――迷宮冒険録 第八十四話





喧騒。
真っ暗な頭の中に微かに響く戦いの音。声。

「………ぐ、げほッげほ………」

瞼を通り抜けて入ってくる朝の太陽の眩しさによって、
何時の間にか落ちていた意識が徐々に覚醒していく。
一体、何故自分は気絶していたのだろうか、レックウザは記憶の糸を辿る。

最後の攻撃――ドラグバレットで、あのツボツボを倒して気が抜けたのだろうか?

少しずつ、記憶が蘇る。
ドラグバレットの全てを無に還さんとする白い輝きは、
あのツボツボの身体の中に全て吸い込まれ、そして――


「目が覚めた?」

「貴様……何故、トドメを刺さなかった……」

「僕は守護者だ。殺戮者じゃない」


極みのメタルバースト――技の名前までは聞こえなかったが、奴は確かにそう呟いた。
最高の一撃だと思っていた攻撃を、それ以上の威力にて跳ね返され、
そして、自分は気を失ったのだ――レックウザはそれを思い出し、理解した。


――敗北だった。完膚なきまでに。


「後悔するだろう……此処で俺を殺しておかなかったことを……」

「その時は、その時だよ」


伝説の古代竜を超えたツボツボは、
ただ余裕を持った笑みを浮かべて、そこで疲弊した身体を休めていた。








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      迷宮冒険録 〜五章〜
     『剣劇舞えよ白金の宴4』
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「大丈夫ですか、兄さん……」
「あぁ……お前が助けに入らなければ、危なかっただろうな……」

「少しだけ見直しちゃいましたよフライア、私はキミをただの足手まといだと思ってました」

兄、ハルクの様子を気遣うフライアの背を軽く叩き、ラプラスは笑顔で言った。
彼女は正直、本当にフライアをただの足手まといだと思っていたし、
だからこそ此処につれてきたらきっと邪魔になると思い込んでいた。

だが、実際は違っていた。
プラチナの軍勢の中にただひとりで飛び込んだハルクは、
最初こそ優勢だったものの、次第に数と疲労に押されて窮地に立たされていた。
そこを間一髪のところで割り込んだフライアの活躍により、
何とかラプラスが割って入るまで存命する事が出来たのだ。

その時のフライアの戦い方は、鍛え抜かれた技や体に頼るものとは違う、
まるでアディスの様な戦い方であったと、見る者が見ればそう言うだろう。
連結箱でさえ武器にしてしまうような、滅茶苦茶で型に囚われない戦い方――
それに翻弄されているうちに、駆けつけたラプラスの手によって兵士たちはあっという間に倒された。

「アディスとの暫しの冒険の旅は、決して無駄では無かったようだな」

ハルクは、誰にも聞こえないくらい小さな、殆ど心の声で、そう呟いた。
ずっと、彼はフライアの事を見守っていた。あのピジョットの背に乗り、
アディスと共に旅をするフライアを、ずっと――



「クレセリアが言っていた、『必ず力になれる』って、この事だったんでしょうか?」

ラプラスは思い返すように言った。
その言葉は、フライアを戦場に連れて行くと決めたクレセリアの言葉である。
誰もが――フライアでさえ、そんな事は思わなかったのに、
クレセリアだけは全てを知り尽くしているかのように自信に満ち溢れた声でそう言ったのだ。
その真意は相変わらず理解に苦しむが、少なくとも間違ってなかったと言わざるを得ないのが現状だった。

「どっちにしても、こっちに居るみんなは限界っぽいですね。あとはみんなを信じて待ちましょう」
「お前は戻ってもいいんだぞラプラス」
「私が戻ったら誰があなたたちを守れるんですか? 強がってないで素直に甘えちゃって下さい♪」
「…………」

満面の笑みで動けないハルクの頬を突っつくラプラス。

あのミロカロスといいこのラプラスといい、どうしてこう自分は子ども扱いされるのだろう――
ハルクは不満げにそう思いながら、空を見上げて思い切り溜息を洩らすのだった。






