――迷宮冒険録 第五十二話



空は、青い。

どこまでも青く、このまま吸い込まれてしまいたいくらいだ。




ユキヤは仰向けに倒れ、そんな事を考えていた。

完膚なきまでの決着――フェルエルはそれを確信して、残った兵士たちに目を向ける。
誰も襲い来る気配はない。
いや、徐々に散り始めている。
リーダーが敗北したから、残された兵士はただ黙って下がるのみなのか。

兵士たちが全員、何かに導かれるように去り、
そこにはユキヤだけが残った。



―――だが、予想外の出来事は、大抵立て続けに起こるものだ。


ユキヤにとってフェルエルの襲来が予測できなかったように――




「そこまでだぜ、ユキヤから離れな」



「―――!?」




レジギガスの頭の上――

謎の機械を手にした一匹のサンドパンが、
不気味な笑みを浮かべて、そこに現れた―――









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      迷宮冒険録 〜二章〜
        『儚き想い4』
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「レジギガスっ!」


「動くなクリア、今のお前じゃ俺には勝てねぇよ」


そこに居たのは、ウィリア――
あの時、何もかも失くしてしまっていたクリアを襲撃した、サンドパンだった。



一度は勝ったが、今もう一度戦って勝てるのか?
クリアの脳内で、分析が始まる。

ダメだ、さっきの猛攻を凌ぐのでかなり体力を消耗している今、
ウィリアに勝てる確率はかなり低い。


「そう言う事、大人しくしてれば、楽に殺してやるよ」


頭の上に乗られたレジギガスは、動けないでいる。
ウィリアの持っている機械は、どうやらまたレジギガスを操るモノらしい。
しかも、今度は装備させなくても、
アレを持って近くに居るだけで行動を制限させてしまう強化版のようであった。


「このレジギガスはまだまだ我々の役に立ってもらいたいからな。ついでに人質って事にして―――」


ウィリアはフェルエルのほうを見る。
フェルエルはウィリアを睨みつけたまま、動かない。


動けば、一か八かの結末になることを知っているから、動けない。
フェルエルが何十メートルも離れたウィリアを気付かれずに叩く術は無い。


一歩でも動けば、あのレジギガスを操って即座にクリアたちの命を奪うだろう。


「くそ…迂闊だった…」

「そこのキノガッサは、こっちに背を向けてそこの大岩に手を付いていろ」

「………」


その指示に従う最後の瞬間まで、フェルエルは視線をウィリアから外さない。
何か方法を考えるにしても、
この距離ではそれをクリアたちに気づかせる事が出来ないのがもどかしい。

フェルエルは言われるがままに振り向き、目の前にあったボロボロの岩に両手を着いた。


「ユキヤッ! 何時までも寝てんじゃねぇ! さっさとそのキノガッサを始末しやがれ!」

「…ふ、ナイスだぜウィリア…」


ユキヤは再び起き上がる。
その目に炎を宿し、背を向けたまま動かないフェルエルを睨みつける。


「これで、居場所は守られる……」


不敵な笑みと共に、そこに落ちていた折れた剣を拾い上げ、構える。

――が、ユキヤの手はそこで止まる。

何故だろう、目の前の敵にそんな勝ち方をしても、何だか心は晴れない気がする。
そんな下らない感傷など、任務の前にはゴミに等しいと言うのに、
僅かに残された誇りが、ユキヤの手を止める。



「何やってんだよォ! さっさと終わらせて帰ろうぜー!」



ウィリアはそんな事は露知らず、適当に喚いて催促する。
クリアもフライアも、ミレーユもそれを見ている事しか出来ない。



―――レジギガスがまた操られてしまう―――



でも、何もしなくても結果は同じなのに、


でも、もうそんな力すら残っていないのだ。


ナイトメアと戦って、あの爆発から何とか抜け出して、
そしてユキヤ率いる種の軍勢の猛攻を、何とか耐え凌いで――


ミレーユは心の中で何度も叫んだ。
動け、此処で朽ちても構わないから、
あのレジギガスの上に居るサンドパンだけはぶっ飛ばさせてくれ、と。

だが無常にも、ミレーユは身体を僅かに動かすのが精一杯、
とてもあのサンドパンを倒すなどとは言えなかった。


―――くそっ!


