――迷宮冒険録 第六十八話





「あー、だからオイラは救助隊で、たまたま此処に来ただけであってだな」

「どうだか。お前みたいな薄汚い爬虫類をそう簡単に信用できるか。
 だいたい救助隊はチームで活動するのが原則のはずだ、
 その時点でお前既に救助隊じゃないだろう!」


――夜。

現れたワニノコをロープで縛って木の枝にぶら下げて、
その下で大鍋に熱湯をグツグツ言わせているブラッキーが尋問している間、
私とフライアとリィフで怪我人――フリードとフェルエルの手当てをした。

目の覚めたエストリアはサドっ気全開のブラッキーを死んだ魚のような目で見ていたが、
フリード曰くエストリアは昔からこんなんだったそうなので心配は要らないそうだ。

あと、フェルエルのやせ我慢癖は今後治していく必要があると私は思う。
これからはこの戦いが終わるまでずっと一緒にいるのだから、
途中で倒れられたりしたら困るのだ。何時の間にこんな怪我をしたんだ全く。


「だから、相棒のラプラスは海で休ませてあってだな……!」

「この近辺に海など無い。見え透いた嘘をつくとそのロープを切るぞ」

「だ、だから、それはこのサイオルゲートの秘密の地下道を―――」




――ミシミシミシ……バキィィ!




「あ」

「あ」



ロープを切るという脅しを振り払うようにジタバタしたワニノコの重さに耐えかねた枝は、
釣竿の先端のように湾曲した次の瞬間、小気味良い音と共に折れた。



「わにゃああああああああああーーーーーーーーッ」










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      迷宮冒険録 〜三章〜
      『蒼き波導の戦士2』
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「だ、大丈夫ですか…?」

「なぁ、これ大丈夫に見えるのか? なぁオイ?」

「ひぅ! すみませんすみません!」


青い身体が茹で上がって赤くなったワニノコは、胡坐をかいてVIPゾーンに座っていた。
一方、そのワニノコが鍋から飛び出した際、引っ繰り返った鍋を熱湯ごと被ったフリードは、
新しい包帯を全身に巻いて『それなんてミイラ男?』状態。

ワニノコを気遣ったはいいものの、物凄く嫌な目で睨み返されたフライアは、
申し訳無さそうにハルクの後ろに引っ込んだ。可哀想に、って言うか可愛いなぁ。
で、元凶のハルクはと言えば涼しい顔して私の淹れたお茶を啜っている。


「全く、こんな仕打ちに遭ったのはユハビィ以来だな……」


ワニノコはワケの解らない事をいいながら、火照った身体をフーフー冷ましていた。
それ、効果あるのだろうか?
と言うか爬虫類も茹でれば赤くなるんだ。


「オイラはアーティ。救助隊総帥から直々に依頼があって此処に来たんだけど――」


ワニノコ――アーティは、しばし頭を掻いた後何かを考える素振りをしながら、
私たちの顔をジロリと見渡して、また困った顔で今度は頬を掻いた。
茹でられて痒いのだろうか。


「……畜生何だよコレー、行けば解るって、全然解んねーよ……
 あのガブリアスは如何見ても悪者だよな、
 でもあのイーブイはそんな悪そうには見えないし……
 いやでも全体的な比率で見れば悪者の方が多いような」

「そこで何故私を見る!」


なんだか不吉な事をブツブツ言いながらまた私たちを観察していたワニノコに、
最後に視線を向けられたフェルエルが吼えた。
流石のフェルエルでもアレは怒るか。

悪者が多いのはあまり否定出来ないけど。



「チッ、ブツブツ面倒くさい奴。此処で埋めて行こう」

「ちょ!? ダメだよハルク!」
「兄さん!」


立ち上がってやる気満々のハルク。
確かに私たちにはノンビリ構えてる時間はないけれど、
それは幾らなんでも先走りすぎだ。

と、思ったらミイラ男ことフリードとフェルエルまで立ち上がって、腕を鳴らしている。
あぁもうこいつら、私に力があったら真っ先に埋め立ててやるのに。


「疑わしきは何とやら、だ」

「さっきの熱湯の恨み、晴らさせてもらうぜ……」

「時間が無い。一瞬で終わらせてやる」


「あーもう、如何してこんなに血の気が多いかなー!」
「あぅぅぅ、どど、どうしましょうクリアさん…」
「あぁなったフリード様は止まりませんからね。せいぜいワニノコには頑張ってもらうとしましょう」
「………馬鹿ばっかり」


