――迷宮冒険録 第六十四話




――サイオルゲート城内、広大な前庭。


「どきやがれぇええええッ!!」


そこに居たフリードの咆哮が、城全体に響き渡るほどに轟いた。
サイオルゲートは、エイディの読み通りプラチナの巣窟。
此処まで辿り着いてしまった『種の構成員』に待ち受けるのは、
死と言う名の粛清――証拠隠滅。

だから、プラチナの軍勢は容赦なくフリードを攻撃する。
いくらフリードが強くても、多勢に無勢、あまりに大きい戦力差に、
次第にその勢いが失われていくのは必然。

硬い表皮のお陰で敵の槍や弓が刺さらないのが幸いだったが、
本来は城の城壁を破壊するために使うべきバリスタが飛んできた時には、
流石のフリードも思わず穴を掘って地面に逃げ込んだ。

プラチナは穴の中にも追って来るかと思えば、
穴の中に入ってきたのは勇敢な敵の軍勢ではなく、大量の炎。


「冗談じゃ、ねぇっつのッ!」


すかさず地上に飛び出すが、運が悪かったと言うべきだろうか?
それとも、彼が飛び出す場所を計算できたプラチナのブレーンを褒めるべきか。
恐らく、後者だであろう――フリードの行動は、完全に読まれていた。

バリスタ――巨大な弓が、フリードの身体の中心目掛けて飛んでくる。
避ける術は無し、黙って喰らえば即死必至、ならば―――


「う、お、おお、おおおおおおおおおッ!!」









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      迷宮冒険録 〜三章〜
      『修羅と誇りの戦い4』
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「な、何なんだよ、あのガブリアス……!」
「バケモノ……だぜ、マジに……」


バリスタ――放たれた巨大な弓矢は、その中心から、
寸分違わぬ程綺麗に裁断され、その中央には、
想定通りであれば此処で潰れて死んでいるはずの―――


「い、ぃやつは生きているぞぉーーーッ! 攻撃をやめるなァーーッ」

「「う、ううおおおおおッ!」」


再び、プラチナ直属の兵士たちがフリードに襲い掛かる。



「くそったれ……ジジイのカタキだッ! 何人でも道連れにしてやらあああああッ」



――サイオルゲートの王は、フリードの良く知る人物であった。



「うおおおおおおおおおおッ!」

「怯むな! 奴はもうすぐ落ちるッ!」



――いや、良く知るなどと言う次元ではないか。



「ッ、ぐぅ……こんなモノで……

 こんなモノで 俺 を 止 め ら れ る と 思 う な ァ ッ!」



――彼は、フリード=サイオルゲートなのだから。




白金色の兜を被った割と人間に近い形のポケモンたちが、
剣を、槍を、斧を――あらゆる武器を持ち襲い来る。
頭上からは、人間界ではポピュラーな殺人兵器である
『銃弾』が降り注ぎ、フリードの行動に制限をかける。

槍の刺さらない頑強な皮膚を以ってしても、銃弾は容赦なく貫通する。
何発当たっただろうか?
疾風の如く高速で動き回っているから数える程度しか当たっていないと思うが、
一発一発が途轍もない威力だとフリードは感じていた。

話に聞けば、人間だったら1発でも当たれば苦痛にのた打ち回り、
動けなくなってしまうらしいが――まさにそうであった。
それでもフリードは人間の数十倍のタフネスを持っているから、
銛が刺さったままでも平然と大海原を行く巨大鯨のように――


