――迷宮冒険録 第五十一話




「仲間の許へ逝け―――」


ナイトメアが、その槍を―――投げる。

とてもその小柄な身体が投げたとは思えない速度で、槍はクリアに襲い掛かる。
極みの黒い眼差し――漆黒の眼導で動きを封じられたクリアに、それを回避する術は無い。


槍は音も無く真っ直ぐ飛び、その先にクリアの首がある―――しかし。




――――ガシィィッ!




槍はクリアの目の前の、僅か数センチの処で静止する。
細かい砂の様なモノに絡め取られ、そしてその槍は、中心から鈍い音を立てて砕け散る。





「……お前の薄汚い波導はよく目立つ……」





――ザシュゥッ!!





「ぐぅッ!!?」





何処からか聞こえてきた『声』に気を取られた次の瞬間、
ナイトメアの腕から鮮血が飛び散り、その手に握られた輝石はフライアの足元へと転がった。






「…………え?」






槍がクリアに到達するよりも早く――




ナイトメアが輝石をマントの中へしまうより早く――








「見つけたぞ、ナイトメア!」








「貴様は…エイディ=ヴァンスッ!」









最強のカラカラが、そこに割り込んでいた―――!









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      迷宮冒険録 〜二章〜
        『儚き想い3』
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「よーし、コイツで最後だ。ぶっ飛びやが―――れっと!」


フローゼルのユキヤは、爆弾へと延びるコードの先のスイッチを、盛大に押し込んだ。
それに数秒のラグを加えて、直後、地下道は今まで以上の大爆発を起こす。

爆発が爆発を呼び、廃鉱の崩壊する振動が周囲に地震を引き起こし、破壊、破壊、破壊。


その煙の中から飛び出してきたのは、当然彼らが信頼を置く仮面のポケモン――


「ナイトメア様、お疲れ様で―――」


ユキヤはそう叫びかけて、直ぐに異変に気付く。
アレ? ナイトメア様って双子だっけ?
なんか見慣れたマントと仮面のお姿の後ろにも、
見慣れない骨仮面のポケモンが―――


―――違うッ!


ユキヤは直ぐに我に返って、ナイトメアの後ろに居るものが何なのかに気付く。


「うおぉい…どうなってやがるッ…!」


ユキヤ他兵士たちは我が目を疑う。
あのナイトメアが、骨の仮面を被った小さなポケモンに追われている!
――ナイトメアが超能力で空へ逃げると、
もう一方はまるで空中に見えない階段でもあるかのように、多段跳躍でそのあとを追う!


「ユキヤッ! 総員戦闘指令だッ!」

「逃がすかよ――」


ナイトメアが乱暴に叫ぶが、
その背後から小さなポケモン――カラカラが骨の剣を振り下ろす!



――ビュンッ!



だが、ナイトメアはそれを紙一重で回避し、
空中で振り返って迎撃体勢を取った。



「くっ…またしても僕の邪魔を……エイディ=ヴァンスッ!」

「――返してもらうぞ、ヴァンスの誇りをッ!」



エイディの猛攻が続く中で、ついに地下道は完全に崩落する。
少なくとも、あの仮面の――カラカラ以外の奴は、全滅しただろう。

ユキヤはそう確信して、総員に指令を下す。


「弓兵! あのカラカラを打ち落とせっ!」


もう、今更誰もツッコミはしない。
あのカラカラが一体どうやって空を飛んでいるのかなんて、誰も気にしない!
だって、空が飛べても不思議で無いくらいに、そのカラカラは強すぎたから!


「『シードフレア』ッ!」


ナイトメアが、空中に無数の植物の種を召喚する。
その種は空中で、一瞬のうちにトゲ付きのツタを伸ばし、
あっという間にその辺り一面を樹海に変える。

「………」

エイディを取り囲んだ種が、一瞬で空飛ぶ樹海と化して彼を閉じ込める。
そして植物は、中に居るエイディに向かってツタを伸ばし攻撃を開始した――


「『極みの砂嵐』」



―――ズシャアアアアアアアアアッ!!



