――迷宮冒険録 第八十三話





龍の波導の光は天に昇り、全ての開戦の合図となった。
敵と睨み合ったまま動かずに居た者たちは、
それを皮切りに最後の戦いにその身を投じる。

しかしエメラルドグリーンに輝く古代竜――レックウザにとっては、
それは開戦ではなく終幕の合図だった。その心算だったのだ。
彼の思惑では、自分の体の一部を犠牲にしたと言う形であれ、
あのツボツボの息の根を止めるだけの事は確実に出来たはずだったからだ。

ミレーユは、龍の波導の直撃を受けて尚、そこに居た。
しかも、彼を包むエメラルド色の鱗に覆われた龍の一部は、
まるで何事もなかったかのように無傷でそこにある。

数拍の後、ミレーユは呟いた。


「今の龍の波導が『極み』だったら、危なかった……極みの技は、『まもる』さえ突破するからね……」

「き、貴様………ッ!!」


プラチナの誇る先鋒レックウザと、
冒険家アディス一行の誇る守護者ミレーユ。
双方、譲れない思いを背に、今再び、その闘志に炎を灯す――








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      迷宮冒険録 〜五章〜
     『剣劇舞えよ白金の宴3』
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朝焼けの空に、宝石を思わせる翠色を輝かせる古代竜。
対峙するミレーユは、『その状態』で戦える残り僅かな時間を無駄にしないため、
最善の攻撃を模索しながら、通常の状態でレックウザとの距離を測っていた。

「『パワートリック』……そして『トリックルーム』、それが貴様の正体だな」
「…………」

レックウザはミレーユの沈黙を肯定と受け取る。
いや、その質問の答えなど如何でも良かった。
レックウザの出した答えならば全て辻褄が合うから、
その返事を待つ必要など無かった。

「ツボツボのくせに『トリックルーム』まで使えるとは――なッ!!」
「ッ!」

空に燦然と輝いていた竜の姿が、残像を残して消失する。
――普通のヤツの目には、そう見えただろう。
だが、ミレーユにはその竜が猛スピードで旋回しながら突進してくるのが見えていた!

「果てろッ!」
「果てるのは――君だッ!!」

ミレーユは避けない。
レックウザの突撃を、正面から迎え撃つ。
その瞬間、ミレーユの身体から僅かに滲み出たオーラに、
レックウザは本能的に身を捻って再び空へと舞い上がった。

ミレーユは軽く舌打ちしながら、空へと逃げるレックウザの後を追ってジャンプし、触手を伸ばす。
だがミレーユの触手はレックウザまでは届かず、彼は重力によって大地へと舞い戻っていった。


(――今のは、カウンターか……? 途轍もない力の歪みを感じた……)


触手をバネのようにして高く飛んだミレーユを紙一重で振り切ったレックウザは、
先ほど感じた悪寒をフラッシュバックし、冷や汗を流しながらミレーユを睨みつけた。
何か――恐ろしい力を感じたからこそ、あの瞬間は接近しなかった。
いや、しなかったと言うのは些か語弊があるかもしれない。
本能的に避けざるを得なかったのだから、近付けなかったと言っても過言ではない。






『――如何したの? ほら、来なよ……君の攻撃力で僕を倒すのが、君の使命なんだろう……?』






まるで頭の中に直接響くような――ミレーユの視線が、言葉を乗せてレックウザに突き刺さる。
それは、穏かで何処か幼さすら感じるのに、計り知れない姦計を張り巡らせているような――
レックウザは、今このツボツボに、ナイトメアに通じる何かを感じ取っていた。
得体が知れないのに、何故か『絶対』を感じさせる、何かを。


「いいだろう……これが、貴様に受けられるかッ!!」


レックウザは、全身を駆け巡る全てのエネルギーをかき集め、口の少し手前に凝縮した。
それが、レックウザの放つ最後にして最高の一撃である事をミレーユが理解するのに、時間は不要だった。


極みの竜の波導――『ドラグバレット』


レックウザが、神の座についても尚修行を欠かさなかった結果、手に入れた至高の必殺技。
その気になれば、この星を襲う巨大隕石が在っても軽々と消し去る事が出来るであろう。
この星に向かって撃てば、宇宙からでも見える巨大なクレーターを作る事だって出来る。
ルギアのエレメンタルブラストにだって負けやしない――彼はそう自負している!


「消えろォォォォオオオーーーーーーーーーッ!!」



――その自信があった。



「そうだ、撃って来い――」



目の前のツボツボがどんな技を持っていようと、
完膚なきまでに打ちのめす自信が、あった。




だが




「その一撃が、僕を勝利へと導く」




ツボツボは、不敵に笑っていた。

周囲一面ごと消えてなくなる寸前で、





「僕は、アディスたちを守る、『守護者』として――君に勝つ!」





此処から先の、ミレーユの動作はレックウザには見えていない。
自らが放ったドラグバレットの光で、ミレーユの姿は完全に覆い隠されていた。
だから、レックウザは、『それ』を避ける事など出来はしなかった。


そもそも、自分の持てる最強の技を繰り出した直後に、避けるなどと言う発想が過ぎるだろうか?







