――迷宮冒険録 第六十五話



骨の剣が一閃、二閃、緑色の身体を赤く染めていく古代竜。
エアロックの特性を『極み』の境地まで強化し、
あらゆる技を無効化して戦うレックウザを嘲笑うかの如く、



――お前如きに、技など出すまでも無いと言うが如く――




「所詮はナイトメアの部下に過ぎない貴様が、
 ナイトメアを殺すこの俺に敵う心算だったか――器を知れッ!」


「――ッ!!」



真っ黒な『波導』が、骨の剣からビーム状に放たれた。
エアロックで無効化出来ないと言う事は、
これほどの威力でありながら『技』ですらないと言う事――!


「うおおおおおおおおおおおおッ!!!」


レックウザは、その黒いエネルギーに向かって、全力で『破壊光線』を放った。
黒いエネルギーに対してあまりに白く美しい破壊光線は、
激しい爆発を伴って――しかし、黒い波導の威力を少し弱める程度に過ぎなかった。








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      迷宮冒険録 〜三章〜
      『修羅と誇りの戦い5』
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「ぐ…ッ………」

レックウザを下し、それに背を向けて歩き出したエイディは、
突如として剣から伝わってきた『痛み』に耐えかねてそこに膝をついた。

「…何だ、この痛みは……くそっ、力の使い過ぎか………」

再び立ち上がって、フラフラと王の間から出ようとするエイディの背後で、
レックウザはピクリとも動かない。
死んではいないだろうが、黒い波導をまともに受けて、
恐らく暫くは自力で立ち上がることの出来ない身体になっただろう。

あっけないものである。
ミュウの言いつけで空を守り、天空の神、覇者として奉られ、
しかしあまりの退屈からか、ナイトメアと言う超存在に魅入られ、
プラチナと言う組織に属した愚か者の末路など。

エイディ=ヴァンスは、罰を与える存在でも何でもない。
彼はただ、ヴァンスの失われた誇りを取り戻すためだけに戦い続けているに過ぎない。
滅ぼされたヴァンスのためだけに、復讐の鬼として、
ナイトメアを殺すためだけに戦い続けているに、過ぎない。

ナイトメアを探すため、プラチナの実態を掴むため、
幾度と無く戦いを繰り返しても来たが、
今までエイディが殺してきたのは、全てヴァンス滅亡に直接関与してきた者だけである。

偶然か必然か、ギリギリで死を免れたレックウザは、
ヴァンス滅亡には関与していなかった。
エイディがそこまで解っていたか否かは、定かではない。
ただ、並々ならぬ何かが、そこに働いたとしか思えないほどに――


エイディの行動は、ただただ理解に難しかった。


彼自身も気付いていないかも知れない。
己が一体、何をしているのか。
失われた誇りを取り戻すと口癖のように言っているが、誇りとは何の事なのか?

ただのカラカラに過ぎなかった存在が、
世界の駒を操る立場にある超存在を殺すほどの力を持つなど、
本来、如何考えても在り得ないはずなのに――






「――! そこかッ!」

「おっとっ!」


部屋からあと1歩で出ると言うところで、
エイディは突如天井に向かって跳躍し、その骨の剣を突きたてた。
刹那、黒い影が天井を駆け抜け、ズシリと王の間の床に着地した。

「灼熱女帝……貴様も俺の邪魔をするか」
「失礼ですわね、邪魔をしているのは、貴方の方ですわ」
「………下らない理屈など不要だったな、もういい此処で朽ちてしまえ」

ビュンッ! と骨の剣を振り払うと、そこから再び黒い波導が四散した。
真空の刃の如く襲い来る波導を、ヒードランはかわす事無くその身で受け止める。


――ガイィイッィイン!


黒い波導は、ヒードランの身体に僅かに傷をつけたが、
それだけで空中に霧散して消えてしまった。
ヒードランはニヤリと笑い、エイディに歩み寄る。


「そんなチャチな技、あたくしには効かなくてよ。
 レックウザとはレベルが違うってコト、身体で教えてあげるわ」


「御託はいい。果てろ!」




黒い波導をまとい、エイディは王の間を駆ける。
それと同等の速度で、ヒードランも王の間を駆け、
鬼ごっこのような形になったかと思えば、
ヒードランは突然向きを変えてエイディに火炎放射をぶつける。
が、エイディはそれを避けず、骨の剣で切り裂いて中央突破――


――ザシュッ!