心の中で、強く大地を打つ。
こんな時に何も出来なくて、何が守護者か。
やはり僕は守護者失格なのか―――




その時、彼の心の叫びは―――




「…………オ……」




「あ?」





レジギガスに、確かに届いていた―――




「何だァ? 何か言ったかポンコツ」



ウィリアは我が耳を疑って、下に居るレジギガスを覗き込む。
レジギガスの胴体に光るランプの様なものが、不安定に赤く輝いている。




―――次の瞬間。





「オ、オ、…ォォオォオォオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


「んなッ!?」




レジギガスが、吼えた。
吼えると同時に両手を上げ、頭の上で余裕をかましているサンドパンに手を伸ばす。

紙一重で回避したウィリアは、レジギガスの後方に着地して、
直ぐに手に持った機械を弄り始めた。
レジギガスは振り返り、直ぐに彼を追う。


「コイツ…ただの無機生物の癖に………だが、コレなら確実に操れんだろ!」


ウィリアがそう叫んだ瞬間、
その手に持った機械からクリアやミレーユの耳にも届くような金属音が響き渡った。

別に我慢できない音ではないが、レジギガスには相当堪えている様だ。


「レジギガス…ッ!」


「…グ…マモ…ル……モウ…ダレニ モ……アヤツラレナイ…!
 グゥゥゥオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアッ」


レジギガスはその巨体からは想像もつかない速度で、ウィリアに反撃を開始する。
思わず振り返ったユキヤは、その隙を付かれてフェルエルの拳をモロに喰らって卒倒した。


「よし、今のうちに逃げるぞ!」

「ミレーユ君! 早く!」


フェルエルが叫ぶと、フライアとクリアは走り出す。
だが、ミレーユはそこから動かない。

疲労や負傷で殆ど動けないのだが、
仮に動けたとしてもレジギガスが心配で此処から離れることはしなかっただろう。


「ッ…のやろう! さっさと屈しちまえッ!!」


ウィリアが機械に備え付けられたボタンを弄ると、金属音が強くなる。
今度は思わず耳を塞ぎたくなるほどの音が響き渡り、それはさらにレジギガスを苦しめた。

6つのランプが、不定期に赤く点滅し、
声にならない絶叫を上げながらも、何とか操られまいとレジギガスは荒れ狂った。

荒れ狂い、レジギガスは渾身の力を振り絞って、
目の前に居る『敵』に、鉄拳を叩き込む。


だが、しかし。


その拳が、ウィリアを捉えるその直前で――


「へ、ははは…ざまぁ見やがれ…」


レジギガスはさっきまでの苦しげな状態を嘘のように消し、静止した。


「レジギガスッ!!」


ミレーユの叫びが木霊する。
レジギガスは、ピタリと止まったまま、動かない。

操られてしまったのか?
レジギガスはまたしても戦わなくてはいけないのか?



「………ミ」


「み?」



ピタリと止まったはずのレジギガスの腕が、優しくウィリアへと伸ばされる。
『ミ』と言う、謎の言葉と共に。

そこに一切の敵意も攻撃性も感じられなかったから、ウィリアはそこから逃げなかった。



―――それが、命運を分けた。




「……ミンナ…ハ………マモルッ!!」



―――ヒュッ! ガッシィィッ!!



「ッ!? ぐあああーーーッ!?」


レジギガスは優しく伸ばした腕を突然狂気に包み、ウィリアの身体を掴まえた。
しっかり握って、絶対に放さない。
あの機械の効果が効いていたから、このまま握り潰すだけの力は出せなかったが、
しかし確実にウィリアを掴まえて締め上げる事には成功していた。


