――迷宮冒険録 第六十七話




「何やお前ら、随分ボロボロやないか」
「あんたにゃー関係ねーよ。これは、俺たちの問題だ」
「関係無い事あるか! ちょっと見してみぃ」


ゾロゾロと町へ引き返すバクフーン一行の前に、
例の微妙な関西弁のピクシーが鉢合わせたのは、
ピジョットがハルクに電話を無理矢理切られた少し後だった。


「最近の怪我人は自覚が足りなさ過ぎるわ! ちょっと付いて来な!」
「あだだあっだっ! ひ、引っ張るなぁー!」

「やれやれ、ここはお言葉に甘えるとしよう。参るぞ、皆の衆」


ピクシーがピジョットの冠羽を掴んでズカズカと歩き出したので、
バクフーンたちは苦悶の表情でジタバタしているピジョットの顔を見ながらその後を追った。


「……あんたら、サイオルゲートの屋敷に居たろ」
「ほう、如何してそう思う?」
「そんな事は如何でもいいねん、包帯巻いたツボツボを見なかったか?」
「いいや、残念ながら見ていないな」
「そか、……何処行ってもうたんやあの馬鹿……」







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      迷宮冒険録 〜三章〜
      『蒼き波導の戦士1』
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「エストリア、しっかりしろ! エストリアッ!」

「んぅ………ふ、りーど……?」

「……良かった……生きていてくれて……」


ナイトメアは、骨の剣を奪い、去った。
本当なら、多分此処で全員殺されていたのだろうけど、
フライアの持つ輝石のカケラを譲渡すると言う最悪の形で、
私たちは生き残ることに成功した。

……ずっと孤独の中で戦い続けた、一人を除いて。
尤も、その一人は、ナイトメア曰くずっと前からゾンビだったらしいのだけど。

「……クリアさん」
「何、フライア」

エイディの遺体が、光の粒になって消えていくのを見送った後、
ずっと空を見つめていた私に、フライアが寄りかかってきて訪ねた。

「私の判断は、間違ってましたか……?」
「うん、間違ってた。でも、アディス君はきっと喜ぶだろうね」
「……はい、そうだと、いいです」

どの道抵抗したところで、ナイトメア相手に勝てる奴など此処には居やしない。
ならば、せめて命あるだけマシという事にしておかないと――


「やりきれないよなぁ……」



エストリアと言うカラカラが何なのかは、私もリィフから聞いていたので知っていた。
フルネームを、エストリア=ヴァンスと言い、ヴァンスの正統後継者だそうだ。
……エイディの妹だと言うのは、ついさっき知った事だけど。

プラチナ(作戦実行自体は、種)の輝石回収作戦の一環として、
輝石を『継承』していたエストリアは、一度フリードの元へ預けられた。
継承状態にある輝石を取り出すために、色々と準備が必要だったらしい。
一般的な輝石抽出の儀式は、対象の死亡を以って執り行われる。
それを認めたくなかったフリードはあらゆる手を模索し続け、
それでも何の手立ても無く、エストリアは儀式のために、本部へ連れて行かれた。

死すらも運命として受け入れてしまっていたその少女を何とか助けたくて、
でも、如何する事も出来なかった、その時の無力感の大きさは計り知れない。

しかしプラチナは、より完全な状態で輝石を抽出したかったから、
対象の死亡を以って行う儀式に頼る事はしなかったのだろう。
一体どんな魔法を使ったのかは知らないが、
ナイトメアなら出来ない事などなさそうだから特に不思議には思わない。

男泣きするフリードの後ろでリィフがバツの悪そうな顔をしているから、
後々修羅場になるのだろうけれど、
それを見て楽しむためには先ずナイトメアを如何にかしないといけないワケで。

つまりは修羅場は見れず終いになるのか、残念だ。



『進化の輝石』――進化の壁を取り払い、
進化後、進化前の力を行使する事を承諾する禁断のアイテム。

その力を伝説クラスのポケモンが用いれば、
進化前――種の起源に相当する、『ミュウ』の力をも行使することが可能となり、
それはつまり、この世界に存在するあらゆる技の使用を許可されるのと同義。


『苦肉の仮面』――所有者の記憶を蓄積していく仮面。
それを付けている間、仮面は所有者の記憶を全て蓄積していき、
さらに仮面に蓄積された記憶を全て所有者に提供する、と言うアイテム。

技の熟練度をも蓄積しているため、
この仮面の過去の持ち主が使っていた技全ての記憶が所有者に提供される。
つまり、ほぼあらゆる技を最初から『極み』レベルで使うことが可能となる。


『骨肉の剣』――所有者のリミッターを解除する剣。
一生の間に少しずつ消費していく、
『命』と言う途轍もないエネルギーすらも使用可能にしてしまう、諸刃の剣。
エイディは剣の力で『命』のエネルギーを取り入れることにより、
死した身体に無理矢理『生』を与え、
さらに膨大な力を発揮する事が可能となっていた――らしい。



――全て、ご丁寧にもナイトメアが去り際に教えてくれた事だ。
簡単に言えば、『僕は最強になりました』と告白されたと言う事。

あまりに強大すぎてイマイチ実感の持てないそれら3つのアイテムが
一体何処から生まれたのかは一切不明であるが、
その単体でも神を凌ぐほど強力すぎるアーティファクトを全て備える事は、
実質、この世界で最も強くなる事と同義なのは疑いようも無い。

ナイトメアの手には、仮面、輝石、剣の全てが揃っている。


「さて、アディス君なら、何て言うかなぁ」


この絶望的な状況をどうやったら乗り切れるのか。
考えたって、解るはずなんか無いのに。


ナイトメアは、まだやる事があるとかで帰ってしまったし、
いよいよ以って如何したものかと迷うばかりである。
余裕の心算だろう――当然か。
あんな力を手に入れたら、私だって雑魚にイチイチ構ったりしない。


「――っ!」

「ん?」


突然、フライアの耳がピコンと立ち上がった。
ウサギのように長い耳は遠くの物音でも聞き逃さないらしい。
それとも、音ではなく何かの波導を感じ取ったのだろうか?


「……誰か来ます……この感覚は……?」

「誰。敵?」

「解りません……敵意は感じませんが……強い波導を感じます……」


フライアが僅かに落ち着きをなくした様子で、周囲の警戒を始めた。
私も同じように辺りを見回して見るが、此処にはもう誰も居ない。
意識のあったプラチナの兵士は全員、気絶した兵士たちと、
レックウザとヒードランを担いでナイトメアと共に何処かへ行ってしまったし、
何よりナイトメア自身があの様子では、新たな増援が此処に来る事も在り得ない。

一体誰だ?
まさか、アディス?
いや、そんな馬鹿な。
彼は死んだ、もうこの世には居ない。



「そ、そこに居るのは誰ですか!」


「ッ!」



突如、フライアは大声で城門に向かって叫んだ。
すると、そこから両手を挙げた小さいポケモンがトコトコ歩いてくる。

青くて、でもアディスじゃない、ソレは―――



「あ、ありゃあ……もしかしてオイラ、一足遅かったか?」



アディスのように真っ直ぐな目をした、1匹のワニノコだった――








つづく 
  



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