――迷宮冒険録 第八十話




満月を背景に向かい合う二つの超存在。
私は超界者だが、実はそれほど戦闘能力が高いわけではない。
戦うのは好きではないから、それから逃げるようにこうしているだけなのだ。

でも、今回ばかりはそうも言ってられない。

音も無く一歩を踏み出す。
仮面の意思は、私が攻撃圏内に入るのを待っていた。


「――我、望む……此処に超界の力を紡がん……」


私は仮面の攻撃範囲外から、呪文の詠唱を開始した。
仮面の意思に世界とコンタクトを取るほどの力があるはずがない。
そう思ったから、私は超界者の力ならば勝利を勝ち取れると決断した。


詠唱が終わり、私は即座に屋根を蹴って空へと飛び上がる。
そして空中から、仮面の意思に向かって突撃を開始した。
その私の手には、世界の歴史を少しばかり書き換えた事で発生した赤い槍が握られている。
伝説の槍・ロンギヌス――人間界の伝承に伝わる幻の槍を、
私が超界の力を以って再びこの世界に呼び出したのだ。


「っせあああああああああッ!!」


私はその槍を躊躇い無く投擲する!
矛先は、真っ直ぐ仮面の意思に飛んでいく!
寸分の狂いも生じるはずは無い――槍は確実に仮面を突き破る!
何故なら、そのように歴史が『書き換え』られているからだ!




――ヒュンッ!



だが、槍は仮面の意思の横数センチを素通りしていった。
ヤツはそこから一歩たりとも動いていない。

私は即座に考えを改めた。
仮面の意思如きが――そう侮る事はやめると決めた。

たった今超界者の力を覆したこの存在は、紛れも無く超界者と同等の力を持っているからだ。


「……あなた……世界とコンタクトが取れるのね」

「僕は、ナイトメア。この世界に逃げ延びた悪夢によって、囚われた存在……」

「……?」


仮面の意思は、唐突に自己紹介を始めた。
その間に、私は右手を振りかざして再びロンギヌスを出現させ、構える。


「……が、存続を望んでいる……僕は、何としても生き延びる……」


仮面の意思――ナイトメアは、明らかに『誰か』の意思で動いていた。
だが、『誰か』の意思で動いているだけとは思えないほどの力を、その身に宿していた。


「「我、望む――」」


再び私が呪文の詠唱した時、その言葉に、
影のようにピッタリと、ナイトメアの言葉はついてきた――








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      迷宮冒険録 〜四章〜
       『一つの運命3』
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私は四方八方に結界を張った。
ただし、コレは通常の結界とはかなり違った構造のモノである。

名を、『時の壁面』と言う。

空間の特定部位の時間の流れを拗らせ、物質がそこを通過するには
拗れた分だけ時を刻まねばならないと言う、要するに時間稼ぎの技である。

ディアルガと言う種族のポケモンが、
禁忌の技として封印していたものをコッソリ持ち出したものだ。

これを四方八方に私たちを取り囲むように張る事で、
この中で起こっている出来事が外に伝わるのは、
光の速さを以ってして100年後と言う計算となった。
これで、目撃対策は万全だ。
それと同時に、外への攻撃も最低100年はこの中で戦い続けない限り、
全てこの時間の壁の中に囚えておく事が出来るので、後で簡単に処理できる。


本当はナイトメアと名乗ったあの仮面の意思ごと時間凍結させてやりたかったのだが、
その申請はまたしても世界に拒否されてしまった。
世界は、殆ど彼に味方している状態である。
超界者同士の戦いとして最悪の展開だった。


「僕は僕の存在を守るために、此処で消されるわけにはいかない」

「この世界にそんな仮面は必要ないッ!」


ナイトメアの言葉を、存在を否定するように私は叫び返す。
そう、必要ない、必要ないものは消し去るべき。
ミュウのような思考回路だと笑われ罵られようと、
私は私の望むささやかな平穏を誰にも邪魔させはしない!


