――迷宮冒険録 第四十話
「よっ…とぉ」
大量の木の実を抱えて、俺は大木から飛び降りる。
大丈夫、着地には気をつける。
だから、そんな小うるさく気をつけろなんて言うな居候。
『……近いんだよ、もう直ぐ…』
「……心配するな。俺はそう簡単に死なない、お前も居るしな」
『………』
もう直ぐ、他の世界で言うところの俺の命日が、やってくる。
居候は、それを魂で感じている。
そりゃあ、不安じゃないと言えば嘘になる。
だけど、だからって如何する事も出来ないじゃないか。
俺に出来るのは、その時まで精神を研ぎ澄まして、
その時、勝つために最善を尽くすこと。
「アディスさん、もう準備できてますよー」
「おう、今行く。こっちも木の実集め終わったところだ」
木の実を抱えた俺は、フライアとクリアが居る空き地へと進んでいく。
例のお寒い山を越えると、多少は過ごしやすい気候のジャングルが俺たちを迎えてくれた。
多分、不思議のダンジョンとかそんな感じのミステリーパワーが働いているのだろう、
こんな山に挟まれた盆地が熱帯ジャングルだったとしても、既に俺は驚かなくなっていた。
うーむ、ポケモンって成長するよなぁ。環境で。
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迷宮冒険録 〜二章〜
『そして運命は紡がれる2』
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「お待たせぇ」
クリアが鍋のふたを開けると、美味そうなニオイが一気に広がる。
お湯を沸かして粉末スープを溶かしただけとは言え、
そのスープはクリアの自作と言うのだから、手作りのありがたみも受けられる。
ニンゲンで言うところのパンに当たるリンゴを配分し、全員が席についてから号令。
消灯といい、この号令も俺の役目。俺は学級委員長か。
「給食係だよ」
「ほう、ミレーユ。給食係様の機嫌を損ねると夕飯が食えなくなるぞ」
「じ、冗談だってば…」
コンニャロウめ、次はアレだ、メイド服より凄いの用意してやる。
えーと、ナニがいいかな、…宇宙服? 何でやねん。
あんな事が在っただけに、下手に装備品には手が出せないな。
次はもっとちゃんとした店で道具を買うことにする。
「今までどこで買ってたんですか」
「裏通りの闇市だ。安くていいぞう、闇市は」
「そんな事を自信満々に言われても…」
そんな光景を、やっぱり笑顔で見つめているクリア。
コイツの立ち位置がだんだん確立してきたな。
「それで、だ。一つだけ疑問に思ったんだが、いいか?」
「何ですか?」
俺はジャングルでの昼食を終え、食器を洗いながらそう言った。
隣で同じく食器を洗うフライアが聞き返してくる。
ちなみに、食器を洗うための水の提供元はクリアだ。経済的だな。
「いや、何でそいつがごく自然に俺たちに混ざってるのかなぁって」
「…さぁ…」
首をかしげるフライア。
俺にはもう、その反応がツッコミ待ちにしか見えなかった。
だが、天然にはツッコミは通用しないのでスルーする。耐えろ、耐えるんだ俺。
――さりげなく俺たちの中に混じっていたガブリアスは、別にいいじゃねぇかと高笑いする。
何だっけ、名前。思い出せないからもう一度、最初と同じように教えてくれ。
「……ちょっと待ってろ、…よしCtrl+V――
俺の名はフリード! この世界に愛の種を蒔く秘密結社『種』の未来のボスだぜ!」
「てめぇ、今第二十七話に戻ってコピペしてきやがったな!?」
「アディスが言ってる事、たまに意味が解らないよ…」
「解らない方がいいと思うよ、それに関しては」
「クリアさんは解ってるんですか?」
「んふふ、オトメの秘密♪」
やり取りはさて置き、そう、種の幹部であるフリードが、
何時の間にか俺たちに混ざって楽しい団欒のときを過ごしていたのだ。
ちょ、何で誰もツッコまないかなぁ!? と思わずクリア調に叫びたくなる。
「まぁー落ち着いて聞けや。俺もとうとう腹くくってここに来てんだから、
最後の晩餐だと思って楽しみたかったんだよ。楽しかったぜ」
適当に折った木の枝を楊枝代わりにし、フリードは大木を背に寛いで言う。
ニンゲンは真似しないように。木の枝とか、割と毒性があったりするから。
ってンな事は如何でもいいんだよ。
「えぇい何をワケの解らん事を」