「ぐっ………」


しかし、誰にでも訪れる『限界』は、やはり例外なくそこに在った。
百数十匹を蹴散らしたフリードの動きが、止まる。


復讐と言う思いだけで稼動し続けた身体が、―――倒れた。



「ジジイ……くそ……ッ……畜生……!」



握り締めた拳が視界に入っている。
結局、この結末なのか―――


「ふ……ははは…」


足音だけで兵士が近づいてくるのが解る。
フリードは笑った、――笑いたくなった。


「ははははッ! ふはははははははははははっはははは………」


理由は無い。
とりあえず、笑いたくなったから笑う。
何も出来なかった自分を嘲り笑う。
やけくその、笑い。心も晴れやしない乾いた笑い。


「何が種だ……何が力だ……ふざけんじゃねぇ……もういい…もう、如何でも良い………」


何かもが如何でも良くなった。
滅べ、滅んでしまえ、こんな世界。
俺は、結局何も守れてはいなかった――

















――フリード=サイオルゲート。
てめぇ、それでもこの俺の片鱗と互角に打ち合った男かよ?
ふざけんじゃねぇ、そう簡単にくたばったら承知しねぇぞ。





「………?」





一度だ。
一度だけ、チャンスをくれてやる。




「誰……だ、そこに、居るのは……」




立て、這い蹲ってでも、
どんなに惨めで見っとも無くても、
無力で哀れで、救いようのねぇ大馬鹿野郎でも、







最後に立ってた奴が、勝者だ―――







兵士の一人が、『気配』に気が付いて振り返った。
そこに、見慣れない何かを見つけ、反射的に、言葉を洩らす――



「な、何だ貴様、一体どこか―――」




その瞬間、一陣の風が吹き抜けた。




「――ら?」




そこに居た何かに気付いた兵士の持つ、巨大な斧が音も無く両断されたのと、
黒い疾風が、そこに残っていた兵士を片っ端から打ちのめすのは―――同時。

そして、武器が折られた事を認識したその兵士は、
もう次の瞬間にはその意識を刈り取られていた。

風が吹き、それがまるで猛毒の風か何かで、
それを吸い込んだ者達が全員バタバタと倒れていくかのように――


「ぐ…こりゃあ……一体……?」


フリードが何かに導かれて立ち上がった時、
立っているのは、フリードだけであった。

あの黒い影は、一体何者だったのだろうか?
そのシルエットをよく思い出そうとしたところで、
大きな声によって思考は中断させられた。


「フリード様!」

「リィフ…ッ、てめぇ隠れてろって―――」


振り返ったフリードがリィフを見つけた時、
その後ろに立っていた見慣れた面々によって、
彼は凡その状況を全て理解するに至った。

「クリア、フライア、フェルエル、……ブラッキー、いや……ハルク、だな」
「…あぁ」

もう、ブラッキーがハルクで在る事は間違いなかった。
そして、自分もまた、サイオルゲートであり、それが意味するのは一つ。

「こうしてまた、肩を並べて戦えるって事か……っててて……!」
「フリード様!」
「大丈夫だ。ちょっと身体に何箇所か穴が開いてるだけだ…」
「…何処が大丈夫ですか!」

救急箱の角でフリードの頭を思い切り殴るリィフ。
クリアは、あぁこれがツンデレかと思いながら、
サイオルゲートの城を見上げた。
灰色の石材を積み上げて作られた古風な城は、
一体何年前から此処に聳えているのだろうか?
未だにその貫禄は崩れる事無く、此処に存在し続けている。
主を失って尚、此処に――

「この状況だと、………」

ブラッキー……ハルクは、言いかけて言葉を切った。
ハルクはフリードと旧知の仲だから、傷に塩を塗る真似はしない。
ハルクの気遣いに、フリードは不敵な笑みを浮かべながら視線を空へと向けた。
これで星空でも見えたら雰囲気が出そうだったが、
生憎の昼時は何時も以上に張り切る太陽を一面の青の中に抱えていた。


