――迷宮冒険録 第八十五話





誤算と油断、それは自信と過信より生じ、
誰に対しても平等に、その足元を掬うのだ。



しかし、時にその油断により生じた失態を恥じ、
乗り越え、強くあろうとする者も存在している。


それは、悪や正義の区分を超え、
譲れない意思を持つ者に与えられた力。






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      迷宮冒険録 〜五章〜
     『剣劇舞えよ白金の宴5』
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ここに、油断によって倒された者が居た。
しかし、彼は―――その油断を、乗り越えられる者であった。



「(……砕けることを、恐れるな……)」



霧散しそうになる身体を、意識を無理矢理保つ事で何とか食い止め、



「(我、無より生まれ、無に帰すもの…)」



激痛と屈辱に耐えながら、心の中で唄を謳う。



「(我、天より生じ大地に、帰すもの)」



雷の伝承歌――電気タイプに許された、己が力の限界を突破する最終奥義。

それは、電気タイプにしか許されていない禁忌の旋律。
電気タイプであるからこそ、歌う事を許されし魔の歌。



「(我、神より生され魔に帰すもの)」



少しずつ、身体の中にある電気を貯蔵する臓器に、電気エネルギーが胎動し始める。
だが、それでもまだ不足である。完全にこの歌を歌い切り、
全ての力を注がなければ、あの屈辱を晴らす事は出来ない。



「(最も高い処から、最も高い処へ、堕ちる――)」





ミロカロスは、自分を倒したことで安心し、油断し、疲弊した身体を休めている。







だからロトムは、その唄を謳う。






「我、至高を目指す者」




「――ッ!?」






ズドン! と、鈍い音と共に、クリアの身体を何かが貫いた。
それは、倒れていて、もう直ぐ霧散してしまうはずであったロトムが放った、
雷を凝縮して作られた、非物質的な、槍――



「な………ッ」



超高密度のエネルギーの塊が身体の中を突き抜けたのだ。
ただでさえ電気タイプに弱いクリアが、
直後すぐに反撃の態勢を取る事など、不可能であった。

一撃で殺されはしなかったとは言え、
その衝撃とダメージでクリアは動く事が出来なくなる。
実質、もう死んだも同然であり、ロトムとの立場が完全に逆転したのと同義であった。


「油断したな。種に属していたくせに、伝承歌の存在を忘れていたか」

「………っ……」


地面に這い蹲るカタチで、クリアはロトムの方に顔を向ける事しか出来なかった。
伝承歌の存在は知っていた。
だが、それを実際に扱えるものなど、
この世界に数える程度しか居ないと言う事も知っていたのだ。
だから――伝承歌について『知り過ぎて』いたクリアは、油断した。

その油断が、致命的なミスを招いた。


ロトムは、先ほどまでとは比べ物にならないほどの電気を身体の中に蓄えている。
それが、雷の伝承歌の力。



脳が身体に下す命令は、全て『電気信号』である。
電気タイプは電気を操る事に長けていて、
そこから生じたのが、自らの電気で脳の命令をコントロールすると言う考えであった。

長い長い研究の歴史の中で、ある者は発狂し、
ある者は自らの記憶を失くし、幾多の犠牲者を出しながら、
ついに、ある電気タイプの一族が、雷の伝承歌の旋律を生み出した。

あの歌は歌詞にはさほど意味が無く、そのリズムが重要なのだと言われている。
そのリズムは、電気タイプが身体の中に特殊な電気を生み出すために必要な呼吸のリズムを孕んでおり、
その歌を歌いながら電気を練る事で、脳の信号を操る電気を作り出す事が出来るというのだ。

それを用いて、本来自分の意思ではどうにもならない力のリミッターを無理矢理解除する。
それが、伝承歌の正体だ。

これを応用すれば、自らの記憶でさえ操作できるとも言われている。
高所恐怖症を無理矢理克服する事も、
さらには相手の脳を操作して幻覚を見せることも可能になる、らしい。


「ナイトメア様の邪魔はさせない……それが、僕の存在意義だ!」


ロトムは再度雷の槍を構築し、それを倒れているクリア目掛けて投げる。
それに気付いたフリードが、槍とクリアの間に割って入るが――それは意味の無い行為だった。




――ドシャアッ!