………
……







「やったようだな、クリア……」

「ふん、紫電め。しくじりおって」


恨めしそうな視線を倒れたロトムに向けるヒードラン。
彼女がすぐにロトムに加勢できないのは、その直ぐ手前に1匹のキノガッサが立っているからだ。


「あなた、炎技が苦手で、前会ったときは何もしてこなかったんじゃなかったのかしら?」


ヒードランは再びキノガッサ――フェルエルを睨み、
まるで何時でもお前を倒せるんだと言わんばかりに腕を組んで立っている彼女に言い放った。

「前は、エイディが割り込んだからな」
「あら、エイディが割り込まなければ、自分が倒していたと言いたげね」
「皮肉の言い合いなら時間の無駄だ。覚悟が出来ているのならさっさと掛かって来い」

フェルエルは表情を微塵も崩さず、視線だけでヒードランの動きを封じていた。
最初にフェルエル、アーティ、フリード、クリア、ラプラスが此処に到達した時から、
ヒードランはフェルエルに眼前に立たれることによって、その動きを完全に封じられていたのだ。
この城門を抜けた先にある、プラチナの本拠地内で最も広い全体集合場所に配置された、
ヒードランとロトムこそが、クレセリアに対抗する主要な防衛ラインであったのに。

(まさかロトムがやられて、このワタクシまでもがこんな奴ひとりに……)

残された兵士たちだけでは、あのワニノコとフリードには勝てない。
ロトムに巧く利用されるからこそ強兵として活躍できていたあの連中には、
あのエイディに切迫する強さを持つワニノコを自分たちだけで倒す事は絶対不可能だ。


「死ぬ覚悟をするのは、あなたの方ですわ!」


――ズダンッ!


ヒードランが持ち前の素早さでフェルエルから逃れるように走り出す。
その方向に特に意味は無く、ただそれが開戦の合図になる事だけが真意であった。
フェルエルもヒードランを追って走り出す。
フェルエルの無駄のない走りは、徐々にヒードランとの差を詰めていくが、
ヒードランは火の玉を打ち出して当たり一面を焼きながら走り回っていた。

「噂に聞いている――お前は、周囲を火の海に変えて自分の有利な状況を作り出して戦うそうだな」
「そうよ! この炎の海の中で、まともに戦うことが出来るのはワタクシだけ!」

実質、エイディもこの炎の海の中ではまともに戦ってはいなかった。
わざとやられたフリをして炎の外へ誘い出し、勝負を決めていた。
だから、今度こそヒードランは、この灼熱地獄の中からは決して出ないだろう。
この中ならば、ヒードランは自分が無敵である事を理解しているのだから。

「ふふ、もうこれくらいで十分ですわね」

ヒードランが足を止める。
フェルエルはヒードランの真の狙いに気付いてから追いかけるのをやめ、
この灼熱地獄が完成するまで腕を組んでその場で待っていた。

ヒードランは1分も経たない内に自分たちを囲むような炎の柱と、
大地を灼熱によって溶かしてマグマのようなモノに作り変えて、まさに地上の地獄を顕現させた。
あまりの暑さに、いや熱さには、流石のフェルエルの頬にも汗が伝った。
しかしそれでも、フェルエルは表情を崩さない。

「ふん、逃げ場を失ったと言うのに、少しは怯えた表情でもしてみせたらどうなの?」
「怯える必要など無い、それより――もう炎を吐いて遊ぶのには満足したのか?」
「………何?」

フェルエルが足を肩幅ほどに開き、手の甲で汗を拭ってから半身に構えてヒードランを睨みつける。
先ほどまでの無機質な眼光とは違う、見るもの全てを圧倒するような覇気を含む視線に、
ヒードランは一瞬肩を震わせ―――そして悟った。













――勝てない、勝てるはずが無かった、このバケモノに!