―――だが次の瞬間、全てのツタが、粉微塵に粉砕されていた。

中から大量の砂と、それに乗るエイディが現れた時には、
既に樹海の植物の『緑色』など何処にも無かった。

あの砂で空を飛んでいたのか――そうナイトメアが認識すると同時に、
大量の砂が轟音を巻き上げて迫ってくる。


『すなあらし』を極めると、これほどの破壊力が生まれるのか―――


この光景を見た地面タイプや岩タイプのポケモンは思う。
明日から、『すなあらし』を特訓してみようか――と。



大量の砂が、地面を削り森を切り刻み、
その中に入ればミキサーに投入された果実と同じ末路を辿るであろう、
最強の破壊的領域――それが、まさに目の前にあるのだ!




兵士の打つ弓矢も、火炎放射も葉っぱカッターも、
ありとあらゆる遠距離攻撃が無効化されるのに、
一体どうやってあのバケモノを止めろと言うのだろうか。

ユキヤが思考を巡らせている時、不用意にも、砂嵐の中へ突入を決意した兵士が犠牲になった。

待てよ、だって今犠牲になったのって、『鋼タイプ』のポケモンじゃなかったのか?
どうして『すなあらし』の強化版みたいな技で、鋼タイプが切り刻まれるんだよ!?



兵士は徐々に近づいてくる死の領域から逃げるように後退し、
空中で応戦するナイトメアもまた少しずつ後退する。

多分、ナイトメアがサイコキネシスで押しているから、
こんなゆっくりとした速度で砂嵐は迫ってきているんだ。
それが無かったら、この辺り一帯は、
あの砂嵐の中で錐揉み回転している巨木のようになってしまう!
あぁでもその巨木も数秒と待たずに粉々になっている!
要するに中に入ったら、粉微塵になって自分が死んだか如何かすら解らずに消されるんだ!


「終わりだナイトメアッ!」

「くっ――――」



エイディが気を強める。
それに呼応するように、砂嵐の圧力が増し、僅かに迫る速度が上昇した。


――そして。








「そこまでだエイディ=ヴァンス」


「―――ッ!?」



あと少し、ほんの僅かな時間でナイトメアを切り刻めると言うところで、
エイディの身体は空へと投げ出されていた。

『極みの砂嵐』が不意に消え失せ、
それに乗って空を飛んでいたエイディが、落下を始めたのだ。

だが、直ぐにエイディは『ステルスロック』を空中に召喚し、
それを足場にして見事にズタズタにされた大地へと着地する。

剥き出しになった赤茶色の大地の中には、エイディ以外には何も無かった。
多分、ところどころに落ちている、そして今尚振り続けているこの粉の様なものが、
ここに在った全てのものなのだろう。

さっき犠牲になったと思しき鋼タイプのポケモンは、
何とか一命は取り留めたらしく仲間たちに担がれて退場した。





空中に居るナイトメアを睨みつけるエイディ。
ナイトメアに、この砂嵐を消せるだけの力は無いはず――そう思っていただけに、
『それ』の出現に、エイディは少しだけ戸惑いを覚えるのだった。


「『エアロック』か………」


エイディは呟いて、ナイトメアへと向けていた視線をその隣にスライドする。





「お迎えに上がりました、ナイトメア様」

「…良いタイミングだよ、レックウザ」




エメラルド色の輝きを放つ古代竜の姿が、そこに在った―――






…………

…………………










ナイトメアがレックウザの背に乗り、飛び去っていく。
その後をエイディが追いかけていくが、あの速度では追いつけないだろう。
しかしエイディは他のものに興味が無いらしく、
追いつけないと解っていながらも追いかける事は止めなかった。


