――迷宮冒険録 第七十九話




「へぇ……」

私は小さく感嘆の声を洩らして部屋の中を見回す。
好奇心が勝ったため、埃やカビの匂いなどは気にならなかった。

王様は既に奥のほうへ進んでいたので、私も周囲を見回しながら後を追う。
なるほど、整理が必要なほど散らかった部屋の中は埃まみれで、
足の踏み場を探しながらではズカズカと歩いていく王の後を追うのも一苦労であった。

と、不意に私の視界に謎の仮面が飛び込んできた。
吸い込まれるように、私はそれへと歩み寄る。


多分、本当に吸い込まれていたに違いない。
その仮面の宿す、強大な意思によって。









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      迷宮冒険録 〜四章〜
       『一つの運命2』
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宝物庫の掃除から3日が経過した。
私に与えられた――正確に言えばティニに与えられた部屋の机の、
上から2番目の引き出しに、一瞬で私を魅了した仮面は安置されている。
私はその仮面を手に取り、じぃっと見つめて思考をフル回転させる日々を送っていた。

まだ、不用意に被ったりはしていない。

私は超界者だから、その仮面の『異質』には直ぐに気付く事が出来た。
コレは間違いなく、今までの世界には存在し得なかった超古代物質である。
そう確信したから、誰の手にも渡らぬよう、私はこっそりと倉庫から持ち出したのだ。

この3日間、色々と調べたが、それが強い意思を内包していること以外何も解らなかった。
その事実から推測できたのは、この仮面を装着した時、
恐らく所有者と仮面の意思の間で何かしらのアクションが起こると言う事である。

例えば、仮面に存在を喰われるとか、
或いはただ単に仮面と同調出来るだけか。
試す事が出来ない以上、それは定かではないが。


「……ふぅ」


仮面から目を放し、私は疲れた目と頭に休憩を入れる。

一度、仮面を付けてみようと思った事もあったが、踏み止まった。
超界者だから世界の中で死にそうになってもすぐに外へ逃げられる私は、
長らく恐怖と言う感覚を忘れたまま生きてきた。
だから、いざ久々にその未知の恐怖に対面した時、足が竦んで動けなかったのかも知れない。

情けない、が、勇気と無謀の違いを知るのも超界者の資質だ。

これは破棄した方がいい、そう思った。
誰の手にも渡らぬよう、この世界から破棄しておくべきだと。
得体の知れないモノなど必要ない。この仮面がどんな力を持っているとしても、
今、私の視点での世界は何もかもが順調に動いている。
それで十分である、この仮面に頼って新たな幸せに手を伸ばそうとは思わない。

捨てよう、超界者の力を以って、この仮面を世界の外へ廃棄する。


「我、望む――此処に超界の力を……」


――ガチャリ。


「ティニ、居るかい?」

「――っ!! な、何ですか突然! ノックくらいして下さい!」


突然部屋に入ってきたのは、執事のクウォールだった。
彼は私と同じ種族のポケモンで、だからと言うワケでもないが親しい仲にあった。
お陰でノックをしろと言う私の願いは一度も果たされた事など無いのだが、
やれやれ、こんなタイミングで入ってこなくてもいいだろう。

「すみませんね、少しばかり嬉しいお知らせがありまして」
「嬉しいお知らせ……ですか?」

私は仮面を机の下に隠し、執事の後を追って部屋を出た。
この時期にそんな知らせのイベントなど無かったはずであるが――
長い廊下を歩きながら、私は記憶の糸を辿りつつクウォールに何があったのかと訊ねる。
すると、彼は満足そうな笑みを浮かべてこう答えた。

「フリードぼっちゃんが帰ってきたのですよ」
「フリードが…?」

フリードって誰だっけ。私はティニとして此処に居るけど、
サイオルゲート内部よりもアディスの事が気になっているから
正直此処の者達のことには疎かった。

確か、フリードはサイオルゲート王家の長子のガブリアス、だったか。
実際に血の繋がりは無いらしいが、
色々と縁があって時期サイオルゲート王とも言われている。

帰ってきた?
いや、私の記憶では彼は――そりゃあ仕事でたまに城を留守にしているけど、
だからって帰ってきたくらいでイチイチ執事を喜ばせるようなモノではないはずだ。





「よぉーティニ! 元気してたかー!?」

「いっ、痛いよフリードっ」

「わっはっは、悪い悪い。なんせ2ヶ月ぶりだからな」


2ヶ月、とフリードは言いながら私の頭を豪快に撫でた。
コノヤロウ、サメハダーほどでは無いにせよその鮫肌で私の頭を撫でるな、痛い。
執事も笑って見てないでこのアホを止めろ、これは微笑ましい光景に似せたドメスティックバイオレンスだ。

と、思っても口に出さないのが利巧な生き方である。
まして本当のティニじゃない私が余計な事を言えるはずも無いのだ。
痛いけど、我慢する。これもアディスのためだと思えば……あやっぱ無理痛いコレちょっと本気で痛い。

