――迷宮冒険録 第八話


 


「ふん、手間取らせやがって」


「うぐ……ま、まだです……がっ」


立ち上がろうとしたガーディの頭を、ボスゴドラが踏み付ける。
序盤こそガーディの立ち回りは見事で、一瞬このまま勝てるのかと見えたが、
そこはボスゴドラの意地と機転が勝負を決めた。

影分身に対し影分身を仕掛けてくるとは、ガーディも予想外だっただろう。




「もういいだろ、いくぞ」
「おう、じゃあな偽善者。はははは!」




だがしかし。

結果として、ガーディは勝利した。




――ヒュン!



「……あ?」




勝利とは敵に勝つだけではない。
敵に負けても、目的を達すればそれは勝利なのだ。





「てめぇらしつこいんだ―――よッッ!!!」






――ガァァァァーーーーーンッ!!!





「がは……ッ」





お陰で俺は、フライアが連れ去られて行方不明になる前にここに戻る事が出来た。

いやホント危なかった。
守るとか言っておきながら、危機感が足りてなかった。猛省する。




因みにアレだ。
ボスゴドラの後頭部に思い切り投げつけてやったのは、
屋敷の前に立っていたケンタロスを模した銅像だ。
2個あるんだから1個くらい良いだろ。













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      迷宮冒険録 〜序章〜
      『気弱な守護者3』
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「オラ、フライア返せコノヤロウ」

「返せといわれて返す馬鹿が居るかッ! 帰れ!」

「そっくり返すぜ、帰れといわれて帰る馬鹿が居るかッ!」


頭を抱え、涙目で喚き散らすボスゴドラに、俺も容赦なく突っかかる。
サイドンは呆れたような目でそのやり取りを見ていたが、
直ぐにフライアを足元に置いて俺を睨んだ。


「油断するな、二人がかりで一気に潰す」
「当たり前だ! このガキに大人の怖さってもんを教えてやる!」


ボスゴドラは怒り心頭、サイドンはまだ冷静さを保っている。
どっちを先に潰すかといえば、そりゃあボスゴドラの方が楽だろうな。

ところで勝てる保障がどこにも無いことを今更思い出したが、どうしたものかね。







「うわああああああああーーーーーッ!!」






「んん?」




甲高い声が響く。
俺はその声を知っているから、特に――…いや、驚いたな。
正直、あいつがそこまでやるとは思わなかった。




一触即発のこの状況の中で、突然ミレーユが決死の特攻をしてきたのだ。
俺の頭を飛び越え、真っ直ぐ、サイドンに向かって。




――ポスン!



なんとも情けない音。
振り絞った勇気に値するSEがコレなら、俺が当人だったら泣くな。


だが、ミレーユが恐ろしいのはここからだ。
俺は知っている。
ミレーユが臆病である事をじゃない。
それもあるが、ミレーユは決して最弱ではないと言う事をだ。

ミレーユはふわりと着地し、サイドンの前に立った。


「はーーはっはっは! 何だコイツ!
 痛くも痒くもねぇ! こりゃいい! 気持ち良いくらいだ!」


冷静だったサイドンも思わず吹き出し、高笑いをしながらミレーユを指差す。
ミレーユはそれを表情一つ変えずに――いや、若干哀れみの目で返した。


「そうでしょうね、でも直ぐに不快になります」

「…あ?」


ミレーユは淡々と告げる。
それは医師の告げるガンの宣告であるかのように、サイドンの言葉を詰まらせた。



「貴方に毒を与えました。この毒による害を説明します。
 最初はちょっとした関節の痛みだけですが、直ぐに猛烈な吐き気と倦怠感が襲ってきます。
 次に高熱に伴って全身が裂けるほどの痛みの後、24時間かけて対象を絶命させます。
 ただし症状に対して治療は安易なので、直ぐにでも病院へ駆け込めば命は助かりますよ」

「お、オイ…冗談だろ…?」

「ご愁傷様です」


【毒突き】、ミレーユが何故か特異としている技だ。
…解説はミレーユがしてくれたから、問題無いだろう。
ゾッとするほど無表情、淡白に説明を終えたミレーユは、
そのままサイドンに背を向けて俺の隣に並んだ。


