――迷宮冒険録 第八十一話







「最初に断っておく」


アディスによって人間界から戻されたフライアたちは、
待機していたフェルエルたちと合流していた。
クレセリアもその場に居て、いよいよプラチナとの最終決戦に備えている状況だ。

そんな中で、ハルクは先ずコレだけは言っておくと、全員に断りを入れた。


「私はお前らと仲間ごっこなどしない。誰が死にそうになっても、
 そいつを助けるために自分が犠牲になるような道は選ばないからな」


勝手な事を、とは誰も言わなかった。
ハルクは、後で文句を言われるのが嫌だから、予め釘を刺しておいただけだ。
クレセリアは相変わらずの良く解らない表情でハルクを見つめ、小さく頷いた。


「それが良いです。ただ、そう言う方ほど、
 仲間のために身を投げ出してしまうから気をつけて下さい」

「………戯言を」


――言うな、と言い掛けたハルクは、後ろに立っていた
ガブリアス――フリードが不意に頭に手を乗せて来たので、言葉を切った。


「図星を突かれると、お前は何時もそう言うだろうが」
「……ふん」
「如何断ろうが、最終判断を下すのは己自身だ。せいぜい、生き残れよ」


フリードは手を退けて、腕に巻かれた包帯の具合をチェックしながらハルクから離れた。
ハルクは、押し黙ったまま、クレセリアに後の指示を一任した。







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      迷宮冒険録 〜五章〜
     『剣劇舞えよ白金の宴1』
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「いよいよ、奴らが動き出したか」

誰もその場所を知らぬプラチナ総本山にて、
ナイトメアと呼ばれ続けた『存在』が呟いた。
その呟きを聴いたのは、彼の前に跪くレックウザとヒードラン、そしてロトムの3人。

サイオルゲート王城を模して作られた立派な部屋の外には、
ナイトメアを信じて付いてきた優秀なる兵士たちが、
決戦の時を待ちながらただ武器を持って待機していた。

その手に持つ武器は、拳銃やロケットランチャーなど、
ナイトメアの優秀な部下たちが人間界から持ってきた『兵器』である。
個々の力も然るものながら、彼らの持つ圧倒的な武力は、
まさしくこの世界を支配して当然と思わせる強大さであった。

「ナイトメア様、我々は最期まであなたの存在に全てを賭けます」
「何なりとご命令を……」

「レックウザ、ロトム……」

レックウザとロトムは、さらに深く頭を下げ、忠誠を誓った。
ヒードランはそれに倣おうとはしなかったが、しかし心境は彼らと同じだった。




『存在』




それは、自分では解らないナニカ。



誰かが、認めてくれて、世界に居場所があって、
初めて感じる事の出来る、確かなもの。

レックウザも、ヒードランも、ロトムも、
ナイトメアが居たから、此処に存在する事が出来た。
ナイトメアが認めてくれたから、自分が存在している事を感じられた。

ミュウの束縛を受け、神として外界との接触を断たれた生活。
誰も対等には見てくれなかった重圧。
誰にも理解されない苦しみを、ナイトメアは残さず拾い上げてくれた。


「頭を上げろ」


ナイトメアは―――


「僕は……」


――いくつもの想いを踏み躙ってきた――
――いくつもの命を犠牲にしてきた――
――数え切れない信用を勝ち取り、利用し、裏切り、切り捨ててきた――

でも、プラチナと言う組織だけは、最期の最期まで裏切る事が出来なかった。
本当はこの組織ですら、自らの目的のためだけの飾りに過ぎないはずだったのに。


それは――


「そんな心算で君らを連れてきたんじゃない……」


レックウザやヒードラン、ロトムに感じた感情が、
哀れみや同情よりももっと深いものだと知ってしまったからかも知れない。










『おまえは何も守れない、そう定められた運命なのだから』









「………ッ…」

いつか聞いた言葉がフラッシュバックする。
仮面の奥に隠した素顔が歪むのを、忠臣たちは見逃さない。


「勝ちましょう、この戦いに勝った方が、正義なのですから」

「勝った方が正義、か……」


レックウザの言葉を、ナイトメアは復唱した。
何時の時代も、そう、そんなものだ。
勝った方が正義、正しかろうが間違っていようが、
生き残れなかった者に与えられるものなど何もない。


「レックウザ、君の攻撃力の高さはプラチナで最強だ。
 その力を以って、あのツボツボを潰すんだ。油断するな」

「仰せのままに」


レックウザは再び頭を下げ、窓から持ち場へと飛び去っていく。


「ヒードラン、君の戦場を支配する戦い方は極まれば無類の強さを発揮する。
 その戦いにロトム、君の統制力の下で戦う兵士たちを合わせれば、
 きっとどんな敵にだって負けはしない。この城の正門前を任せたよ」

「必ずや、期待に応えて見せますわ」


ロトムとヒードランは、部屋の外で待機していた兵士たちを連れて王室を後にした。
王の間に残されたナイトメアはただ一人、仮面と剣と輝石を携えて、待つ。





「確信した。ヤツは、『居る』……この世界に」





存在を賭けた戦いに終止符を打つ男が目の前に現れるのを、待つ。








…………
……








――夜空が見える森の中。
星がよく見えることから、星見の森との名を受けたその森の中で、
プラチナに対抗する僅かな精鋭たちを眺めて、クレセリアは考えた。
どう戦うのが、最も効率よくプラチナを潰せるだろうか、と。
いや、もっと正確に言えば、如何すればナイトメアを狩れるか、だろう。