「わっはっは」
「笑い事じゃないよ……イタタ……」
「よし、んじゃあじいさんに会いに行くか!」
「え? ふわあっ!!」

フリードは私の身体を軽々と持ち上げて、そのやや平坦な頭の上に乗せた。

止めさせようと思えば簡単だが、それをやると非常に面倒な事になるので
私はされるがままにフリードの頭の上に乗せられて王の間へと連行される。

これはこれで楽でいいから嫌いじゃないが、恥ずかしい。
ただの晒し者じゃないか、常識的に考えて。








「よ、じいさん。帰ってきたぜ」
「フリードか。今度は何時まで此処に居られるんじゃ?」
「んー解らん。あっちの仕事は何時も突発的だからな」

頭の上で身を小さくしながら、私は話に耳を傾けた。

彼は何の仕事をしているんだろう。どうもこの世界のフリードは、
私の知っているフリードとは違う仕事をしているようだ。

「久々の帰郷じゃ、今夜はゆっくりと過ごすがいい。な、ティニ?」
「はい、そうします」

話を振られたので笑顔でそう答えておく。
私はフリードの兄妹のようなモノだから、仲がいいと言う設定なのだ。
と言う事は今夜はこのアホと一緒に寝ることになるのか、
丁度いいから武勇伝でも語らせて何の仕事をしているのか推理しよう。

こんな事になるなら、『ティニ』の記憶を乗っ取らずに少しは継承しておけばよかった。
まさかこんな予想外の展開になるなんて、少しこの世界は狂っているのかも知れない。



「それでは、私はティニの部屋へ」
「うむ。フリード用のベッドは何時もの所にある」
「畏まりました」


執事はペコリと頭を下げて、王の間を後にした。
私の部屋へ行くのか……って、ちょっと待てそれは不味い!
今は机の下にあの仮面が置きっぱなしだ!
いつもは引き出しの中に入れて鍵をかけてあるからいいものを――


「私も先に戻ってるよ、早く来てねフリードっ」

「おう、少しじいさんと話してから行くよ」


よしそれでいい、ノンビリ来い。
私は王の間から駆け足で抜け出し、自分の部屋へと急ぐ。

あの仮面はヤバイ!
超界者の私なら兎も角、普通のヤツが魅入られたら、完璧にその意思を乗っ取られる!



「あーティニ! いいところに! ちょっとコレ運ぶの手伝ってくれないかなぁ!」

「っ!?」


廊下を走り抜けた時、すれ違ったヤツに声をかけられた。
最悪だ、今までこんな慌しい思いをした事は無かった。
この世界はヤバイ、狂っている、何とかしないと――


「我、望む――歴史を修正せよ、仮面の存在の抹消を申請する!」


次の瞬間には、私は無我夢中で世界にコンタクトを取っていた。
この行為は通常の生物には見えない、聞こえない。
だから、任された書類を運びながら、私は世界に仮面の削除を申請した。



「え……? うそ…なんで……!?」




私の申請は、却下された。





つまり、あの仮面、或いはそれに関わる何処かの超界者が、
私よりも強い力で世界に仮面の存続を申請していると言う事――

若しくは、どんな理由があるのかは知らないが、
今この世界はあの仮面の存在を望んでいると言う事だ!


「くそっ!」


荷物を運び終えた私は、そのままの足で自室へと駆け出した。
頼むから、あの仮面には気付かないで居てくれ!
じゃないと、何もかもが――


「クウォール!」


バンッと開けた勢いで反対側の壁にドアがぶつかり大きな衝撃音を立てたが、
私はそれを上回るほどの声で執事の名を呼んだ。

そこは間違いなく、私の部屋だった。
そして、フリードの寝床を用意するクウォールが、目を丸くして私を見ながら硬直していた。

「どうかなさいましたか?」
「え、い、いいえ、あの……」

机の下に目をやる。
仮面が―――消えていた。

「クウォール、……机の下に、仮面があったの、知らない?」
「はて、とんと記憶にございませんな」
「あれ、私のものなの、返して欲しいんだけど」

クウォールは知らないと言ったが、超界者の私に嘘など無駄である。
そして、嘘を見抜かれている事に気付いたらしいクウォールは、
その穏かな表情を一瞬で邪悪な笑みに変えて私を睨みつけた。



「そういうワケにはいかないよ、僕は『存在』し続ける事が全てなんだ。
 君の傍に居たら、僕は消されてしまう……」

「っ! あなた……クウォールじゃない、仮面の意思……ッ!」



口調の変化から、それはすぐにわかった。

今目の前に居るコイツは、クウォールのカタチをした、クウォールでは無いモノ。
そう、ティニのカタチをしたティニではない私のように、


「クウォールを返しなさいッ!」

「ふふふ、それを君が言うか、ティニを消去しておきながら――」

「ッ…!」



仮面の意思は、私の部屋の窓を破り、外へと飛び出していく。
空は満月の浮かぶ暗黒の世界、私は迷う事無くその後を追って窓の縁に飛び乗る。


「プロテクト解除、『そらをとぶ』の使用許可申請」


そう呟いて、私は窓から飛び出した。
そして、落下が始まるより早く、見えざる翼の力で空へと飛び上がる。
クウォールを乗っ取った仮面の意思は、クウォールの姿のまま屋根の上に居た。
屋根と言ってもそれはただ風雨を凌ぐ為のものではなく、
この城の外見美を保つための構造をしているから傾斜が急でまともに立つ事は不可能である。
が、仮面の意思も私同様に理外の力を使っているらしく、
急傾斜の屋根に対して垂直に立ち、私を待ち構えていた。



「あなたは危険すぎる……その存在を認めるわけにはいかない!」

「ふふふ―――詭弁など如何でもいいだろう、始めようか、存在を賭けた戦いをッ!」












つづく 
  


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