だから、そこにはユキヤと兵士たちが残される。
荒廃した大地の前に立ち尽くし、ユキヤは崩れ落ちた廃鉱に目をやった。



――そして、見た。




「……おいてめぇら、仕事だぞ」


ユキヤの言葉に、兵士たちもまた廃鉱のほうを見る。

瓦礫の中で、確かに動く影が在った―――






「あ、ありがとうレジギガス…」

「モンダイナイ……オンガエシ、スル」


瓦礫を押し分けるレジギガスの影から、
意識を取り戻したミレーユと、フライアを支えるクリアが出てくる。
そして、外の様子を見て理解する。


「エイディはもう居ないみたい。あのナイトメアって奴も」
「その代わり、盛大なのに囲まれちゃってるけどね…」


何だか陣形はグダグダだが、そこそこの覇気を持つ兵士たちが、
前方240度ほどを取り囲んでいた。
後方の隙間から逃げようとしても、多分絶妙な感じで囲まれる。
幸いなのは随分距離が開いていることなのだが、
不幸だったのはあまりに周囲に何も無くて隠れる場所が無いと言う事だ。

エイディかナイトメアの仕業だろうか?
あんなにあった木々を薙ぎ払ってくれたお陰で、
逃げ場も隠れ場所も無いまま敵と向かい合うハメになっている。


「んだよ、全員生きてるみてぇだな。まぁこの数の差なら問題ねー」


双眼鏡を構えていたユキヤが、兵士たちの陣形を整える信号を出す。
幸い信号を遮る余計なものが一切無いので、
無駄なく陣形は整えられていった。

ユキヤが赤い矢を空に向けて撃つと、
ユキヤの左右に控えていた弓兵たちが一列に並び、弓を構える。
それが伝染するようでは無く、弓が放たれたのを確認した時点で全員が動くから、
殆どのズレも無く、弓兵は一列に並び終えていた。


「よーし、いいぞ。しっかり狙ってーーー…斉射ッ!」






「うわ! 飛んできたっ!」


数多の弓が飛んでくる。
中距離武器が活躍するような場所に取り残されたミレーユたちは、
兎に角それを凌ぐ以外にする事がない。


「カゲニ ハイッテ。タテニ ナル」

「レジギガス!?」

「ダイジョウブ。 ウタレヅヨサ、ジシンアル」


ミレーユたちを狙って飛んでくる弓は、レジギガスの背中に当たって跳ね返る。
金属音がけたたましく響き、フライアは思わず身を強張らせる。

だが、巨人は微動だにしない。
弓矢が当たる程度では、ビクともしないのだ。





ユキヤが苦虫を噛み潰したような顔をする。

「あのデクヤロー、裏切りやがったな」

このままでは埒があかない。
矢の無駄撃ちも出来ないから、ここは一旦陣形を強化する事にする。

360度取り囲めば、レジギガスの影に隠れて守ってもらうことは出来ない。



ユキヤは再び信号代わりの矢を放つ。
青い目印の矢が意味するのは、『包囲』。


即座に、兵士たちは寸分の狂いも無く、
均一な厚みの円陣を組み、ミレーユたちを取り囲む。


勿論、矢が一番強さを発揮する中距離は崩さずに。


「へへへ、これでどうだ。やっちまいなッ!」




――ヒュッ! ヒュンッ!




――ガギィィーーーンッ!!



