――迷宮冒険録 第九十話





この世界は、全てが創造主アルセウスの見る『夢』である。

人はあまりに増えすぎたが故に生殖以外の方法で出現する事はないが、
自然のバランスを守るポケモンたちは、在る時に不意にこの世界に『誕生』する事がある。

親無しで、或いは突如として子持ちの状態で、アルセウスの気紛れにより定められた歴史の中に、
誰の思惑も届かぬ超常的な力で、最初からそこに居たかのように出現する―――
それこそが、この世界がアルセウスの夢である事を告げる確たる証拠の一つ。
尤も、それに気付けるのはごく一部の超存在だけであるが。

しかし、アルセウス自身に『想像』を『現実』に変える力があるとするならば、
このいくつもの世界は、夢であると同時に確かな存在を持っているのではないか?
そのことに気付いた一人の超界者は、自分と同等の力、
そして同等の思考を持つ超界者を探し、仲間に加えていった。

長い、実に永い時をかけ、集った仲間は僅かに4人。

最初に『気付いた』超界者と、後から集った者達で構成されたその小さな組織を、
彼らは自ら『永遠を目指すもの』の意味を込め、『トワ』と名付けた。

「『時間的』に、狂った世界はアレが最後だろうな」
「……この機を逃せば、幾ら我々とて、アルセウスの夢の終わりと共に消滅してしまう」
「チャンスは一度。成功させるためには、『彼』の力が必要不可欠」

口々に、3人の超界者が呟いた。
それぞれは一応ポケモンの姿を象っているが、
その存在感は通常のそれとは比べ物にならない。

―――と
彼らの背後から足音が響いてきた。
コツ、コツと、革靴で上品に歩く音だ。


「ミカルゲにされながらもあれだけの力を持っているんだ。
 彼さえ居れば、作戦は必ず成功するさ」


青いマント揺らしながら現れたのは、帽子を目深に被り、
そこから長い前髪を覗かせる長身の男。
非力なヒトと言う種族の中で、唯一この境地に辿り着いた存在。

トワの、創始者――『人間』。


「何時までも一人で夢を見るしか出来ないアルセウスは、我々が必ず救い出す。
 それが、彼によってこの世界を知る事の出来た、我々からの恩返しだ」


強き意思を秘めた瞳を輝かせた、人間―――











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      迷宮冒険録 〜終章〜
    『仮面の悪夢と運命の風5』
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長い夢を見ていたような気がした。

衝突したナイトメアの波導と自らの波導が激しい閃光と衝撃を生み出し、

宇宙創生を見ているような気分で死力を振り絞っていたのが、ずっと昔のようにさえ思えた。


俺は、その光の中にある男の影を見た。



「エイディ=ヴァンス」



輝石を巡る謀略の果てに、ナイトメアの手によりその短い生涯を終えた少年。


「やぁ」


パッと明るい笑顔を向けるかつての凶暴な少年A。


「何だよ、そんな表情も出来るんじゃねぇか」
「やる事やったし、僕は満足だよ」
「……そっか」


エイディの『やる事』が何を指すのか俺は知ったことでは無いが、
最初に出会った時のコイツを鑑みると、それはきっと良い事だったのだろう。
俺はそう思うことにした。エイディも、それでいいようだった。


「恨んで欲しかった?」
「……?」
「君じゃない。君の中の超存在に訊いている」


エイディは、俺の中に居るミカルゲを知っているようだ。
何故知っているのかは、恐らくこの戦いを仮面の中から見ていたからだろう。


「君は恨まれる事で自分の罪を自覚しようとしているみたいだね。
 僕は君が嫌いだから、そんなの認めないよ。僕は君を恨まない。
 無数に存在する世界の中のたった数十個じゃないか。
 こんな狂った運命があってもいいと思うよ―――少なくとも僕自信はね」

「………」

「所詮『駒』に過ぎない僕らが言うのもなんだけど。
 運命に抗うのも従うのも、そこに世界があるから始まるんだ。
 この世界に居る僕は、他の世界に居る『僕』とは違う『僕自身』でありたい。
 これだけ狂った運命を辿った僕は、短くても充実した人生だったよ」


ミカルゲは、何も言わない。
返す言葉が無い、そんな気配だった。


「本当は恨んでもいいかなって思ったんだけどね……」
「……?」
「いや、もういいんだ。もう、『満足』したから」


……満足?


「さぁ、もう還るんだアディス。君の、帰る場所へ」


エイディが、遮るように俺に向かって広げた手を突き出す。


「君自身が、そう決めたのだろう? 僕は従うよ、その『覚悟』に」
「お、オイ、待てよ! 俺は何を―――」


グッ、と背中から何かに引っ張られるように、俺とエイディの距離が開いた。


「アディスなら信じられる、だから―――――」




その先の言葉を聞く前に、俺の視界からエイディ=ヴァンスは消えた。





…………







……ディス……



……アディス……




「………」




目を覚ませ――アディス!





