――迷宮冒険録 第四話


 




あぁ…意識が遠い…
俺はアレだな、孤高には向かないかも知れん…


あのキノガッサ、フェルエルみたいな根性があるわけでもないから、
サポートしてくれる仲間が居る方がいいだろうな…


そんで一番最初に思い当たるのは、俺の唯一の理解者たるツボツボのミレーユだが、
アイツは何時になったら俺に追いついてくれるのやら…
いや、俺は今自分の家に帰ろうとしているわけだから、もしかしたら入れ違いに…?



だとした、ら…







「最悪…だ……」








――ドサァッ














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      迷宮冒険録 〜序章〜
      『没落した王家1』
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そんなこんなで、俺はついに伝説のポケモン"ケツバン"の前に立っていた。
まさか本当にいるとは思わなかったが、ここで会ったが100年目だ。
男なら拳を交えて理解しあうべし!いざ勝負!


――ビビーーィッ!!


うおっ!ナンだ!身体が動かねぇ!
こ、これが噂に聞く史上最強の必殺技【フリーズ】なのか…ッ
ぐわああっ!で、データが消される!
レポート!レポートが正確に読み込まれていませんン〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!








「サポセンに電話だァーーーーッ!!!」




ガバァッ!!




「ひやああああっ!?」




何か恐ろしい夢を見て飛び起きた俺が真っ先に聞いたのは自分の叫びともう一つ、
聞き覚えの無い黄色い悲鳴。
…ひやああ?誰だ?
…つーか、ここは…俺の家?




「………あ、あの…?」

「………」



俺の口から言葉が出ないのは喋れないからではなく、
まずこの状況を理解しようと俺の頭がフルスロットル状態だからである。
記憶を辿ろう、俺は確か――


「そう、森で道に迷って、襲われて――」


で、気が付いたらここだ。
そこから推測されるに、俺は恐らく目の前にいるコイツだ、コイツに助けられたに違いない。
この目の前でビクビクおどおどしている、イーブイにだ。

「だ、大丈夫…ですか?」
「俺の頭の心配でもしてんのか? それなら大丈夫だ、何なら掛け算九九でも全部言ってやろうか」
「あ、はい、じゃあお願いします」
「いんいちがいちーいんにがにー…ってアホか! ナニやらすんだ!」
「ひっ、すす、すみません! すみません! ごめんなさいごめんなさい…」

俺のノリツッコミに対して、ここまでの反応は流石のミレーユだってやらない。
寧ろ俺としては、コイツのほうが大丈夫か心配なんだが、どうだろう。

「…アンタが、俺を助けたんだよな」
「えぇと、あの、僭越ながら…」

そうか。あの森から俺をここまで持ってくるとは、大した奴だな。
実は怪力とか、100万超人パワーでしたみたいなオチだったら、俺は泣くぞ。
泣くからな、本気で。

「いえ、貴方はこの村の前で倒れていたのですよ?」
「ナニぬ?」

村の前?どういうことだ?

「さぁ…不思議のダンジョンで倒れたのではないですか?」
「ダンジョン? そういやフェルエルもンな事言ってたな…あの森、そうだそこでやられたんだ」
「あの森を抜けようとしたのですか!?」

イーブイが突然声を荒げるので、
俺があっけに取られて言葉を失うとまたイーブイはハッとして頭を何度も下げた。

「ナンだ、あの森凄いのか?」
「えぇと、そうですね…凄いです。普通は誰も抜けようとは思いません…」

そうなのか、じゃあ抜けようとした俺ってやっぱりすげぇー。
…じゃなくて、詳しいなこいつ。何者だ?

「わ、私は…その…」
「……まぁ言いたくないなら構わないが、名前くらいはいいだろ?」
「あ、はい、フライアって言います」

このイーブイ(♀)はフライアと言うのか。
どうやらワケアリみたいだな、さてどうしたものか。

「あの…では、もう私は行かなければいけませんので…」
「どこ行くんだ?」
「…………っ」

聞いてはいけなかった事だったろうか、途端に俯いて押し黙るフライアを見て、俺は漸く察した。
まぁポケモンそれぞれ、事情もあるだろう。
詳しい事は聞かないし、何ならここで会った事も忘れていい。

「じゃ、じゃあ忘れてください、私がここに来た事、会った事全部…」
「別に良いんだが、なぁ…」
「はい?」
「何でンな辛そうなのかなーってさ」
「っ…」

ちょっとお節介だったかもしれない、だが何となく、俺のカンがそうさせる。
会った事を忘れろなどという奴がこんな辛そうな表情を浮かべているのに、
少しでもマシな理由が想像できるものか。

俺の中でマシな理由が想像出来るときってのは、もっとこう脅すような口調の奴だけだ。
『お前はここで俺と会わなかった…いいな?』みたいな。
カッコいいな、今度機会があったら俺も使ってみよう。

話を戻すが、十中八九――俺のカンを信用するなら100%、コイツは何かに追われている。
俺をつれてこの家に入ったのも、
俺を助けるという大義名分掲げてここに逃げ込んだからかもしれない。