矢がもう少しでレジギガスの影に居るクリアに当たるというところで、
今度は突然出現した氷の壁に弾き返される。


「ぁーもう…早くしないと防ぎきれないよ…!」


クリアは悔しそうに喚きながら、氷の壁を拡大するために冷凍ビームを撃つ。


――段階を追って、敵の攻撃を徐々に防ぎ、出来るだけ時間を稼ぐ事。
それが、ミレーユたちに残された最後の希望だった。


ユキヤは知らない。
レジギガスを操っていた機械に通信機能が付いている事は知っていても、
その通信機能が討つべき敵の生命線となっている事には、気付けない。


『――もう少しでそちらに到着する。出来るだけ時間を稼げ』

「急いでよぉ……うわっ! 火の玉飛んできたっ!」



氷の壁が出現した事によって、ユキヤの攻め方も徐々に激しくなる。
円陣は狭まり、弓矢だけでなく氷の壁を壊す火炎放射が飛んでくるようになっていた。

ここまで来ると、レジギガスも耐え凌ぐ事は出来ない。
行動不能のフライアに代わって、クリアが冷凍ビームで氷の壁を拡大するしかない。


だが、炎に混じって、今度は岩タイプの技まで飛んでくるようになると、
もう氷の壁も役に立たなくなってくる。
負傷したミレーユが壁になる事は出来ないから、その段階が、現状の限界――


「…クリア、敵が近づいてきてる…ここなら、届くんじゃない…?」

「え? …あ、うん! こうなったら本当に最後の手段だよ!」


氷の壁の中から、クリアは精神集中をする。

――そして、『音速の水の波動』を放つ!




エリオもラセッタも恐怖した、脅威の一撃――――





――ズバァァアアアアアンッ!!




「…な…!」




――だが水の波動は、さらに強大な水の盾によって弾かれた。


あれほどの水量の盾を作れるほどの奴があの兵士の中に居るのか!
――そのクリアの予測は、生憎ながら外れている。


突出した『個』が居るのではなく、それは兵士たちによる『連携』。
兵士が互いに協力して、巨大な水の盾を構築したのだ。

この兵士たちは個々の能力は決して低くは無い上に、
その完璧なまでの連携で最強の部隊として種に仕えているのだ!


だから、どの方角に攻撃しようと、
この『数の差』が在る限り、突破する事は不可能!
その点で、自棄になって敵陣に突っ込まなかったミレーユたちの判断は正解である。




「……よぉーし、こいつでトドメだぜ」




円陣とミレーユたちまでの距離はかなり狭まっていた。
およそ20数メートル、今から全員で突撃すれば、
こんの数秒で制圧できるところまで来ている。

だが制圧が目的ではないのだから、そんな危険な事はしない。



火炎放射、岩なだれ、葉っぱカッター、冷凍ビームetc...


それらを兵士たちに構えさせる。
その間、それに加わらないものたちの半分は、まだ弓矢で敵の動きを止める。
弓を撃たないもう半分は、何時クリアの攻撃が来ても対応できるように待機している。


「総員……」


ユキヤは最後の言葉を噛み締めながら、手に持った矢をミレーユたちに向けて突き出し、



「撃てぇええええッ!!」



叫んだ。
それと同時に、放たれる数多の攻撃。

氷の壁を砕き、溶かし、
その隙間を縫って飛んでくる葉っぱカッターがレジギガスを吹き飛ばし、
ミレーユが何とかフライアを庇って、クリアが水の波動で可能な限りの攻撃を受け止め、

――しかし、止まらない猛攻に、限界が訪れる。


「ははははははッ! 終わりだッ! 種に逆らうとこうなるのだァーーーっ!!」


ユキヤの高笑いだけが、その激しい攻撃の音にかき消されず、荒廃した大地の中に響き渡る。
ダメだ、もう限界だ―――攻撃に耐えかねたミレーユが、倒れる。
何とか動けるようになったフライアが彼を支えるが、それに意味は無い。



そして、運命の矢が、彼らを狙う。



誰にも悟られずに、ひとりの弓兵が弓を構える。

その事にクリアが気付いていれば、その矢は空中で叩き折られただろう。
――だが気付かない。

だから、その矢が放たれた時、この中で確実に誰か一人が犠牲になる。


その兵士もまたわかっている。
奴らは自分の存在に気付いていないと言うことを。

だから高鳴る鼓動を精一杯に抑え、この一世一代の大チャンスを確実にモノにするべく、
精神を落ち着け、何時もの厳しい訓練の通りに、相手の急所を見定め、
弦を引き、――――







―――ミシッ!