「…アディス、見せるよ。僕の誇り」

「よく言った、それでこそ俺の親友だ」


そして、それでこそあの守護者たちの息子だ。


「さぁ! 残るは君だけだボスゴドラ!」

「ふざけんな! オイ、サイドン! お前あんな一撃で倒れるわけねーだろ!?」
「あの、物凄く、グワングワンって視界が…」
「サイドンーーーッ!?」


顔面蒼白、汗をダラダラとかき、見て直ぐに解る危険な状態を体現しつつ、
サイドンは焦点の定まらない目でボスゴドラを見ていた。
いや、見ていない。多分見えてない。


「お………………覚えてろーーーーーッ!!」


サイドンを抱えて駆け出すボスゴドラ。
あぁ、やっぱりあいつらはそういうキャラなんだ。
一瞬でも本当にヤクザっぽいなとか思ったが、やっぱり情けないやられキャラだ。

そして一瞬でも勝てるかどうか自分を疑ってしまった俺は軽く自己嫌悪に陥りつつ、
逃げていく雑魚を見送ってからミレーユとハイタッチをする。

でも正直助かったような気もする。
ボスゴドラは鋼タイプで、毒は効かないのだから。

名も無き脇役を退けた後、ガーディとフライアを起こしてやる。
フライアのほうはただ気絶しているだけだったから良かったが、
ガーディは直ぐにでも手当てが必要だろう。


「それなら僕がやるよ」
「ミレーユ?」
「家柄上、そういうスキルも持ってるからね」

「うぅ…申し訳ない、このガーディ、不覚でした」

「いや、アンタのお陰でフライアを助けられたんだ。言いっこナシだぜ」


実に鮮やかな手つき(触手捌き?)で包帯やらガーゼやらを操るミレーユを横目に捉えつつ、
俺はガーディに軽く頭を下げた。
ガーディは情けなかったと言いながら照れ笑いをし、
この誘拐未遂事件は早くも笑い話へと昇華していた訳だ。




その後なかなか起きないフライアを負ぶって、ガーディと別れたのは日も傾きかけていた頃 だった。
時刻にして午後4時、この世界の俺が住む村は、冬が近いと日が落ちるのも早くなる。
俺の前をミレーユが歩く形で、とりあえず俺の家を目指していた。


「…そういえば、まだ返事をしてなかった」

「んあ?」


ミレーユはふと立ち止まって俺のほうに向き直る。
そして決意の表情で、言った。
その表情があまりに普段のミレーユから想像できない逞しさだったから、
俺は思わずその言葉を聞き逃すところだった。







いや、聞き逃したな。
でもミレーユが何を言おうとしたかくらい、解るって言っただろ。






だから俺も大きく頷いて、





「今日は遅いから、明日からな」





そう出鼻を挫いて、からかってやるのだった。








………









日はあっという間に落ち、外は星明りと月明かりだけが頼りになっていた。
目を覚ましたフライアにミレーユの紹介を済ませ、
明日の出発のために思い思いに準備をしているところだった。

準備と言っても、全員同じ部屋で談笑しながら明日の作戦やらをダベってるだけだが。


「…そこでコイツの毒突きがキまってな、あのサイドンの顔には笑ったぜ!」
「いやーははは…でもちょっと後から反省したよ、…不意打ちだったしね」
「くははははっ、違いねぇ! 今度会ったら謝っとけ! あはははは!」


他愛も無い、今日在った事を振り返るだけの、だが――


「オイミレーユ、お前寝相大丈夫か? ウッカリ俺に毒突きすんなよ?」
「だっ、大丈夫だよ! 失礼だなぁアディスはっ」
「ふふっ、私も気をつけないといけませんね」
「そ、そんなフライアまで〜」
「あはははははっはははは! フライアに言われちゃ敵わんな!
 夜中にサイコキネシスで飛ばされないように注意しろよ〜?」
「あっ、アディスさん〜〜っ!」


そんな他愛の無い日常こそ、今のフライアに必要なんじゃないか、そう思えた。
今までたった一人で逃げ続けたんだ。
日数にしてみれば何年も逃げていたわけじゃない、ほんの数日足らずの逃亡生活。
だが、その前に王家の滅亡から落ち延びた経歴を持ち、多くの不幸を背負ってきたのは違い ない。

その不幸の重さは、この小さなイーブイが生きてきた年月に比べてあまりに巨大で――



「さて、今日はもう寝るぞ! 明日は早いからな!」
「アディスの寝坊癖は酷いんだ、フライアも手伝ってくれる?」
「はい、頑張って起こしてあげましょう」
「おうコラお前ら、何で俺の寝坊癖知ってるんだ。まだ誰にも明かした覚えは無いぞ」
「え? 本当に寝坊癖酷かったの? あはは知らなかった、予想外だよ」
「っ、おまっ、待てコラ!」
「あはは! 待たないよ〜!」
「あははっ、ダメですよアディスさん、明日は早いんですからっ」
「えぇい何か腑に落ちん……消灯!」


俺が支えてやるにも、少しばかり大きいかも知れない。
だがミレーユが仲間に加わった。
俺とミレーユで支えてやろう、フライアが望む平穏が与えられるかどうかは自信は無いが、


「お休み、みんな」
「おやすみなさいです」
「……おう」


コイツを守ってやる事だけは、絶対に間違っていない。
俺はそう心で断言し、小さめの毛布を頭から被って周囲の寝息に聞き入るのだった。









つづく

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