――迷宮冒険録 第七十一話






「おい……誰か……生きてたら、返事をしてくれ……」



突如降り注いだ数多の光。

救助隊たち、また、それに協力する者達は、
その光の直撃を受け――或いはその光が持つ破壊力に巻き込まれ、
次々と倒れ、その形を失っていった。

僕――バタフリーは、運良く、辛うじて生き残ることが出来た。
うっすらと残った意識が、自分の翅と仲間たちが無残な状態になっている事を告げた。

呻き声すら聞こえない。
焦げ臭い匂いと、灰色の煙が立ち昇って気持ち悪い。


「誰か……誰か生き残りは居ないのか……ッ…ゴフゴフッ……ぐぅ…ッ…」

「ぅ……く…」

「っ! オイ、しっかりしろ!」
「…た、フリー……か……」


生き残りが居た!
僕は彼の元へ駆け寄り、傷ついた身体を抱き起こすが――

ダメだ。彼は、もう助からない。
僕はそう理解した。そして、彼自身も理解しているようだった。


「……故郷に、……残し……家族……たの……ぅ……」


彼は、身に付けていたお守りの成れの果てを僕の手に乗せ、
そのまま眠るように、――


「う、っく、……うああああああああああああああああああああああッッ!!」








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      迷宮冒険録 〜四章〜
      『バタフリーの決意』
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「―――っ!!」

「あ、バタフリー!」

「………あ……」


眩しい太陽の光が複眼に入り込んできて、思わず顔を背ける。
隣に、ラティアスの姿があった。

「大丈夫? 随分うなされてたみたいだけど」
「あ、はい、大丈夫です…」

心配そうな表情を浮かべて、顔面至近距離で覗き込んでくるラティアス。
近い。近いですラティ姉さん。
あとでサンダーさんとラティオスさんにどやされるのであまり僕とナカヨクシナイデ。

「君はうちのエースなんだから、しっかりしてもらわないとね」
「あ、あはは。頑張りますです」



……何だ、夢か。嫌な夢を見た。
多分、ここのところ続いてる戦いの所為で、
心が病んでいるのかも知れない。

もう暫くの辛抱だ、あと少しだけ頑張ろう。
――あのユメが現実にならないように。
ハッキリ言って僕にはこの戦いが何の戦いなのか解らないけど、
仲間を守るためにこの力を振るうのなら、そこに間違いなんて無いはずだから。


一呼吸、大きく深呼吸をして、眠気を吹き飛ばす。
複眼の調子も万全だ。さぁ、今日もまた頑張ろう――




「あ、待ってバタフリー………」
「はい?」


ラティアスはそう一言釘を刺してから、
見えない電話を持つ素振りで突如視線を空へ向けた。
夢写しでラティオスと連絡を取っているのだろう、
しばし暇なので、同じように空を見上げて待つとする。


「……うん、うん…解った。……そう、状況は?」

「………」


不意に、ラティアスの表情が曇った。
何時の間にか、滅多に聞く事の出来ない真剣な口調になっている。
悪い知らせ――なのは間違いないだろう。
せめて死傷者が出ていないことを祈るばかりだ。

「……バタフリー」
「……どうかしたんですか」

ラティアスは一拍間を置いて、その言葉を躊躇いながら――口にした。



「……こっから先、誰が死んでも、自分を責めちゃダメだよ」







………







救助隊たち――その中には、ルカリオランクのFLBの姿もある。
しかし、伝説と称されるポケモンズは現時点で自分のみで、
その永遠のライバルとしてある意味で伝説と化したトップアイドルの姿は無い。
一体何処をほっつき歩いているんだとアブソルが小言を言っていたのも少し前の事で、
今ではもうその存在を期待するものは居なくなっていた。
居たら居たでかなりの活躍は期待できそうなのだが――非常に残念な限りである。

同じくポケモンズのエラルドは現在、ミュウツーとサーナイトの居る隠れ神殿に居る。
と言うのも、彼は外に居ると『種』と言う組織に存在が知覚されてしまうらしい。

因みに隠れ神殿はかつてミュウの使用していたアジトの一つで、
外界とのあらゆる情報をシャットアウトするシェルターの役割も持っている。

ミュウツーとサーナイトは、エラルドとは違った理由でそこから出られない。
隠れ神殿には世界を見渡せる機械が設置されており、
そこから各地で起こっている戦いの状況を管理しなければならないからだ。

勿論種も伊達にミュウの組織ではない。
その神殿に干渉を受けない防衛プログラムを各地に施し、
自分たちの行動を決して表に現そうとはしない。
ミュウツーがずば抜けた頭脳でその防衛プログラムを破壊していくのだが、
破壊するのと同じ速度で新たな防衛プログラムが出現するのでいたちごっこだ。
それでも、破壊し続けるからこそ敵の行動をかなり制限できてはいるのだが。

そんなこんなでミュウツーは片時も無数のスパコンの前から動けず、
その補佐役であるサーナイトも戦況の報告をし続けなければならないので、
猫の手も借りたい状況――らしい。エラルドはそんな彼女らの手伝いをしているそうだ。
尤もエラルドだからこそ、手伝いが出来ると言う風にも言える。

FLBを筆頭に各地の救助隊は一時集結、
ヘラクロス率いる野生ポケモン軍団も集結、
そしてこの戦いで救助隊側に味方してくれる神々も集結した救助隊本部周辺は、
見ているだけで思わず感嘆の声を上げてしまいそうになる程勇壮な光景を作り上げていた。
究極神の姿が見えないが、多分どこかに隠れているのだろう。