止めたいけどその力の無い私とフライア、
止める意思が皆無なリィフ、呆れて物も言えないと言わんばかりのエストリア。
あぁちくしょうなんだこの完璧な配置。お願い帰ってきてアディス君。

あと逃げてワニノコ君。



私の祈りとは裏腹に、ワニノコはそこでお茶を啜って悦に入っている。


「このお茶うめーな、でもオイラの方がもっとうめーぞ」


「てめぇ! シカトこいてんじゃねぇーーッ!」


その一言に、ついにキレたフリードが、
噛ませ犬丸出しのセリフをのたまいながらワニノコに攻撃を仕掛けた。
アディスをも驚愕させた、渾身の手刀攻撃である。
でもダメだ! そんなセリフを吐きながら突進したら、確実に負ける!
だってこの世界にはお約束って言う暗黙の掟があるのだから!


―――ビタァッ!!


「…な、何ぃーーーーっ!?」


一瞬、私は目にゴミが入ったのかと思った。
さっきまでそこに座っていたはずのワニノコが突然見えなくなったから、
目にゴミが入ってまともに見えなくなったのだと思った。


違った。


「ケンカっ早いのはいいけど、ちゃんと力の差ってのを読めるようになってからの方がいい」


ワニノコは―――お茶を啜って悦に入っていたさっきの体勢のまま、
木の枝の上でまだ湯飲みを持っていた!
ま、まさか座ったままの姿勢で跳躍と言う波紋使い!?

フリードは目の前で起きた超常現象を理解できず、
右腕を振りぬいた形で硬直していた――実戦なら、フリードは此処で死んでいた!

「下がれフリード。お前のその怪我では無理だ」
「それをお前が言うかハルク……だが、事実のようだ」

言われるがまま下がるフリード。
今のままでは勝ち目が無い、それを理解できるだけの冷静さはあったらしい。

次に前に出たのはハルク。
チョイチョイと降りて来いと言う挑発をしてワニノコを誘っているが、
ワニノコはまだお茶を飲んですました顔をしている。
ハルクは本気で殺しにいっているのに、凄い度量である。


「……はー」


溜息一つ。
ワニノコがついた溜息に、フェルエルとハルクだけが思わず反応していた。
どうやら、高すぎる次元の実力者にとってこの空間は、
溜息ですら警戒せざるを得ないほど張り詰めた緊張感に支配されているらしい。
逆にカッコ悪いぞ。


「ちょっと遊んでやるか」


ワニノコが身軽なステップで木の枝から跳躍した。
夜空に、透き通った海の様な青が溶け込み、燃える様な背鰭の赤が浮かび上がる。

背鰭が赤く輝いているのだ。
いや、背鰭が赤いから、紅く輝いているように見えるに違いない。
原理はわからないが、その輝きは桁外れのエネルギーを秘めていた。


「チェイッ!」

「うぐッ!?」


――ズシャァ!


突然、ハルクが吹き飛ばされた。
空中で姿勢を整え、受身を取ったハルクの背後に、
既にそのワニノコが待ち構えている。速い――いや速すぎる!

気配でそれを感じたハルクが後方へ蹴りを放つが、ワニノコはそれを思い切り身体で受けた。

避ける必要なんて、無かった。


「こんなもんでオイラを倒せると思ってるなら、あのガブリアスと一緒に座ってた方が良い」

「――チィッ」

「っ!? ちょっと! それだけは止めなさいハルクッ!」



思わず、私は自分のキャラを忘れて叫んだ。
ハルクがやろうとしているのは、『極みの悪の波導――ダークネスクライ』。
触れたものを焦がし、溶かす恐ろしい炎の必殺技。
ただのケンカで出して良いシロモノじゃない―――