「私の――」

「僕の――」




「「邪魔をするなぁぁああああッ!!」」







………
…………








槍の扱いは得意だった。
だから私はこの槍を手に、ナイトメアに挑んだ。
太陽光を跳ね返す満月が、この星を照らしている。
無数の星たちが瞬いている。
そんな幻想的な夜空の中で、私は悪夢に立ち向かっていた。

誰のためでもない。
私の自己満足のためにだ。

私は、そんな大きな幸せは望んじゃいなかった。
超界者として目覚めるまでの私は、幾多の苦痛と絶望の中で生きてきた。
ある世界の私は、きっと世界に絶望して全てを諦めていたんだろう。
ある世界の私は、それでも希望を手放さずに戦い続けたんだろう。

超界者として覚醒した世界の私は、一体何を思いあの地獄の日々を生きてきたのだろうか。
今となっては思い出せないが、少なくとも今私が望むのは、ほんの小さな幸せ。
ずっと昔、まだ超界者になれなかった私が得られなかった、穏かな暮らし。

アディスと言う存在は、私を照らし、私の生を認めてくれる。


「お前は必要ないッ! 居てはならない存在なんだッ!」

「解ったような口を叩くなッ! 何と言われようと僕は諦めないッ!」

「消えろ、その仮面ごと……! 我望む――」


誰にも、私の邪魔はさせない。


私は再び世界に申請する。
目の前に現れた悪夢の、削除を。




「お前の削除をッ!」




そして――――許可は、降りた。








「やぁぁぁぁあああああああああッ!!」




――ドシュアァッッ!




ロンギヌスが、ナイトメアの身体を貫いた。
世界は、ナイトメアの死をその歴史に刻んだ。
これで、終わりだ、そう思った――






違った。





「『ナイトメア』は消す事は出来ない……君には解らないだろうけど」





私が歴史に刻んだ死は、ナイトメアではなく――




「貰うよ、君のその身体を」




クウォール=サイオルゲートのものだったのだ。




「うぐっ、ぐああああああああああああっ!!」



『仮面』が、死んだクウォールの身体を捨て、槍を持つ私の腕に飛びついてきた。
装着できさえすれば、顔でなくても問題ないと言うのか――完全に油断した!

仮面の意思が、私の魂に絡みつき始める。
私は抵抗するが、この強大な意志――世界の加護を受けた意思の前に、成す術がなかった。
如何して、こんなヤツに世界が味方をするのか――


私は、悔しさで歯を食い縛りながら



「いつか、必ず殺してやる……!」



『ティニ』を捨て、世界の外へと逃亡した。





…………
……






私は、ナイトメアの後を追い続けた。

最初の世界では、私を殺したナイトメアは、
後にエイディ=ヴァンスと言う、骨の剣を持った謎のポケモンの手で殺されている。
フライアと言うイーブイを守りながら旅を続けたアディスが、何者かに殺された後に。

次にナイトメアの出現した世界で、私は再びナイトメアに挑んだ。
いや、挑もうとした。しかし、見つける事が出来なかった。
どうやら、ナイトメアの母体となっているクウォールは、
裏切り者として随分前に処刑されてしまっているらしい。

一体如何したものかと思い悩んだがどうにもならず、
ナイトメアが何処かに居るはずのその世界で、私は再びアディスの許へと向かった。
このまま平穏な暮らしが出来るのならば、ナイトメアなど如何でも良いとさえ思えたが、
やはり、現実はそう甘くは無かったと言わざるを得ない。

あの大戦が起こったのは、数ヵ月後の事だった。
どうやら、ナイトメアが出現する世界では、この大戦は必ず起こるらしい。
そして、その大戦の中で私はナイトメアと邂逅し、戦いを挑んで、死んだ。

次も、その次も、ナイトメアが現れた世界に飛び込んでは、
ナイトメアに挑み、殺され続ける生活を続けた。
アディスを何度悲しませてしまっただろう、
もういいじゃないか、私はよく頑張った、そう思った事も在ったが、
それでも私はナイトメアの存在を許せなかったから、諦めなかった。

何故なら、ナイトメアが介入する世界は、
あまりに死者が多く、争いが多く、見るに堪えないからだ。
超界者が絡む世界は、歴史が歪むと言う。
だが、普通はその歪みを超界者が最小限に抑える努力をするのだ。

それをしないナイトメアが、許せなかった。
彼は、居てはいけない存在なのだと思った。

それからの日々、転機は無く、闇雲にナイトメアと戦い続けた。
しかし、世界を超えるたびにその力を増していくナイトメアに、
ついに私は完璧に勝てない事を思い知った。

そして、もうダメだと思った。

作りかけのアーティファクトを投げ出して、全てを捨てて楽になろうと思った。
そのアーティファクトとは、私がナイトメアの『仮面』に対抗するために作った、
なけなしの知識と技術の結晶、『絆のペンダント』だ。

私は、あの仮面が相当な完成度を誇るアーティファクトで在る事に気付いている。
アレに対抗するためには、同等以上のモノを作り上げるしかない。
しかし何度作っても、仮面に追いつく事は出来なかった。
超界者としての資質が、仮面を作った何者かに遥かに劣っているのだと、
何度も何度も気付かされた。