「う……ぐ……ッ…」

「無駄だよ。その槍は物質じゃない。ただの熱量の塊だ、どんな障害も貫通して飛んでいくのさ」

「ち、ちくしょう…………」



それは電気の槍だったが、タイプ的に言えば炎だった。
フリードはそれが突き抜けていった瞬間、身体の中が焼かれるのを感じたし、クリアもまた同じであった。
倒れた種の二人に、ロトムは冷たい視線を向ける。

「これで、種もオシマイだな」

この世界に残された最後の抵抗勢力の陥落を自らの手で紡いだロトムは、
少しの満足感と多量の物足りなさを感じつつもう一本の雷の槍を作り出した。

「―――拙いッ!」

それに気付いたフェルエルとアーティが助けに入ろうとするのを、
意地と根性で攻撃してくるプラチナの兵士たちが阻止する。

正義も悪も関係なかった。

そこに居る全てのものが、この戦いに己の存在を賭け、ただひたすらに必死であった。






「くっそ……間に、合わねぇ……ッ!」






アーティの叫びは、さらなるプラチナの兵士の怒号によって掻き消された。


時よ止まれと心の中で何度も叫ぶ。
あの場所へ急げと全身に叫ぶ――が、プラチナの兵士たちは、さらなる結束でそれを許さない。
個々の実力は圧倒的に劣り、こうして足止めするくらいしか出来なくとも、
今はその足止めが、予想以上の効果を挙げていた。


フェルエルはリィフからの願いで、彼らを死なせるわけにはいかなかった。
アーティは救助隊連盟からの任務で、彼らを守らなければならなかった。


―――しかし、仕事だからと言う意思を超えて、二人は彼らを見殺しには出来なかった。



アーティは奇跡を祈って、その手に波導を凝縮した。
波導弾を打ち出しても、もう間に合わない。
光の速度でも無い限り、間に合うはずがないのに。

フェルエルは伸縮する腕で、極みのマッハパンチの体勢に入った。
だが、所詮音速は光の速度を超えられない。
それでも、奇跡を祈ってそうするしか無かった。

もっと早く気付けていれば――その油断を戒めたくて、でもその時間も無いから。
間に合わないのは承知の上で、自らの身を守る事も忘れ、二人は手を伸ばした。










そして、奇跡は起きる。










ロトムの作り出した雷の槍は、
それを上回る巨大な電気によって木端微塵に砕け散った。










「な、なに……!?」


目の前で起きた理解不能な光景に、一瞬全身が硬直したロトムの首に、
背後から別の何者かが作り出した雷の剣が突き付けられた。

それはロトムの作り出した雷の槍よりも形状が安定した、完璧な雷の剣であった。

剣の先端から、アーティは視線をスライドさせる。
その剣を持つ手の主は、白いローブによって半分ほどしかその姿を見せてはいなかった。
だが、アーティにはそれが何者であるのかは一瞬で理解できた。

その背後に、全く意味を成さないマントを羽織った大柄なポケモンが二匹、聳えていたからだ。


「チェックメイト、このあたくしを差し置いて電気で活躍しようなんて、100年早いですわ」

「……な、何者だ、貴様……」

「ふむ。別シリーズとは言え第85話にして漸く活躍の場を得た、ある意味伝説の救助隊……」
「チームトップアイドルと言えば、我々のこと……ゴゴ!」


後ろのふたりはマントを脱ぎ去り、その姿を晒す。
壮年のカイリューと年齢不詳のイワークは、
まだまだ現役真っ盛りと言った様子で周囲を囲むプラチナの兵士を威嚇した。

そして、その二人を率いるお嬢様が、盛大にマントを吹き飛ばしてその姿を晒す。
少しばかりオトナになったのだろうか。そこには、
かつてよりやや雰囲気の違うピカチュウが、ロトムに剣を突きつけて立っていた。

ロトムは、そこに現れた『トップアイドル』を名乗る救助隊の、
恐らくリーダーであろうピカチュウの圧倒的な殺気に、一歩たりとも動く事が出来なかった。
一体、そこにどれ程までの実力の開きがあったのだろう。
暫く会わない内に、アーティにとってのライバルは、かつてない強さを身に付けていた。


「ピカチュウ……なんで此処に……」

「ソレハ、私ガ説明シヨウ」

「え、エラルドっ!?」


予想外のところから聞こえてきた機械音声に、思わずアーティは声を荒げた。
そこには、かつてアーティやその仲間たちを影ながら助けてきた戦友、
そして今はジバコイルに進化している、ついでにクリアの捜し求めていたエラルドの姿があった。

周囲を囲んでいたプラチナの兵士たちは、突如として現れたそれらを警戒し、
そしてその圧倒的気配に恐怖し、ジリジリと後退していた。

レックウザ、ヒードラン、そしてたった今ロトムまでもが圧倒された今、
プラチナに残された戦力など、数えるまでもない程だ。


「く、貴様ら、手を出すな……最早我々では、如何する事も出来ん……」


剣を突きつけられたロトムは、呻くようにそう呟いて、兵士たちに戦いをやめるように言った。
たった今勝ち目が無くなったのだから、全ての望みは『彼』に委ねるしかなくなった。
信頼するナイトメアを待つしか、彼らには出来なかったのだ。