「お前も此処に居るって言う事は…………そう言う事なんだろう、ハルク」

「………もう、これ以上何も失いたくは無いと言うのは、同じだな」



残してきた守備隊たちは、もう先に逝っている頃だろうか?
すまない、少し遅れそうだが、じきに俺も逝くから――

ハルクがそう思った時、彼の持つ携帯電話が鳴り響いた。


「………」


さて、裏切り者である自分に、一体何の用件だろうか?
電話の向こうの相手に、一体どんな嫌味を言われるのかと嘆息しつつ、
ハルクはやけくそ気味にコールに応じる。


「……こちらハルク=リヴィングストン」

『よーう! ハルクー! 元気かー!?』

「…ッ!? 貴様、バクフーンか!? 無事なのか!」


受話器の向こうにはロトムが居るのだろうと絶望していただけに、
そこから聞こえてきた優秀で親愛なる家族の声に、ハルクは思わず声を荒げた。

その様子を、目を丸くして見ている、クリアと、フライア。
奴らにとっても嬉しい事だったろうか?
そう思いかけて、ハルクは自らの失言に今更になって気付いた。

電話の相手が敵だと思っていたから、宣戦布告だと思って、
盛大に名乗ってやった、本当の名前―――


「……ハルク、兄さん……なのですか……?」

「………。…やれやれ、一度切るぞ。こっちはまだ忙しい」

『わだー! 待って! 今からそっちに―――』ブツン!



電話の向こうで、バクフーンを押しのけてピジョットが何か喚いていたが、
元気で何よりだ。一体どんな奇跡が起きたのか知らないが、
これでもう迷う事無く―――と、その前に。


「名乗らないと気付いてもらえないってのも、辛いものだな」

「そりゃテメーがリヴィングストンから抜け出したのはイーブイの頃だったじゃねぇか。
 あの頃は可愛くてよかったオボァッ! ゴフッ! ゲホッ」

「足が滑った」

「は、ハルク、てめぇ……あの頃のマル秘エピソードをバラゴバァ!」

「あぁ、何だ? バラバラになりたいのか? そうだな、人間界ではサメは色々と珍味らしい」


デリバードの手荒な手当てを受けながら仰向けに倒れている
ガブリアスに、後ろ足で強烈な蹴りを加えるハルクは
始終余裕の笑みを浮かべながら泣きつくフライアの頭を撫でていた。


「て、てめぇ……もう少し怪我人を労りやがれ……ぐふっ」
「フリード様、死にますか? 死にそうですか? なら死ぬ前にこの誓約書に調印を」
「リィフ……オマエ減給………ガクッ」


リィフが取り出した紙にはフリードの資産の行方について書かれていた。
抜け目の無い女だ、これはツンデレと言うレベルじゃない、常識で考えて。
あと、フリード、泡を吹き始めたが大丈夫だろうか――クリアは苦笑いを浮かべながら、
そんな彼らのやり取りを傍観するのだった。





………

……………





コツ、コツ、と上品な足音を隠さず、
エイディはサイオルゲート城『王の間』へとやってきた。
そこへ至る過程で何人か兵士と出会ったような気もするが、
エイディにとってみれば道端に転がる石程度の存在なので如何でも良い。
途中、変なガブリアスを助けたような気もしたが、イマイチよく覚えていない。

巨大な扉を押し開けると、王の間に備え付けられた豪華な窓から光が差し込んで、
薄暗い廊下を歩いてきたエイディは思わず目を細めた。

光の中に居るのは、王か、悪魔か――


「ようこそ、エイディ=ヴァンス」

「翠色の古代竜……またお前か」

「それはこちらのセリフだ。飽きもせず何時も何時もナイトメア様の邪魔をする…」


エメラルド色の淡い輝きを纏った竜――天空の王者レックウザは、
広い王の間の中央でエイディを迎え撃つ。
どんな力が働いているのか、その巨体をふわりと空中に浮かべ、
レックウザはエイディをにらみつけた。


「進化の壁を越えんとする我らの前に立ちはだかるか……なるほど、
 AD=VANCEとはよく名乗ったものだ。だが、此処で断ち切ってくれる」


「俺は、誇りを取り戻しに来ただけだ―――果てろッ!」








つづく 
  


  
 

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