樹木にカタナが掠ったような軽い音と共に、
ヒードランの肩口からマグマのような血が飛び散った。
だが、ヒードランはそれに怯まず、火炎放射を撃ち続ける。
エイディは骨の剣と黒い波導でそれを打ち払うが、
王の間は何時の間にか炎に包まれたヒードランの舞台と化していた。


「これだけ燃えてれば十分、さぁ、紅蓮の炎で焼き尽くしてあげるわ!」

「愚かな。この俺に炎で挑むとは」

「極みのヒートストーム…『ボルケニックエクスタシー』ッ!」


レックウザ周辺以外で燃え盛っていた炎から、
赤いエネルギーがヒードランに集結し、その熱量を鼠算的に膨張させていく――

その次の瞬間、原子爆弾の爆発を思わせるほどの大爆発が、
ヒードランを中心に発生した―――それどころか、
一体何時の間に用意していたのか、王の間の外からも膨大な熱量が迫り、
挟み撃ちの形でエイディに襲い掛かった。

サイオルゲート城の最上階に位置する王の間は一瞬で崩壊し、
城の前庭に居たクリアたちは、その驚愕の光景に目を奪われた。
さっきから激しい光が見えていたかと思っていたが、
一体あそこで何が起こっているのか―――それを、次の瞬間に全員が理解する。



―――ズドオンッ!


「きゃっ」
「な、何だ!?」
「城の石材が降ってき―――いや違う!」


クリアたちの目の前に、『それ』は突如として降ってきた。
さっき目の当たりにした光景から考えて、
そこに在った何かが落ちてきたことは明白、では、
一体この骨の剣を持った、ポケモンの形をした焼け焦げた黒い物体は――!?


「おおおーーーーっほっほっほ! エイディ=ヴァンス敗れたり!」



ズドオオオオオオオオン!


クリアがその黒い物体に駆け寄ろうとしたその時、
例の奇妙な笑い声と共に、巨大なポケモンが空から降ってきた。

エイディ=ヴァンスだと?
ハルク他数名、その名に聞き覚えのあった者全員が、
その黒く焼け焦げた――エイディ=ヴァンスの方を見る。

ピクリとも動かない。
まさか、もう死んでいる――?


「っ! …灼熱女帝ヒードラン……」

「あら、お久しぶりじゃない。ちょうどいいですわ、
 まだ生贄が手に入らなくて困っていたの。今度こそ焼き尽くしてあげますわ」


ヒードランは、一番近くに居たクリアににじり寄る。
『ボルケニックエクスタシー』の余韻か、
途轍もない熱量を纏ったヒードランが近づくだけで、クリアには苦痛が強いられた。


(近寄れない……こっちに居るのはみんな近接タイプなのに……このままじゃ……)


クリアはヒードランと距離を取るように跳躍し、フライアの隣に立った。
余韻だと思われていた熱量が何時まで経っても収まらないから、
クリアはこのまま接近されるのが危険だと判断したのだ。


「熱いのはお嫌いでしたっけ。まだまだ、もっともっと熱くなるのよ?」

「そりゃ、ご苦労な事だね……」


ハルクも、負傷したフリードも、
炎に弱いデリバードのリィフもキノガッサのフェルエルも、
このヒードランを相手に戦うのは、あまりに相性が悪すぎた。

思い違いでなければ、このヒードランは、あの時よりも確実に強くなっている。
あの時はお遊びだったとでもいうのだろうか?
どちらにせよ、『アクアリング』を鎧にする作戦は、
ヒードランが纏っている巨大な熱の鎧を如何にかしない限り使えない。





「さぁ楽になりなさい! そのカラカラと一緒に生贄にしてさしあげますわーーー!」




ヒードランが、巨体を物ともせず、跳んだ。
ゆうに10メートルは跳んだだろうか?
あまりの高さに距離感が狂わされ、クリアはその攻撃をかわす事に失敗した。

気が付いたときには、目の前に巨大な火炎球が飛んできていて、
身動き一つ取る事が出来ず―――



「誰が敗れたりなんだ?」



しかし次の瞬間、火炎球に黒い影が飛び込んで、
それを真っ二つに切り裂く光景がクリアの目に飛び込んだ。
一瞬状況を理解するのに遅れたクリアがハッとして黒い影を探した時、
既にそれはヒードランの頭の上で骨の剣を構えていた。


「な、何で―――」

「貴様の炎も、俺の岩の鎧を砕くにはパワー不足だったようだな」


よく見ていると、その真っ黒な塊はボロボロと剥がれる様に崩れており、
中から無傷のカラカラが――エイディ=ヴァンスの姿が露出していた。


「ちょ、待―――」


骨の剣が振り下ろされる。
耳を劈くほどの金属音が響き渡り、
次の瞬間、ヒードランの落下に伴って大地が鳴動した。



「その首…切り落としてやる心算だったのに……自分の堅さに感謝するんだな」



骨の剣についた血と土を一閃で払い、エイディはヒードランに向かって呟いた。









つづく 
  


  
 

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