それを他所に、エラルドは状況を簡潔に伝えようと、一枚の文書をアーティに手渡した。
そこには、救助隊連盟のこれまでの戦いや、戦況の変化、神の消失、
種と言う組織を乗っ取り、最後には壊滅させようとしていたプラチナと言う組織の存在を掴んだ事、
ミュウツーの力で『この場所』を発見し、
たまたま近くに居たピカチュウたちを向かわせた事などが記されていた。

アーティは『行けば解る』としか伝えられていなかったので、
その壮大な事の次第に少しばかり驚きを隠せなかった。
多分、ラプラスは事情を知っていたのだろうけれど、
余計な事を考えさせないために、アーティには最低限の命令しか伝えなかったのだろう。


「種ヲ疑イ、一ツノ考エニ固執シテイタ自分ガ恥ズカシイ……
 ソノ所為デ私ハ、クリアヤフリードガ傷付クノヲ阻止デキナカッタ……」


エラルドは、そこで倒れている種の二人を見つめ、悔しそうに呟いた。
手遅れでは無いのが唯一の救いであるとは言え、
それでももっと早く真実をつかめなかった事が、エラルドには悔しくて仕方なかった。


「言うなエラルド。ここで勝つ事が、オイラたちに出来る全てだ」

「……アァ」


エラルドの性格をよく知っていたアーティは、彼がこれ以上ネガティブにならないよう抑止をかける。
今すべき事は出来なかった事を振り返る事じゃなく、この戦いで勝つ事なのだ。


「プラチナを倒す事、それで間違いないんだな?」

「種ヲ乗ッ取リ、最後ニハ潰ソウトマデシタ組織ダ。許セル所業デハナイ……!」


アーティは両手の拳をパシンと合わせ、ピカチュウの方を見た。
既にロトムはピカチュウに完全に動きを封じられており、残すは周囲を囲む兵士たちだけである。


兵士たちは、最後の勝利は疑わなかったが、この場の敗北は覚悟していた。


『人間界から持ち込んだマシンガンがまるで役に立たないバケモノ』たちを相手に、
強いとは言え『並のポケモンよりかなり突出しているだけ』な自分たちが如何足掻いても敵う筈がない。





だからロトムは戦うなと言った。
その心はよく理解していた。

しかし、理解していても、もう心が止まらなかった。
ナイトメアを信じ、今日までついてきたこの組織に敵対する連中を目の前にして、
ナイトメアが来るまで待つしか出来ないなんて、認めるわけにはいかなかった。

勝ち目なんて無い。
ナイトメアが来れば一瞬で片付くのだから、
今ここで無理をしても仕方が無い、でも、


「――それでも」

「俺たちの理想は」

「あのお方に尽くす事のみなのだッ!!」





剣を、槍を、斧を、己の拳を、あらゆる武器を取り、ロトムの抑止を振り切り、
兵士たちはクレセリアの連れ込んだバケモノたちに立ち向かった。


この話が世に語り継がれていく時、もしも正義と悪が逆転していたのであれば、
彼らは間違いなく、巨大な悪に怯む事無く挑んで、そして散っていった勇者たちであろう。


皮肉なものである。
正義と悪―――そんな区分があるからこそ、そこに同情や哀れみが生じる。
戦いがあれば勝利と敗北があり、あとは後世の者達が、どこに主観を置くかに委ねられる。

どちらが勝とうとも、主観を置くのを決定するのは全て後の者達。



「―――もうやめろ、そこまででいい。あとは僕がやる……」



ナイトメアは、頭の中ではプラチナなど如何でも良いと思っていた。
プラチナのものたちは自分を慕って集まっているが、
そんなものは利用する上で都合のいいオプション程度に思っていた。

今まで、利用できるものは全て利用し、不要になったら潰してきたではないか。

サイオルゲートも、フォルクローレも種も、歴史の上で巧く動かし、
プラチナの存在を誰にも悟られる事なく、全てを消してきたではないか。

プラチナとて、それは同じであったはずだ。
なのに、なのに何故―――それが、ナイトメアには理解出来なかった。


「……お出ましか……みんな、油断すんなよ……!」
「ナイトメア……」
「ふむ……聞きしに勝る巨大なオーラよ……」



「………」












ナイトメアは、プラチナを見捨てる事が出来ず、
誰の侵入も許さない超界領域から、考えるより早く飛び出していた。







「僕の……僕らの邪魔はさせない―――超界者をナメるなよ世界の駒どもがッッ!」







ナイトメアは、槍にその姿を変えた骨肉の剣を構え、アーティたちに向かって突き出した。




最初から、世界は狂っていたのだ。









つづく 
  


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