「………ぅ……」



ズキンと頭に激痛が走った。
記憶が途切れ途切れに再生される。

何故、俺は倒れているんだろう、その理由が蘇る。



「アディス……?」



ミレーユとフライアが、まるで死人が起き上がったかのような目で俺を見ていた。
まぁ、正解だ。リオルで在る時には、確実に2回俺は死んでいたしな。
しかし今はそんな事より頭が痛い。二日酔いってこんな感じなのだろうか、
もしそうなら俺は一生酒は飲まないと心に誓いたくなるほど頭が痛い。


「……ってぇ……頭いてぇ……」

「アディスぅーーっ!!」
「アディスさんっ!!」

「ぬおあっ!? やっ、やめ……うぎゃぁーーーーーーっ!!」


ミレーユとフライアが飛びついてきた。
咄嗟のことに硬直した俺は二人の下敷きにされ、
ただでさえ頭が痛いのに更なる苦痛に曝される。


よく解らない。

俺は、勝ったのだろうか。

ナイトメアと、その悪夢の連鎖に。


思い出せない。


けれど、何かをやり遂げた清々しさが俺の心の中にあった。


「終わった、のか……」
『ああ』


何時の間にか日が傾いていた。
沈む太陽を見送るために立ち上がる体力は残っていなかったが、
その空を眺めるだけで、俺は『終わり』を感じることが出来た。

運命を覆したのだと、実感できた。




……………
………






「本当に覚えてないの?」
「あぁ、サッパリだ……」
「はっはっは! それだけ必死だったって事だ、な、キョーダイ!」

――バシィッ!

「ぬぐぉう……ふ、フリード……後で覚えとけ……あと何時から俺はオマエの血縁だ……」


馬鹿笑いしながら俺の背中を豪快に叩くフリード。
叩かれた衝撃で、俺に肩を貸してくれていたワニノコがバランスを崩し、
前を歩くピカチュウにぶつかって思い切り怒鳴られていたのが申し訳なく思える。
すまんなワニ公、後でこのサメ野郎を好きなように甚振っていいからな。

俺の隣を、疲れて眠ってしまったフライアとミレーユを背に乗せて歩くクリアは、
始終俺の顔を覗き込みながら『真実』を探ろうとしていた。
しかし、思い出せないのは事実なのだから俺にはどうしようもない。

居候のヤツも何時の間にか俺の中に戻ってきているし、ワケが解らない。


『ま、お前の決断と度胸には恐れ入ったとだけ言っておこう』


お、俺は一体何をしたんだ。
此処まで触れずに来たが、何時の間にか俺の身体がリオルに戻っている事も含めて、
誰か真実を懇切丁寧に教えてくれないか? 報酬は弾むから。


『それは何時かナイトメアに再会した時にでも聞けばいい』


ほー、そうですか。
そうですな、本人に聞くのが一番速いぞ、うんうん。










ってオイ











「マジ、俺何したの……?」




―――ドサッ




「お、おお? おいアディス!? おーい!?」



そのままワニの手をすり抜けてバタリと倒れる俺。


確実に解った事は、俺が進化前に戻っている事と、
居候がまだ居る事と、ナイトメアがまだ何処かに居ると言う事だ。

それって、まるで何も進展してないように思えるのは俺だけだろうか?


『お前だけだ、心配するな』


オイ、含み笑いしてないで教えろ。いや教えて下さいお願いします。


『考えるな感じろ』


何でも都合よく感じれたらこの世に命題なんかねーっての。


『答えはいつも僕らの心の中にある』


ふざけんな、ちょっとお前表に出ろ。リアルな意味で。



「ちょっと! アディス君!」
「どーしたキョーダイ! しっかりしろー!?」



しかしミカルゲを表に出す前に、俺の意識は再び途切れるのであった。





意識が途切れる瞬間、またエイディ=ヴァンスに会った気がする。
多分、あの光の中で出会ったときの記憶がフラッシュバックしたのだろう。




エイディは、なんて言ってたんだろうな。




『だから―――新たな運命の王の誕生に、祝福を』





閉じた意識の夢の中で、俺はあの戦いで俺が仕出かしたことを全て居候から聞いた。
まさか、俺がそこまでしていたとは俄かには信じられなかった。
ただ、運命の戦いは終わった、そのことだけで俺は満足する事が出来た。


終わってみれば、なんてことはない。


眠れぬ夜に膨らみ続けた悪夢が、夜明けに消えたようなもの。


ただ、その夜があるから、彼らは成長する。


その夜を乗り越えられたから、きっと次の夜も越えられるように。












そして、長い長い夜が、漸く明ける―――


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