「レジ…ギガス…てめぇぇっ……放し…がれ…ッ」


両腕はレジギガスの手の中に包まれ、ウィリアは頭だけしか動かす事が出来ない。

その間にも、ウィリアが手に持っている機械から放たれる謎の信号がレジギガスに作用し、
徐々にその意識を乗っ取ろうとしてくる。



――時間が無かった。




「ニゲ…テ……ココカラ……トオク…へ…」


「な、何を……?」


「モウ…コノチカラハ……コノセカイニ…ヒツヨウナイ……」


「ふざけんじゃねぇッ! てめぇの力は種の力だろうがッ!
 あの洞窟の奴らがどうなっても…ぐああああッ!」



叫ぶウィリアの言葉をかき消すように、レジギガスは死力を振り絞ってその手に力を込めた。
ウィリアはさらに押し潰され、激痛に絶叫する。


「スギタル…チカラハ……ハメツ シカ…ヨバナイ………ダカラ、」

「…?! て、てめぇまさか…やめろッ! そんな事をしてタダで済むと…!」


途端に、ウィリアの顔に戦慄が走った。
血の気は引き、目の前の巨人がこれから何をしようとしているのかを、
全て理解しているようだった。


「やめろおおおおッ! そんな事をしたらお前も――――うぐぁぁッ…!」


ウィリアの絶叫を、更なる加圧で握り潰し、レジギガスは言い放つ。


「―――ダカラ、……ココデ ゼンブ………キエル…ッ!!」


その言葉まで聞いて、やっとミレーユは理解する。
このレジギガスが何をしようとしているのか。

止めさせなくては!
何としてでも止めないと―――取り返しが付かなく―――



「ミレーユ! ぼさっとするなっ!」


突然、フェルエルがミレーユを抱え上げて走り出した――レジギガスから離れるように。


「フェル……放せ! レジギガスが…ッ!」
「放すかッ! お前はレジギガスの想いを無駄にする気かッ!」


ミレーユはフェルエルの肩の上に頭を伸ばし、何とかレジギガスの方を見て叫ぶ。


「何でそんな簡単に割り切れるんだよッ! お前にレジギガスの何がわかるんだよぉーーッ!」


ミレーユは抵抗するも、傷ついて疲弊した身体ではフェルエルの腕から逃れられない。
ただ遠ざかっていくレジギガスの後姿を見送るしかない。
それが悔しくて悲しくて、ミレーユはただ叫ぶのだ―――


「待てよ! レジギガスッ! 行っちゃダメだッ! 君が消えたら―――」


あの洞窟に住むポケモンたちは、一体どうなる――
やっと誤解が解けて、君はあの洞窟のポケモンたちと平穏な日々を過ごせたんじゃないのか?
どうして、どこで狂ってしまったんだ?
何で、これからなのに、彼にとっての本当の平穏は、これからなのに―――


「ミレーユッ!」
「っ!?」
「……解れ。レジギガスの身体は、もう……」
「………!?」


フェルエルが、悔しそうに呟く。
その言葉に、やっとミレーユはレジギガスの身体を凝視した。

さっきまで必死で見ていたから、逆に気付かなかったんだ。
あの機械で操られ続け、それでいて中から必死に抵抗し続けた彼の身体は―――





「―――ッ!! …あ、あぁぁぁ……嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だああああッ!!」





レジギガスの身体には、既に無数の亀裂が入っていた―――




「シンパイ…アリガトウ……デモ、エイエンノ ワカレ、チガウ…」










―――何時か、またどこかで―――










「やっ、やめろレジギガスッ! ぅ、ぉ、ぉおおぁあああああッ!!
 やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」












―――――『極みの大爆発』











レジギガスのランプが、3色に輝く。
ウィリアを掴まえたその手を、出来るだけ自分の身体の傍に寄せ、

そして、レジギガスの身体に、徐々に皹が入っていき、
その亀裂から白い輝きが、目を潰さんばかりの強さであふれ出して、そして――――




「く…くっぅぅうおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――ッ!!!」









一瞬、全てが白い光に包まれたその中で、


ミレーユの前に、レジギガスが現れて、微かに笑ったようにランプを点滅させた。






―――僕は、大昔に大量破壊兵器として、今は失われた秘術で作られたんだ。
意思も何も持たない、道具として。

でも、何の偶然か奇跡か、僕は『意思』を持った。
本当は嫌なのに、壊し、殺し、蹂躙する毎日が嫌で嫌で堪らなくて、
『後悔』と『罪悪感』を『感じる』ようになった時、僕は戦場から逃げ出した。

でも、どこまで逃げても、それはずっと追いかけてくるんだ。
積み重ね、その手を染め続けた『罪』は、どんなに洗っても落ちることが無くて――



もともと生き物ですらなかった僕に、死の概念は無い。


だから、僕のために涙を流さなくていいんだよ、


もう一度、0からやり直すだけだから――


この罪を全て、この忌わしい身体と共に浄化して――――








「レジギガぁぁぁぁあぁあああああああああーーーーーーーースッッ!!」
















やっと、解放された



もう、戦わなくて、良いんだよね――――








―――アリ、ガとう―――










レジギガスは、その最後の最後で、『生き物』となった。






機械などに操られる事の無い、強い意思を持つ、『心』を手に入れていた―――















つづく 
  


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