その、誰にも気付かれずに矢を放とうとした弓兵の隣に居た男は、奇妙な音を聞いた。

そんな音は、生まれて初めて聞く。
何かが軋む音。
しかし、ドアや木材が歪んでも、こんな音はしないはずだが?

男が振り返ったとき、そこにまた奇妙なものを見た。






誰にも気付かれず、弓を構えていた男の腕が、根元からグニャリと折れ曲がり、
そしてその男は、声にならない苦痛の叫びを上げて、その場に倒れ込んでいる。




そして、代わりにそこに立っていたのは、見たことも無いメスのキノガッサ。




それが、その男の最後に見た光景。
次の瞬間男の腹部には強烈な打撃が与えられ、一瞬でその意識は喪失した。




「……間に合ったようだな」



「な…貴様何者だッ! 何時からそこに居たァーーーッ!!」



とある弓兵の叫びが木霊する。
それに気付いた多くのものが、一瞬意識をそちらに向けられる。

それにより攻撃の手は弱まり、
クリアは何とか持ち堪えられるだけの氷の壁を再び作り上げる。



そこに居るのは、此処には居るはずの無い一匹のキノガッサ。



ミレーユたちの、最後の希望。




「フェルエル……遅いよぅ……」



安堵したクリアの言葉はフェルエルには聞こえていないはずだが、
フェルエルは確かに頷いて、それからユキヤの方を睨み付けた。


ユキヤもまた、その突然の来訪者を睨みつけている。
そして直ぐに、指令を下した。


「何をぼさっとしているッ! そいつを殺せぇーーーッ!!」


「やれるものならば、―――やってみろッ!!」



その場に居た弓兵たちが、そしてミレーユたちを攻撃していた兵士たちも、
全ての意識が彼女に集まる。
それはあまりに多勢に無勢のはずなのに、―――まるで、巨象がアリを踏み躙るように――


「おおおおおおおッ!!」


「―――ぐぎゃああああっ!」「ぐわああ!」「がはあぁぁあッ!」



フェルエルの鍛え抜かれた拳の前に、
そしてさらに磨き上げられたその速度の前に、
兵士が束になっても、敵う筈が無い!



「な、何をしている…相手はたった一匹だぞ……距離を取れ! そいつに接近戦をさせるなッ!」



ユキヤの怒号が響き渡ると、すぐに兵士たちはフェルエルから距離を取る。
そして弓を、火炎放射を、葉っぱカッターその他諸々の遠距離攻撃を構え――



―――先ず、弓を撃とうとした全ての兵士の武器と腕がへし折られた。



そして、炎を吹こうとした兵士の前歯が全て叩き折られた。



葉っぱカッターはフェルエル向けて飛ぶ事無く、無残にその場に散るばかりだった。






「なんで…」



ユキヤは理解できない。
そこに居るものの強さは紛れも無く、あのエイディとか言うカラカラに匹敵する!
いや、まだあのカラカラほどの不条理な強さではないのが救いだ。

――だがしかし!
『理解可能』な範囲で、あのキノガッサの強さは常軌を逸している!
ナイトメア様が居ないこの状況で、あんなバケモノ相手に如何しろと言うのか!


「全員下がれぇーーーッ!」


次の指令は、この現状を見れば当たり前のものだった。
上司の命令に従うだけの兵士たちは、言われるがままに一旦フェルエルから離れていく。
だが、恐らく。恐らくだが――

あのまま戦わせていたら、確実にこの兵士たちは、逃げ出していた。
命令もクソもない。
此処でリーダーである自分の采配に少しでも下手な事があれば、
こいつらは確実に俺を見捨てて逃げていくだろう―――

ユキヤは、そう判断した。

だが、それでもいいだろう。
あのフェルエルとか言うキノガッサが強いのは、十分解った。
アイツを止められる奴が居るとしたら、『種』の幹部クラスである自分しかいない!


