――迷宮冒険録 第五十七話


  

「――――っ!!」



突然誰かに首を掴まれたような気がして、私は飛び起きた。
だが、そこに在るのは何時もの、何の飾り気も無い部屋と、窓から入る朝の日差し。

どうやら、悪夢に魘されていた様だ。
全身が汗でベトベトして、気持ち悪い…。


「…ピジョット、居るならハンドタオルを持ってきてくれないか」


少し大きめの声でそう言えば、
何時もならピジョットが直ぐに飛んできてくれるのだが、今日は何の音沙汰も無かった。
まだ眠っているのか、それとも何処かに出かけているのか。

渋々、ベッドから出て部屋に備え付けられたタンスからタオルを取り出して身体を拭く。
肌寒い。流石に冬真っ只中だけはある。


「やれやれ…」


私は、自室を後にしてこの砦の中庭へと散歩に出かけるのだった。







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      迷宮冒険録 〜三章〜
      『忌々しき肩書き1』
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中庭に着いたとき、そこにピジョットの姿が在ったので呼びかけた。


「あ、ボス。よく寝ていたみたいっすね」

「あぁ、此処のところ忙しくてな…」

「上が文句言ってましたよ。大将のくせにイマイチ役に立ってないって」

「………」


フォルクローレが、輝石確保に向けて本格的にフライアを追い始めた。
気乗りのしない私は事あるごとにその任務を避けていたのだが――
あぁ、私に直接文句を言ってこないのが、本当に役に立たないお上らしい。
私のように、実力で此処まで駆け上がってきたものなら尚更にそう思える。

――尤も、こうやって冷徹に振舞ってきたのも、
そういう副作用を期待しての事だったから作戦通りと言う事で如何でも良いのだが。


「『種』の妨害は予想以上っす。このままぶつかり合ってたら、双方丸潰れになりますよ」
「それは、ありがたいな。是非そうなって欲しいものだ」
「……ボス、やっぱりアンタは…」
「言うな。もうあまり猶予も無いんだ…
 前にも言ったが、『その時』が来たら宜しく頼むぞ」
「………」


押し黙るピジョットに背を向けて、私は自室へと帰る。
散歩に来た心算だったが、予想外の邪魔に気分が萎えてしまった。

――と、そこへバクフーンが駆けて来るのが見えて、私は足を止める。

一体何の用件だろうか?


「おお、丁度良かった! 大変な事になったぞ!」


バクフーンの手には、何かの文書が握られていた。
豪快――悪く言えば荒っぽい性格のバクフーンの手の中で文書は無残に潰れているが、
もう何時もの事なのでそれは不問にする。


そこに書かれていたのは、いよいよ――私にとっての戦いの始まりを告げる、出来事だった。





―――昨日未明、種の一団と思しき軍勢を、サイオルゲート領近郊にて確保した。
彼らの証言によると、種はリヴィングストン家の末裔、
『フライア=リヴィングストン』の一行と交戦した模様。
だが『輝石』の回収には及ばず、
そこに現れたヴァンス家の末裔『エイディ=ヴァンス』の手によって撤退を余儀なくされたらしい。

彼らの証言を元に、我々はフライア=リヴィングストン一行の居場所を推定。
作戦地点に多くの部隊を配備し、輝石回収作戦を実行する。
輝石が原石を保っているのか、継承されているのかは不明であるため、
作戦にはかつて無い慎重さ、そして一行を生け捕りに出来るだけの戦力が要求される。

既に現地入りした偵察班の報告によると、
彼らはサイオルゲート王との謁見を目指して領内へと歩を進めているとの事。
この文書は確認後速やかに破棄し、即日作戦に参加されたし。



「ディア、ジェネラル・ブラッキー。…ボス、いよいよっすね」

「………」

「ブラッキー、皆まで言わずとも、それがお前の進む道だと言うならば我らは何も言わん」

「…あぁ」







………









「サイオルゲートの屋敷ですか」



深い森の中を出来るだけ慎重に進み、
フライア一行はサイオルゲート領の小さな村を目指していた。

そこには、サイオルゲートの有する巨大な屋敷があり、
現状彼女らの目的地は、そこである。

と、言うのも――


「丁度私の雇い主がそこに隠れている。彼らと合流して、こちらも戦力を立て直したい」

「あの、さ…。一応訊くけど、雇い主ってもしかして……」

「金払いのいいデリバードだ」

「やっぱり……」


クリアは嘆息する。
しかし如何言う風の吹き回しだろう、フリードたちが今更こちらに協力してくるとは。
一つだけ言える事は、只ならぬ事態になっていると言う事だけだ。

「私が与り知る限りでは、私の依頼主が誰かは『種』には伝わっていないと言う事だ」
「つまり、えぇと…フリードさんたちの独断と言う事ですか?」
「そうなるね。それどころか、これは『種』に対する立派な裏切りだよ」
「自らを内部に置きつつ、しかし確実に動き出したと言う事になる。どう言う事か解るか?」
「…あぅ、……ど、如何言う事ですか?」
「もう時間は無いって事だよ」
「そう言う事だ」

