――迷宮冒険録 第八十二話






夜が明けるより少し前。
夜中よりも、最も狙いやすいと言われる時間帯。
フライアたちは、クレセリア自身の持つ超界の力を以って
ナイトメアの居場所を探し出し、そして―――強襲した。



「伝令ーッ! クレセリア率いる軍勢を確認ッ!」

「来たか……全軍戦闘配置! 手筈通りに行くぞッ!」



ナイトメアの築いたプラチナの城を、一番前で守るエメラルドの古代竜レックウザ。
彼は兵士たちを連れ、襲撃者たちを迎え撃つ心の準備をする。




如何してこの平和な世界で、
これほどの戦争が起こらなければならなかったのだろうか。

―――かつて人間界で大きな戦争が起こった時、同じ事を考えた人間が何人居ただろうか?
平和な生活が一変し、それで嘆き悲しんだ者の数は数え切ることは出来ないだろう。


その原因は、誰かが知っているのかも知れないし、
この世界の誰も知らないのかも知れない。



けれど、一つだけ確かな事がある。




『それ』は、世界を飲み込むほどに巨大化した一つの願望によって引き起こされた。





『存在』を賭けた戦いが、ついに最終局面へと突入する――







**********************
      迷宮冒険録 〜五章〜
     『剣劇舞えよ白金の宴2』
**********************










ナイトメアに近づくほど、強力な部下が妨害を行ってくるだろう――クレセリアはそう読んだ。
それは賭けでもあったし、実際どうなるか解らない以上、
せめてナイトメアの近くまで突入するメンバーは
精鋭と呼べるものを揃えておきたかったのは事実である。

だから、最初の関門はミレーユとフライア、そしてハルクが制圧する。
クレセリアはその作戦を迷う事無く選んだ。



「追わないんだ?」

「ナイトメア様から言われている。俺の攻撃力を以って、貴様を潰せとな」


レックウザとミレーユは、全てが取り計らわれたかの如く、プラチナの城前で対峙した。
ナイトメアとクレセリア、双方の『計画通り』に事は進む。


ナイトメアは最初から、クレセリアが取るであろう策を全て読んでいた。
そして、それを知った上で尚、その作戦に対し真っ向勝負を挑む事を決めていた。

完膚無きまでに勝利を掴み取る、と言う感慨深い意味もあるだろう。
しかし、真の意味は別にある。

このように戦力を分散させつつ侵攻すれば、
高い確率でクレセリアがナイトメアの許に辿り着けるだろう。
そして、クレセリアとナイトメアが一対一で戦う――それも必然である。

クレセリアは強い。プラチナの誰が束になったところで、遠く及ばない力を持っている。
だからこそ、クレセリアはナイトメア自身が倒さねばならなかったのだ。
そのために―――誰の邪魔も入らせないために―――クレセリアの選んだ作戦に乗る事は、
『賭け』でもあると同時にやはり『必然』の策であった。


――だから。


灼熱女帝ヒードラン、紫電のロトム、
そして彼らが率いるプラチナの精鋭の前に、


「今度は負けないよ、ヒードラン!」
「何時ぞやのミロカロスか……ふふふ、いいですわ、遊んであげますわ!」


クリアとアーティ、そしてラプラスにフリードが対峙する事もまた、計画通りだった。


そして、クレセリアは消えた。
ナイトメアの千里眼から逃れるように、空間の狭間へとその身を隠し、
いざと言う時のために直ぐにでも動き出せるよう待機すると同時に、機を窺う。

ナイトメアと戦えるのは、この中ではクレセリアだけだ。
だが、まともに戦えるだけで、勝ち目など無いに等しい。
だからせめて、ナイトメアが動き出す前にプラチナを潰し、
犠牲を最小限に抑える方法を選んだ心算だった。


クレセリアは焦っていた。
ナイトメアの手に落ちたアーティファクトの力を知るが故、
一刻も早くナイトメアを討つ必要があると、焦燥感に囚われていた。

アディスを呼び戻し、ミカルゲを呼び覚まし、
八方手を尽くしてナイトメアの居城を見つけ出し、




ナイトメアが、真の意味で覚醒する前に、




何としても、アーティファクトのどれか一つだけでも奪い取っておきたかった。









「そんなところに隠れていたのか」









次元の狭間に居れば、見付かるはずが無いと思っていた。






「あまり派手に動かれると、厄介なんだよね、キミは」





それは、クレセリアの読みが正しければ、





「我、望む――歴史よ、クレセリアの死を刻め」





ナイトメアは、“まだ”超界者では無いはずだったから――









…………
………






「ふふふ、始まったみたいだな…」


エメラルドに輝く身体をしならせ、レックウザは城の方を見て呟いた。
彼の役目はこのツボツボを潰す事、だから他の連中に抜かれたとしても、
そこに焦りを感じる要素など何一つなかった。

彼は、信じていた。

「ナイトメア様は負けぬッ、貴様らに万に一つの勝ち目も無いッ!!」
「それでも―――そうだとしても」

レックウザの渾身のドラゴンクローを、ミレーユはいとも簡単に防ぎ切った。
そして、再び空へと舞い上がった古代竜に向けて、叫ぶ。

「アディスは絶対に負けないッ!」
「世迷言を……! 此処で死ぬ貴様らが何を言ったところでッ!」


――ガッギィィィッ…ッ!