「…お前が親玉か」
「そうだ。『ユキヤ』ってんだ、覚えとけよ」
「…名前持ちか。つくづく、数奇なものだ」


フェルエルは構える。
空手とも柔道とも、どんな武道とも知れない、
キノガッサ一族に伝わる、『秘伝の構え』。
『一撃必殺』の美学を体現する、特攻の構え。


「行くぞ」

「きやがれ」




―――ッ!




フェルエルの拳は、紛れも無く『飛んだ』。
キノガッサの身体は、腕がある程度は伸縮するように出来ている。
だからキノガッサの拳が『飛ぶ』のは道理、だがこのフェルエルは―――


―――ゴオッ!!


その拳がかすった頬から、血が滴り落ちる。
距離にして5メートルも『飛ぶ』拳は、立派な遠距離攻撃だった。

キノガッサの拳は『爪』。
掠ったら確実に抉られる。
当たれば突き刺さる。

あのキノガッサはまだ手加減しているのか、『爪』を『拳』として扱っている。
だから当たっても突き刺さりはしない、それだけが救いだ。

もしもこのキノガッサを本気にさせて、『爪』を『爪』として使わせたとき――



ユキヤの脳裏に、
フェルエルの一撃で胴体に風穴が開けられる自分の姿が過ぎった。


――冗談じゃない。


だけど、此処で逃げ出したら、今度こそ自分に帰る場所なんて無い。




「…負けられない」


「……!?」



フェルエルと真っ向からぶつかり合う。
密着状態でなら、あの『飛ぶ』拳も意味は無い。
それに、0距離ではどうやってもパンチに威力が乗らない。
だから爪を拳として使うフェルエルは、密着されるとかなりの不利を強いられる――

しかしコチラには立派な『爪』がある!
『種』に入って、ひたすら鍛え続けた己の身体。
そして、ひたすら鍛え続けた必殺技。

自分だけの、最強の技を手に入れたくて、
毎日毎日、血反吐を吐くまで己を虐め続けた!
そしてやっと掴んだ『極み』の境地――『極みのアクアジェット』!
その努力はフェルエルのそれを凌駕する!
根性と実戦の場数なら負けてない!

――何より、勝とうとする意思が違うんだッ!

俺とこのキノガッサでは、背負っているものがまるで違う!
俺は負けられない!
俺は種のために尽くすと決めたんだ!
種は―――俺のたった一つの最後の居場所だから!



「俺は負けねぇぇええええええええッ!!」



「―――残念だが」




ユキヤは、知らない。

フェルエルもまた、背負っているものがあると。

いや、『知らない』と言えば、どちらも同じなのだろう。

だってふたりの背負っているものは、全く同じなのだから。




『種』―――それに纏わる、悲しき運命の輪。

そして、『超界者』――裏で糸を引くものの陰謀。

何も知らぬ者達。

何も知らぬ事すらも、気付けぬ者達。

それを断ち切って欲しいと、託された想い。




―――フェルエルが、フリードとリィフに託された、願い。




彼女が、レジギガスに付けられた『種の機械』と通信する事が出来たのは――





「私も、負けられはしないのだッ!!」






その想いだけは、確実にフェルエルが勝っていた。

己が居場所を守りたいと言うのも、大切だろう。
しかし、それ以上に、フェルエルにとって『託された願い』は、
この世のどんな願いよりも重く、尊ぶべきものなのだ。




「うおおおおおおおおおおおあああああああああッ!!」



「はぁぁぁああああああああああッ!!」





ユキヤの拳と、フェルエルの拳が交差する。



勝負を決めたのは、拳の射程ではなく、想いの強さ。

儚き願いに縋り、強き想いを抱くフェルエルの拳が―――




ユキヤを、打ち倒す。




紙一重でユキヤの爪をかわし、


フェルエルの拳は、ユキヤの鳩尾に叩き込まれる。





「ちく…しょう………」





そしてまた、フェルエルは背負う。

敗者の願いを。





「私は、もう負けられはしないのだ…」





想いの力――波導は誰の心にも宿っている。



だから、その『想いの差』は、明確な力の差として、確かにそこに在った――







つづく 
  


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