やめよう、もうこんな勝ち目の無い戦いは。
少なくとも、彼が関わらない世界は平穏そのものじゃないか。
無数にある世界の中の一つが狂っていて、それが如何したと言うのだ。
私はそっと全てを諦め、他の世界のティニの中へ入ろうとした。



最期の躊躇いと後悔が、私をもう一度振り返らせた。
そこには、私がついさっき殺された世界が、未来を紡いでいた。


アディスは、諦めずに戦い続けていた。


ナイトメアが関わる世界では、アディスの中に超界者の成れの果て、
今にも消えそうな亡霊がくっついていたっけ。

その世界のアディスは、珍しく、自分の中に居る亡霊と共闘していた。
仲間を守るために、種と呼ばれる組織と戦い、
そして、種のリーダーで私のよく知るフリードまでも打ち破らんとしていた。



でも、その戦いを見ていた私は、彼らの戦う岩場のずっと高い場所に、あの影を見つけた。


ナイトメアだ。


アディスがどれだけ頑張ろうと、彼に勝つ事は出来ない。
此処までだ、お疲れ様、アディス。


最期の別れだと思って、私はナイトメアに挑むアディスの姿を目に焼き付けた。
勝てないのに、そんな事は解っているはずなのに、アディスは逃げなかった。

そして、ナイトメアとの戦いの中で生まれた大地の亀裂の中に、
無数の槍と共にアディスは消えていった。


















世界から、光の雫が零れ落ちた。














私は、それをそっと掌に受け取る。


それが何であるか気付いた時、私は適当に目に付いた別の世界へ、それを持って飛び込んだ。





我、望む




個体情報アディスの上書き、
個体情報ティニの上書きを、申請。





次にアディスが目を覚ますのは、彼の良く知る部屋の中。
ナイトメアに殺された時の記憶が残っているだろうから、多少は混乱するかも知れない。
でも、私が何時も通りに接してあげれば、彼は悪夢の終わりを知るだろう。


もう一度やり直そう、アディス。


如何してなのかは、私には解らない。
何故、私はその世界のアディスを助けたんだろう。
解らないが、答えなど如何でもいい。



多分、諦めようとした自分が、嫌になったに違いない。
超界者じゃないアディスが諦めていなかったのに、
如何して何度でもやり直せる自分が諦めるのかと。



アディスが目を覚ました後、彼は案の定少しばかり記憶の混乱に陥っていたが、
私は隙を見ては絆のペンダントの精度を高め、次の世界への戦いに備え始めていた。













何日経っただろうか。



――声が、アディスを呼んだ。



やっぱり、あの世界は狂っていた。
一体何匹の超界者が紛れ込んでいるのだろう。
そうでなければ、こんな得体の知れない現象が連発するはずがない。




私は此処に居る




そう告げて、彼に絆のペンダントを託し、私は世界に申請した。





――バックアップよりアディスの復元を実行




この世界のアディスはそれまでの記憶を失い、
『在るべき』記憶を刻まれた状態で世界に存在を刻んだ。

同じアディスのはずなのに、何かが違ってしまったような気がして、
少しばかりの物足りなさを感じた時だったろうか――


「人形遊びはつまらないだろう」
「…ミュウ、来ていたの」


私の前に、ミュウが現れた。
私は新たな申請を行い、ミュウの後を追って小さな村を飛び出す。






バックアップよりティニの復元を実行

――そして、彼らの永久の平穏を――





世界の外側、超界者の領域より少し内側。
ミュウが居を構える、とても絶妙な場所に、私は案内された。
超界者として覚醒した時も、ミュウが現れたっけ。
しかし、私の存在があまりに無害だったため、
特に何事も無く今日まで生きてこれたのだったか。

「もしも」

ミュウは告げた。
言葉の要らぬ世界で、敢えて言葉を発し。


「もしもあの世界で『決着』が付いたのなら――どうせ狂った世界だ。
 多少の無茶も、申請すれば案外許可が下りるかも知れない」

「そう。じゃあ、私はあの世界に帰れるかしら」

「そうだね……君を――『ノア』と言う既にどの世界にも居ない存在を刻む事だって出来るかも知れない」

「……まるで理想郷ね」


ミュウの語る世界は、まさに今の私の理想。
流石に、勝手が過ぎたと思っている。
何度も何度も消されたティニの身になって考えれば、
私が如何に傲慢な事をしてきたのか良く解る。


「……君も、あの世界を最期にするのかい?」
「そう、出来るのなら、そうしたい……理想が、本当に描けるのなら」


あの場所を、最期の場所にしよう。




そう思えた。

私の心は、多少は成長したのかも知れない。













つづく 
  


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