「解るように言ってやろうか?」
片目だけ開いて俺のほうを見るフリード。
それがオトナの余裕の心算なのがムカつく。
「言わんでいい!」
バシンッ! と乾いた音が響き、クリアたちが振り返った。
俺がフリードの寄りかかっている樹を殴った音である。
「どうせフライアを貰いに来たとかそんな事を言う心算だろう」
「察しの通りで。そんでまあ、俺としては奇襲なんかナンセンスだし、
かと言ってちゃんと戦えそうなところで何日も待ち伏せてる時間も無いワケで。
だからこうして挑戦状を叩きつけて、
真っ向から戦おうって言う俺様のフェアな精神を理解して欲しいんだがどうだろう?」
「………」
俺は少し考えて、フライアの方を見る。
不安げな表情で、こちらの様子を伺っていた。
フライアにとっては、自分の身が懸かっている話だ。
決して軽いものではない。
このフリードの態度は、ある意味では安堵感を与えてくれるが、
それすらも作戦だと考えて俺は慎重になる。
と、俺が答えを出すよりも早く、フライアが口を開いた。
「私は、絶対に貴方たちに協力はしません…」
恐る恐る、震える声で――しかしその決意の硬さは、その目つきから容易に計り知れた。
「もしも私を無理矢理連れて行こうとするなら、私はその場で舌を噛んで死んでやります」
「…………」
フライアの決意に、フリードは目を丸くして言葉を失っていた。
まさかそんな言葉が飛んでくるとは、夢にも思って居なかったのだろう。
――もう守られるだけの存在じゃない。
フライアの決意には、そういうものが込められていた。
「お前が死んで終わるのは、俺にとって最低の勝利だ」
フリード以外、その言葉の真意を理解しうるものは居ない。
居るとすればアディスの中のミカルゲだけだが、
生憎彼もフリードについてそれ程深く知る事はないため、
その言葉の真意を考えようとはしなかった。
「いいぜ、ここで暴れたら不利だしな。場所はどこにする」
「アディスさん!?」
フライアが声を荒げた。
自分を人質にして、この場は戦わずに済ませようとしていたみたいだが、
そういうところではフライアはまだまだ読みが浅い。
フリードの目を見れば解る。
この目は、相当な決意を持っている者の目だ。
――例えば、ミレーユの両親のような。
敵でありながら、その真っ直ぐな目に偽りがない事を、俺は信じる事にする。
確かに迷ったが、迷えば迷うほどこの場は不利になる気がして、
「ここから見えるか? あの岩場、丁度いい広さだ。そこにしよう」
「オーケー。んじゃ、早速そこに行くか」
「あ、アディスさ――」
俺は、フリードの案に乗って、正面から叩き潰してやる道を選んだ。
折角正面から来てくれたんだ。
それを横から叩こうとするのが、そもそもの間違い。
追い返すのは失礼千万、と言うか、
だからコイツは追い返されたくらいじゃ諦めない目をしているわけで。
一足先に歩き出す俺を呼び止めようとしたフライアを、ミレーユが静止した。
ミレーユにも解っているんだろう、このフリードの決意が。
だから、この戦いを受ける俺の判断に、無言で賛成してくれた。
そしてそれはクリアも同様で。
「大丈夫、私たちが居るから心配しないでよ」
「それに、そんなやり方で戦いを終わらせるのは、アディスが一番許さないよ」
「あ―――…」
フライアはハッとして俯いた。
守ると言ってくれた者の前で自らの死を以って交渉に臨むなんて、
なんて、浅はかな考えだったのか。
「…ごめんなさい…」
「その気持ちだけあれば、アディスには伝わるよ」
ミレーユは笑顔でそう告げて、フリードの後を追う。
クリアも無言で頷いてからフライアの背中を押し、一行は決戦の地へと赴く。
…………
確か、人間界でのポケモンバトルも、こんな感じの広い場所でやるんだったか。
俺はポケモンを道具みたいに使うニンゲンが嫌いだから、
それと似た光景をここで見ることになるのが不快であった。
フリードは腕を回して準備運動をしている。
「悪いけど、こっちは全員でいかせてもらうぞ」
「何人いようと関係ない。フェルエルとの戦いで学習しなかったのか?」
「馬鹿で悪かったな。少なくとも、今日は最初から本気だから覚悟しとけよ」
誰かが始めと言ってくれなくても、次に俺とフリードの目が合った瞬間、
測ったようなタイミングで決戦の火蓋は切って落とされた。
「――シャアッ!」
――ビュオッ!!