「ん、そういや何でここが俺の家だって解ったんだ?」
「え? ここ、貴方の家じゃないんですか? え? だってこの家の前に倒れていたから、てっきり…」

あぁそうか、この村の規模から見て、俺がこの家の前に倒れてれば他に考えなんか回らないな。
ハタから見ればダンジョンで倒れた奴が自宅前でノビているってトコだったろう、納得だ。

「あ、あの、兎に角私はもう行きますっ」
「あっ、おい! ちょっと――」




――ガッ




「おわっ」
「きゃっ!!」


ベッドから飛び降りてフライアを捕まえようとした俺は、
情けない事に脚を縺れさせて彼女に体当たりをかましてしまった。
何てこった、将来の偉大なる冒険家がいきなり婦女暴行とは…何とか穏便に収めて隠蔽せねば…。

と、ここで俺の目に何かが映る。
転んでしまったフライアの後ろに、ペンダントが落ちていた。
綺麗な石がはめ込まれたペンダントの装飾は、明らかに貧しい農民上がりの持ち物ではない。
手にとってまじまじと見つめて一考、俺はそれがどこぞの王家の紋章である事を思い出した。

「…リヴィングストン家の家紋…お前、これって」
「っ!! 返してくださいッ!!」
「ぬわっ」

ドガッ!!

今度は逆に、フライアの渾身の体当たりが俺の鳩尾にキまる。
ひ、ひでぇ…何もここまでしなくても…つーか意外と怪力じゃないですか…
当たり所さえ良ければ、体格差なんて些事だと言わんばかりだ。

「ひでぶっ」

ベッドを軽々飛び越えて、俺は窓の下の壁に叩きつけられて奇妙な声を出した。
怪力…なぁ、約束通り泣いていいか?
フライアはと言うと、俺が衝撃で手放したペンダントを見事にキャッチして安堵しているので、
目の前の惨劇には全く気付いていない――あ、今気付いた。

「ああわわわわっ、ごごご、ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさい!」
「ふ、古傷が……」

古傷というか、とあるキノガッサにやられた怪我なんだが。
俺はコイツに関わっちゃいけなかったんだろうか?
ナンだか物凄く不幸になる気がする、いい具合に納得したフリをしてさっさと帰ってもらおう。
珍しくお節介なんか焼くもんじゃないな、やれやれだ。

「在らぬ疑いはかけられたくないから、玄関先まで送ろう」
「はい、すみません……って、疑いって何ですか?」
「俺の家から一人で出て行ったら、泥棒と間違われるぞ。俺の家は今空き家って事になってるからな」

間違いではない。
どうせ村の連中は俺の事などどうでも良いのだから、この家が空き家だろうが関係はないが、
念のためと言う言葉は常に気を配っておく必要があるという昔の人の教えだ。
ミレーユとかが万が一見てたら、それなりの正義感のあるアイツの事だ、フライアに噛み付きかねない。
…ミレーユに歯があるかはさて置き。

「あぁ、すみません…思慮不足でした…」

しかし事在る毎に謝るなこいつ。本当に大丈夫なんだろうか。
お節介は焼くもんじゃないってさっき決意したばっかりなのに、早くも断念しそうだ。



扉を開く。
まだ日も昇り切らない時刻だった。
俺も休んでいる場合じゃないな、早く身支度して今度こそ森を突破しよう。


「あの、それじゃあ無理をなさらずに…」
「あぁ、お前もな」


何度も頭を下げて去っていくフライアの後姿を、俺は暫く見つめていた。
ミレーユと言い、どうもこういう奴は放っておけない……俺は何時から偽善者に成り下がったのやら。



特に理由も無い。
ただボンヤリと、遠ざかっていくそのイーブイの後姿を見ていただけだ。
何か予感があったわけではない。
だからこそ、俺は事態を飲み込むのに少々の時間がかかってしまった。


見知らぬポケモンが遠くから歩いてくる。
その巨体は、サイドンとボスゴドラだった。
如何にも喧嘩好きなヤンキーって感じがするのが気に喰わない。

それだけでも不快だったが、奴らはどんどんフライアにに近寄っている――オイオイ待て待て、
フライアを囲んだぞあいつら。

しかもフライアときたら、手に持った何かをジッと見つめているらしく全く気付いていない。
お陰で何の違和感無く、無駄な時間も一切省いてフライアは巨体に囲まれていた。


「さぁてお姫様、俺たちと一緒に来てもらおうか」
「っ!? …い、嫌です! 私は貴方たちのところへは行きません!」
「拒否権はねーんだよ、無理矢理にでも連れて来いって言われてるからな」


オイオイ、何かおかしな事になり始めてるぞ?
これは幾らなんでもまずいだろ、どうする俺?


ここで漸く脳細胞が正常な機能を見せる。

どうするだと?
何を躊躇してる、今こそ脊髄反射すらブッ千切って助けに行く時だろうがッ!


「オラァーーーー! てめぇらドコ中だァーーーッ!!」







しかしまぁ、何だ。






ドイツもコイツも…






そんなに記念すべき俺の冒険家人生のスタートを邪魔して楽しいですかコノヤロウ…










つづく

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