「『極みのマッハパンチ――ソニックブレークインパクト』!」










フェルエルがそう叫んだ瞬間、そこにあった全ての風が消え失せた。



あまりに速過ぎるフェルエルの拳の速度が、
周囲の風を、空気を飲み込んで新たな暴風を作り出し、
特有の伸びる腕によってその暴風は巨大化して――





「――ひっ」





巨大化した竜巻は咆哮する竜の如く、凄まじい轟音と共に周囲の炎を全て掻き消し、
逃げようとしたヒードラン目掛けて突進して――

ヒードランに与えられた、それを考える時間は僅かに0.1秒だけであった。
その時間に出来た事は、当然ながら掠れた悲鳴を上げる事だけだった。





「がはっ! あぐ……ま、まさ、か………」



「残念だったな、お前は私の敵ではない」




豪風に巻き込まれ、吹き飛ばされ、思い切り大空へと巻き上げられた直後、
そのまま大地に沈むほどの強さで叩きつけられたヒードランの頭を踏みつけ、
フェルエルは初めてその顔に表情と言うものを浮かべた。

冷笑―――ナイトメアなどと言うただの強大な力に魅せられた愚か者を笑う、酷く冷たい視線。



「今は、眠れ。そして、望む未来を夢にでも描くがいい」




ガギンッ!





鈍い金属音に、兵士たちが振り返った。
そこには、ヒードランが気を失って倒れていた。
フェルエルの姿が無いのに気付いた兵士の何人かが、マッハパンチで吹き飛ばされる。

しかし、マッハパンチで飛ばされた兵士は即座に意識を刈り取られていたから、
自分が何故重力法則を無視した動きをしているのかを考える余裕など無かった。


「ナイトメアとの戦いに余計な邪魔をされるわけにはいかないからな。加勢する」

「――へぇ、アンタけっこう強かったんだな」


フェルエルは既に、プラチナの兵士たちを薙ぎ払うアーティの隣に加勢していた。
アーティにとってこのキノガッサは畏るるに足らない存在であったが、
ヒードランを一瞬で沈めてきたのを確認したアーティは、それが間違いであった事を認識した。

「アディスが戻ってくるまで踏ん張るぞ!」
「戻ってこなければ、我々がナイトメアを倒すまでだ」
「ハハッ、冗談に聴こえねぇなッ!」

ふたり同時に大地を蹴ると、群れを成している兵士たちの何人かが同時に空へと舞い上がった。
それに気を取られた兵士は即座に大地に倒れ、荒れ狂う悪魔を背後から狙った兵士は
その直後、背後からの強大な一撃によって前方宙返りをしながら吹き飛んでいく。

「おっと、俺も忘れてもらっちゃ困るぜ!」

二人の悪魔にフリードが合流し、その勢いはさらに強大なものとなる。
プラチナの一兵士には、彼らを止めることは困難を通り越して不可能の域に達していた。

そもそも、人間界の銃器すら寄せ付けない強さだと言うのに、
そんなバケモノをどうやって倒せと言うのか!?
そう逆ギレしたい衝動を原動力に、兵士たちは決死の突撃を続け、そして次々と宙へ舞っていった。









それを、世界の隙間から覗く一つの存在が居た。










「レックウザ……ヒードラン……まぁ、命あるだけで、十分か……」


存在は、その手に持った骨の槍についた血を拭い取り、
そして背後に横たわる最期の守護神を看取って、隙間を閉じる。


「クレセリアさえ消えてしまえば、もうあの中で僕と戦えるものは居ない」


そう呟いて、存在はクレセリアに剥ぎ取られてしまった仮面を再び装着し、
クレセリアを残したまま、その世界の隙間を消去した。


「我は――ナイトメア……その名を世界に刻む者……」


確認するように、ゆっくりと頭の中で復唱しながら、
その名前を決して忘れてしまわぬよう、世界に刻み付ける。

世界が抵抗する。
その名を刻まれる事が、許容範囲を超えていると、エラーコードを出してくる。
しかし存在は、骨の槍と仮面と輝石の力を少しずつ解放して、
世界が決定している歴史を少しずつ改変していく。

大袈裟な改変は出来ない。
無理難題を押し付ければ、世界は崩壊してしまう。
だから壊れてしまわぬよう、水漏れするひび割れた花瓶を修復するように、
少しずつ、無理の無い範囲で歴史を変え、しわを作っていく。

そして、そのしわこそが、歴史の空白。
その空白に、名を刻む。













我は、ナイトメア







この世界に生れ落ちた、新たなる存在








「終わる……やっと。そして……此処からが本当の始まり……」












つづく 
  


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