フリードの右フックをかわすと、その腕に付いたヒレが鎌のように襲い掛かってくる。
二段構えの心算ではなく、フリードは最初からこの鎌での攻撃をする心算だったのだろう。
俺が勝手に最初の一撃をフックだと思ってしまっただけの話だ。
だが、身長差がある。
俺の方が圧倒的にチビだから、フリードの攻撃は地面に向けて放たれる。
こうされると屈んで避ける事が出来ない。
俺は誘導されるように跳躍でそれを回避する。
ただし、後ろへ跳ぶのではなく、フリードを飛び越すように前へ。
背後から、俺流アクロバットキックを叩き込むために!
「喰らえッ!!」
「遅いッ!」
「なッ―――」
俺の蹴りは虚しく空を切る。
フリードは決して振り返る事無く、俺の蹴りを回避して見せた。
いや、それは蹴りを回避するための動作ではなかった。
フリードは俺に飛び越されたその瞬間から、
攻撃のターゲットを変えていたのだ。
だから、俺の蹴りがフリードの頭に直撃するはずの頃には、
既にフリードはフライアたちの方へと走り抜けていた。
フリードが再び鎌を振る。
あの一撃は、さっき避けてみてハッキリわかった。
確実に、ラセッタの本物の『鎌』よりも、残虐に強い。
綺麗にスッパリと切るのではなく、叩き切る。
それが、フリードの放つ一撃!
「うぬらぁッ!!」
「――させないよ」
フリードの一撃を、ミレーユが阻んだ。
その触手が太い腕を掴み、威力を殺す。
軽減された一撃では、ミレーユの殻を破る事は出来ない。
―――ドゥッ!!
「バイバイ、フリード様」
ミレーユに掴まれた事で、フリードの意識が一瞬クリアから外れた瞬間、
既に超音速の『水の波動』がフリードを襲っていた。
ミレーユはその手を離してフライアの前に立つ。
水の波動に巻き込まれたフリードは、
大量の水と共に吹き飛ばされていった。
「誰が吹き飛ばされたって?」
「ッ!? ミレーユ君! 後ろッ!!」
「え!?」
何時の間に!
ミレーユが振り返るが、その判断は間違い。
振り返る暇があったら、即座に左へ跳び出すべきだったのだ。
そうすれば、フリードの右からの一撃の威力を、多少は受け流す事が出来たのだから。
―――ガッギャァァァァァアン!!
「うああァーーーーーッ!」
ズザザザザッ!
フリードの一撃で吹き飛ばされるミレーユ。
幸いだったのは、振り返ったその瞬間に偶然、
攻撃を殻で受ける事が出来たので殆ど無傷で済んだ事だった。
もし他の場所で受けていたら、間違いなく身体のどこかがトんでいた。
しかし、殻で受けたとは言え、その衝撃は計り知れない。
ミレーユは立ち上がろうとしていたが、『マヒ』を貰ってしまったようだった。
「通常攻撃にマヒ付加とはな」
「アイツが軟弱なだけだろう」
「ほう―――」
――ゴスッ!