あぁ、それから本部の中には支部のペリッパーたちと、
それからこの戦争が起こっている地域内に住む一般の方々が非難されている。
それほど大した数でも無い上に、以前の自然災害の連続のお陰で団結意識は固いらしく、
進んで俺も戦うぞなどと言ってくれる連中ばかりだった。
が、流石にそれは控えてもらった。
今回戦ってる相手は、自然災害で凶暴化した野生とは比べ物にならないのだから。


「みなさん」


と、何時の間にか皆の前に立っていたデンリュウが厳かに言った。
皆、私語を打ち切りデンリュウの言葉に耳を傾ける。
忠誠心とかじゃなく、彼女の恐ろしさを知っているからこそなせる連携だ。
彼女のありがたいお話中に私語を慎まずに居れる奴が居たら、
そいつは間違いなく自殺志願者であろう。そういうものなのだ。

彼女のヘキサボルテックスの直撃を受けて即死しないのは、
謎のパワーを授かったイワークや、
ちょっぴり不死身補正の掛かっているサンダーくらいのものである。


「ディアルガとパルキアが消えました」


「……ッ…」
「なんだと……!?」
「バカな……」


一同の間に動揺と戦慄が駆け抜けた。
これには、いくらデンリュウの前とは言え、全員が全員落ち着いていられはしなかった。
デンリュウもそれを解しているようで、ざわつきが落ち着くのを待つ気で居る様だ。

と、大衆の中からデンリュウに言葉が投げかけられる。



「それは種の仕業ですか」



FLBのフーディンだった。
一同はその言葉の返答を待つように、ざわつきを止める。
デンリュウは言葉を選ぶように間を置いてから、言葉を紡いだ。


「無関係とは思えませんが、確率は低いです」

「何故ですか」

「究極神を消し去るだけの力、技術があるならば、
 我々が今こうして生きていることは考えられません。
 つまり、仮にかの力が種のものだとしても、
 種にとってそれは無制限に使える物ではないと言う事になりますね。
 そして、ギャンブルを嫌う種がそんなハンパな兵器を使うとも思えません」



一理あるのか無いのかは定かではないが、デンリュウが言うのであれば信用できる。
どの道、現実を見るしかないのだ。
神が消えたと言っても、現状、それ以上は何も起きていないし、
幸い、ディアルガとパルキアが居た戦場は彼らの消失に伴って大混乱が起きたものの、
即座に全軍撤退の指令が行き届いたため犠牲者はひとりも出なかった。


「パルキアの空間隔離が無くなってしまった以上、
 これ以上秘密裏に戦いを続けることは難しくなりました。
 まだ手は在ったかも知れませんが……」


デンリュウは言葉を詰まらせる。
あの時、フーディンに呼ばれたからとは言え本部を開けてしまったから、
神消失の通達を即時受け取る事が出来なかったから――


「ここ数日、種の攻撃も随分大人しくなってきました。
 これが嵐の前の静けさなのか、如何なのかは解りません。
 しかし、我々には勝機があります」


デンリュウの隣に立っていたアブソルが前に出てきた。お役目交替らしい。
アブソルは伝書のようなモノを持っている。


「ミュウツーの活躍で種のアジトが判明した。これより、最終作戦を開始する」


一同、沈黙。
こっそりと表情を伺ってみたが、誰も恐れを感じては居ないようだ。
ついに、この時が来た――その武者震いをしているように見える。

最終作戦とは、皆まで訊くまでも無いだろう。
敵のアジトがわかったのだから、そこへ乗り込むのだ。

種と言う謎の組織――それは本来ミュウの手駒であるはずなのに、
何故かミュウツーと敵対し、それに関わる救助隊たちを狙って襲撃してきた。

「いよいよ、その真相に触れる時が来たワケね」
「ラティ姉さん……?」
「頑張ろう、バタフリー。期待してるよ?」
「………はい」

何だろう。今、僅かに感じた違和感は。
ラティ姉さんに期待されて、少し気持ちが逸った所為だろうか。

……いや、そんな事は如何でもいい。
僕は戦うだけだ、守る戦いから攻める戦いに戦況が変わっても、
それでも僕は皆を守るためにこの力を振るい続ける。
きっとアーティさんもユハビィさんもそうするだろうから、
ポケモンズリーダー代行として、僕もそれに倣う義務があるのだ。



アブソルは各軍隊にそれぞれ指示を出す。
種のアジトはいくつもあるらしく、そのいくつもある中を転々としているらしい。
だから纏まって行動すると逃げられてしまうし、あまり戦力を分けても不利な戦いになる。
だからこそ、この作戦会議は重要な意味があるのだ。
アブソルと言う超天才司令官がデンリュウに代わって出てきたのにはそういう意味もあるに違いない。
手駒を巧く使うことにかけて、アブソルはこの世界では誰よりも天才だからだ。



と、不意にアブソルの背後からホウオウがその姿を現した。



「さぁみなさん、絶対生きて帰りましょう!」



不死鳥の姿――デンリュウの本来の姿。
あの姿になると言う事は、デンリュウも本気で戦うと言う事と同義。


何時だか、ホウオウの形じゃ机に向かい辛いという話を聞いた。
だから普段はデンリュウの姿で居て、
それを解いたと言う事は、外で本気で暴れる心算なのだ。

生きて帰る――そう、その通りだ。
誰も死なせてなるものか、僕はそんな未来は望まない。
僕は、そんな未来は認めない、絶対に。

――あの夢が運命の暗示だとしたら、それは逆効果だ。
あの夢は僕の闘志に油を注ぎ、未来を切り開く力を与えてくれた。



「波導は、我らと共に在り――」



僕はそう呟いて、空へと舞い上がった。









つづく 
  


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