――迷宮冒険録 第六十六話





僕は、何時までも脅威を野放しにしておく心算は無い。
エイディ、君がサイオルゲート城に現れるのは、正直予想外だった。
君が現れた以上、レックウザとヒードランが倒されるのは仕方が無いことだ。

僕を追うかと思えばプラチナを叩き、
ふと姿を消しては僕の前へと現れる――
一体、何処まで僕の計画を邪魔し続ければ気が済む。
進化の壁、AD=VANCEよ。



呪われし骨肉の剣に取り憑かれ、復讐と言う感情だけで蠢く魔獣の骸よ。



「復讐ごっこに付き合うのも、いい加減うんざりだ」



まだ未完成だが、仕方あるまい。
3つの輝石のカケラの力と、この仮面の力があれば、
今度こそ、僕は君を葬り去る事が出来る。


「今度こそ、死に絶えるがいい……ッ」







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      迷宮冒険録 〜三章〜
       『亡霊、堕つ』
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「さて、屋敷と違って此処のプラチナ兵は随分熱心なようだな」
「全くだ。敵ながら感心する」

周囲を取り囲むプラチナの兵士たちを見ながら呟いたフェルエルの、
その背中を守るように立つハルクが相槌を打った。
リーダー格であったろうヒードランとレックウザが倒されたと言うのに、
一歩も引く気配を見せないのだから、一同、恐れ入ると言う感情でいっぱいだ。

奴らには、此処だけは絶対に退けぬ理由でもあるのだろうか?
確かに此処はプラチナの本拠地であるようだが、
だとすればやはりナイトメアの命令には逆らえないと言う事だろうか?

――いや、恐らく連中は、ナイトメアに絶対の信頼を置いているのだ。
ナイトメアが誰かに負けるなど考えられないから、
どんな敵が現れてもナイトメアの傍を離れることはしないに違いない。

そして、それが出来る此処のプラチナ兵は、
ナイトメアに近しい者達で構成された精鋭なのだろう――

「どけ。俺が片付けてやる」
「エイディ…さん?」

押し黙っていたエイディが、何を思ったかクリアを押しのけて前に出ると、
それを見たプラチナの兵士たちの間に、動揺が走った。
まぁ、仕方ない。あれだけのモノを見せられて、
エイディが如何にバケモノなのかは、十分兵士たちも理解しているはずだ。

一部、全く動揺していない連中も居たが、
それはきっと後から来た増援部隊だ。
身の程を知らぬがゆえ――ある意味幸せ者たちである。


エイディが、目にも留まらぬ速度で、第一歩を踏み出し、加速――


これで次の瞬間には、この兵士たちは一掃されているのだろう。
それを確信していたクリアたちに、微塵の不安も無かった。
エイディ=ヴァンスは敵に回せばあまりに強大で、
味方につければまず負けることなど無い、最強の男だったから、
不安を感じる要素があるとすれば、それはただ一つ――






「こんにちわ、エイディ=ヴァンス」






あの時、アディスを殺した、あの時の笑顔で、
――いや、仮面の向こうの表情などわからないはずなのに、
でも、それは確かに、笑っていた。
底知れない不安を見るもの全てに与える笑みを浮かべていた。


あの日と、全く同じ気配を纏ったそのポケモンが突然現れ、
それによってエイディが足を止めさえしなければ、
クリアたちは、不安と言う言葉をページごと辞書から破り捨てる事だって出来たのだ。




「ナイト……メア」

「ノン、そこで切っちゃダメだよ。僕の名は『ナイトメア』だ」



パルキアの得意とする空間移動に近い、
テレポートよりもずっと強力な何かを感じさせる転移技術で、
ナイトメアは突如として、虚空にその姿を現した。

エイディは足を止め、顔を上げ、ナイトメアを睨みつける。


「自分から死にに来たか」
「ノン、真実を叩きつけに来た」


ナイトメアは、ストンと砂埃を巻き上げて着地し、
エイディの方を向いて赤い槍を構えた。
エイディも同じように骨の剣を構えるが――どちらも仕掛けようとはしない。


「……真実とは、如何いう意味だ」


沈黙を破ったのは、予想に反してエイディだった。
その反応に気を良くしたのか、ナイトメアは槍を下ろして語り始める。

ヴァンス滅亡のその日の出来事を。




「エイディ=ヴァンス。君の言う、誇りとは何だ?」


「………」


「思い出せるはずが無いよなァ……
 君は復讐と言う未練だけで動く、骨肉の剣に操られた死体なのだから」


「―――ッ!!」





………

…………







あの日――ヴァンス滅亡の、その日、
エイディ=ヴァンスは何時もの様に秘密の特訓をしていた。
ヴァンスの血を引く正統後継者である彼は、
誰に言われるでもなく、民を守れる力を手に入れるために、
日々、厳しい特訓を繰り返していた。
エイディは並の大人相手なら言うまでも無く、立派な兵士にだって、
決して見劣りしない実力を――戦いの才能を持っていたのだ。

しかし、それも所詮は、ただの兵士相手に遜色ないだけの事。
当時、既にプラチナの手中に収まりつつあった種の強力な兵士の前では、
エイディが如何に強かろうと、子供の域を出ることは無かった。