『いいか、通常ツボツボに使える技だけでは、全てを守る事は出来ない』





「父さん――母さん――みんな……この戦いに勝ったら、
 僕は本当の意味で守護者を名乗ってもいいかな……」




『それを極めるんだ、そしてあらゆる攻撃から、全てを守る盾となれ――』


















――ドラグバレットの光が、全てミレーユの身体の中に吸い込まれた。









それが、レックウザがほんの一瞬だけ見る事の出来た光景だった。









…………
……








「今の光……ふ、レックウザの方はもう片付いたようだな」

「ミレーユ君は負けないよ、絶対に」

クリアの連続攻撃を回避しながら、ロトムはレックウザの放った最後の攻撃の光を視界の端に捕えていた。
その攻撃が古代竜であるレックウザの最高の一撃である事は知っていたから、
それによってレックウザが力を使い果たして此処に来れない事も解っていた。
だが、レックウザが本当に勝ったのかどうかは解らない。
もしかしたら、万が一あの攻撃が失敗に終わっている可能性も、0ではない。

それでも、ロトムは確信していた。
仮に例のツボツボがレックウザに勝ったとしよう、だがその残された体力で、
プラチナの誇る千を超える兵士たちに勝てるはずがないのだ。
だから、どの道城門前広場に残ったクレセリアの軍勢には、死が待つのみである。

「貴様も早めに死んでおけばどうだ。仲間の死んでいくのを見るのは辛いだろう」
「それは、余計なお世話だよ!」

――ビュオッ!

「――ふん、遅い。その程度の速度で何が出来る」

クリアの尾を使ったたたきつける攻撃を余裕で回避し、ロトムは反撃に転じる。
電気と闇の波導を纏ったロトムは、黒い雷を召喚してクリアを攻撃した。
それは間一髪でクリアの頬を掠り、大地を穿った。

「………」
「ほう、避けたか。大したものだ」

先ほどまでの遅すぎる攻撃からは想像も付かなかったクリアの敏捷性に、
ロトムは少しばかり感心した様子で再び雷の充電を開始した。

「だが――これで終わりだ!」

心臓を撃てば、そのショックで即死させる事が出来る。
それが、電気の属性が強力な攻撃力を持つと言われる由縁でもある。
瞬間的な攻撃しか出来ない代わりに、炎を凌ぐ圧倒的な単発威力は、
事実上、物理属性と特殊属性を兼ね備えた攻撃力と言っても過言ではない。

その黒き雷もまた例に漏れず、当たればクリアの命を一撃で掻き消す威力を以って放たれた。





そして、ロトムは思い出した。
種の中に、天才のミロカロスが居ると言う話を。





何故、今になって思い出したのかは解らない。
生き物の記憶を司る脳の気紛れなど、誰にも予測できない。




一つだけ、関係があるとすれば――





「ぐ……がはっ………」




突然、自分の胸に突き刺さった、この氷の刃が関係あるのだろう。
ロトムは、そう直感していた。


「き、きさま……」


さっきまでの、あの眠気が襲うほどの鈍い攻撃は全て、
この攻撃に繋げるための布石だったのか――そう言いたかったが、
口の中に血が溜まって思うように言葉を紡ぐ事が出来ない。
ゴーストタイプは、本当の幽霊ではない。
あくまで、幽霊の様な生き物なだけだ。
身体を貫かれれば、他の生き物とは勝手が違えど血は流れるし痛みも感じる。

――だが、これほどの深手を負ったのは、生まれて初めてだった。
未だかつて、このロトムにこれほどのダメージを与えたものなど居ない、
それを知っていた取り巻きの兵士たちは、その驚愕の光景を見て明らかに動揺していた。



――その兵士たちの中を、青い影が疾風のように駆け抜けた!


「てめぇらは余所見してる場合じゃねーぜ!」

「クッ、一斉射撃だッ! 撃て撃て撃てェーーーッ!!」

「オイラをそんなんで倒せると思うなよ!」


兵士たちは、一斉に銃を構える。
そして、間を置かずに撃つ、撃つ、まさに一斉射撃――だが、
ワニノコはその場から一歩も動かずに、全ての銃弾を打ち落とし、跳ね返し、
それどころか跳弾を利用して逆に反撃すらしてみせた。
一頻り暴れて兵士たちを大量に戦闘不能に追い込んだワニノコ――アーティは、
それで此処に居る者達の凡その実力を把握したらしく、
直ぐに隣で補助に回っていたラプラスへと叫ぶ。

「ラプラス! 此処はオイラ一人で十分だ! お前は城門前に戻れ!」
「解りました! バッチリ援護してきます!」

アーティの命令を受けたラプラスは思い切り息を吸い込むと次の瞬間、
膨大な氷の塊を召喚してプラチナの軍勢を薙ぎ払い、城門前広場への道を作り出して駆け抜けていった。

兵士たちには、全てが桁違いであった。
多分、クリアや負傷したフリードたちだけであったら、
多少の被害は被れど勝利を手にすることは出来たに違いない。
しかし、此処に居るワニノコとラプラスは想定外にも程があった。

この2匹を倒すには、ナイトメアの側近であるレックウザ、ロトム、
そしてヒードランがあと10匹ずつくらい必要だ――そう思わざるを得ないほどに!


「だ、ダメだ! 城内の全ての兵士を集めろ! こいつら只者じゃないっ!」
「気付くの遅ぇーよ」
「ひっ、ぐあああーーーー!」

城内への援軍を求めようとした幾人かの兵士は、次の瞬間フリードの鎌によって薙ぎ払われた。
怪我を押しての出陣だったが、彼は本番で実力を発揮するタイプ、
兵士に囲まれれば囲まれるほど、高い実力を発揮して確実に敵の数を減らしていった。



それは、まさしく戦であった。

そして、これから起こるであろう、
世界を巻き込む史上最大の決戦の前座に相応しい饗宴だった―――








つづく 
  

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