「くたばれぇぇぇぇええええええええええええええッ!!」


「……同じ炎なら、ホウオウの方が100倍強かったぞッ!!」


「なッ!?」


先ほど、ハルクが放った蹴り同様―――
ハルクの持つ最高の技でさえ、このワニノコにとっては、


「避けるに、値しない……!?」


黒い炎を打ち破り、次の瞬間には、ワニノコはハルクを仰向けに押し倒していた。
さっきまで背鰭にだけ存在していた輝きを全身にまといながら――


「ふっふっふ、勝負ありだな」

「ぐ……くそったれ……」


ワニノコはヒョイと身軽に後方宙返りをして、再びVIPゾーンに座った。
何時の間に置いたのか、そこに彼の飲み掛けのお茶がある。


「猫舌も苦労するなぁ」


と言って、たった1杯のお茶に対して何度目になるか解らない口付けをしようとした、その瞬間。


――スカンッ!


「おりょ……」

「何処を見ている。次は私が相手だ」


湯飲みは綺麗に真っ二つになり、そこから5メートル弱離れたところで、
フェルエルが拳を握り締めて構えていた。
マッハパンチの風圧で湯飲みが切れたのか。
……フェルエル、実は物凄くバケモノ……?


「……強い奴を見ると燃え上がっちゃうタイプ?」

「どちらかと言えば、そうだな。否定はしない」

「そーですか――っと、じゃあ仕方ない。徹底的にやってやろう」



ワニノコが、初めてまともに構えを取った。
その瞬間、途轍もない圧力の突風が彼を中心に巻き起こり、
周囲の木々はへし折られんばかりの勢いでしなり始める。


「波導使い……」
「え?」


フライアがポツリと呟いた。
波導使い――古の時代に滅んだ、伝説の魔法使い――
それが、今まさしく目の前に居ると、フライアはそう言った。


「行くぞォォオォオオオオオッ!!」


「やめてくださいアーティさんッ!!」


「「――ッ!!」」


目にも留まらぬ速度で駆け出したワニノコ、そうそうアーティと言う名前だったか。
アーティは、突如響いた少女の声にその動きをピタリと静止した。
フェルエルは――微動だにしていない。
動かなかったのではなく、動けなかったのだ。
あのフェルエルでさえ、このアーティの前には、無力に等しかった。

「何やってるんですか! そのひとたちを守るために此処に来たんでしょう!?」
「ら、ラプラス……え? って事は、この悪人面した連中が……?」
「そうですよ! ダメじゃないですかひとを見掛けで判断しちゃ!」
「う、す、スマン……」

物凄い剣幕で怒鳴ってくる、突然現れたラプラスによって萎縮するアーティ。
さっきまでの迫力が嘘のようである。
あのラプラスがそんなに強いようにも見えないが、
こいつら救助隊の力関係は大体理解できた。

「はぁ……、記念すべき救助隊活動再開の最初の任務でこれじゃあ先が思いやられますよ」
「も、モウシワケアリマセンデシタ……って、何でお前が此処にいるんだよ」
「頑張りました!」
「いや、そんな自信満々に頑張った発言されても……答えになってないし」
「途中プラチナの追手や増援を始末したり、色々頑張っちゃいました♪」
「……それは頑張り過ぎ」

笑顔でトンデモ発言をするラプラス。
前言撤回、このラプラスは史上最強のラプラスかも知れない。
年端も行かぬ少女のようだが、笑顔の向こうに途轍もない『凄み』を感じる。

「頑張ったついでにお客さんが付いてきたんですけど、そろそろ紹介してもいいですか?」
「………は?」
「『………は?』じゃなくて、いいですか? って訊いてるんですよ」
「いや、構わないが……」

このラプラスの傍若無人なペースは誰にも止められず、
アーティは大きな口を開けたまま固まった表情でコクリと縦に首を振り、
それに気を良くしたラプラスはそれじゃあ今週のゲストさん登場〜とか言いながら
無駄に『しろいきり』を炊いて両手をバシバシ叩いた。

木陰から、白い煙を掻き分けて、二つの影が姿を現す。
それを見た私とフェルエルとフライアは、思わず目を丸くして驚いた。



「や、やぁみんな……」

「み、ミレーユ君……と、く、……クレセリアーーーーーッ!?」







つづく 
  


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