「結果は揺るがぬッ! あの方こそこの世界の絶対存在なのだッ!!」

「うっぐ……!」


初撃の数倍の威力を乗せたドラゴンクローが、
ミレーユの身体を軽々と跳ね上げた。
空中では、誰でもそう簡単に動けるものではない、
それを知るレックウザは、その隙を逃さずに連続攻撃を仕掛ける!

――だが、あと一歩でドラゴンダイブを叩き込むことが出来たと言うところで、
レックウザの身体はピタリと空中で静止した。


「漆黒の眼導――俺たちとの戦い、楽に済むと思うなよ」

「く……」


もしレックウザではなくもっと貧弱な存在であったら、
心臓の鼓動さえも止められかねないほどの束縛力――

ハルクの持つ、フライアのそれの数倍の威力を持つ黒い眼差しが、レックウザを捕えた。

空中で動きを止められたレックウザに、今度はミレーユが反撃を加える。
相手に強力な毒を与える、ミレーユの得意技『毒突き』だ。

高速で射出された触手が、ショットガンの如くレックウザを打ち抜く。
だがレックウザは、ハルクの漆黒の眼導に捕まりながらも間一髪身を捩じらせ、
毒突きの直撃だけを回避する。触手に掠ったレックウザの胴体から、血が滴った。


「く、……」

「勝負在ったね。この毒を受ければ、どんなヤツでも5分と持たないよ」

「……く、くっく………くはははははははははははははっはははッ!!」

「ッ!?」


刹那、レックウザの身体が消え、
そしてミレーユは思い切り吹き飛ばされてハルクと衝突した。

「ぐはっ!」
「く……大丈夫かミレーユ……」
「……な、なんとか…」

「俺に毒など効かぬ。全ての技の持続的効果を無に帰す、それが俺の極みのエアロックだ」

レックウザは、ミレーユが先ほどまで居た場所に、蛇のように佇んでいた。
一体何が起きたのか、ハルクとフライアには全く理解できない。
同じく超高速の世界を知る、ミレーユだけがそれを理解する事が出来ていた。

「そして極みのしんそく『フラッシュインパクト』、貴様らの眼には映るまい」
「……極み……だと……」
「次はフライア、貴様だ。その眼に良く焼き付けておくといい――」

「……ッ…!」

レックウザが再びその姿を消した。
ハルクがフライアを守るように間に割って入ろうとするが、
超高速の世界から言わせて貰えば、それは全然間に合っていない。




――ズドガァァァアアアアアアアアンッ!!




凄まじい砂埃と爆発音、そして衝撃波が周囲を襲い、
半端な体勢で割り込もうとしたハルクは思い切り吹き飛ばされた。
が、直ぐに立ち上がってフライアを探す。

「フライアァーーーッ!!」

「兄さん!」

フライアは、無事で居た。
レックウザの姿が、忽然と消えている。
一体何が起きたのか――それを理解したのは、数秒後、砂埃が消えてからの事だ。


「ぐ、ぐふっ……貴様……何処から、そんな速度が……」

「ダメだよ、フライアを傷つけたら。アディスと約束してるんだ、僕は」

「や、くそく……だと?」


レックウザは、城の壁面に体の半分以上を埋め込まれた状態で、
ミレーユの触手に捕まっていた。
ミレーユの目が、まるで炎を燃やしているかのように赤く輝いている。

あの瞬間――レックウザがフラッシュインパクトを放った直後、
彼は『力』を発動したミレーユに吹き飛ばされ、壁にたたきつけられたのだ。
ハルクはそう考えるより他にない事に気付きながら、
しかし目の前で起きた理解不能な現実にただ困惑するしか無かった。

ツボツボが、レックウザのしんそくを上回る速度で、
さらにレックウザの巨体を壁に埋め込むほどの力で、
フライアを窮地から救い出したなど常識では考えられないに決まっている。

ミレーユは殺人鬼の如き眼を、壁の中に埋まっている古代竜に向けながら、
その触手の締め付ける力を増大させていった。


「ぐ、ぐぁぁぁああああッ!!」

(時間が無い、この状態で戦えるのは、持ってあと3分……)




ギリッギリ……ミシミシッ……!