心臓一突き、エイディ=ヴァンスの短い生涯は、幕を降ろした。
そこにナイトメアも居合わせていたのだが、ここが全ての始まりだったのだろう。
死に際、目に焼き付けた仮面のポケモンに対する憎悪が、




――小僧




ヴァンスが隠し続けた




――立ちやがれ てめぇに 奴を殺す力をくれてやる




死神を、呼び起こした。




――個を超え

――種を超え

――果を超え


――界を、超えろ




『超界者たる我が、貴様に超越の力をくれてやる―――!』








………

……








「『骨肉の剣』は、『進化の輝石』と等価値のアーティファクトだ。
 ――この僕の『苦肉の仮面』と同様にね」


「………」


「エイディ=ヴァンス。君はその剣の都合のいいように操られた『人形』なんだよ」



『剣』には意思がある。
砕け散った『輝石』に宿る、今にも消えそうな意志ではなく、
この『仮面』と同等の、持ち手を一瞬で廃人にしてしまうほどの強い『意思』が。


「僕はこの仮面の意思を超越し、力を手に入れた。だが君は如何だ?
 君如きにそんな力があったのか? いや無いね!
 そもそも復讐と言う未練でこの世に残留したゾンビ如きに、
 『骨肉の剣』を乗りこなすだけの力があるはずが無いんだよ!」


「………」


「君は人形だ。剣によって生かされ、『剣の意思』
を『自分の意思』と錯覚し操られている人形……」


ナイトメアは高らかに叫び、再びエイディに矛先を向けた。
エイディは、押し黙ったまま、剣を構えようともせず、ナイトメアを睨みつけている。

だが、やがて、エイディは剣を構え、呟いた。



「それが、如何した」




――復讐こそ、我が存在意義。
そのためならば、一度は朽ちたこの身、この剣に全てくれてやる―――




「お前を殺す事が俺の全てだッ!!」








「本当に、そうかな?」








その姿を見失うほどの速度で大地を蹴ったエイディが、
再びナイトメアの前で足を止める。

――止めざるを、得なかった。
何故なら、ナイトメアが再び開けた空間の亀裂から、


「今の君は、剣に操られた人形だ。
 君の抱える『復讐』と言う意志は君の本当の意思ではない。
 教えてやる、君の、本当の『未練』を―――」


1匹のカラカラが、



「エス…トリア……ッ!?」



姿を、現したのだから――



「輝石を継承したこの器を助けたい――それが、君を立ち上がらせた本当の意志だ」



「……あ、……あぁあああ………ッ……」



剣は、仮面を乗りこなした僕を殺そうとして、君を蘇らせた。
君は、きっと連れ去られてしまうであろう妹――エストリアを助けたくて、立ち上がった。



「剣と君の意志の繋がりは絶たれた。もう剣は君と同期する事は出来ない。
 放っておいても君はこのまま死ぬけど――最期の情けだ、進化の壁よ」




ドンッ! と鈍い音が響き渡る。


その場に居た誰もが、次元の隙間から現れたカラカラから、
エイディへと視線をスライドさせ、




「ぐっ……ゴハッ………」



「操られていたとは言え、君の強い意思は敬意を表するに値するよ」



「う、ぐぅぁあああぁぁああああああああぁあアアアアッ!!」



――ナイトメアは、エイディの身体に赤い槍を突き刺し、
低く笑い声を上げながら、骨の剣を奪い取った。



「ふふふふ……永久に眠れ、エイディ=ヴァンス」


「ア………………………ト……メア……」



エイディは最期に右手を振り上げ、ナイトメアの仮面を剥ぎ取った。
しかし、彼は仮面の下の素顔を見る事無く、そのまま大地に沈む。
夥しい血液が水溜りを作り、そこに落ちてしまった仮面を、
ナイトメアは再び手に取り、羽織っていたマントで拭う。


――それを見たフリードは、この光景に頭が付いていけず、ただ呟いた――



「……嘘、だろう………?」


「嘘じゃないよ。君は自分の目で見たものを、信じられないのかい?」



ナイトメアの正体を目の当たりにして――これは悪い夢か何かだと思いたいような表情で、
フリード=サイオルゲートは全ての黒幕の存在を、知った。


「シェイミ……いやクウォール=サイオルゲート………
 てめぇはサイオルゲートを裏切って10年前に処刑されたはずだ……
 何で此処に居る……如何して生きている……ッ!?」

「ふふふ。何だ、本気で気付いてなかったのか。
 わざと気付いてないフリをされているのかと、内心不安だったんだよね」

「如何いうことだ! 質問に答えろッ!」


声を荒げるフリード。
ナイトメア――『シェイミ』は、ただただ不敵な笑みを浮かべて、
怪我を負って動けずに居るフリードを侮辱するような目で見つめていた。






「あの日処刑されたのは、僕の皮を被った、君の義祖父―――サイオルゲート王だよ」





それは、つまり、
もう10年も昔から、サイオルゲートはこの悪魔によって蝕まれ始めていたと言う事――




「う、うぉぉぉぉぉおおおおおおおあああああああああああああああッ」



「くくっくはははは! アッハハハハハハハハハハハハハハッ!!」




フリードの悲痛な叫びを掻き消す様に、ナイトメアの高笑いが響き渡った……。









つづく 
    


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