――迷宮冒険録 第七十話





「………ッ………」




その声は、世界を超えて、彼の心に響き渡った。
超界者に許された世界に干渉する力が、
異界に存在するアディスと言う存在と、彼らの魂をリンクさせたのだ。



「……アディス、泣いてる? どう……したの?」


「あ、………」



聞こえた。

俺を呼ぶ、その声が。

帰ろう、帰らなきゃ。

俺は俺だけど、此処に居るべきアディスとは、違うんだ――




突然、死んだと思った次の瞬間に平和な世界で目を覚ましたあの日から何日経っただろう。
もう、あの世界に帰れないのかと思っていた。
ミレーユには会えるが、他の連中にはどうしても会えなくてもどかしかった。

探しても探しても、フライアは王室に居て会えないし、
ガーディに会うためにはあの森を越えなきゃいけない。
でも、あの森に入ることは、結局何度相談しても許可が下りなくて。





でも、聞こえた。





「ティニ……」

「うん?」

「俺、また変なユメを見て、今、ちょっと混乱してるんだ」



だから、今から俺が言う事は、気にしないで欲しい。
そっと聞き流してくれても、構わない。
でも、フリだけでもいいから、聞いてくれ。




「短い間だったけど、俺、お前にまた会えて、本当に、良かった……」




「……アディス……? 何処、行くの? 嫌だよ、居なくなっちゃ、嫌だよ……?」




「大丈夫、『俺』はずっと一緒に居る。だから幸せにな。悪いユメを見ていた俺は、もう消えるから――」










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      迷宮冒険録 〜三章〜
      『私は、此処に居る』
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意識だけが、離れていくのが解った。
唐突にワケのわからない事を言われたティニが
目に大粒の涙を浮かべて俺の両腕を掴まえているが、
俺にはもう、その温もりを感じ取る事が出来ない。
意識だけが、体から切り離されているのだ。


………?


感じないはずの何かを、俺は感じ取った。
ティニが、もう遥か下方にある俺の身体に、首飾りをかけている。
その首飾りは、一体何だろう。アレは俺の知らないものだ。
俺の知っているティニとの思い出の中に、あんなモノは存在しない。

















『アディス。私も、また会えて、良かった』


















………え?




ティニは、何を、言って――









『辛い戦いになる。でも、負けないで……『私』は此処に居るよ、だから、迷わないで』










――何を……何を、言っているんだ……ティニ、……ティニ!





お前は、本当は『俺の知っているティニ』なのか……!?


何で、如何して、


――お前は、何者なんだ――?







首飾りが、暖かな光を放っている。
ティニが俺の身体にかけた首飾りは、
何時の間にか、俺の意識体にもかけられていた。








『その首飾り、アディスを、守ってくれる。負けないで、迷わないで、『私』は――』









此処に、居るよ










「ティニぃぃぃいいいいいいいいいいいいーーーーーッッ!!」











*****






ティニは、俺のために、嘘をついていた。
如何してなのかは解らない。
あのティニは――あの世界に居たティニは、俺の『知っている』ティニだった。
そう、狂った世界に居たティニと、同一の存在……。

解らない、考えるほど、俺と言う存在が如何にかなってしまいそうだ。

でも、ティニは言った。
アイツは純粋で真っ直ぐで、そして、何時も的確な事を言うんだ。


迷わないで


アイツがそう言うのなら、俺はもう迷わない。
そうでないと、最後の最後で、俺はアイツを裏切る事になるのだから。


留まろうと思えば、俺はあの世界に留まる事が出来たのに、
俺はティニを捨ててまで、あの場所に還ろうとしているだから――





****





意識を閉じないように、光に導かれるままに、
首飾りを握り締め、俺は、俺の在るべき場所へと還る。

幾多の世界の中の一つ――狂いに狂った、愛しい俺の故郷へ。

そこには、頭良いくせにどこか抜けたツボツボと、
ドジで臆病で見てらんないイーブイと、
子供の皮を被った大人のミロカロスと、
他にも沢山の奴らが居て、そして、俺もその中の一つ。

勿論、お前もだぞ、居候。
色々と責任とって貰わないといけないし、
俺はこれ以上誰かが欠けるのはごめんだ。

今は、俺の中じゃないどこかに居るんだろう。
必ず迎えに行くから、しっかり力を温存して待ってやがれ。


……、そろそろ到着みたいだ。


意識が薄れていく。




俺の身体と、魂の同期が始まるのか。







帰ってきた、俺の、居場所に――






………





暗闇の中で、俺は何かにスッポリと納まるような感覚を覚えた。
だが、その直後に全ての違和感は消え失せ、
たった今感じた感覚が気のせいだったかのように思え始める。

うっすらと目が開く。
暗い。今は夜らしい。
視界に、真っ赤に燃える炎と、その傍に立つ数人の影が見えた。

その中のひとつ、ふたつ、みっつが、俺の方へ駆けて来る。
やがて、視力は回復し、俺の目に愛すべき家族が映り込んだ。


「アディス……? 本当に、アディスなんだよね……?」

「……アディスさん……っ」

「全くもう、さんざん心配かけて……ホント、心配、したんだよ?」


変わらない。
俺の存在をより確かにしてくれる、こいつらの存在。

と、そこへ見覚えの無い影が入り込んできた。
見覚えは無いが、俺を此処まで導くと言う荒業をやってのけた犯人に違いない。
それを確信させるだけの、確かなオーラをそいつは纏っていたからだ。


「アディス。『彼』は居ますか?」


そいつは、開口一番に俺にそう聞いた。
無礼者め、そんな事よりも言いたい事があるんだ、言わせろコノヤロウ。



「……ふ。構いません。どうぞご自由に」




ティニ。
俺は、此処に居る。
もう迷わないからな。




「ただいま―――帰ってきたぜてめぇらッ!」





俺は、此処に居る。









つづく 
  



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