――迷宮冒険録 第五十三話





「また……まただ…ははは…」

「……っ…」

「僕は、力不足だった……? それとも、相手が悪かった…?」

「………」

「ねぇ、何が悪いの? 誰が悪いの……? …もう、こんな想いはしたくなかったのに…」

「ミレーユ君…」



僕は、そこに落ちていた『彼』の破片を抱きしめて、空に向かって吼える。


もしもこの世に『神様』が居るなら、
今すぐにでも引きずり出してぶん殴ってやりたい。

どうして、僕が、僕たちが、レジギガスが何をしたと言うのか―――


コレが、レジギガスの持つ罪への報いだと言うのか?


神! お前は一体、どれだけ僕らを弄べば気が済むんだッ!

殴りたい、お前を渾身の力で殴りたいッ!


それが叶わぬのなら―――




「誰か…『お前の所為だ』って、僕を殴ってよ……ぅぅぅ…ぅうああああああっ!!」






それとも、それすらもお前は許さないのか―――?









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      迷宮冒険録 〜二章〜
    『それでも生きていくと言う事』
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「…正直、驚いたよ。あんな状態でよく無事だったものだ」


そこは小さな町の診療所。

しかし、『普通』の診療所ではない。
かの救助隊組織の者達もよく利用する、腕利きの医師の居る診療所だ。


「アンタの腕が達者すぎる所為やないの?」


中途半端な関西弁を喋るメスの『ピクシー』が、
キュルキュルとキャリヤーの音を立てて手術器具を片付けていく。

その言葉に振り返った『ハピナス』が、ニヤリと笑って言い放った。


「俺は『イヤシスト』だ。その気になったら、死人だって蘇らせるぜ」
「その口癖、アンタの馬鹿弟子も真似してたわ。似なくていい所まで似てもうて…」


ピクシーは嘆息しながら全ての器具を片付け、代わりにお茶を持って部屋へと帰ってくる。


「ふ、アイツは俺の認めた唯一の『イヤシスト』だからな」
「アホばっかりや…」
「そんな事より――」


ハピナスはお茶を少しばかり口に含み、
少し間を置いてからピクシーに訊ねた。


「あれから、様子はどうだい?」

「んー…まだ、ちょっと時間かかりそうやな」

「そうか……酷い有様だったからね…」


ハピナスは悔しそうに呟いた。
彼の専門は『治療』であるが、
精神科医ではないから『心の傷』までは癒してやる事が出来ない。


「コレばっかりは、イヤシストの俺にも、どうしようもない…」


イヤシスト――癒しの達人でありながら、こうして無力を噛み締めざるを得ない事が、
彼にとっては悔しかった。

楽観的なピクシーにはそれが理解できないのだが、
少なくとも下手な慰め意外にかけてやる言葉が見つからないのは事実だった。


「アンタはちゃんと救った、それで十分やないの。
 あいつの甘えに、アンタまで振り回される必要なんて無い」

「そう思えるなら、どれだけ楽だろうかね…俺が器用なのは、手先だけだ…」

「こんな時に何うまい事言うてんねや」





―――病室。

窓は開け放たれ、昼下がりの日差しが差し込んでいるが、
流石に冬場なので暖かさは感じない。


窓際のベッドで、そのツボツボは目を覚まして、窓の外をボンヤリ眺めていた。



「気分はどや」

「………」


確かにその言葉は届いているはずなのに、ツボツボは振り返りすらしない。
ただの無視だったら、ピクシーは彼の頭を殴ってでも振り向かせるところではあるのだが、
生憎このピクシーはそれなりに空気が読めるほうだった。


「…昼飯、ここ置いとくから」

「………」


ベッドの横に置かれたテーブルの上には、
手の付けられていない朝食が乗っている。
ピクシーはそれを下げて、代わりに昼食を乗せた盆を置き、チラとツボツボの表情を伺う。