ひとりだけ会話についていけないフライアは、申し訳無さそうに身を竦めるのだった。

藪に身を潜めながら、一行はその村の前まで辿り着く。
立派な屋敷が、丘の上に見える。
高い塀に囲まれ、いかにもな豪邸の雰囲気を醸し出しているそれは、
何者の侵入をも拒んで居るかのように、そこに聳えていた。


「此処は、表向きには誰にも使われていない屋敷だ」
「表向きには?」
「あぁ。色々と良からぬ計画事が在ると、ここで密会が行われたりするらしい」


フェルエルは屋敷を指差す。
屋敷を囲む磨かれた白壁に、
多分高価な木材を使用しているのであろう――立派な扉が付けられている。
その前には衛兵などの姿は無く、代わりに巨大な錠前で封鎖されていた。

――最後の開放されたのが何十年前かも解らないほど、黒くさび付いた錠前によって。


「こっちだ」
「え? 何処に行くんですか?」
「抜け道がある。ついて来い」


フェルエルは村の中には入らずに、大回りをして屋敷の外を回った。
そして、屋敷の裏手まで歩き、白壁に手をかける。

―――と、その瞬間壁が僅かに動いた。


「密会が行われていることを悟られてはならない。
 だからこうして、サイオルゲートの一部の者は此処を利用して中に入っていたのさ」


フェルエルが壁を押すと、そこにポケモン一匹が通れるくらいの抜け道が現れた。
フェルエルは手招きをしてから、その中へと身を滑り込ませる。

その後をフライアとクリアが追い、
そして抜け道は何事も無かったかのように閉じられるのだった。







………








ブラッキーを先頭に、一つの部隊がサイオルゲートの屋敷を目指している。
それと同じように、各地からフォルクローレの軍勢が、屋敷へと集まっている。

フォルクローレ本部からの命令で、いよいよフライアの持つ『輝石』確保に向け、
本格的に全てが動き始めたのだ。

中には胸の高まりを抑え切れない部隊もあるだろう、
しかしブラッキー率いるこの『労働者』の軍勢は、そんな事は一切無い。
ただ冷静に、『その時』を待つ。

だから、決して急がず、ただ着々とその地へ向かうのだ。


途中、ブラッキーの持つ携帯電話に何回か電話があった。
同じ将軍の地位に居る連中からの、催促の電話だ。
戦闘に於いて一番の活躍をする将軍クラスの中でも、
ブラッキーの実力はずば抜けて高かったから、色々と頼りにされる事もあるのだ。

ブラッキーにとっては、それがたまらなく鬱陶しかったのだが。


―――♪♪♪


「…またか……はい、こちらブラッキー」

『あー、もう急がなくていいからノンビリ来いや。
 こっちにはフォルクローレのほぼ全軍揃ってるから、
 一足先に出世に向けて邁進させてもらうぜ。じゃあな!』―――ブツッ…


「………」


どうやら、この部隊が最後の到着になるらしい。
聞いた話では、向こうにはあのフェルエルが居るというから、
フォルクローレの軍勢が大挙に押し寄せても屋敷の中での戦いになれば向こうに分があるだろう。

だから、ノンビリ行っても出番が無いなんて事にはならなそうだ。
しかし――


「ボス、ノンビリ歩くの疲れちまった。準備運動も兼ねて、ちょっと走らせてもらうぜ」
「おー、俺も走るぞー!」

「なっ、お前ら!」


武器を持って兵士の顔付きになっていた労働者たちは、揃ってブラッキーを追い越し始めた。
ブラッキーは呼び止めようとするが、それをピジョットに止められる。


「本当はアンタが一番急ぎたいんだろ、無理するなよ」
「………ふん」


ピジョットの言う事は正しい。
急げるものなら、とうにこいつらなど此処に残して走り去っていたさ。

それをしなかったのは、ここでフォルクローレと合流するのが嫌だったから。







「本当は、フライアが守りたいから、だろう。ハルク=リヴィングストン」

「バクフーン…!」

「はっは、怒るな。もうその名前に戻る時間がそこまで来ているのだ」


ブラッキーの目が見開かれるが、バクフーンは豪快に笑ってそれを受け流す。



―――ハルク=リヴィングストン






リヴィングストン王家の、直系の末裔―――フライアの、兄…




それが、ブラッキーの持つ、真の肩書き…






「ボス、今から急げば、向こうは戦いでごった返してる頃っす。丁度いいじゃないすか」
「…ピジョット」
「…行きなよ、アンタはまだ間に合うんだからな」


そこに居たピジョットは、
既にブラッキーの部下ではなく、ハルクの親友であった。

その目が告げる言葉より重い確かな想いが、ブラッキーには届いている。




だって、ブラッキーも彼の過去を知っているから。

自分の弟を救えなかった後悔と自責の念に苦しみ続けた男を、知っているから。





「…だが、私はまだ『ジェネラル・ブラッキー』だ。行くぞ」
「へいへーい」
「ふ。手遅れにならない自信でもあるのか?」
「あるさ。仮にも、リヴィングストン王家の血を引く者なのだからな」



忌々しい肩書きを今一度担ぎ上げ、サイオルゲートの屋敷まで連れて行ってやる。

そして、そこで思い切り同僚にでも叩きつけてやろう――ブラッキーは、そう決意した。




そして、それをありのままに受け入れたピジョットとバクフーンもまた、
『その時』に向けて、決意を新たにするのだった―――









つづく 
  

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