レックウザの表情が苦痛に歪む。
ミレーユの触手がその身体に食い込み、骨を握り潰さんとしているのだ。
だが、そこは腐ってもカイオーガやグラードンと同じ古代ポケモンの末裔、
レックウザは全力を振り絞って触手を押し返そうともがく。


「く……こ、この……ツボツボの分 際 で ぇ ぇ ぇ え え え え え ッ !!」

「さっさと……くたばれッ……ぅぅぅぉぉぉおおおおおおッ!!」


「ミレーユッ!」
「兄さん! 待って!」


ハルクが加勢しようと走り出した瞬間、フライアが彼を呼び止めた。
フライアが指差す先には、プラチナの軍勢が凡そ50匹ほど、
こちらに向かって歩いてきていた。
何故歩く? 決まっている。
彼らは確信しているのだ――レックウザの勝利を。


「くっそ……! フライア、そこで大人しくしてろッ!」

「っ、兄さん!?」


ハルクは進路を変えて、プラチナの軍勢に単身突撃をかけた。
今、あの軍勢に此処に来られたら、
ただでさえ薄い勝ち目がますます無くなってしまう。

ミレーユはあと少しでレックウザを倒せるだろうか?
いや、倒してもらわないと困る。
あの状態のミレーユに加勢は出来ない、だからこちらも、
ミレーユの勝利を信じるしか出来ないのだ。
それ以外に出来る事があるとすれば、そう――



「ダークネスクライッ!」


ハルクは『極みのあくのはどう――ダークネスクライ』の炎をその身にまとう。
クリアから忠告は受けていた。
これ以上この力を行使すれば、二度と戦えない身体になるかも知れない事を。
だが、たとえこの身が此処で朽ち果てようとも、
フライアを死なせたく無い――だから、彼は迷う事無くその力を振るう!




ハルクがプラチナの軍勢を一人で抑え、ミレーユがレックウザと互角の戦いを繰り広げる。
フライアは、自分などが割り込む余地など何処にもない事を知りながら、
しかしこのとき既に、勝つために最善の手を尽くそうと、心に決めていた。

どんな強大な相手でも、アディスは戦ってきた。

それは、アディスが戦いの天才だからかもしれない。
相手を殴るための拳、蹴るための足、それだけでなく、
森で戦うならば木を、荒野で戦うなら岩を、
一見役にたたなそうな道具ですら、彼の手に掛かれば立派な武器になる。

不思議のダンジョンを共に冒険してきたからこそ、それが解る。



だからフライアは――
非力で、輝石の力を無くした自分にも戦う術がある、そう確信していた。




「――カッ!!」

「ッ!」


レックウザが大地に向けて破壊光線を放った。
至近距離で発生した大爆発は、レックウザ自身を巻き込んでミレーユを飲み込む。
一瞬、ミレーユの手が緩んだ。レックウザはそれを見逃さない。

「貴様は上出来過ぎた、だが此処で終わりだ!」
「その程度の隙を突いて、僕から逃げられる心算か!」

レックウザは、ミレーユの触手を振りほどこうとはせず、
僅かに出来た隙に頭をミレーユの方へ突きつけ、口から龍の波導を放とうとする。
対するミレーユは、先ず脱出のための隙を潰すため即座に触手で龍の身体を締め付けたが、
そこが致命的な時間の差となって勝負に大きな展開を齎した。

「――ッ! チッ――」

ミレーユは、自分がレックウザを締め付けているのだと思っていた。
だからレックウザが僅かな隙を突いて放とうとした龍の波導など、
その気になれば間一髪でも直ぐに回避できるものだと思い込んでいた。

ミレーユは舌打ちをし、此処は一旦飛び退いてから、
龍の波導を撃って硬直したレックウザにトドメを加えるのが最善だと結論付けた。


――しかしレックウザの長い身体は、ミレーユの触手に締め付けられながらも、
逆にミレーユの身体を逃すまいと締め付け返していた――!


「――『龍の波導』ッ!」


「な……ッ!」


しまった! それは油断、慢心、思い込み。
守護者としての自分だったら、もっと冷静に戦えたはずなのに。
こんな力を振りかざして、兎に角敵を倒そうと焦ったからこそ訪れた、必然の結果。




龍の波導が、ミレーユと彼を締め付けるレックウザの尾を包み込んだ。

レックウザは、最初から自分の尾が無くなっても構わないと言う覚悟でこの戦いに臨んでいたのだ――









つづく 
  


第八十一話へ戻る       第八十三話へ進む

冒険録トップへ inserted by FC2 system