と、今まで石像のように動かなかったツボツボが、突然振り返った。
それに驚いたピクシーは、思わずバックステップで後退する。


「…な、なんや、脅かすなや」

「…いや、ただ振り返っただけなんだけど…」


ツボツボの第一声は、そんな呆れたような声だった。
それでやっとこのツボツボがオスであることに気付いて――あぁ、それは如何でもいいか。

今までずっと黙り込んでたこのアホの第一声がそれだと、
やっぱり腹立たしいのだが殴る気にもなれないのがピクシーには悔しかった。



「……みんなは、何処に行ったか知らない?」

「言うとくけど、アンタは要安静やで。此処からはぜっっっったいに出さんからな」

「………むぅ」


ニヤリと笑って、ピクシーはそう言い返す。
それが、彼女に出来るたった一つの仕返しだった。

みんな――あのキノガッサ御一行の事だろう、彼女らだったら町に出かけている。
それを伝えたらコイツも追いかけて行きそうだから、それは許すわけにはいかない。

ある程度治療したとは言え、一体何をやったらそこまで身体の中がボロボロになれるのだろうか、
今このツボツボの身体は、とても運動など出来る状態ではないのだ。

医学的見地からそう判断して、このツボツボはこの病室に、実質『監禁』状態にある。


「そのうち戻ってくるやろ、女三人揃ってなんちゃら言うし、町で馬鹿やってるんとちゃうん?」

「…そうかもね…」





…………





―――町。

バリンの様な、ちょっと工業っぽい雰囲気は一切無い、
どこか古風で、それでいて結構発展している町を、ミロカロス他2名が闊歩する。


「―――ん」

「アレ、どうかしたんですかクリアさん?」

「やあ、何か誰かが噂をしたような気がしてね。…そろそろ帰ろっか?」

「はい、そうしましょう」


クリアが何かを感じ取って診療所に帰ろうと持ちかけると、フライアはそれに応じて頷く。
その後ろを、フェルエルが大量の箱を抱えてフラフラしている。


「フェルエル、帰るよー」
「あの、先に行ってますね…?」



「……この大量のメロンを運ぶのを少しは手伝ってくれ…」


薄情者、と大声で叫びたかったがそんなキャラでは無いので、
渋々合計20個のメロンを抱えてフェルエルは歩き出す。

このメロンは如何したのかと言うと、
たまたま街中で開催されていた大食い大会でフライアが勝ち取ったものだ。

周囲の大柄なポケモンを一切寄せ付けないあの喰いっぷりは、
見ていて気持ちいいくらいだったのだが、同時にいくつかの疑問が残る。


――フライアの胃袋は、もしかして宇宙なのか? …とか。



「はぁ……」



メロンを運ぶ腕力より、
20個の箱を崩さないバランスの方がよほど疲れるとフェルエルは感じた。

コレはコレで修行になるかも知れないが、生憎フェルエルはそんなに前向きな性格はしていない。

あぁ何でこんな目に。
アディスを欠いたこいつらを代わりに守ってやれという仕事を依頼されたのだが、
まさかメロン運びまでやらされるとは思わなかった…。



払いのいい客は裏切れないから、渋々我慢するのだが。



「…何故、死んだ……アディス……ッ…」



いくつかの意味で、そう呟かずには居られないのだった。









…………







日が落ちて、一行は再び診療所に集う。
ハピナスが良いと言ってくれたから、クリアたちは遠慮しなかった。


「気ぃつけや。この馬鹿は真性の変態やからな」
「失敬な。ちょっと異性に興味津々なお年頃なだけだ」
「いい年こいて何言うてんねん! だから変態や言うてるんやお前は!」


「あ、あははは…まぁ気をつけるよ…」


若干引き気味にクリアがそういうのは、そこに居るハピナスの不思議な視線を感じたから。
同じ視線を向けられていた鈍感なフライアは気にした様子は無かったが、
フェルエルは廊下で腕を組んだまま部屋の中に入ろうとすらしなかった。