「ぐぬっ…?」
一瞬、フリードの視界から俺が消える。
当然だ。
俺はフリードの顔面を横から殴り、その視界をズラしてやったのだから。
それだけの高速移動を可能にしたのは、この俺の中の『超界者』。
波導紛いの力が、俺の戦闘能力を通常の数十倍まで高めてくれる。
「ミレーユを馬鹿にしていいのは、俺だけだ…ッ」
「…覚えておこう―――フンッ!」
「――ッ!」
強烈な回し蹴りが飛んで来る。
空中に居た俺は成す術なくそれを受け、
吹き飛ばされる――が、空中で姿勢を持ち直して着地する。
波導は攻撃だけに使えるものではない。
集中すれば、己が身を守る強靭な盾となる。
その盾越しに伝わってきた威力は――なるほど、ミレーユを吹き飛ばせるワケだ。
「それがエリオとラセッタを潰した力か」
「あいつら元気か?」
「まだ入院中だ」
「そうか。この任務に失敗したらよろしく伝えといてくれ」
「ふ、何を馬鹿なことを―――」
再びフリードの狙いは俺に絞られる。
どうやら、フライアを狙う心算はないらしい。
無傷で連れて行きたいとかそんな感じだろう――いや、俺さえ倒せば問題ないと思っているのだろうか?
実際そうかも知れない。今のやり取りで解った。
コイツを倒せる力があるのは、俺たちの中で唯一――この居候だけだと。
そして、フリードはその可能性を真っ先に倒す事を選んだ!
「実にありがたいなッ」
俺も走り出す。波導の速度に、今度はフリードも反応してくる。
温存していたのか、それとも、俺と同じように戦いの中で成長するタイプなのか――
「――シャアッ!!」
「ッラァ!!」
――ガッ! バキィッ!
フリードは徐々に速度を上げる。
負けじと俺も力を振り絞るが、自分の力じゃ無いだけに巧くコントロール出来ない。
もどかしい思いをしていた時、居候が呟いた。
『力を抜け、精神を落ち着けろ。波導は腕力で使うものじゃない』
「……精神を…」
『集中しろ、魂の炎を、より熱く蒼く研ぎ澄ませ』
「熱く、蒼く――――」
言われるがままに心を落ち着けると、再び力が漲って来るのを感じた。
フリードも俺の纏う力の膨張を感じ取ったらしい、
ニヤリと笑って攻撃を仕掛けてきた。
――だが、俺はそれを『防ぐ』のではなく、『迎撃』する!
拳! ヒレ! 足! 尾!
あらゆるもので怒涛の連続攻撃をしてくるフリードを、
俺も両手両足を使って迎撃、そして、反撃する!
「ぉおおおおおおッ!!」
――ドゴォッ!!
「ぐふっ―――!」
俺の右ストレートが、フリードの心臓付近を打ち抜く。
だがフリードは間一髪、ギリギリで急所は外していたため、思いの他手ごたえは無かった。
――ズダンッ――ズザザァッ……
一回バウンドしてから倒れるフリード。
全員でいくと言いながら、この超ハイレベルのバトルに、結局誰も加勢が出来なかった。
今、戦っているのは、俺とフリード。
フライアもクリアもミレーユも、そこに割り込む余地が無い事に気付いている。
だから、祈って見守るのみ。
その戦いに、アディスが勝利する事を信じて、待つのみ――
「何だかあのふたり、楽しそう…」
ミレーユがよろめく身体を自分で支えながら、そう呟いた。
クリアが、無言で頷く。
フライアは、既にその戦いに見惚れていて、ミレーユの言葉には反応しなかった。
ただ、アディスの勝利だけを信じて―――
「――うおおおおおおオッ!!」
「――せぁぁぁあああアッ!!」
つづく