」




…………
……………





あの戦いが終わってから、俺は暫くの間クリアと旅をしていた。
毎日何かしらの悪寒を感じる旅であったがそれはさて置き、
クリアと居る間に冒険家ライセンスを正式に取得したり、
面倒なアレを全部片付けたりしたかったんだが、それは旅立ちから数日後のことだった。
クリア宛に同窓会の手紙が届き、いよいよ俺が孤独になったのは。

別に寂しいとかそう言うわけじゃ無いんだが、
此処までずっと旅は道連れだったから、物足りなさを感じていたんだろうなぁ。

ある山道を歩いていたんだが、物足りなさを感じながらの探索ってのは危険極まりないもので、
ついウッカリ足を滑らせ、俺は崖から勢い良く転落した。

死んだ! って思ったね。
ミカルゲから聞いたが、他の世界の俺の死因は大抵転落死だそうで。
だから流石に転落に対しては過剰反応してしまうわけだ。

しかも、この時の俺は純粋にただのリオルだ。
余計なオプションはあの戦いで全部無くなって、
あるとすればティニから貰った神器が首にかけてある程度。
波導も使えない、徹底したレベル1状態。

だから、崖から落ちたら普通に死ぬ。
アンビリバボーの主演じゃないんだから、
ごく普通の俺は崖から落ちたら助かるはずが無い。常識的に考えて。



「ぬっ、おっおわああああああああああああああぁッ!!!」



しかも、せめて受身を取ろうと思ったのだが、
崖の途中に生えていた枯木に足が引っ掛かり、
見事俺は頭から転落する形になった。


あぁすまない、折角全部巧い具合に纏めたのに―――



その瞬間だった。
俺の両脇からスッと白い手が伸びてきて、
落下速度をゆっくりと低下させ、一切の衝撃無く俺を救い出した『ヤツ』が現れたのは。


『紐無しバンジーの途中だったら、邪魔してごめんなさい…………?』


「……ティ、ニ……? いや違う、誰だお前……」



それは俺を助けた後、『久しぶり』と言った。
そしてその後、『この姿では初めまして』と続けた。

まさかと思った。

俺は今までティニを助けたいと思っていたし、
その願いは今でも引き摺っていたのに。

俺がずっと守りたいと思っていたティニは本当のティニじゃなくて、
アークと同じ超界者などと言うふざけた存在だったのを知ったのはつい先日で。

『まさか私が倒せなかったナイトメアを倒すなんて、奇跡を見てるみたいだよ』
「……あぁ、俺もだ。どこからどう突っ込めばいいのか解らないけどな」

そう、目の前に居るそれが本当のティニじゃないとしても、
今こうして会いに来てくれた『それ』は、俺の一番会いたかったティニ本人で。
それ以上、何が居ると言うのか。
此処までの戦いを乗り越えてきた俺へのご褒美だと言うのなら、これ以上嬉しい事は無い。


『ノア』、それが彼女の本当の名前だそうだ
そしてその姿は、何時だかホウオウとくっついて暴走していた『アレ』のちっちゃい版である。
何だっけ。アルセウスだ。

『これは『極みの変身』。この姿だと世界の壁を突破しやすいから』
「あぁ、その説明はいい。世界だのなんだのと突飛な話はいい加減疲れた」
『そう。でもそれでいい。アディスはこれ以上超界者なんかと関わらない方がいい』
「…………んあ?」


ノアはスッと手を伸ばし、俺の持つ神器に手をかけた。
それはノアがくれたものだ、だからノアになら如何されようと構わない。
そう思っていると、ノアは神器から『何か』を抜き取った。

光り輝くそれは、恐らくは神器の『核』と呼べるもの。
それ無くして、このペンダントがただの装飾品を越えることはない。


『これももうアディスには必要ない。私に出来るのはここまで』
「……何を」
『名残惜しいけど、もう世界が狂う事はない―――と思う。
 この世界でこの先何が起こるのかは私にも解らないけど、
 アディスなら大丈夫。アディスなら信じられる。だから、この子をよろしくね』
「この子? オイ、待てティニ―――じゃなかった、ノア!」


ノアはそこに突っ立っていた。
だが、俺にはこの感覚が解った。
ノアはもう、アークと同じように空へと飛び立っている。

かつて俺が、ノアからペンダントを授かったその時のように、
そこに『ノアの身体』は立っているが、もう中身は此処から――この世界から離れ始めている。


「待てよ、待てよノアッ!! ちゃんと説明しろよッ!!」


『この狂った世界にはもう新しい秩序が生まれている。
 もう何も心配しなくていい、壊れてしまった駒も大半が修復された。
 私がここに残る事も出来る。新たな秩序がそのようにしてくれた―――だけど』


「新たな秩序……?」


『ミュウの代行者。ミュウよりはよほど出来た方だから心配しなくていい。
 私がここに残れるのに残らない理由は、アディスのため。
 そして、私が消し続けてしまった真のティニのため』


「何の事だよ! わけが解らない!」


『そこに残したのはティニ。私が少しだけ特異な力を与えた本当のティニ。
 その子が貴方を守ってくれる。そして貴方はその子を守りなさい。
 私は―――貴方が見せてくれた覚悟に恥じないように、これからを生きていく』


「……ティニ……本当の……?」



目の前に居た小さなアルセウスは、何時の間にかシェイミの姿を象っていた。



『「還るべき場所へ還れ、我それを願う」―――さようならアディス』



「ノア……ッ…………」




ノアとアーク。
高い運命の壁から逃げる事を選び続けた超界者たち。

それが、この世界を最後に、運命に立ち向かう者へと変わった。
引き止めて如何する、俺がすべき事は、そんな事じゃない。

引き止めない。引き止めてはいけない。
記憶は無くとも、俺自身が示した覚悟に報いようとする彼らのために、
俺は、笑って見送ってやる他に、何が出来ると言うのか。何をしろと言うのか。



「頑張れよ――――俺は此処に居るから」




『……! ふふっ、ありがとう、アディス―――――』




既に見えない『それ』が確かに『笑った』のが、解った。
解ったから、それでどうしたと言う事でも無いのだけれど、

足を滑らせて崖から落ちたからと言うのは、
それこそ何の意味も無い偶然であるはずなのだけれど、

俺は、狂った世界に定められた『死』の運命を、
たった今打ち破ったのだと、そう儀式めいた何かを、感じざるを得なくて。


「…………勝手だよな、どいつもこいつも」


傍らで眠る、本当のティニの頬を、優しく撫でるのだった。






………
…………






ここで舞台は少し遡り、ちょうど全ての戦いが終わった直後のことである。
直後と言うのは、この場合本当の意味の直後であり、
アディスは気を失って倒れ、同じようにナイトメアの意識も無かった、
それで居て波導の衝突により生じた光で、誰もその光景を見ていない瞬間のこと。

初めから『こうなる事』が解っていたかのように、
機を見て光の中に影が飛び込んでいった。
ただし、それは誰の目にも映らない透明な何かであったが。


『それ』は、光の中で、剣と石と仮面を回収した。
そして立ち去ろうとした瞬間、ピタと動きを止めて、倒れたアディスに目を向ける。

そこには、ダークライが立っていた。

互いに、目を合わせたまま静止、約5秒半。
言葉も何も無い。暗黙の『了解』があった。






光の中から、透明なクレセリアが飛び出していくのを、
ずっと遠くから全ての戦いを傍観していた緑髪の少女だけが視認していた。






神器は、次の秩序に託される。


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