…流石フェルエル。





―――ガタン




「ん? なんや?」

「誰かが外に出て行ったみたいだね」

「さてはフェルエル、逃げた!?」


クリアが我先にと部屋を飛び出して玄関へ向かうが―――


「私なら此処に居るが」

「―――あれ!? じゃあ今のは?」

「ミレーユが散歩がしたいと言って出て行った」

「ミレーユ君がっ!?」


再びクリアは玄関に向かって走り出した。
フェルエルはやれやれと溜息をつくが、壁に寄りかかったまま動き出す気配は無い。

と、遅れて出てきたフライアと目が合う。


「……お前は追いかけないのか?」
「私が追いかけても、多分どうにもならないと思うから…」
「そうか」


フライアはそのままフェルエルの隣に座る。
最後に、部屋からピクシーとハピナスが出てきた。


「ミレーユはまだ安静にしてなあかんって! 何で止めなかった!」
「夜風を浴びたいと言っていた。庭に出るくらいならいいだろう」
「……むー…院長、如何するん…?」

「はっはっは、いいじゃないか。年頃の少年はそうやってナイーブになりたい時もあるのさ」

「…このアホに訊いたウチが馬鹿やった…」







………






肌寒い風が吹き付けるが、
マフラーを巻いていたので寧ろ心地よいくらいだった。
こうして風に吹かれていると、アディスと共に旅していた日々を思い出す。

ほんの数日前の事なのに、どうしてこんなに昔の事に思えるのだろう。

…それだけの事が、ここ数日の間で起こってしまったのだ。


「ミレーユ君!」

「…クリア」

「ダメだよ! まだ寝てないと!」


屁理屈を言うのも面倒で、僕はクリアから顔を逸らして夜空を見上げる。
今日は曇りか。
星が見えれば、少しは気が晴れるんじゃないかと思ったのだが。


一方、無視をされたクリアは、
僕の只ならぬ気配を悟ったらしく、それについて文句を言う素振りは見せなかった。

ただ、そっと隣にその身を落ち着けて、共に何も無い夜空を見上げていた。




やがて、クリアがポツリと呟く。
どこからか取り出した、小さなカケラを僕に差し出しながら。

「…これは…」
「レジギガスだよ」
「…………」

その手に掴んだのは、レジギガスの身体のカケラ。

あの時、あのまま気を失ってしまった僕に代わって、クリアが持って帰ってきてくれたのか。
これを手に入れて、何が出来るのかは解らないけど、それを持つと不思議と気持ちが落ち着いた。


「言ってたよね。誰が悪いんだって」
「………」


その沈黙は肯定。
クリアは続ける。


「……私にも誰が悪いかなんて解らないし、
 自分たちが正しいのかって言われると自信は無いよ。………でも、さ」


クリアは僕のほうを見ながら、真剣な目でそう言葉を紡ぐので、
僕もその目を見て、ただその言葉に聞き入った。


「少なくとも、ミレーユ君は何も悪くないよ。だからそんなに自分を責めないで…?」

「……どうかな。クリアが僕と同じ立場だったとしても、同じように思える…?」

「………それは……」


クリアが言葉を詰まらせる。
少し意地悪が過ぎたか。


「…ごめん。励まそうとしてくれてるひとに当たるなんて、失礼だよね…」


クリアを残して、僕はそれだけ呟いて診療所へと帰っていく。
取り残されたクリアは、多分悲しげな目で僕を見送っていただろうか。

…ごめん、ありがとう、でも今は―――僕にも、如何したらいいのか解らない。

如何すれば、この心は晴れるのだろうか。




玄関のドアを開けて、病室を目指して廊下を歩いていると、そこにフェルエルが立っていた。


フェルエルは一瞬こちらに目を向けたが、直ぐにまた目を閉じて壁に寄りかかっている。



僕は、その前を素通りにしようとした―――ところで、突然フェルエルに呼び止められた。






「……え?」

「この旅を、此処で終わりにするかと訊いたんだ」



フェルエルは、唐突にそう訊いてきた。
その言葉の真意が理解できなくて、僕は思わず困惑した。

終われる訳が無いじゃないか、何もかも失って、此処で引き下がれるワケが無い。


「……ギャンブルにのめり込むヤツはな、そうやって破滅への道を辿るんだ。
 負け続けて止めたら、損失しか残らない。少しでも良いから黒字にしたい、
 だから此処で止めるわけにはいかない――――そんな風にな」