戦力的に言って、ナイトメアと戦えるのは自分を除けばアディスのみである。
いくら此処に揃っているのが一流の戦士たちでも、
超一流のさらに上を行くナイトメアを相手に戦うことは出来ない。



ツボツボのミレーユ。
負傷しているが、それでもその高い防御力で味方を守る盾となる。

イーブイのフライア。
輝石の力を無くし、黒い眼差しが唯一の取り得。
現状、ただの足手まといに過ぎない存在だが、
アディスの力を引き出すために必要だから連れて行くしかない。

ミロカロスのクリア。
技の使い方、戦い方などどれを取っても一流。
ただ、彼女には修羅に成り切るだけの意思が無い。
それが致命傷とならなければいいのだけれど。

キノガッサのフェルエル。
実力的に言えば、かのエイディ=ヴァンスにも引けを取らない程の武術の達人。
極みレベルで繰り出されるマッハパンチと、気合いパンチの破壊力は絶大。
この中では最も頼れる存在に違いない。

ブラッキーのハルク。
傷はもう大丈夫のようだが、短時間しか発動できない極みの技を如何使えるかが鍵。

ガブリアスのフリード。
種の幹部を務めていただけの実力は確かなもの。
しかし、現状ではあまりに深い傷を負っているため本来ほどの活躍は出来そうも無い。
雑魚兵士の殲滅を任せるとしよう。

カラカラのエストリア。
戦う技術は持ち合わせていない、論外だ。

デリバードのリィフ。
エストリア同様、戦いに関してはアテにならない。

ワニノコのアーティ。
この中ではフェルエルに次いで使えそうな戦士だ。
もしかしたら波導が使えるかも知れない。
もしそうなら、作戦は彼を中心に展開する事になるだろう。

ラプラス。
名前を持たない存在にしては高い実力を持っているが、
クリアよりは若干弱いレベルだと推定される。
それでも、雑魚を殲滅させるにはうってつけの逸材だ。



「ふぅ……」

「何か不満があるのか」


溜息をついたクレセリアに、ハルクが問い掛けた。
勿論、その質問に意味は無い。ハルク自身、その問いの解答など如何でも良かった。
クレセリアが何を思い考えているのかを、知りたかっただけだった。


世界のために死ぬ覚悟はあるか――アディスと共にハルクたちが人間界に行っている僅かな間、
此処に残された連中はそんな事をクレセリアに言われたらしい。
アディスはすぐ戻るとか言ったきりかれこれ半日は戻ってきていないし、
ハルクにとっての不安要素は大きい上に沢山存在していた。


「チャンスはもう此処しか無いでしょう、そう思います」
「何故だ。お前みたいな奴らは何時も俺たちに理解できない事を言う。
 もっと普通のヤツにも解るように説明しろ」


若干苛立ちを見え隠れさせる口調で、ハルクはクレセリアに追い込みをかける。
クレセリアはやれやれと言った表情を一瞬浮かべた後、
ハルクが満足するであろう説明を頭の中で即座に構築して言葉に変えた。


「理由はわかりませんが、今は種の活動が完全に停止しています。
 恐らくはプラチナの目的に気付いて手を引いたか、既に壊滅したか……」



「っ!? 壊滅だと!?」


少し離れていた場所で聞き耳を立てていたフリードが声を荒げた。
彼にとって、種は第二の故郷のような場所である。
それが壊滅したなんて事実は、彼には絶対に認められない。
サイオルゲートまでも奪われて、種までも失ったら、
彼の居場所はもう、この世界には何も残されてはいないのだ。


「ふ、ふざけるな、種は、種はなぁ! ……そう簡単に潰れるような組織じゃ……!」

「ミュウの統制があればそうでしょうけど、
 統率するものの居ない組織など放っておいても自滅するだけです」

「て、めぇ……」
「やめろフリード。見苦しいぞ」
「フェルエル……」

フリードがクレセリアに掴みかかろうと伸ばした腕を、フェルエルが掴んで阻止した。
フリードは怒りの矛先をフェルエルに向けようとしたが、
彼女の表情を見て、さらにその目線の先に居る者に気付き、腕を下ろした。

フェルエルが見つめる先には、ぼうっと夜空を眺めるエストリアの姿があった。


「仮に、最悪の結末になろうと、居場所はまだあるだろう」

「……はっ…そうだったな……」


フリードは何時ものようにふてぶてしい笑みを浮かべ、
エストリアの隣までズカズカと歩いていった。
エストリアはほんの少し首を傾けてフリードをチラと見た後、
すぐに夜空に視線を戻してまた放心を開始した。

フリードは何も言わず、その隣に座って共に夜空を見つめ始める。




(そう、お前には、居場所はある)




フェルエルは数歩下がり、適当な木に寄りかかってから、目を閉じて瞑想を再開した。









つづく 
  


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