「だから何!? 僕にこれ以上は無駄だから止めろって言いたいの!?」

「……そうだな。今のお前のまま旅を続けるなら、無駄だから止めておけ」

「―――ふ、ふざけるなっ!」


思わず僕はそう叫んだ。
だって、確かにそうやって多くの者は破産していくんだろう、だけど――
これはギャンブルじゃない! 運に左右されるような、あやふやな戦いじゃない!

だから、此処で退くのはそれこそ意味が無い事なんだ!
今までの事が全部無かった事になる……そんなの認められるものか!


「その怪我で何が出来る」

「……っ…」


…確かに、今の僕に戦う術は無い。
戦う術なんか最初は無かったけど、それでもみんなを守る盾として頑張っていたのに、
今の僕には、その盾として戦う力すら残っていない。


「お前が如何思っていようが、此処から先の戦いにお前を連れて行くわけにはいかない」
「何で…何でフェルエルがそんな事を決めるんだよ! 僕は―――」
「アディスの代わりに此処に居る、か?」
「ッ!」


何で、フェルエルがそれを知っているんだ?
フライアから訊いた? いや、まさかそんなはずは無い。
この短期間で、フライアがそんなにコイツとお喋りするとも思えない――


「お前みたいな子供が考えそうな事だ。
 悪いが、此処から先の戦いに誰かの代理なんかお呼びじゃないんだよ」


フェルエルは最後にそれだけ言うと、コツコツと廊下を歩いていった。
それを追いかけることも言い返すことも出来なくて、僕はそこで立ち尽くす。


「なんだよ……僕は如何したらいいんだよ……」


もう、終わりなのか?

これ以上バラバラになるのは嫌だって、自分が取り残される側に立ってそう思っていたのに。





―――切り離されるのは、今度は僕の番なのか。







「ぅぅ、ぅぅぁぁぁあああああああああああああああああああッ!!!」








…………







翌朝、やっと日が昇り始めた頃、
診療所の入り口前にクリア、フェルエル、フライアの姿があった。

荷物も纏めてある。
このまま、旅に出る心算なのだろう。




―――そこに、ミレーユの姿は無かった。




「ホンマにええんか?」

「あぁ。あの馬鹿を頼む」

「…はぁ、騒がしいヤツらが出て行くと思ったら、まさかこんなんなるなんてな」


ピクシーは頭を掻きながら溜息をついた。
何せ、この厄介な旅人たちは、
突然現れたかと思ったら仲間を一匹捨てて旅立つと言い出すのだ。


此処で溜息をつかなくて何時つくのだと、ピクシーはもう一度盛大に溜息をつく。


あぁまた幸せが逃げた、まぁ診療所の所長が幸せの塊みたいなものだから別にいいか。
そんな事を一瞬考えつつも、ピクシーは真剣な目つきでフェルエルを見つめた。


「まかせな、一流の戦士に鍛え上げたるわ」

「あぁ」


グッとサムズアップを突き出し、ピクシーは八重歯を覗かせて笑う。
フェルエルは口を閉じたまま何時もの笑みを浮かべ、そのまま背を向けて歩き出した。

その後を、フライアがお辞儀をしてからついていく。
クリアは名残惜しそうに時々振り返りながらも、フェルエルとフライアの後を追った。



「道中無理すんなよー…っと」



ピクシーは別れの叫びを適当に済ませ、大きく伸びをしてから診療所の看板を見る。



「修行に付き合うなんて、何年ぶりやろなぁ。久々に腕が鳴るわ」



彼女は腕をコキコキ鳴らしながら、中へと戻っていくのだった。









つづく 
  

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